患者と、スタッフと、信頼関係を築き円滑に診療を進めるには?医師のためのコミュニケーション&接遇講座

医学的に正しいことを患者に伝えても、なぜか納得を得られないことはないだろうか。あるいは、一緒に働くスタッフのなかに、意思疎通が難しい人はいないだろうか。患者やスタッフとのコミュニケーションは、医師の働きやすさや、医療の質につながる重大テーマである。医師が自分の伝えたいことを相手に理解してもらうにはどうしたらいいか。一つの答えは「医療接遇」という技術にあった。

  • 最近傾向&重要性

接遇向上の目的が変化。差別化・増収より、
リスク対策、医療安全と捉える医療機関が増加

ラ・ポール株式会社
代表取締役
福岡かつよ
厚生労働省の外郭団体に勤務し、医療・介護の現場を対象とする調査研究に携わったことから、医療機関向けの接遇に取り組む。以降、約20年にわたり医療・介護に特化した接遇研修やコンサルティングを行っており、医師向けの接遇研修も実施。大学病院からクリニックまで幅広く対応。年間の講演・研修は200本以上。

福岡かつよ氏 写真

適切な接遇を行うことで
医療の質が向上する

医師にコミュニケーション力や接遇力が求められるようになって久しい。多くの医療機関で、職員向けに接遇研修などを開催しているが、ここ数年でその目的が変化してきたようだ。医療・介護専門の接遇コンサルティング会社「ラ・ポール」の代表、福岡かつよ氏はこう語る。

「以前は、他院との差別化を図り、収益を高めるために接遇研修を取り入れる医療機関が多くみられました。しかし、最近は『リスク対策』や『医療安全』を目的とするところが増えてきています。接遇を向上させることによって、クレームや訴訟のリスクが軽減し、医療の質が高まり“継続的な医療”につながるという認識が広がってきたのでしょう」

院内のコミュニケーションや接遇が円滑でないモデルを、図表1左に示した。

「必然的に業務が粗くなり、インシデントが増加して患者満足度が低下。病院経営が傾いて職員のモチベーションは低下し、離職者が増加。そしてさらにインシデントが増えるという悪循環になる恐れがあります。一方、コミュニケーションや接遇がうまくいっているモデル(図表1右)は、インシデントが減少し、患者満足度が向上。人材が定着して組織力も向上するという好循環を描きます。医師も他のスタッフも働きやすい環境になるのです」

一昔前と違い、今は医療機関の評判や情報を簡単に入手できる世の中になった。患者が医療を“選ぶ”という傾向が強まり、それもコミュニケーションの重要性が増す要因になっているようだ。

「接遇やコミュニケーションは瞬時に評価されるだけに、難しいものです。どんなに医師が自身の専門知識や情報を伝達しても、適切に表現できなければ、患者が違った受け取り方をすることもあります。それに気づいた医療機関が増えたのか、医師だけを対象とする接遇コンサルティングのニーズが高まっています。コミュニケーション力や接遇力は、医師の身を守ります」

図表1● 接遇力・コミュニケーション力を高めるメリット
出典:記事内図表はすべてラ・ポール株式会社提供。一部編集部にて加工。
  • 患者対応:基本的スタンス

医療現場に特化した「医療接遇」。
ポイントは「認識スタイル」に沿った表現

「認識スタイル」の違いは
言葉の端々に表れる

医療における接遇は、いわゆる接客マナーとは異なる(図表2)。

「医療接遇では、お辞儀の仕方や笑顔の作り方など、一般的なマナーは重要ではありません。医療は他の業種と違い、患者に緊張や威圧感を与えないことが大切です。また、患者の病状などによっては、笑顔が適さない場合もあります。相手の状況を把握し、適宜、目配りや心配りをして言葉を発することこそ重要です」

その基本となるコミュニケーションには3つの要素があるという。①言葉そのものが持つ意味、②発信者の表現方法、③発信者・受信者双方の『認識スタイル』。認識スタイルとは、その人の行動パターンや考え方の方向性、選択時の傾向などを分類したものだ(図表3)。福岡氏は、①②を意識するのはもちろんだが、特に③を把握することが重要と説く。

「同じ言葉、同じ表現でコミュニケーションをとっても相手によってうまくいかないことがありますよね。それは、自分と相手との認識スタイルが異なるからです」

例えば、脚を負傷した患者に医師が「早く歩けるようになりましょうね」と言った。だが、患者は苦々しい表情で「今は痛いんですよ」と反論してきた場合を想定する。

「この場合、医師の認識スタイルは『目的志向型』なのです。歩けるようになるという目標を明確に設定し、成果を求めます。一方、患者は問題や不安の解消に焦点を当てる『問題思考・回避型』の認識スタイルです。医師は何も間違ったことを言っていませんが、患者と認識スタイルが違うため、予想した通りの反応が返ってこないことにもなるのです。これを回避し円滑なコミュニケーションをとるには、まず自分と相手の認識スタイルを知ることが大切なのです」

認識スタイルは、言葉の端々に表れる。例えば「とりあえず」「率先して」などとよく言う人は「主体・行動型」。何事も率先して取り組もうとする人だ。一方、「そのうち」「待って」などの言葉が多い人は「反映・分析型」。物事をじっくり考えてから行動する人だという。

「たとえば医師が主体・行動型や目的志向型でも、患者はそうだとは限りません。ご自分の認識スタイルを押し通してしまうと、患者が治療内容を理解しにくく、ひいては医療の質の低下にもつながりかねません。診察時には、患者の言葉から認識スタイルを推察し、それに合わせた対応をすることが大切だと思います」

図表2● 接客マナーと医療接遇の違い
接客マナー 医療接遇
挨拶 ・作法を大切にする(背筋を伸ばすことやお辞儀の角度、手の位置を意識) ・相手に緊張や不安、威圧を与えないことを大切にする(自然に、柔らかくを意識)
身だしなみ ・清潔感、不快感を相手に与えない身だしなみ ・リスク管理・医療安全に繋がっている身だしなみ(清潔、安全、機能的であることの重要性を理解する)
言葉遣い・表情 ・敬語の使い分けができる
・明るい
・敬語の使い分け+節度を保つ言葉遣い
・相手の状態に合わせた言葉遣い
・相手の状態を察知した適切な表情
(笑顔だけではない)
態度 ・型通り、事務的に応対
(マニュアル重視)
・部分的な環境整備
・相手の状態を把握した応対(主体的行動)
・目配り・気配り・心配り
・院内全体の環境整備
受付応対 ・受け身型のコミュニケーション(待合室で、患者さんがストレスを感じているのに気づかない) ・積極的なコミュニケーション(常に待合室の状況を把握)
・診療までの時間を伝達
・外来看護師との連携
図表3● 相手に理解されるコミュニケーションのためには「自他の認識スタイル」を理解する
認識スタイル 影響言語 定義
主体・行動型 率先して始める、始める、とりあえずやってみる、着手する 率先して行動してから考える。
率先して行動しようとはしない。
反映・分析型 忍耐、待つ、そのうちに 物事をじっくり考え、状況を理解してから行動に移す。
我慢が必要なときも待たない。
目的志向型 持つ、得る、獲得する、目標、成果 目的に焦点をあて、明確な方向性を持つ。
目的があっても、それが行動を起こすきっかけとはならない。
問題思考・回避型 問題、誤り、懸念、不安 問題を発見し、回避し、解決することに焦点をあてる。
自ら問題を探し出そうとはしない。
オプション型 選択肢、オプション、可能性 常に他の方法や別の選択肢を見つけようとする。
他の方法や別の選択肢を見つけようとしない。
プロセス型 手順に従う、正しい方法で行う 決まった手順やスケジュールに従うことでやる気が出る。
決まった手順やスケジュールに従うことではやる気が出ない。
  • 患者対応:診療&トラブル時

コミュニケーションは先手必勝。
五感を使って患者のニーズに対応する

出来事は変えられないが、
言葉と態度は変えられる

ここからは、診療時の対応について、医療接遇の観点から解説する。福岡氏は、前述のとおり、まず患者の認識スタイルを想定したうえで、どういった言動がいいか考え、表現(伝達)する必要があるという。

「日々の診療においては、医師の思ったとおりにならない場合もあることでしょう。目の前の出来事は、誰にも変えられません。でも、それをどう捉えるかセルフトーク(自問自答)することで、自分の感情や言葉、行動は変えられます。その結果、診療のパフォーマンスも変わっていきます」(図表4

初診時

診察室に患者が入った時の
「キャッチング」から信頼醸成

福岡氏によると、患者に信頼される医師は、初診時の「キャッチング」から違うという。

「患者が診察室に入った時、『○○さん、こんにちは』と名前を呼んで、体を向ける。ほんの1〜2秒のことですが『医師としてあなたに関心を持っていますよ』という表現になります。これで、最初の信頼関係が決まると言っても過言ではありません」

逆に「こんにちは」といいながらも、目線が電子カルテに向いている医師には、患者は疎外感を持つという。

「ほとんどの患者は、自分の現状を診て欲しいニーズを抱えています。まずはそのニーズを満たしたうえで、患者の認識スタイルに合わせた問診を行うことをお勧めします」

問診の導入は、オープンクエスチョンが基本。「今日はどうしましたか?」という問いかけへの返答から、相手の認識スタイルを探る。

「仮に『足が痛くて眠れない』と訴える患者であれば、認識スタイルは問題思考・回避型です。『まずは痛みを取り除きましょう』と言ってから、その後の検査などについて話すといいでしょう。あるいは、患者が『実は昨日から……』と経過の一部始終を細かく語るようなら『プロセス型』です。全て聞いていると診療が長くなりますから、『それで、今も痛いのですか?』とクローズドクエスチョンに切り替えることも必要です。診療開始から30秒くらいで見極められるといいと思います。

ファーストコンタクトは患者優位が基本ですが、その後、医師に主導権を持ってくることは不可欠です」

診療時

“患者からお願いされる医療”
を目指して接遇する

「初診に限らず日々の診療では、“患者からお願いされる医療”を目指して接遇してください。お願いされる=患者の求める医療ですから、クレームのリスクが下がり、治療への協力も得られやすくなるはずです」

福岡氏が知るある医師は、患者が診察室のイスに座るや否や、検査予定の説明をした。長時間、待たせたことを気遣ってのことだったが、患者は怒りだしてしまったという。

「その時、一言『今日はどうですか?』と、相手目線の言葉をかければよかったのです。それで患者が言ったことに『わかりました。では、この検査をしますよ』と展開すれば、自然と患者は『お願いします』と口にします。医師は診療時に五感を使うと思いますが、視覚で気になったこと、例えば『最近よく眠れていないんじゃないですか?』などと声をかけるのもいいでしょう」

福岡氏は医師の接遇研修で、一つのワークを実施する。二人一組で向かい合い、一方は医師役、もう一方は患者役になる。医師役が「血圧を測ります」と言いながら相手の腕を持つと、たいてい患者役は無言か、短く返事をするだけだ。次に「血圧を測っていいですか?」と問いかけて視線を合わせる。すると、患者役は「お願いします」と言って自ら腕を出したり、しっかりと頷くという。

「血圧を測るという日常的な医療でも、突然のことだと患者側は少なからず緊張感や不安を持ちます。しかし、医師の接遇次第でそれらが払拭され、結果として、診療のパフォーマンスもよくなるのです」

クレーム時

セルフトークで感情を整理し
粛々と医療提供を継続する

患者からのクレームが発生した時、明らかに医師側の非がなければ対応策はシンプルだという。

「まずは粛々と、精度の高い医療の提供に集中することが一番です。クレームを言う人は自分に注目してほしいニーズがあるのですが、それを満たしても収まらない場合があります。相手の感情に飲み込まれないように、こういう時こそセルフトークで『怒ってはいるが、医療が必要な人だ』と切り替えて、理路整然とスマートに対応することが大事です」

“先手必勝”もポイントだという。

「診察時のキャッチングは、クレームの予防にも繋がります。また、例えば待ち時間でイライラした様子の患者に職員が声をかけることも有効。待ち時間の状況や病院のシステムを説明し、納得を得た例がありました。医療機関全体で対応策やしくみを整え、先手必勝のコミュニケーションを心がけることも大切です」

図表4● 「自分とのコミュニケーション」で適切な患者対応へ繋げる
セルフトークを通じて「出来事をどう意味づけるのか」で気持ちの持ち方や行動のとり方が変わります!
  • スタッフ&組織対応

異なる「認識スタイル」を容認することが重要。
多様性があることで、組織が強く成長する

リーダーシップで肝心なのは
相手の貢献を承認すること

スタッフとのコミュニケーションも、基本は患者対応と同じだという。自分と相手の認識スタイルを把握し、ギャップを埋める言動を心がける。

例えば、医師が「これお願いします」といった時、「わかりました」とすぐに行動する看護師と、「今ですか?」と返答する看護師がいたとする。前者は医師にも多い主体・行動型で、意思疎通がスムーズだ。それに対し、後者は熟考してから行動する反映・分析型である。

「医師にとって、反映・分析型の人は仕事が遅く感じるかもしれませんが、可能な限り『タイミングをみてお願いします』など、相手に合った対応をしてみてください。そのほうが、医師自身のストレスが減ります」

ポイントは、認識スタイルの違う人の存在を認めて接することだ。

「組織には、どの認識スタイルも必要です。仮に、主体・行動型ばかりの組織だと、勢いはいいものの立ち止まって考えられないリスクがあります。反映・分析型の人もいたほうが、危険を予測したり、中長期的な見通しが立てられたりします。多様性があるほうが、組織は成長します」

ある病院では、院長が常に様々な方法や選択肢を考えて物事に取り組む「オプション型」、副院長はセオリー通りを重視するプロセス型と真逆の認識スタイルで、時に衝突していた。だが、各々の特性を理解することで、補完し合う存在と認め、組織がうまくいくようになったという。

図表5は、好ましい接遇によって組織が成長していく流れを示す。

「一人ひとりを認めることにより、それぞれが院内の課題に気づいて、主体的に行動できるようになります。チーム力が高まり、職員にも患者にも選ばれる施設になる。それが人材の定着につながり、みんなが働きやすい組織へと発展するのです」

もう一つ、医師とスタッフとのコミュニケーションでリーダーシップを取る際に重要なキーワードがある。

「チームリーディングにおける『精神的支援』。つまり、スタッフの貢献を承認することです。うまくいっている医療チームは、医師がスタッフを認める発言をよくします。承認することで相手はもっと貢献したいと思い、チームは安定します。結果的に、医師が働きやすくなるのです」

図表5● 組織が目指す接遇の段階