現状の課題から医師の役割まで 新時代の在宅医療に必要なもの

国が制度や法改正、診療報酬加算などあらゆる施策を講じて在宅医療推進に乗り出してから20年近く経つが、提供体制はいまだ十分ではない。そこで厚生労働省は『全国在宅医療会議』を設置し、在宅医療をめぐる課題を抽出し、3つの重点分野と7つの柱を打ち出した。来たるべき少子多死時代に向け、地域包括ケアシステムの要となる在宅医療はどうあるべきか。現状を踏まえつつ、実践者の声から新時代の在宅医療が目指すべき姿を探る。

  • 課題&今後の重点項目は?

多死社会到来に向けた新たな在宅医療のあり方が
“治し、支える地域完結型医療”の成否を分ける

医療法人社団つくし会
新田クリニック
理事長
新田國夫
1967年早稲田大学第一商学部卒業。79年帝京大学医学部卒後、同附属病院第一外科に入局。新行徳病院外科部長を経て、90年に新田クリニックを開設し、在宅医療を始める。92年医療法人社団つくし会を設立し、理事長に就任。98年には通所リハビリテーション施設、2000年には居宅支援事業所を開所。全国在宅療養支援診療所連絡会会長、国立市医師会会長、北多摩医師会副会長、日本在宅ケアアライアンス議長など多くの役職を兼任している。

新田國夫氏 写真

概念や課題を明確化し、
質の評価によって標準化を目指す

高齢化の進展による疾病構造の変化を背景として、“病院完結型の治す医療から、地域全体で治し、支える地域完結型の医療への転換”が急がれており、地域包括ケアシステムの中核をなす在宅医療の提供体制の整備は国の重要施策の一つとなっている。厚労省の『全国在宅医療会議』は、在宅医療に関する「医療連携モデル」「普及啓発モデル」「エビデンス」の構築を重点分野に定め、それに取り組むうえでの課題を7つの柱にまとめ(図表1)、関係各団体等が共通認識をもって連携し、在宅医療推進に取り組むよう求めている。

そうしたなか、医療・看護・介護など在宅医療関連19団体が加盟し、新田クリニックの院長・新田國夫氏が議長を務める『日本在宅ケアアライアンス』では、在宅医療の概念(図表2)ならびに当面の課題を基本文書にまとめた。「在宅医療のイメージが人によって違うため、今後25年問題の先の議論をするにあたって、まず“在宅医療とは何か”を明確にする必要があった」(新田氏)からだ。

在宅医療にはおもに、①地域で長年診療してきた患者が通院できなくなったら訪問診療に切り替える“従来型”、②複数の医師が所属し、在宅診療を専門に行なう“専業型”、③がんを中心とした“在宅緩和ケア型”の3つの潮流がある。さらに昨今、「対象者の6割以上を85歳以上が占めるようになり、認知症の人が増えてきたこと、家族関係や世帯構成の変化により、一人暮らしの高齢者や老老世帯が当たり前になってきたことなどの変化を勘案し、“新しい在宅医療とは何か”を模索すべき時期に来ている」と新田氏は感じている。そこで今後は“在宅医療の質を担保する標準化”の作業に着手するという。

「看取り件数や症状緩和の有無だけでは質の評価として十分ではなく、多様な分析が求められます。たとえば“治し、支える医療”という原点に立ち返れば、“生きがいを支える”ことも重要な評価軸の一つ。医療者の価値観で“最善の医療”と考えることが必ずしも本人・家族の“最善”であるとは限らないこと、最終判断は本人と家族が行なうものであるということをつねに肝に銘じておかなければなりません」(新田氏)

地域づくりの延長線上にある
在宅医療のあり方を考える

「超高齢者が主体になると、医療・介護以前に生活に目を向ける必要がある」と新田氏。一人暮らし、孤食、粗食、貧困…は要介護の危険因子。たとえば地域に人が集える場所を確保し、一緒に楽しく食事ができるしくみをつくるなど、「医師にも地域づくりへの関与が求められてくる」(新田氏)。また昨今、家族の意向で自宅以外の療養場所が選択されることが増えているが、「住居の確保がすなわち安心ではない。楽しみや生きがいが揃って初めて“安心・満足”な場所になる」と苦言を呈す。

いま、在宅医療は病院医療と遜色なく行なえるが、一方で、かかりつけ医の高齢化により在宅医療の担い手の減少が危惧されている。

「地方では在宅医療の拠点として、中小病院が有効に機能するだろうと考えています。ときどき入院、そして退院後は病院側が出向いて在宅で診る。その図式をどう描くか、地域の力が問われてきます」(新田氏)

リーダーの存在は大きい。「行政も、保健師が保健師を超えた活動をしている地域はよくなる。同様に、立場を超えて対等に動ける医師が地域に一人でもいれば、その地域は素晴らしくなる」と新田氏は期待を込める。

図表1● 在宅医療の重点分野と課題整理
出典:第5回全国在宅医療会議・資料2-1(平成31年2月27日)
図表2● 在宅医療とは

在宅医療の概念(1)

1. 在宅医療の定義
地域の住まいに住む通院が困難な対象者に対し、人生の最終段階(看取り)も視野にいれて、医師、歯科医師、薬剤師、看護職、リハビリ関係職(PT、OT、ST)、管理栄養士、栄養士、歯科衛生士、ケアマネジャー、介護職などが行う医療介護を通ずる包括的な支援。
(注)法律上は、在宅医療は病院以外の居宅等での医療だが、介護も含めて捉えるべき。在宅ケアと同義。
2. 在宅医療の対象の典型像
加齢に伴う虚弱(広義のフレイル)の過程に入った慢性期の病状を持った高齢者で、必要に応じ入院もしながら、本人の選択を前提として、その死に至るまで、在宅において人生をその人らしく全うすることを支援することを必要とする人。がんを含めた進行性の病状があり、積極的な治す治療が功を奏しないと判断される場合も同じ。

在宅医療の概念(2)

  • 対象者:
    小児〜高齢者 外来通院不可能な人
  • 対象疾患:
    進行したがん疾患/病状が進行した慢性疾患
    神経難病/認知症/精神障害
    加齢等で死期が近い人
    小児重症疾患/医療的ケア児
  • 提供の時期:
    通院できないと判断された時期から人生の最終段階〜看取り
  • 提供されるケア:
    本人や家族のニーズに沿ったケア(医療・介護)
  • 提供の場:
    自宅、サービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホームなどの高齢者の住まいの場、グループホーム等の入所施設等
  • 提供者:
    医療従事者/介護従事者/行政担当者/地域住民
    その他(臨床宗教師、NPO、地域のボランティアグループ等)
出典:日本在宅ケアアライアンス「基本文書2」(令和元年10月版)
ver. 2019. 10. 31
  • 持続可能な連携構築とは?

医療・介護・市民・行政の“顔の見える関係”が
課題にともに向き合い、考え、解決へと導く

『心得』が医介連携を円滑にし
『筒』が関連事業をつなぐ

人口約64万人と県で二番目の規模を誇る千葉県船橋市。22の病院と358の診療所、323の歯科診療所、221の薬局があり、在宅医療を手がける医療機関は101を数える(19年11月現在)が、人口規模と高齢化率に対し医療資源は十分ではない。40年の推計年間死亡者数は8千人、自宅や施設での看取りの数は17年の4倍近くに膨らむ見込みだ(図表3)。船橋市では在宅医療の充実と医療・介護連携の推進を目的に、13年5月に医療・介護関係者や行政など19団体(現在28団体)からなる『船橋在宅医療ひまわりネットワーク』(以下『ひまわりネット』、図表4)を設立した。代表の玉元氏は「船橋市医師会は90年頃から在宅医療に取り組んできたが、医師だけで在宅医療はできない。そのための多職種・多団体連携であり、何より“顔の見える関係づくり”を大切にしている」と説明する。

活動の軸となるのが、『ひまわりシート』と『船橋市における在宅医療・介護連携の心得』(以下『心得』)だ。花色を連想する黄色いシートには、本人の情報、緊急時の連絡先、緊急時の対応方法を書き込む欄がある。これを保険証や薬などと一緒に、市内で約2万2千本配布されている『筒』に入れて冷蔵庫に保管し、冷蔵庫の扉と玄関ドアの内側の二カ所にステッカーを貼っておけば、救急活動や緊急時に役立つしくみだ(図表5)。社会福祉協議会の安心登録カードともコラボし、県医師会の事前指示書なども入れられ、「さまざまな関連事業を横断的につなぐアイテムの一つ。すでに30数件の運用例がある」(松岡氏)という。塩原氏が勤務する老健でも、入所者用にアレンジして活用している。

一方の『心得』は、入退院時の連携に関する約束事を基本的行動として明示したもの。事前準備、入院直後、入院中、退院前、退院後の各場面において、在宅側(医療/介護/本人・家族)、病院側がそれぞれ心掛けるべき事柄を示し、流れを図式化している。杉田氏は「いま意思決定はとても重要な時期にきている。『心得』を踏まえたチーム・ケアによって“尊厳が守られた最期を迎えること”を支援し、気持ちの変化を漏れなく拾い、その都度皆で共有する関係性を保ちたい」と話す。佐々木氏も「人材育成委員会主催の研修会では5年程前からエンド・オブ・ライフケアやアドバンス・ケア・プランニングについて学んでおり、徐々に臨床に浸透してきた。『心得』にもACPの内容が盛り込まれており、少なくとも病院看護師はカンファレンスの必要性を認識してくれるようになった」と手応えを感じている。

松岡氏は「各自が抱えてきた問題点や課題をシェアし、考え、解決する場ができたことは意義深い。今後の課題は担い手のすそ野を広げることと各人のスキルアップ」と語る。

もう一つの成果物『ひまわりマップ』は、在宅医療等を提供する医療機関や施設名、提供内容を一覧で紹介。作成に携わった齋藤氏は「訪問対応可能な歯科診療所は144。食べることや口腔ケアに対するニーズは高く、十分応えられるようスキルアップが必要」といい、圡居氏も「薬剤師の施設往診同行はあるが、個人宅への訪問はまだまだで、服薬順守困難例が後を絶たない。マップを活用して、薬の困りごとは薬局薬剤師に相談して欲しい」と訴える。一方、佐々木氏は、「若い介護職の離職率の高さは問題。看取りの経過を体系的に学び、体験することで、自分たちの日々のケアが、尊厳ある生活支援につながることに気づいてもらいたい」と人材育成を課題に挙げる。

活動のすそ野を広げ、
フレキシブルに進化を続ける

「疾患に注目しがちな病院医療に対し、本人や家族が主人公の在宅医療では、外来や病棟では知り得ない姿に出合える。在宅医療は人生の一部分。まずはその感覚を持つことが大切」と松岡氏。玉元氏も「高齢者にとって“お医者さんの引っ越し”は大変なストレス。勤務医、開業医の別なく、外来で診ていた人が通えなくなったら、仲間の医師とのつながりを活用しながら、ずっと関わり続ける方法を探って欲しい」と願う。

藤田氏は「ひまわりネットができて“市民が望めば、望んだ場所で”が少しずつ叶うようになった。当事者の声の反映される組織は非常に意味がある」といい、事務局長の斎藤氏は「医療に市境はない。少なくとも東葛南部6市の保健医療圏を同レベルにできるよう、活動のすそ野を広げる努力を続けたい」と抱負を述べる。「在宅医療だけでなく、災害時などの不測の事態にもこのメンバーは絶対に必要。さまざまな場面に応用できるしくみ」と寺田氏。どの立場の人間が欠けても成り立たないひまわりネットのしくみ。人が入れ替わっても、世代が代わっても、持続可能性を保てるよう、フレキシブルに進化を続ける。

船橋在宅医療ひまわりネットワークの方々
(すべて左から。ひまわりネットワークはと表記)
●玉元弘次氏(前列4人目)/代表、コミュニティクリニックみさき院長、船橋市医師会監事、船橋市医師会前会長
●寺田俊昌氏(前列3人目)/役員、寺田医院院長、船橋市医師会会長
●齋藤俊夫氏(前列5人目)/副代表、斉藤歯科医院院長、船橋歯科医師会顧問、船橋歯科医師会前会長
●圡居純一氏(前列6人目)/副代表、ドイ薬局代表取締役、船橋薬剤師会専務理事・顧問、船橋薬剤師会前会長
●杉田 勝氏(前列2人目)/副代表、船橋市新高根・芝山、高根台地域包括支援センター所長、船橋市介護支援専門員協議会会長
●松岡かおり氏(前列1人目)/役員、いけだ病院院長、千葉県医師会理事
●佐々木ゆかり氏(後列3人目)/役員、船橋市在宅医療支援拠点ふなぽーと総括者(看護師)
●塩原貴子氏(後列1人目)/役員、介護老人保健施設フェルマータ船橋事務長代理・管理者、船橋市ソーシャルワーカー連絡協議会副会長(介護支援専門員)
●藤田敦子氏(後列4人目)/役員、NPO法人千葉・在宅ケア市民ネットワークピュア代表
●斎藤伸也氏(後列2人目)/事務局長、船橋市役所 地域包括ケア推進課長
図表3● 船橋市の年間死亡者数の将来推計
出所:船橋市が推計したデータを基に推計
図表4● ひまわりネットワークの体制
図表5● 緊急入院時等に活用する「ひまわりシート」
緊急入院した場合の、本人・家族、医療・介護関係者の安心を確保するため、本人の情報・緊急時の連絡先・緊急時の対応方法を記入し、冷蔵庫に保管できるシートを作成し、平成28年度より保管できるケースとともに配付している。
また、平成29年6月より高齢者等を対象とした「安心登録カード」とのコラボ事業としても配付している。
図表3〜5:ひまわりネットワーク提供資料
  • 看取りまでの医師の役割は?

“死ぬまで”地域で安心して過ごすために、
本人・家族・医療者、そして地域にも覚悟が求められる

医療法人社団在和会
立川在宅ケアクリニック
理事長
井尾和雄
1952年熊本県生まれ。71年日本大学芸術学部写真学科入学、79年帝京大学医学部入学。84年の卒業と同時に帝京大学医学部麻酔科に入局。国立王子病院麻酔科、帝京大学医学部附属病院麻酔科、井上レディースクリニック勤務を経て、2000年2月に在宅緩和ケアを提供する在宅専門診療所「井尾クリニック」を開業。08年に移転して「立川在宅ケアクリニック」に名称変更し、現在に至る。日本緩和医療学会(暫定指導医)、日本在宅医学会(在宅専門医)など。

井尾和雄氏 写真

看取り抜きには語れない、
QOLとQODを守る在宅医療

高齢者人口がピークに達する2040年、日本の年間死亡者数は15年時に比べ約39万人も増加すると推計されている(図表6)。医療が病院完結型から地域完結型へと向かうなか、国も在宅や施設等での看取りを増やすべく、制度や法改正、診療報酬加算などの策を講じてきたが、依然、受け皿の確保には至っていない。

立川在宅ケアクリニック理事長の井尾和雄氏は、「超高齢多死社会の地域包括ケアシステムの目的は “死ぬまで”地域で安心して過ごすこと。ゴールこそが大切」と言いきる。

「地域でQOL(生活の質)を保ちながら支え、最終的にはQOD(死の質)を守るということ。すなわち死亡診断が“在宅で”必要だということです」(井尾氏)

さまざまな疾患を抱え、人生の最終段階を迎えた人々にやがて訪れる“慢性死”。それを地域でどのように支え、看取るのか、そのために何を準備すべきなのか。具体的に考えることなく、「中途半端なままだと検視ばかりが増える」と井尾氏は苦言を呈する(図表7・8)。

短期決戦だからこそ
早期介入が望まれるがんの看取り

井尾氏が麻酔科医から在宅緩和ケア医に転じたのは、父親と友人を相次いでがんで亡くし、当時、緩和ケアも死に場所もなかった日本の状況に愕然とし、憤りを感じたからだ。

00年2月開業の在宅専門の立川在宅ケアクリニックは、多摩地域の中心部にあたる人口約18万の立川市に位置する。訪問可能エリアは26市町を含む半径16キロ圏内。常勤医4名、非常勤医2名でシフトを組み、24時間365日対応している。地域の訪問看護の育成に尽力した甲斐あって、今では安心して任せられる訪問看護ステーションの数は10カ所以上にのぼる。

19年10月末までの看取り総数は三千六百で、がんが85%を占めるが、がん患者の12・5%が初診から1週間未満で、全体の約半数が1か月未満で亡くなっている(図表9)。「がんは短期決戦の看取りだからこそ、もっと早く紹介してもらえたら…」というのが井尾氏の偽らざる気持ちだ。

同クリニックはがん治療との併診も可能だ。実際、この20年の間に、在宅で緩和ケアが十分にできることを理解したうえで、“症状緩和を井尾氏に任せながら、がん治療を継続する”という選択肢を患者に示せる医師が徐々に増えてきているという。

立川市とその周辺では、井尾氏が築き上げてきたさまざまなネットワークを基盤に、医師会と立川市が運営調整して、地域包括ケアシステムとして機能し始めている。

本人・家族・医療者全員の
“覚悟”がACPを実現する

「在宅医療で一番大事なのは訪問看護で、二番目がケアマネ。医師はその次です。ただし、統括的にみていくのも、処方ができるのも、最期を看取れるのも医師。つかず離れず、見守りながら、最期まで責任を持つのが医師の役割です」(井尾氏)

そんな志のある医師を増やすにはどうすればよいのだろう。

「少しでも興味があれば、まず“触れてみる”ことです。24時間365日そんなに神経質にならなくても大丈夫。訪看をきちんと育てれば、看取りのときを除けば、出番はそう多くはありません。」(井尾氏)

井尾氏のもとには、災害医療センターや立川病院などから後期研修医が研修に訪れる。「たった2週間でもものの見方が変わるし、どの診療科を選んだとしてもその経験はどこかで活きてくる」と信じている。

井尾氏が自身の役割と心得ているのが“家族が看取る、その支援と死亡確認”だ。

「その成否が決まるのは初日の面談です。在宅診療を希望する場合、全員に面談を行なって、本人が“家に帰りたい”と望んでいるか、家族が家で“看取る覚悟”があるかを確認し、そのうえで、24時間365日支援することを伝えます(図表10)。もし“看取れない”家族であれば、ホスピスの確保など、次の段階まで考えておく必要があります」(井尾氏)

アドバンス・ケア・プランニングで重要なことも、その時々における患者の覚悟、それを受け止める家族の覚悟の確認、そして「何より大事なことはすべてひっくるめて“わかった。俺が死に水を取るよ”という医師の覚悟」だと井尾氏はいう。

当初、往診カバンは薬や検査・処置道具でパンパンだったが、井尾氏がいま手にするのは聴診器だけだ。「昨今、触診や聴診をしない医師が増えているので、患者も家族も概ねそれで安心する」のだそうだ。ただ代わりに、診察中は言葉を掛けながら、ずっと患者の手を握り続ける。

「家族を“看取る側”として支え・育てることも大切な仕事」だと井尾氏。たとえば、なかにはすぐに取れない症状もあるが、最初から深い鎮静状態にはできないので、症状が緩和されるまでの間、家族も少し苦労をすることになる。「そうした経験がとても大事で、“やることをやったし、見届けた”というご家族の納得にもつながる」という。

その言葉を裏付けるように、立川在宅ケアクリニックには取材したその日も、看取りを遂げた家族が笑顔で挨拶に訪れていた。

井尾氏が企画・旗揚げした多職種連携の「多摩在宅ケアネットワーク」(下)と、市民向けに定期的に行っている「三水定期講演会」(上)
図表6● 死亡数の将来推計
出典:2015年以前は厚生労働省「人口動態統計」による出生数及び死亡数(いずれも日本人)
2020年以降は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年4月推計)」の出生中位・死亡中位仮定による推計結果
出典:厚生労働省医政局地域医療計画課「地域包括ケアシステムにおける在宅医療への期待」(平成31年1月20日)
図表7● 看取りから見た地域包括ケアシステムの目的

地域での看取りを具体的に考える

  • Ⅰ)急性死:事故、心臓、脳卒中など救急搬送され病院での死
  • Ⅱ)慢性死:末期癌、非癌疾患終末期、認知症、老衰、難病などの死

慢性死を地域で支え、看取るのが
地域包括ケアシステムの目的

図表8● おもに在宅における看取りの種類

看取りには二通り

  • Ⅰ)長期戦の看取り
    =寝たきり(慢性臓器不全、脳卒中後遺症、認知症、難病、老衰…)の看取り
    医師会が中心:24時間体制を補完(主治医・副主治医)して看取る
  • Ⅱ)短期決戦の看取り
    癌の終末期の看取り専門的緩和ケアが必要
    専門的緩和ケア=症状緩和+ターミナルケア+看取り

在宅緩和ケアチームが不可欠

図表9● 立川在宅ケアクリニックにおける在宅看取り患者の診療日数

在宅看取り患者診療日数(がん)

1週間未満 341人 12.5%
1週間〜1ヶ月未満 1017人 37.3%
1ヶ月〜3ヶ月未満 774人 28.4%
3ヶ月〜6ヶ月未満 330人 12.1%
6ヶ月以上 263人 9.7%
合 計 2725人 100%

在宅看取り患者診療日数(非がん)

1週間未満 48人 10.1%
1週間〜1ヶ月未満 60人 12.7%
1ヶ月〜3ヶ月未満 130人 27.5%
3ヶ月〜6ヶ月未満 74人 15.7%
6ヶ月以上 160人 33.9%
合 計 472人 100%
図表10● 在宅看取りに必要な覚悟

在宅看取りには3つの覚悟

  • 1.家で死にたい本人の覚悟 (ACP)
  • 2.家で看取りたい家族の覚悟
  • 3.家で最期まで支える医療、介護の覚悟
図表7〜10出典:井尾氏提供資料(平成31年1月20日)