最新傾向から導いた成功の秘訣&必須ノウハウ いまどき開業の掟10

開業すれば誰もが成功するような時代は、すでに過ぎ去った。
競合医院が増加し、成功するためには戦略が必要となっている。また、外来医師の多い地域での新規開業に条件がつく、初期コスト削減のために第三者の医院を承継するなど、開業市場の新しい動きが活発化しつつある。そうした状況下で経営を軌道に乗せ、さらに安定させるには何が必要なのか?実績豊富な開業コンサルタントの佐久間賢一氏が、“10の掟”を解説する。

公益社団法人日本医業経営コンサルタント協会
専務理事
株式会社MMS
代表取締役
佐久間賢一
国内最大級の税理士法人「KPMG税理士法人」で医療機関の税務・会計・コンサルティング部門の責任者を20年以上務めた。2009年(株)MMS代表取締役に就任。開業支援、増収対策、事業承継等のコンサルティング業務に携わっている。日本医業経営コンサルタント協会の認定登録医業経営コンサルタント。同協会理事、TKC医業経営指標編纂委員などを歴任。

佐久間賢一氏 写真

*記事内図表は、クレジットがない場合、(株)MMS・佐久間賢一氏提供

  • 掟1

競合医院が増え、集患に時間がかかる時代。
差別化戦略」を焦らずじっくり考えたい

開業医は経営者でもある。
その意識作りが重要

「全国の医院数は10万以上。首都圏を中心に多くの地域で、近くに競合医院がある状況です。そのなかで継続的に成功するには、十分な戦略を立てることが不可欠。開業はゴールではなくスタートなのです」

日本医業経営コンサルタント協会専務理事で(株)MMS代表取締役の佐久間賢一氏は開口一番そう語る。

厚生労働省の調査によると、医院の年間開設数は年々増加し、最新の2017年では8000件超(図(1)参照)。この数字を見ると開業ラッシュのような印象を受けるかもしれないが、実態は少し違う。

「厚労省の統計では、個人の医院をいったん閉めて医療法人としてリニューアルした案件なども『開院』にカウントされています。当社の独自集計によると、実質的な新規開業は年間約2000件でした。実態を知ったうえで準備をしてください」

開業準備において、まず知るべきは地域ごとの動向だ。新規開業約2000件のうち、多くが東京23区に集中している。

「23区内の新規開業は約60%が内科系です。かなり競合が多いことを覚悟しなければなりません」

一方、大都市以外の地域では、新規開業数より閉院数が多く、医院の総数が減少しているところもある。

「有床診療所の閉院が増えているのでは、と見ています。人材不足で職員の人件費が高くなり、さらに給食の負担などもあるため、有床診の経営が苦しくなっているようです」

人材不足の一因は人口減少で、無床診療所にとっても無関係ではない。有能な職員を集めにくくなり、将来的には患者数自体が減っていくことは心に留めておきたい。

また、かつてに比べて集患にかかる時間と労力が増大している点も、最近の開業市場のポイントである。

「多くの患者は、すでにどこかの医院にかかっているわけです。その人たちに新たに自院を認知してもらい、さらにかかりつけにしてもらうまで約1年はかかると思ってください」

医院の年間倒産件数は30件前後とわずかだ。だが、倒産に至らないまでも、経営不振のために閉院しているケースは少なくない。そうならないための“掟”とは何か?

「キーワードは『差別化』です。自院ならではの強みを経営に生かす戦略を徹底的に考えましょう。まずは院長が『医師であると同時に経営者でもある』という自覚をしっかり持つことから始まります」

●図(1) 診療所 開設・閉院・倒産件数推移
医療機関
動向状況
平成
23年
24年 25年 26年 27年 28年 29年
開設数 5,184 5,138 5,662 7,610 7,588 7,448 8,065
廃止数 5,461 4,533 5,286 7,677 7,054 6,914 8,123
実増加 −277 605 376 −67 534 534 −58
倒産件数 32 37 36 29 25 34 25
データ出典:開設数・廃止数・実増加/厚生労働省「医療施設(動態)調査」
倒産件数/帝国データバンク「医療機関の休廃業・解散動向調査」
●開業の環境変化

1.競合状態にある

  • ・開業予定地には、競合する医療機関が有ることを前提に検討が必要
  • ・甘い来院患者予測に基づく事業計画は危険

2.認知に時間がかかる

  • ・自院開業を知って貰うのに時間がかかるようになっている
  • ・その為には、開業前からの広告活動が重要になる

3.資金計画を練る

  • ・患者来院迄に時間がかかることを予測した資金計画作成が大切
  • ・運転資金の確保を最優先にする
  • ・医療機器等の設備は段階的に増やしていく
掟ヤブリの落とし穴
マーケット事情をよく調べずに開業すると、競合との差別化戦略が十分でない場合も。開業から2〜3年で資金ショートを起こし、医院を閉めて勤務医に戻り、銀行からの借り入れ金を返済し続けている医師もいる。
  • 掟2

経営理念は医院の土台。
どんな医院でありたいか、
方向性やコンセプトを
端的な言葉で表現する

キャリアの棚卸しで
自身の「強み」を洗い出す

経営理念は、医院の診療方針を端的に表した言葉だ。立地選定や事業計画などあらゆる開業準備の主軸で、医院の土台とも言える。

「経営理念は、患者や地域住民にどんな医院かを伝えるメッセージです。同時に、職員に院長の考えを示すものであり、院内の行動指針にもなります。誰にでもわかるように専門用語は使わず、できるだけ平易な言葉で表現しましょう」

いくつか事例を紹介する。図(2)は、某泌尿器科医院の例である。「人間の身体全体を診る、爽やかな癒しの場」が基本理念で、「主侍医」という独自の表現で患者に寄り添う姿勢を示している。

「この医院は、待合室からして『癒しの場』に相応しい雰囲気です。職員には採用段階から穏やかな態度を心がけてほしいと説明し、開業後に荒っぽい言葉遣いなどがあれば経営理念を読み直すよう言うそうです。泌尿器科ですが、全身の相談を受けて、必要に応じて別の専門医を紹介する。まさに『主侍医』としての診療が評判を呼び、開業4年目で法人化するほど成功しました」

佐久間氏によると、経営理念づくりの“掟”は、幅広い患者層を包み込む言葉を選ぶことだ。某内科医院は「ここに来て良かったと思える医院」を経営理念に掲げている。シンプルだが、あらゆる患者に優しい様がよく伝わってくる。

「平易かつインパクトのある表現にしなければならないので、簡単ではありません。最初から文章にしようとすると進みませんから、『優しい』『満足感』など大切にしたいキーワードを挙げてみるといいでしょう」

自院にとって何がもっとも大切か。それを特定するには“キャリアの棚卸し”が有効だという。

「自身の強みと弱みを書き出し、強みを経営理念につなげるのです。医師は自分の診療技術には自信を持っていても、その他の強みに無自覚なことがあります。我々が経歴を伺うと、医院の特色にできる要素がたくさん見えてきます」

例えば、勤務医時代に築いた人脈が開業後の強力な連携先になることがある。前出の泌尿器科のように、幅広い相談を受け付ける医院にできるかもしれない。勤務医時代に患者向けの勉強会で使用した資料があるなら、それを再利用して患者が学べる医院にする手も考えられる。

「自分の強みがわかったら、医院のミッション(使命)、バリュー(信念)、ビジョン(目指す姿)の3要素を織り交ぜて文章化し、他院とは違う経営理念を考えてください」

某内科医院は「赤ちゃんからお年寄りまで頼れる地域のホームドクター」を経営理念にしている。かかりつけ医の役割を徹底するという信念が診療の端々に表れる医院で、多くの患者の心を掴んでいるそうだ。

●医療機関の経営理念

作成目的

  • a)患者さまへ診療方針の伝達
  • b)スタッフとの意識統一
  • c)地域住民や取引先への方針の明示
  • d)地域社会での存在価値の明示
  • e)経営管理体制の整備による安全性の確保
  • f)差別化戦略・・・・・競合医療機関との違いを明確にする経営理念・診療所名・診療科目名

作成ポイント

  • a)経歴から目指す方針を作成・・・・・swat分析による
  • b)スタッフの行動指針となる・・・・・スタッフ教育に繋げる
  • c)できる限りシンプルに表現する・・・・・専門用語は避ける
●図(2) 経営理念の実例

人間の身体全体を診る、爽やかな癒しの場であることが私のクリニックの基本理念です。

病気についての悩みや疑問をもつ患者様に解かりやすい丁寧な言葉で説明し、不安な世界から希望有る世界に導く水先案内人であるとともに、元気な時からの健康管理と病気になれば何時でも相談に応じ、必要があれば専門医を紹介するあなたの主治医、主侍医でいたいと思います。

病院で病気を治す主治医だけでない、何時でもあなたの体を知り、あなたの傍らに「はべる(侍る)」主知医、主侍医です。

掟ヤブリの落とし穴
経営理念に専門用語を使ったり難しい長文にしたりすると、患者や職員が理解できない恐れがある。その結果、集患が難航し、職員のマネジメントに手こずるかもしれない。待合室に掲示することをイメージして平易な文章を考えたい。
  • 掟3

診療科目は原則2つまで。
専門特化の「I字戦略」か、
総合診療的な「T字戦略」の
どちらかを選択する

医院名は差別化の入り口。
イメージ戦略で集患する手も

開業にあたっては、保健所に診療科目を届け出なくてはならない。診療科目の数は「医師1人あたり2診療科以内」と医療広告ガイドラインで定められている。旧来のように内科、消化器内科、外科、小児科……などと科目を多数列記することは原則として認められない。

1医師2診療科の枠のなかで差別化を図るにはどうしたらいいか。佐久間氏は「I字戦略」「T字戦略」という“掟”を提唱する。

I字戦略は、診療科目を一つに絞り、専門性を前面に打ち出す戦略である。08年の法改正で、身体の部位や疾患名、患者の年齢、性別なども診療科目に含められるようになった。具体的には老年内科、リウマチ科なども可能である。

「I字戦略が適しているのは、院長が専門的な診療技術を持ち、都市部に立地して広域から患者を集められる医院です。診療科目を絞り込む分、患者数がすぐには伸びない可能性もあるので、十分な資金も必要です」

もう一方のT字戦略は、一般内科など総合診療的な診療科目をベースに、循環器科など専門領域を組み合わせる方法だ。

「基本は内科で何でも診ますが、循環器は特に専門的な診療をする、というスタイルです。住宅地で幅広い年齢層の患者を対象にする医院は、T字戦略が基本です」

診療科目を決めたら、医院名を考える。佐久間氏は「どういう名称にするかによって、患者に与える印象は大きく変わります。医院名は、差別化のための最初の入り口なのです」と語る。従来からの定番は「○○駅前クリニック」「山田太郎医院」などと地名や院長名をつけた医院名だ。

「T字戦略が適している医院のように、住宅地で開業する場合は、地名や院長名を用いる医院名でもいいかもしれません。あまり奇をてらわないほうが、幅広い患者に安心感を与えられる可能性があります」

逆に専門性の高い診療をしたり、より他との差別化を図ったりする場合は、医院名にもひと工夫が欲しい。

例えば図(3)にあるように、「アフター5クリニック」(夜間診療専門)、「トラベルクリニック」(海外渡航者向けの予防接種など)のように、特徴的な診療方針そのものを医院名に掲げる戦略がある。もしくは「空と海のクリニック」(精神科)のように、専門性より医院の雰囲気を前面に出したイメージ戦略をとる医院もある。

なお、一時期はインターネットのSEO対策として、地名を医院名に入れるといいと言われたことも。が、疾患名や診療科目などで検索されるケースも多いため一概には言えない。

「SEO対策はホームページ作成のテクニックでもカバーできますので、それで決める必要はないでしょう」

●図(3) 診療所名の差別化

医療広告ガイドライン

治療方法、部位、診療対象者等を医療機関名として使用可能

  • a)旧名称例
    山田太郎診療所 〇〇駅前クリニック
  • b)新名称例
    三番町ごきげんクリニック
    空と海とのクリニック
    下肢静脈瘤クリニック
    アフター5クリニック
    トラベルクリニック
●診療科目の考え方

診療科目

a)住宅地域・・・・幅広く診られる診療科目と専門性

b)都市部・・・・・・広範囲から来院が受けられる専門性を前面に

掟ヤブリの落とし穴
専門的な医院を住宅地で開業する場合は、注意が必要だ。ある元脳外科医は住宅地で脳ドックの医院を開業したが、患者は風邪や生活習慣病が多かった。自身のこだわりと地域のニーズが合わず、経営に苦しんでいる。
  • 掟4

診療圏調査の結果だけで立地選定はできない。
競合ごとの1日患者数をリサーチすることが重要

外来医師多数区域での開業は
地域の不足機能を担うことに

立地選定の基本的な流れは左図のとおり。経営理念や診療方針に照らしてエリアを絞り込み、資金と相談して物件を決めることが“掟”だ。

患者は医院を選ぶにあたり、自宅または勤務先に近いことを重視している(図(4)参照)。開業候補エリアにどれだけ潜在患者がいるか、事前に綿密な調査が必要である。基本的には、開業コンサルタントなどによる診療圏調査の結果を参考とするが、それだけで不十分なようだ。

「診療圏調査は公的なデータを元に、例えば『老人の多い地域で内科患者が1日150人』などと割り出します。それをエリア内の医院数で等分し、『患者数は1日30人』などと予測するのです。しかし、近くに強烈な人気医院があれば1日30人も集められない危険性があります。立地選定にあたっては、必ず現地を歩いて競合の様子を確かめることが大事です」

地域によっては「医療機能情報ネット」で各医院の1日平均患者数を公表している。都道府県が運営しているサイトで、患者が医療機関を探す際に使うものだ。東京都など同サイトに患者数を掲載していない地域もあるが、競合が医療法人なら法務局で決算書を閲覧すればいい。年間の診療収入から患者数を逆算できる。

なお、かつては自宅に医院を併設する例が少なくなかったが、近年は職住を分ける医師が多いそうだ。

「プライベート確保の場合もありますが、特に都心部では資金的な問題で、人気エリアに自宅兼医院を建てることが難しいのです。競合の少ない地域に引っ越そうにも、家族が反対する場合も少なくない。そのため、自宅は都市部で、離れた地域のテナントで開業する医師が増えました」

立地選定でもう一つ気になるキーワードは、「外来医師多数区域」だ。二次医療圏あたりの外来医師数を基に厚労省が定めた「外来医師偏在指標」で、上位33・3%の地域は外来医師多数区域と指定される。同区域で2020年4月以降に新規開業する場合は、在宅医療、初期救急(夜間・休日の診療)、公衆衛生のうち、区域内で不足の機能を担うことが求められる。合意しない場合は、その旨が公表されたり、協議の場への出席を求められたりする見込みだ。「ただ、合意は強制ではありません。制度が始まるからといって慌てず、丁寧に開業準備をしましょう」

●立地選定の基本的な流れ
●図(4) 患者受診動機の傾向
厚生労働省「国民生活基礎調査」データより佐久間氏作成
●外来医師偏在指標の活用方法

開業にあたって参考となるデータとして、医師数上位33.3%を外来医師多数地域として設定

  • ・都道府県のホームページに掲載
  • ・新規開業希望者が容易にアクセスできる工夫を行う
  • ・マッピングデータはできるだけ頻繁に更新する
  • ・二次医療圏、三次医療圏、それぞれで作成する都道府県が医師確保計画を企画中、三次医療圏は都道府県単位で協議を進める
  • ・資金調達を担う金融機関に対して情報提供
  • ・国、都道府県から必要な通知を行う
  • ・医師偏在是正は2036年を目標とする
掟ヤブリの落とし穴
「東京都内で競合の少ない地域はどこか?」という発想は控えたい。開業時に競合が少なかったとしても、あとから増える可能性は高い。また、その地域の患者層が、院長の目指す診療と合わなければ毎日が苦痛になりかねない。
  • 掟5

収入は控えめに見積り、
経費は固定費を抑えて
堅実な事業計画を立てる

当初の職員はパートを基本に。
医療機器も必要最低限に

金融機関から融資を受けるには、事業計画書の提示が必須だ。収入は、診療圏調査の予測患者数と各科の平均単価から推計する。希望的数値ではなく堅実な数値で計算しよう。

経費は、図(5)のとおり人件費、家賃などの固定費が大きな割合を占める。これらをなるべく抑えることが無理のない事業計画の“掟”だ。

「不確定要素の多い開業当初は、職員は正職員よりパート採用、使用頻度の低い医療機器は購入よりリースを基本に考えたいところ。運転資金は半年〜1年分は確保しましょう。加えて、院長の生活水準を落とさない程度の生活費も計上し、借り入れ総額を考えます」

●図(5) 諸経費割合(院外処方)
TKC全国会 M-BAST平成27版参照
●借入金のおもな内容
掟ヤブリの落とし穴
事業計画は会計事務所や開業コンサルタントに任せきりにしてはならない。医師自身が内容を理路整然と説明できなければ、金融機関に対する説得力は低減する。開業医は経営者であることを意識し、自分で事業計画を考えることが大切だ。
  • 掟6

開業時の資金調達
都市銀行より地方銀行や
信用金庫が圧倒的に有利

開業初期を乗り切るために
据え置き期間を設定する

「金融機関には、それぞれ役割があります。医院開業に合う金融機関を選びましょう」と佐久間氏が言うように、都市銀行は企業向けの融資を主な役割としており、個人の開業医には条件が厳しいことが多い。一方で、地方銀行や信用金庫など地域密着型の金融機関は、ほぼ無担保・無保証で開業資金を貸してくれる。地域振興を役割とする地銀や信金にとって、地元に医院が増えることは大歓迎なのだ。

「55歳以上で開業したい医師は政策金融公庫の『シニア起業家支援資金』も検討するといいでしょう。金利は少し高くなりますが、他の金融機関より返済期間が長く、月々の返済額を抑えられます」

金融機関との交渉時には「据え置き期間」を忘れずに設けたい。一定期間は利息のみの返済とし、元金の返済が猶予される契約である。

「最初の診療収入が入るのは、開業から約3カ月後です。それまではほぼ窓口収入しかありません。余裕をもって、半年から1年は据え置き期間としたいところです」

●据え置き期間とは
掟ヤブリの落とし穴
都市銀行のブランドに惹かれ条件が厳しい契約をすると、返済が困難になりがち。開業後の追加融資はほぼ不可能で、取り返しのつかない事態になる危険も。地銀や信金も、交渉しなければ据え置き期間が付かないことがあるので注意。
  • 掟7

医院設計は動線が肝。
実績を見て事務所選択を。
設備は当初はリースを基本に必要最低限で

五輪の影響で内装費が上昇。
それでも今開業していい理由

医院設計における最大の“掟”は、実績が豊富な設計事務所を選ぶこと。

「電子カルテが当たり前になり、他の医療機器も増えました。院内の動線を考慮しながら、不便のないように配線する必要があります。設計事務所に実績を問うときは『医療機関を何件手掛けたか』と大まかな聞き方ではなく、自分と同じ科の医院を手掛けた件数や、可能ならその医院名まで確認してください」

動線は「患者動線」と「職員動線」がなるべく交差しないように気をつけよう。患者動線は待合室から診察室、処置室、検査室に行き来しやすいことが基本。職員動線は、受付やバックヤードなどにつながるレイアウトにしなければならない(図(6)参照)。

また、東京オリンピック・パラリンピックの影響で内装費が値上がりしている。佐久間氏によると、部材は坪単価70万〜80万円だと言う。

「だからといって開業を延期すべきとは限りません。少し部材のランクを落として開業し、数年後にリニューアルするという考え方もあります。医院は住宅よりも内装が傷みやすいので、最初から部材にこだわらないほうがよいとも言えます」

設計費用は、設計事務所によって大きな差がある。最低3社は相見積もりをとることを、佐久間氏は推奨する。開業コンサルタントに依頼してもいいし、自身がネットで数社にメールをするだけでも可能である。

設備面に関しては、医療機器をどこまで導入するかで悩む医師が多い。

「医師として思い描く『いい医療』と、経営者として考える費用対効果はどうしても拮抗するのです」

診療に使う機器をすべて購入すると、金融機関からの借入が膨大になる(左図参照)。最初は必要最低限の機器をリースで導入し、経営が軌道に乗ってからの購入を勧める。

「リース料の支払い総額は、購入より2割ほど高くなりますが、それでも開業時の資金繰りが楽になるメリットは大きい。税金面でも、リース料を経費で落とすのと、購入費を減価償却するのとでは大差ありません」

リース以外には、近くの医療施設と連携してMRIなどを借りる方法もある。最初から完璧を求めないことが、設備投資の“掟”でもある。

●図(6) クリニックのレイアウト例
出典:㈱日本医業総研提供の資料より
●リース契約と借入金の考え方
●医療機器の初期投資目安
診療科目 特記事項 金額(単位:千円)
内科 一般内科 12,000〜15,000
消化器 15,000〜30,000
循環器 12,000〜20,000
小児科 10,000〜15,000
整形外科 20,000〜25,000
眼科 オペなし 20,000〜30,000
オペあり 40,000〜50,000
耳鼻咽喉科 15,000〜25,000
皮膚科 12,000〜15,000
婦人科 無床 15,000〜25,000
心療内科・精神科 5,000〜8,000
出典:㈱日本医業総研提供の資料より
掟ヤブリの落とし穴
ある医院は日帰り手術の機器を開業時に購入した。だが、手術を求める患者は予想外に少なく、開業からわずか半年で資金ショートに至った。手術設備は、開業から1年以上たって、患者との信頼関係を築いてから用意すべきだった。
  • 掟8

広告宣伝で注力すべきはネット広告。
開業前にプレサイトを設け、開業後は頻繁に更新を

患者がネットで知りたいのは
治療や疾病、医師の人となり

患者が医療機関を選ぶ情報源は、「一に口コミ、二にネット」が昨今の“掟”である(図(7)参照)。

「開業半年前にはプレサイトを作り、医院の概要や開業予定日を紹介しましょう。開業日が近くなったら本サイトを公開します」

患者がインターネットで知りたい情報は、治療方針(45・7%)、疾病に関する情報(34・1%)が上位である(図(8)参照)。それらの情報を積極的にウェブサイトで発信したいが、注意点がある。医療機関のサイトは広告規制の対象となっており、医院名や診療科名、住所、電話番号など13項目以外は、原則として掲載できないのだ。

「イメージとしては駅看板です。あれ以上の情報をサイトに載せるには、『限定解除要件』を満たさなくてはなりません。保険診療の医院が関係する要件は一つ。サイトの内容について患者が照会できる連絡先を明記しておくことです」

厚労省の「医療広告ガイドラインに関するQ&A」によると、照会先が予約専用の電話番号だけでは、限定解除要件を満たしていると認められない。メールアドレスを記載していても問い合わせに返答しなければ、やはり要件を満たさないので注意が必要だ。

また、サイトを開設したまま更新をしない医院が多いが、それは実にもったいないことである。検索エンジンで上位に表示されるには、更新頻度は重要な要素だ。毎日のように更新することが理想的である。

「ある院長は、自身のプライベートのエピソードを毎日ブログに書いています。『夕飯のメニューを巡って夫婦げんかをした』などと笑い話を書くと、翌日、患者が『先生、仲直りしました?』など聞いてくる。自然と、医師-患者のコミュニケーションにつながっています」

前出のグラフでは、ネットで「院長の人となり」を知りたいという割合が20%もある。身近な話題をネットで発信することで、院長のファンを増やすことに役立つのだ。

専門性を生かして頻繁にブログを更新する医師もいる。あるアレルギー専門医院は、アレルギーに関する質問をネットで受け付け、毎日ブログのQ&Aコーナーで回答している。

「診療ではないので一般的な考え方や、治療法の紹介などに止まりますが、患者の信頼を得る効果は絶大です。非常に堅調に経営しています」

●図(7) 患者が医療機関を選ぶ情報源&増患ポイント

〜平成23年 健康保険組合連合報告書より〜

◆医療機関を選ぶ情報源

  • ・家族、友人、知人からの意見を聞く・・・50.6%
  • ・インターネットの情報を調べる・・・46.0%
  • ・かかりつけ医師に相談する・・・37.9%
  • ・新聞、雑誌、本等の情報を調べる・・・9.7%
  • ・電話帳を調べる・・・5.7%

◆増患ポイント

  • (1)来院患者満足度向上・・・口コミ向上
  • (2)ホームページの充実・・・患者さんが求める情報
  • (3)来院動機チェック・・・広告媒体の見直し
●図(8) ホームページで知りたい情報
掟ヤブリの落とし穴
開業当初はまめにウェブサイトを更新していても、忙しくなるにつれ放置状態になる医院が多い。逆に、更新は頻繁だが、個別の医療相談に応じてしまっては医療法に抵触する。無理なく、毎日のように更新できるテーマを探そう。
  • 掟9

採用面接は院長だけでなく“複数の目”で判断を。
元勤務先の同僚の引き抜きは慎重にすべき

職員の年齢構成は多様に。
離職歴の多い人は要注意

職員採用は、医院のカラーを左右する重要な開業準備だ。職種別の人件費は図(9)のとおり。佐久間氏によると「近年は上げ止まり状態」。地域の賃金水準に合わせて決めよう。

募集方法はハローワーク、ネット、フリーペーパーなどいくつかある(図(10))。近隣地域の人を採用したい場合は折込チラシ、専門職を採用したいなら専用のサイトなどと、適宜、使い分けよう。

面接では、多角的な視点で応募者の適性を判断することが“掟”だ。

「必ず院長一人ではなく、配偶者やコンサルタントなどを同席させ、複数の目で面接しましょう。待合室で待っている様子も、誰かに確認させてください。少し油断する時間ですから、その人の素性が垣間見えます」

電子カルテを導入するなら、事務職員に診療報酬の知識はさほど必要としない。それより、患者層に合った対応ができることを重視すべきだ。高齢の患者が多い医院なら、高齢者に優しく、わかりやすい話し方ができなくてはならない。

「医院の事務職員は、患者からのクレーム対応も業務のうちです。ある程度クレームに耐えられて、必要に応じて院長に相談するなど、臨機応変な対応をとれる人を探しましょう」

職員の年齢構成はなるべくバラバラにしたほうがいい。同年代で固めると、一斉に育児や介護で休職する可能性があるからだ。さらに理想的なのは、院長の代弁者となる職員を採用することである。

「院長が直接、職員に苦言を呈すると関係性がこじれ、修復不能になりかねません。事務長や看護師のリーダーなどが間に入ってクッション役となり、医院の雰囲気をよく保つことは大切です。開業直後は開業コンサルや会計事務所など外部の者が、その役割を果たすこともできます」

なお、元勤務先の職員を引き抜くことを検討する医師もいるかもしれないが、佐久間氏は賛成しない。

「総合病院と個人の医院とでは、待遇がまったく違います。病院に勤務していれば、社会保険も退職金もそろっています。しかし、開業直後の医院はパート採用が基本で、社会保険には加入できません。年金は国民年金のみで、将来の受給額が下がる。これらを理由にしたトラブルがよくあるのです」

●図(9) 一般診療所(全体)の職種別常勤職員1人平均給料年(度)額
(単位:円)
平均給料年(度)額 賞与 合計
院長 27,338,462 119,290 27,457,753
医師 11,929,116 594,571 12,523,687
薬剤師 7,296,886 997,321 8,294,206
看護職員 3,167,655 656,357 3,824,012
看護補助職員 2,021,061 347,031 2,368,092
医療技術員 3,516,675 683,012 4,199,687
事務職員 2,449,164 455,021 2,904,185
技能労務員・労務員 2,267,453 293,812 2,561,265
その他職員 2,476,956 383,479 2,860,434
役員 5,235,011 8,062 5,243,073
厚生労働省「第21回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告」(平成29年実施)
●図(10) 募集に利用できる方法
媒体 特徴 利用方法
ハローワーク 無料で利用できる 事業所登録を行えば、「ハローワークインターサービス」を利用でき、多くの応募者に見て貰える
インターネット 全国を対象に閲覧者が多く、年齢層も若い世代が多い 地域を絞り込み難いので、遠方からの応募者の場合には通勤交通費も考慮する必要がある
フリーペーパー 広告出稿時のコストが比較的安い 希望職種としては、アルバイト、パートが64.3%(タウンワーク調べ)と多くを占めている
折込チラシ 近隣地域に限定して配布できる 近隣からの応募者に対しては、不採用の場合には丁寧な対応を心がける
専門職サイト 専門職の人にターゲットを絞れる さまざまな企業が運営する、医療従事者専用の求職サイトがある
掟ヤブリの落とし穴
いくら面接時の印象が良くても、離職歴の多い人はトラブルメーカーになるリスクがあり、採用を控えたほうが無難だ。また、医院に応募する看護師は、育児や介護など病院で働けない理由がある場合も。面接時に十分に確認しよう。
  • 掟10

承継開業で重視すべきは営業権の金額の妥当性。
院長の人柄や診療方針も要確認

診療の空白期間をつくらない
「遡及申請」とは?

すでに軌道に乗っている医院を引き継ぐ「承継開業」は、初期コストを抑え、集患の手間が省けるというメリットがある。昔からある親子間承継だけでなく、身内以外に引き継ぐ「第三者承継」も増えている。

承継開業では、前院長に支払う「営業権」に注意することが“掟”だ。いわゆるのれん代のことで、その医院の信用や実績、集患力などへの対価である。営業権は、診療収入の3〜4カ月分などが目安(図(11)参照)。前院長が示す金額が妥当か否か、十分に検討しよう。

「ある承継開業をした医師にリサーチしたところ、承継後も来院し続ける患者は約30%でした」

意外と少ないと感じる医師は多いのではないだろうか。承継後に患者が離れる医院は、前院長の人的な魅力で患者が集まっていたケースが多い。前院長の人柄が自分と親和性があるか、念入りに確かめたい。

「妥当な営業権だと思って引き継いだものの、実は前院長が診療報酬を過大請求していた、という事例もあります。契約前に聞いていたほどの診療収入は得られないわけです」

営業権の妥当性や、前院長の経営実態は、医師同士の会話では明瞭になりにくい。承継開業を仲介する業者などに相談するのも手だ。

もう一つ、覚えておきたい注意点は「指定期日の遡及申請」である(図(12)参照)。医院承継の手続きは、前院長が保健所に廃止届けを提出し、新院長が開設届を出す。それから改めて保健所の指定を得るまで約1カ月かかる。その間は保険診療ができない空白期間で、患者が他院に流れる危険性があるのだ。

ただし、事前に遡及申請を行い、新院長が一定期間その医院で働いた経歴があれば、空白期間なしで診療を続けられる。

「どのくらい働いておけば遡及が認められるかは、地域によって異なります。週に1日、1カ月でよい地域もあれば、最低半年という地域もある。所轄の保健所に確認しなくてはなりません」

あるケースでは、前院長が新院長を「私の後継者です」と患者に紹介し、半年間、勤務医として働いた。

「その医院は承継後の経営が非常に順調です。承継は、あまりドラスティックに医院を変えないことが成功の“掟”と言えるでしょう」

●図(11) 営業権の考え方

営業権とは

営業権の価格
相互の交渉により決まるのであくまで目安

A)個人事業の場合
  • 1)診療収入 3〜4カ月分
  • 2)事業所得 下記の合計額
     ・青色申告所得控除前所得
     ・青色専従者給与
B)医療法人の場合
  • 医療法人営業利益+役員報酬
C)患者数
  • レセプト枚数(月平均)×診療単価×3カ月〜4カ月
●図(12) 遡及の有無による保険診療への影響
●継承開業サイト例「ヒキツグ」
運営:リクルートドクターズキャリア
掟ヤブリの落とし穴
前院長が高齢の場合、診療方針や治療内容が自分と異なる場合がある。それを考慮せず、最新の治療法を導入したり、医院の雰囲気を大きく変えたりすることは危険。古い患者や、ベテランの職員が離れる危険性がある。