選択と集中、質の追求がキーワード 求められる中小病院の条件

2018年度の診療報酬改定により、中小病院が進む道として在宅医療への参入や回復期機能の充実などの選択肢が示された。しかしそうした道を歩まず、専門性を徹底的に磨き、社会の変化が生み出すニーズに応えることで、地域や患者から支持を集める病院も存在する。どのような取り組みがそれを支えているのか?各病院の事例から、これからも求められ続ける中小病院の条件を探った。

  • 専門分野で一気通貫

脳・神経疾患に特化したケアミックス病院で
在院日数の短縮、FIMの向上を実現

公益財団法人 脳血管研究所 美原記念病院

施設概要

所在地:
群馬県伊勢崎市
診療科目:
神経内科、脳神経外科、整形外科、リハビリテーション科、内科、外科、放射線科、循環器内科
病床数:
189床
一般病棟45床(DPC対象病棟〈うち脳卒中ケアユニット6床〉)、障害者施設等一般病棟45床、回復期リハビリテーション病棟83床(2病棟)、地域包括ケア病床16床
公益財団法人 脳血管研究所
美原記念病院
病院長
美原 盤
1980年慶應義塾大学医学部卒業後、同大学内科学教室に入局。同大学大学院医学研究科では神経内科学を専攻し、1986年修了。大学病院で神経内科の診療に従事した後、1990年から現職。全日本病院協会副会長、日本慢性期医療協会常任理事を務め、中央社会保険医療協議会のDPC評価分科会委員も経験。日本神経学会評議員(日本神経学会指導医)、日本脳卒中学会評議員(脳卒中学会専門医)、日本神経治療学会評議員、日本脳循環代謝学会評議員など

美原 盤氏 写真

トップダウンで素早く動く
中小病院の身軽さが強み

美原記念病院は「脳・神経疾患の急性期から在宅まで一貫した医療介護の提供」をミッションとし、専門分野に特化したケアミックス化を進めてきた。それを端的に示すのが同院の病床機能の変化だ(図表1)。

1999年まで病床数の3分の2を急性期病棟が占めていたが、2000年の改築を機に急性期病棟を全体の4分の1に削減。残りをすべて療養病床とし、急性期を脱した患者のフォローにも力を入れてきた。

さらに病床の半数を回復期リハ病棟に替えて回復期機能を充実させ、脳卒中の初期治療強化のためSCUも設置。2016年には回復期リハ病棟の一部を地域包括ケア病床に転換している。これにより急性期後の患者で機能回復が見込めるケースは回復期リハ病棟へ、それが難しい場合は地域包括ケア病棟へと、容体に適した療養環境が提供できるようになった。また軽度の急性期医療も地域包括ケア病床で対応する。

院長の美原盤氏は、これらの変化は同院のミッションの実現に向けた努力の結果であり、トップダウンで素早く動け、その意図が浸透しやすい規模だからできたと言う。

「中小病院にとって、地域の身近な病院というだけでは生き残りが難しい時代。私は脳・神経疾患の専門病院として専門性に磨きをかけ、良好な治療実績を残すことが、求められる病院の条件と考えています」

早期からの専門的リハビリで
在院日数を大幅に短縮

同院は群馬県内でもっとも多く脳卒中患者を診ている病院で(2017年度DPCデータに基づく同院分析による)、脳外科手術、t-PA静注療法、緊急血栓回収術などの件数も多く、救急搬入件数1314件のうち8割以上が脳疾患の患者となっている(2018年度実績)。

こうした急性期の治療と並行して、早期にリハビリを開始するのも同院の方針。入院から3日以内のリハビリ開始率は8割を超える。その後、必要なら同院の回復期リハ病棟に転床してリハビリを継続するが、院内で転床した患者の平均在院日数は60日弱で、紹介転院の約3分の2、全国平均のほぼ半分と、結果は非常に良好だと美原氏(図表2)。

「早期から切れ目なく専門的なリハビリを提供できるため、日常生活動作が自力でどの程度可能かを評価するFIMも、当院で治療を完結した患者がもっとも高くなっています」

脳・神経疾患分野に特化し、ケアミックス化を進めたことで、DPCの機能評価係数Ⅱのうち救急医療係数、複雑性係数などはDPC病院平均を大きく上回り、急性期、回復期とも全国平均より短い在院日数を維持するなど、病院経営に大いに寄与している。

地域包括ケア病床は回復期リハ病棟に向かない患者のポストアキュート、在宅療養の患者のうち高度・専門的な治療を行わないサブアキュートを担う。平均在院日数は全国平均並みだが、急性期・回復期の各病棟の機能特化に貢献している。

一方、障害者施設等一般病棟は、パーキンソン病関連疾患やALSをはじめとする神経難病患者のレスパイトケアが中心で、入院期間は9割以上が1カ月未満だ。

「そうした在宅医療支援に加え、ご本人やご家族の了解を得て、亡くなったときは献体にご協力いただき、神経難病の共同研究に生かすなど将来に向けた取り組みも行っています」

美原氏はこれを地域に根ざした専門病院の使命と考え、患者の入退院時の送迎、看護師・MSWの入院前自宅訪問なども行い、神経難病患者の確保に努めている(図表3)。

客観的な指標をもとに
PDCAサイクルで病院運営

また、同院はDPCデータ等の客観指標をもとに経営改善を進めており、施策をすぐ現場で実践できるのも中小病院の強みと美原氏は言う。

「例えば、地域ごとに脳・神経疾患の患者の流入出状況を経年で見て、流出が増えた隣接医療圏があり(図表4)、二次医療圏の手術件数の比較では脳卒中の手術件数がゼロの医療圏もあった。そのような状況を勘案し、集患の施策を検討します」

この場合は、同院の救急部長を中心に該当地域の消防隊との連携を強化したところ、救急搬送件数が1年ほどで約2倍に伸びたという。

「病院の機能分化が進むなか、急性期から在宅復帰まで担うミッションにこだわり、病棟機能の適切な転換、データを活用したPDCAサイクルでの病院運営などを実践したことが実績につながっていると思います」

図表1● 脳神経疾患に特化し急性期から 回復期までカバー
図表2● ケアミックスでトータルに診ることでアウトカム向上
図表3● 専門病院の使命として神経難病患者を集患
図表4● データにもとづくPDCA経営とその徹底
図表1~4出典:美原記念病院提供。
図表1,3は提供資料を元に編集部で加工。
  • 専門治療に特化

頚椎や腰関節の内視鏡下手術を多数実施
全国の患者の信頼を得て、選ばれる病院に

医療法人財団 岩井医療財団 稲波脊椎・関節病院

施設概要

所在地:
東京都品川区
診療科目:
整形外科 / リハビリテーション科 / 放射線科 / 内科 / 麻酔科
病床数:
60床

【同グループ・岩井整形外科内科病院】

所在地:
東京都江戸川区
診療科目:
整形外科 / リハビリテーション科 / 放射線科 / 内科 / 麻酔科
病床数:
58床
医療法人財団 岩井医療財団
稲波脊椎・関節病院
理事長
稲波弘彦
1979年東京大学医学部卒業後、同大学整形外科学教室に入局。同大学医学部附属病院のほか、東京都立墨東病院、三井記念病院、虎の門病院などの整形外科で研修。1990年に岩井整形外科内科病院に移り、院長に就任。2007年から医療法人財団岩井医療財団理事長(兼務)。2015年に稲波脊椎・関節病院を開設し、院長就任(前病院理事長・財団理事長兼務)。手の骨折部を固定しながら指関節のけん引を行う「パンタグラフ型手指創外固定器」を開発。

稲波弘彦氏 写真

“自分が患者なら受けたい”
手術を積極的に採用

稲波脊椎・関節病院は、脊椎と膝スポーツ障害を中心とした治療を行う専門病院だ。同院が属する岩井グループは低侵襲治療に力を入れ、2018年度の内視鏡手術は2587件と年間手術件数の75%を占める(図表1・グループ全体の実績)。

院長の稲波弘彦氏によれば、同グループで初めて脊椎内視鏡下手術を行ったのは2001年12月。翌年には同様の手術がグループ内で120件を超え、急速に広まったという。

「一般的な手術では皮膚を7センチくらいは切っていた症例も、内視鏡なら2センチほどに。自分ならどちらを受けたいかと考えたら、手術が内視鏡中心になるのは自然でした」

現在、同グループは脊椎内視鏡下手術で国内シェアのトップに位置する(図表2・2017年の実績)。

「自分たちの得意分野に集中すれば、質も適切に評価・担保でき、安全で効果的な医療が提供できます。そうした専門性を採算ベースに乗せるのが経営の役割と考えています」

患者への積極的な情報公開で
信頼できる中小病院に

すでに同グループは東京都以外の患者が半数近くに達するなど、専門性が集患に貢献しているようだ。

「当院の専門性と治療実績が口コミで広がったことが要因の一つだと考えています。早くからインターネットを活用した情報提供を行ったほか、患者に手術時の全ビデオ動画を渡し、電子カルテの導入で診療情報をわかりやすくするなど、信頼関係の構築にも努めてきたことも、今に繋がったと思います」

民間病院は公的病院に比べ信頼度が低いのではないか。稲波氏はそう懸念し、当時でも珍しかった積極的な情報開示で不安を払拭し、信頼を醸成してきたと言う。

「数年前からSDGsにも取り組み、国内外の医師に内視鏡下手術のトレーニングも行っています。これらは病院経営に直接貢献はしませんが、職員が職場に誇りを持ち、患者や社会全体からの信頼が高まることを期待しています」

病院は社会の公器であり、経営優先の診療を行うよりは、患者のため、社会のために行動する方が結果的に最適な経営戦略になると稲波氏。

「医療機関の数・種類が豊富な都市部に限れば、あふれる情報をもとに患者が医療を選ぶ時代です。高い専門性を持ち、患者に信頼される病院であれば、規模の大きさに関わらず選ばれていくのだと考えています」

図表1● 手術件数(岩井グループ全体・2018年度)
手術名 件数
MED(内視鏡下腰椎椎間板摘出術) 755
MECD(内視鏡下頚椎椎間板摘出術) 43
PED(PELD:経皮的内視鏡下腰椎椎間板摘出術) 312
MEL(内視鏡下腰椎椎弓切除術) 609
MECL(内視鏡下頚椎椎弓切除術) 76
内視鏡下椎弓形成 362
頚椎前方固定術 39
頚椎椎弓形成術 117
ME-PLIF/TLIF(内視鏡下腰椎椎体間固定術) 280
X-LIF(内視鏡下側方腰椎椎体間固定術) 148
X-CORE 2
その他(脊椎) 85
その他(大腿骨) 1
人工関節置換術(股) 59
人工関節置換術(膝) 46
その他 195
靭帯断裂形成 253
PLDD 2
ヘルニコア注入 40
内視鏡手術 計 2,587
3,424
図表2● 脊椎内視鏡下手術実施状況調査(国内における岩井グループのシェア)
『日本整形外科學會雜誌 第93巻 第1号』から算出
図表1・2出典:岩井医療財団提供
  • 専門・急性期で差別化

在宅医療に移行する精神疾患の患者に対し
急性期医療、24時間対応の救急医療を提供

医療法人社団 成仁病院

施設概要

所在地:
東京都足立区
診療科目:
精神科
病床数:
114床
医療法人社団 成仁病院 写真
環七通り沿いで駅から歩いて行ける、最適な立地。
医療法人社団 成仁病院
理事長
片山成仁
1987年東京大学医学部卒業後、同大学精神医学教室に入局。同大学医学部附属病院精神神経科、東京都立松沢病院での研修後、東京大学大学院医学系研究科に入学し、認知症の国際的権威である松下正明氏に師事する。このとき精神科在宅医療に興味を持ち、日本初の精神科専門の在宅医療施設となる成仁医院を開設。その後、重度認知症デイケア施設、認知症専門の介護老人保健施設なども併設する。2007年に成仁病院を開設し、現職。

片山成仁氏 写真

短期集中治療、早期退院で
在宅医療の患者を支援

成仁病院は、東京23区内で40年ぶりの開設となる民間の精神科単科病院。精神疾患の患者が病院での長期入院から在宅医療に移行するなか、利便性の高い都市部で、在宅患者の急性期医療を専門としている。

理事長の片山成仁氏は、認知症患者の外来診療・訪問診療を行う診療所を拠点としてきた。そのため当初、認知症患者の家族から入院希望もあったが、同院の専門性を明確にするよう別の施設を紹介したと明かす。

「身体科の在宅患者の入院は高齢者や身体虚弱が中心ですが、精神科では統合失調症、気分障害、器質性精神障害、薬物依存など、患者層がまったく異なるのです(図表1)」

そうした患者を長期入院させず、短期集中治療、早期退院に特化して在宅復帰を目指すのが同院の方針で、救急車には精神科ERが24時間365日対応。実際、毎月の入院者数と退院者数は拮抗し、1カ月ほどで退院することがわかる(図表2)。

専門分野に特化すれば
医師確保にも効果的に

同院への入院患者は行政を介した入院が7割ほどで、残りが民間病院からの紹介など。その意味では医師・看護師の人数を充実させ、受入体制を整えることが、行政へのアピールにもなる。

片山氏が専門性にこだわるのは、そうした医師・スタッフ確保への影響も大きいからだと言う。

「以前いた診療所や併設の介護施設では、国の方針転換で人材確保に予算がかけられず、非常に苦労しました。しかし中小病院でも“精神科の急性期という専門分野”なら、望んで働きたい人が見つかるのです」

医師・スタッフが十分に確保できれば診療は効率的になり、収益にも貢献。後進の育成に時間がかけられ医療の質も向上すると片山氏。しかも同院は日本精神神経学会精神科専門医の取得を目指せる研修施設で、精神保健指定医も多数在籍する。

「病院も医師も『自分は何ができるか』を突き詰めることが重要。総合病院も診療科ごとでは規模が大きいわけではなく、当院のような単科の中小病院は特定分野に多数の専門家を擁する点が強みになるのです」

図表1● 入院者数と診断(2018年度合計)
図表2● 月別・入院者数と退院者数(2018年度)
図表1・2出典:成仁病院提供