基本姿勢からルール・体制整備まで 東京オリンピック・パラリンピック間近!どうする?外国人患者対応

東京オリンピック・パラリンピックの開催まであと数カ月と迫った。日本政府観光局は2019年の訪日外国人数(推計値)が3188万人を超えて過去最多と発表したが、今年の夏は短期間に非常に多くの訪日客が集中し、医療機関でも通常とは異なる外国人対応が必要になることも考えられる。そうした状況にどう備えるのか? 病院全体での体制整備も含め、先行する医療機関が培ったノウハウをもとに考えてみたい。

  • 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院

東京オリ・パラ後も続く訪日客増を視野に
継続的に外国人対応ができる体制整備を

国立研究開発法人
国立国際医療研究センター病院
国際診療部
部長
杉浦康夫
1987年奈良県立医科大学卒業後、滋賀医科大学小児科に入局。ロサンゼルス小児病院血液腫瘍部門で小児がんの転移の研究も行う。1998年に途上国における小児診療に関する論文を読んで国際保健の分野に興味を持ち、JICAの業務に携わる。2001年に国立国際医療研究センター国際医療協力局に入職。1年以上の国際長期派遣ではケニア、ラオス、セネガルで活動。2019年より国際診療部部長を併任。専門分野は母子保健、災害医療対応、官民連携 外国人診療など。

杉浦康夫氏 写真

同センター国際診療部
特任研究員
堀 成美
神奈川大学法学部、東京女子医科大学看護短期大学(現 看護学部)卒業。病院の感染症科勤務後、2009年国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)修了。聖路加国際大学助教を経て、2013年から国立国際医療研究センター国際感染症センターに勤務。2015年から国際診療部医療コーディネーターを併任。2018年に退職し、同センター国際診療部特任研究員に就任。感染症対策、地域や組織のグローバル対策に関するコンサルタント業務も行う。

堀 成美氏 写真

自院ができる範囲で
外国人患者に対応していく

訪日外国人数は10年で約4倍に急増し、在留外国人数も伸びている(図表1)。「どの医療機関も対応を真剣に考える時代になりました」と、国立国際医療研究センター病院国際診療部・部長の杉浦康夫氏は語る。

厚労省調査では既に病院の半数に外国人患者受入実績があり(図表2)、東京オリンピック・パラリンピックを契機にさらなる増加が予測される。

「しかし医療機関は単に今年を乗り切ればいいのではありません。その後も、一定数は受診するであろう外国人患者に向けた体制整備が求められています。特に外国人対応は特定の医師やスタッフに業務が集中しがちなため、本人がオーバーワークにならないよう、それ以外の業務は周囲の者がサポートするなど、病院全体での取り決めも必要になります」

同院は、多国籍・多言語・多文化の患者への対応を早くから進めてきた。2015年に設置した国際診療部は院内での取組の中核となる組織で、海外からの受診希望者への相談対応、日本滞在中の外国人が医療を必要とした際の支援を行っている。

「通常は、外国人患者対応をすべて自院でまかなおうと頑張る必要はありません。『平日の診療時間中は英語と中国語なら対応可能だが、それ以外はほかの対応可能な病院を紹介する』など、“状況に応じた対応策を決めておく”ことが重要なのです」

事前に治療費の提示が
できるようリスト化

一般的に外国人対応で問題になりやすいのは、コミュニケーションの不備で説明がうまく伝わらないケース、そして保険を含む治療費の金額や支払いだと杉浦氏は指摘する。

日本で仕事に就いている在留者は日本の公的医療保険に加入している者も多く、治療費に関する問題は起きにくいと考えられる。一方で訪日客はそうした医療保険が使えず、高額な治療費をカバーできる海外旅行保険加入の有無などの確認は必須だ。

加えて「検査や治療にいくらかかるのかを最初に概算で伝えることも重要」だと、同部の堀成美氏は話す。

「日本とは医療の仕組みが異なるためか、訪日客は先に治療費の提示を求めることがほとんど。当院では主な治療費をリスト化し、医師が患者に金額を説明できるようにしました。リストは当院のホームページでも日本語と英語で公開しています」

無料の電話通訳など
行政のサービスも活用する

外国人患者とのコミュニケーションには通訳や翻訳アプリなどのデバイス利用も広がっている(図表3)。同院では、医療の専門知識を持つ通訳なら患者が症状や治療法を正しく理解しやすいため、対面通訳や電話通訳を優先しているが、一般の医療機関は、場合によって考慮しながらデバイスなどを賢く利用すれば、対応のハードルを下げることができる。

「東京都の場合は平日夜間と土日祝日の救急対応のみですが、無料の電話通訳サービスを提供しています。ほかの地域も行政のサポートがないか確認してみてください」(図表4

また、「外国人患者の診療は、通訳時間も加味すると通常の2倍以上の時間がかかる」と杉浦氏。現場の負担軽減のため、病院内や地域で支え合う仕組みを考える必要がある。

「まずは自院に来院する外来患者で、日本の保険証を持たない患者の割合、主に使う言語、訪日客か在留者かなど、現状を把握してください。そしてどんなツールや行政サービスが利用できるかを調べて対応策を決め、その浸透を図ってほしいと思います」

図表1● 日本の在留外国人・訪日外国人数の推移
出典:厚生労働省「外国人患者受入体制に関する厚生労働省の取組:第1回 訪日外国人旅行者等に対する医療の提供に関する検討会・資料3」(平成30年11月14日)を基に作成
図表2● 厚労省調査・外国人患者の受入れ実績(2018年10月実績)
データ出典:厚生労働省「医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査」(令和元年8月)
図表3● 厚労省調査・多言語化(医療通訳・電話通訳・自動翻訳デバイス等)の整備状況
データ出典:厚生労働省「医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査」(令和元年8月)
図表4● 東京都実施・都内の医療機関向け救急通訳サービス
出典:東京都福祉保健局サイトより
国立国際医療研究センター病院では院内の表示や患者向けの書類を多言語化している
写真提供:国立国際医療研究センター病院
  • 学校法人聖路加国際大学 聖路加国際病院

外国人対応に積極的な医療機関の増加は
日本の医療の質を大きく向上させる

学校法人聖路加国際大学
聖路加国際病院
病院事務部患者サービス課国際係
マネジャー
原茂順一
大学では経営学を専攻。医療分野のマーケットの拡大に期待し、聖路加国際病院に入職。医事課で医療事務全般を経験した後、マネジメントを担当し、2011年の国際係発足時に異動し現職。英語が得意でない者の視点を大切に、外国人対応を考える。東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科修士課程環境社会医歯学講座研究開発学教室の大学院生として研究にも従事。

原茂順一氏 写真

アジア系外国人患者急増で
多言語・多文化対応が急務に

米国聖公会の宣教医師が1901年に創立した聖路加国際病院は、病院の8つの基本方針のなかに「国際病院としての役割を果たすため、海外からの患者の受け入れ態勢を整える。」がうたわれ、これまでも外国人患者を積極的に診療してきた。

同院は銀座にも近い東京都中央区に本院、オフィス街の大手町に病院附属クリニックを持ち、本院は外来患者の約5%、20人に1人が外国人患者だ。特に2019年度は盛夏からラグビー・ワールドカップが開催された初秋まで、前年の患者数・患者割合を大きく上回った(図表1)。

同院で外国人対応を担う患者サービス課国際係のマネジャー、原茂順一氏は、2010年代に外国人対応のパラダイムシフトが起きたと話す。

「当院が以前から行ってきた外国人対応は欧米系の患者を前提とし、英語によるコミュニケーションが中心でした。しかし5年ほど前から中国人を中心にアジア系外国人の患者が著しく増え、多言語・多文化への対応が急務となったのです」

同院の外国人外来患者を国籍別に見ると中国人25%、アメリカ人20%、韓国人8%が上位で(図表2)、駐日米軍基地からの患者受け入れによりアメリカ人の割合も多いが、近年増えているのは中国やインド、ロシアなどの外国人患者だ。このため国際係では英語に加え、インバウンド需要への対応も踏まえて中国語、ロシア語で通訳ができるスタッフも揃えたと原茂氏はいう。

「医療機関がどの言語に対応できるのかは、診療科の有無と同じ医療機能の一つ。自院での対応が難しければ、無理せず他院に転送するなど適切に判断することが重要です」

また、同院では国際係の通訳以外に電話通訳、翻訳アプリも利用して外国人患者と意思疎通を図っている。

「多くの医師が外国人患者に対応できるよう、利用できるツールは積極的に利用するのが当院の方針です。ただアプリは誤訳の可能性もあり、翻訳後は必ず相手に復唱してもらい、正確に伝わっているか確認します」

このほか院内の案内表示は日本語、英語、中国語、韓国語の4カ国語で表記。患者への説明書類や同意書も新たに作る場合は日本語と英語で作成し、そのほかの言語は必要に応じて翻訳して利用している。

「特に英訳は英語を母国語としない外国人患者にも分かりやすい、シンプルな表現を心がけています」

原茂氏はこの経験から、日本語も患者にわかりやすいシンプルな表現にすべきと感じており、外国人患者への配慮は日本の医療の見直しにもつながると考えている。

オリ・パラ目的の訪日客の
期待に応える診療とは

さらに「同じ外国人患者でも訪日客か在留者か、旅行目的か医療ツーリズム目的かなどによって、日本の医療への期待レベルは異なり、これに応えることが外国人患者対応では重要」と原茂氏はいう。

そうした期待を類型化したのが図表3で、東京オリンピック・パラリンピックの訪日客は主に①に該当すると考えられる。医療の質にある程度期待はするが、ホスピタリティはさほど求めない場合、通訳などで時間はかかっても、普段通りに診療を進めれば外国人患者の期待に応えられるだろう。外国人対応を敬遠しがちな医師に対し、原茂氏は「患者もそこまでの期待はしていない。電話通訳や翻訳アプリなども用いて気負わずに診療にあたってほしい」と願う。

一方で、同院も力を入れる、インバウンドの外国人患者は、医療サービスもホスピタリティも高い質を求める傾向にあり、後者の点では「残念ながら日本はまだ、医療ツーリズムで先行するタイやシンガポールなどに及ばない」と原茂氏。

「ただ、私が多数の外国人患者と接して感じたのは、日本のインフォームドコンセントへの評価が非常に高いこと。丁寧な診療を磨き、先進性と安全性、そして安心感、納得感を両立させた医療が日本の強みになると思います。これは訪日の動機にもつながるはずです」

通訳や保険会社との交渉等で
医師の外国人対応を支援

では医師の外国人対応を支援するには、どのような機能が必要だろうか。例えば同院では国際係が院内各所で通訳を担当し、インバウンドの外国人患者の受診相談、外国の保険会社への請求も担う(図表4・5)。

語学に加え、日本と外国の医療制度に関する知識が必要な業務であり、同係は医師1名、看護師1名を含む5名のスタッフで、英語、中国語、韓国語、ロシア語に対応している。

原茂氏は東京オリンピック・パラリンピックを契機に、多くの医療機関が外国人対応を真剣に考えることで、海外からの患者に来てもらえる「医療立国」元年にしたいという。

「日本の医療の発展に加え、医師が外国人患者の診療を通じて多様な価値観に触れて視野が広がることは、日本人への医療の質の向上にも役立ちますから、医師の方々にも積極的に対応してもらえればと思います」

図表1● 聖路加国際病院(本院)の外国人外来患者数の推移(2019年11月現在)
出典:聖路加国際病院提供資料を編集部で加工
図表2● 聖路加国際病院(本院)の外国人外来患者の国籍割合(2019年11月現在)
出典:聖路加国際病院提供資料を編集部で加工
図表3● 短期・長期滞在外国人の日本医療への期待イメージ
出典:聖路加国際病院提供資料
図表4● 国際係の外国人患者対応関連のおもな業務
通訳 診療科診察通訳 各言語担当、相談・支援センター担当、医師等のチームで対応
受付窓口通訳 待ち時間案内、動線説明、会計説明、クレーム対応 等
病棟通訳 緊急入院、IC、患者家族への説明、PCU 等
予約取得 人間ドック、従業員健診、契約企業健診、初診検査オーダー、紹介状封筒の表書き確認 等
予約変更 複数科の受信や検査を同時に変更する場合、複数のやり取りが必要な場合 等
翻訳 即時対応が必要なもの(緊急で発行する診断書など)
受診相談 アシスタンス会社・保険会社よりの受診相談・緊急受入要請
保険会社請求 外来患者の保険会社一括請求の管理 等
オリンピック関連 選手・役員(英語主体)、観客向け対応(多言語対応)
出典:聖路加国際病院提供資料を編集部で加工
図表5● 国際係の対応統計(2018年1月)
アクセス経路 内容
窓口 336 通訳 271
電話 383 その他 176
メール 226 受診相談 164
FAX 25 一般的問合せ 137
予約変更 107
新規予約 72
翻訳 43
970 970
出典:聖路加国際病院提供資料
院内の案内表示、治療費の精算機の画面表示なども多言語に対応している
写真提供:聖路加国際病院