タスクシェア、タスクシフト、ICT活用・・・ 事例紹介 医師の負担を減らす

2019年3月に厚生労働省から「医師の働き方改革に関する検討会 報告書」が出され、現在はその推進に向けた検討が行われている。各病院では長時間労働の抑制など医師の負担軽減に向けて具体的な改善案を練り、それを実践する段階に来ているといえ、医師も従来の働き方が大きく変わる時期を迎えている。ここではそうした医師の負担軽減に成功した病院の例を取り上げ、それぞれの施策と効果、医師の働き方への影響を見ていく。

実行フェーズに入った「医師の労働時間短縮」

医師の働き方改革の中でも喫緊の課題は長時間労働の抑制だ。下図の通り医師はどの職種より労働時間が長く、心身ともに疲弊する状況が常態化している。ようやく2024年4月から時間外労働の上限規制が始まるが、厚生労働省は2018年に「医師の労働時間短縮に向けた緊急的な取組」を提示し、医師の在院時間の客観的把握、タスク・シフティングの推進、短時間勤務等の柔軟な働き方の支援などの着実な実施を各病院に求めている。

未実施の病院は、2019年度中に各自治体の医療勤務環境改善支援センターが個別確認を行って必要な対応を求めるとしており、すべての病院で具体的な施策を行う時期に来ている。

同時に医師の意識改革も重要で、タスクシェア・タスクシフトといった働き方への対応も必須となっている。

従来の医師の働き方実態に関するデータ
週60時間以上労働の割合
出典:総務省統計局 平成24年度就業構造基本調査
勤務医1万人アンケート(H27年度)
項目 割合(%)
最近1ヶ月間で休みなし 5.9
平均睡眠時間5時間未満 9.1
当直日の平均睡眠時間4時間以下 39.3
不健康・健康でない 20.1
自殺や死を毎週または毎日考える 2.6
抑うつ中等度以上 6.5
出典:日本医師会 勤務医の健康支援に関する検討委員会答申(平成28年3月)

出典:第16回 医師の働き方改革に関する検討会・参考資料1「医療機関における医師の労働時間の短縮に向けた取組について」(平成31年1月11日)より

日本赤十字社医療センター

  • タスクシェア

変則二交代勤務の導入で、医師の増員なしに
32時間連続勤務、月100時間以上の時間外労働を改善

日本赤十字社医療センター
第一産婦人科
部長
木戸道子
1988年東京大学医学部卒業。同大学院医学系研究科博士課程修了。東京大学医学部附属病院分院産婦人科(現在は本院に統合)、長野赤十字病院などを経て現職。日本産科婦人科学会産婦人科専門医・指導医、日本女性医学学会認定女性ヘルスケア専門医・指導医など。育児と病院勤務の両立に悩んだ経験から、女性医師支援や医師の働き方改善にも積極的で、厚生労働省や日本医師会が主催する働き方改善を検討する委員会の委員も務める。

木戸道子氏 写真

32時間連続勤務も当然だった
職場環境の改善に取り組む

医師やスタッフの数を増やさず、勤務時間帯の変更で長時間勤務の抑制に取り組んだのが日本赤十字社医療センターの産婦人科だ。改善のきっかけは2009年に労働基準監督署から受けた是正勧告で、その内容は「8時間の労働後に1時間の休息を徹底する」などだった。当時は日勤から当直に入り、翌日夕方まで勤務といった32時間の連続勤務が通常。時間外労働は月100時間以上という医師も多かったと、第一産婦人科部長の木戸道子氏は振り返る。

「労働基準監督署の是正勧告に、東京都母体救命搬送システム(スーパー母体搬送)が始まるタイミングも重なり、こうした救急医療の対応も含めて『産婦人科の働き方改革は急務』と当時の副院長が判断し、導入されたのが交代勤務制です」

家族一緒の夕食後に夜勤へ
生活まで考えた交代勤務制

同院産婦人科の医師の交代勤務制は変則二交代で、日勤と夜勤の交代を基本に、日勤には2パターンの勤務時間を設けている(図表1)。

通常の日勤は8時30分から17時まで(赤の時間帯)、夜勤は3人で20時から翌日9時まで(青の時間帯)を担当。さらに日勤のうち3人が20時まで延長勤務(緑の時間帯)し、夜勤の出勤までをカバーする。

夜勤入り・明けの日勤はなく、以前のような32時間の連続勤務にはならない仕組みだ(図表2)。しかも夜勤は20時からのため、家族と一緒に夕食をとってから出勤するといった働き方も可能だと木戸氏。

「1日を単純に等分して交代するのではなく、各自の生活まで考慮した交代制なので受け入れやすかったと思います。また当院ではタスクシフトも進んでおり、タスクシェアへの抵抗も少なかったのでしょう」

この交代勤務制で、時間外勤務は日勤・夜勤の各延長時間に発生するだけとなり、100時間以上から40時間程度に抑制。同院での分娩件数も増加し、経営面でも貢献している。

交代勤務制で発生する課題に
院内連携、地域連携で対応

ただ交代勤務制での診療は主治医制ではなく、時間帯による担当医制となる。こうした変化は看護師をはじめ院内のスタッフに理解を求める必要があったと木戸氏は語る。

「そのために各時間帯で責任者となる医師を明確にし、この人に伝えれば大丈夫という体制を作りました。夜勤から日勤への申し送りは、両者の勤務時間が重なる8時30分から9時に丁寧に行うなど、情報共有の徹底を常に図っています」

さらに以前と同じ医師数で夜勤に人員を割くため、日勤の医師数が減ってしまう。これは近隣の医療機関に妊婦健診を引き受けてもらうなど、地域連携で対応しているという。

こうした体制の維持には基本的に全員で日勤・夜勤をローテーションして、特定の人に負担が集中しない仕組みにすることも重要だ。

「私も夜勤に入っていますが、確かに当直は体力的に大変です。しかし少数の医師で患者を診る経験は自分の成長にもつながります。『当直は無理』とあきらめず、どうしたらできるかを是非考えてほしいですね」

今後は週20時間の勤務など、フルタイムは難しい医師も受け入れる体制を作りたいという木戸氏(図表3)。

「労働人口が激減する中、子育て・介護で忙しい人やシニアも働きやすい環境が必要だと思います」

図表1 ●産婦人科の交代勤務体制
図表2 ●交代勤務制の成果
図表3 ●柔軟な働き方の実現
図表1〜3出典:木戸道子氏提供資料

医療法人 平成博愛会 博愛記念病院

  • タスクシフト

医師事務作業補助者が業務を手厚く支援
電子カルテ操作で1日約5時間の短縮に

医療法人 平成博愛会 博愛記念病院
副院長
元木由美
1996年に徳島大学医学部卒業。徳島大学呼吸器・膠原病内科学教室に入局し、関連病院を経て、2006年から博愛記念病院副院長。

元木由美氏 写真

「見捨てない医療」のため
早くから医師の業務を支援

医師事務作業補助者の活用を積極的に推進し、医師の電子カルテ入力時間の大幅削減など成果を上げているのが博愛記念病院だ。

同院では20年ほど前から、病棟に配属された臨床検査技師が医師のアシストを行い、その後2003年からは医師業務を支援する専門事務職を採用するなど、早くから業務支援に取り組んできた。

「絶対に見捨てない医療」を理念とし、限られた医師数で重症患者を診るため必要な施策だったと副院長の元木由美氏はいう。

「当院ではメディカルセクレタリー(MS)と呼び、その業務は病棟回診時の診療記録やオーダーの代行入力といった病棟業務から、入退院関連書類や診断書など各種文書の作成代行、委員会議事録作成やスケジュール調整など事務的なものまで、多岐にわたります」(図表1

病棟ごとに医師とMSを配置
意思疎通も図りやすい

現在は医師担当MSとして13人(診療情報管理士3人を含む)、看護師担当MS6人、リハビリスタッフ担当MS6人が同院に勤務。医師とその担当MSは外来及び各病棟ごとに専任で配置することで、専門用語や医薬品等の知識習得が可能な体制構築ができたのに加え、MSが診療の経過を把握し支援してくれることで意思の疎通が図りやすいと元木氏。

こうした業務支援による医師の負担軽減効果を同院が調べたところ、回診時の診療記録やオーダーの代行入力によって、電子カルテ操作時間だけで1日平均5時間近くもの削減を実現(図表2)。このほか多数の文書や資料の作成代行などにより、医師は医療面接や治療に充てる時間が大幅に増加したという。

加えてMSはマニュアルに沿って代行入力を行うため、誰が読んでもわかりやすくなる効用もあった。

同院には入職したMS向けの初期研修プログラムも用意されているが、初めて導入する病院では医師が初期教育に加わることも多く、業務の一時的な負担増は避けられない。

「最初はMSに頼みたいことは医師が直接教えた方が効率的です。そして感謝の気持ちを忘れず、MSをチーム医療の一員と認めることで支援もスムーズになるはずです」

図表1 ●メディカルセクレタリーの業務内容
図表2 ●電子カルテに関する医師の作業短縮詳細
図表1・2出典:元木由美氏提供資料を編集部で加工
元木氏(右2人目)と医師担当MS。業務の進め方などMSから積極的な提案も多いという
回診に同行したMSは、医師が口頭で伝えた内容をその場でカルテに入力する

写真提供(全3点):博愛記念病院

社会医療法人 石川記念会 HITO病院

  • ICT活用

音声カルテ入力、患者確認、投薬情報確認など
スマートフォンを多方面に活用して業務を効率化

社会医療法人 石川記念会
HITO病院
理事長
石川賀代
1992年東京女子医科大学医学部卒業後、同大学病院消化器内科に入局。大阪大学微生物学教室でウイルスの研究を行い、医学博士を取得。2002年に医療法人綮愛会石川病院(現 社会医療法人石川記念会 HITO病院)入職後、副院長、病院長(理事長兼務)を経て現職。医療・福祉・介護施設を多数擁する石川ヘルスケアグループの総院長も務める。日本内科学会総合内科専門医、日本消化器内視鏡学会消化器内視鏡専門医など。

石川賀代氏 写真

院内移動などのすき間時間で
カルテの入力準備が可能に

業務用スマートフォンを音声カルテ入力などで積極活用し、事務作業の負担軽減、本来業務の時間増加を実現したのがHITO病院だ。

同院はICT活用で医療の質と業務効率の向上を図る「未来創出HITOプロジェクト」(図表1)の中で、院内連絡ツールをPHSからiPhoneに変更。院内完結型の音声認識システムを導入し、音声入力によるカルテ入力を可能にした。

理事長の石川賀代氏は、カルテ入力に多大な時間が必要かつ導入効果の出やすいリハビリスタッフの業務効率化から取り組んだ、と明かす。

「この仕組みなら、次の施術場所への移動中にカルテの入力ができます。音声入力に慣れたスタッフも多く、リハビリ科全体のカルテ入力の延べ時間は1/3以下に減り、患者介入時間が増えました」(図表2

当初はスマートフォンで音声入力した内容を代行入力者がPCでカルテに転送し、入力者本人が承認する仕組みだったが、現在は音声でスマートフォンから直接カルテに入力できるシステムに更新(図表3)。これは医師をはじめ全診療科の専門職が利用でき、一層の効率化が期待される。

医療現場や事務部門での
業務効率化に幅広く活用

医療現場ではQRコードによる患者確認、配薬時の情報確認、診断画像やカルテの確認もiPhoneで行う。院内全体でも情報共有用SNSの利用、備品管理や院内マニュアル管理など幅広く使われている。また事例の一部は企業と共同開発し、早期導入とコスト削減に役立っている。

「ただ、漫然と導入しても業務は簡単に効率化できません。例えば外部との会議をテレビ会議にして数十分の移動時間を減らすなど、工夫と小さな改善の積み重ねが必要です」

さらに石川氏は利用を強要しても長続きしないといい、担当部署が現場の声を吸い上げ、必要なサービスを提供する仕組みも用意した。

「導入後もPDCAで改善を続け、全職員の負担軽減を目指します」

図表1 ●ICT活用の経緯
図表2 ●リハビリ業務への導入成果
図表1・2出典:HITO病院提供資料
図表3 ●スマートデバイスからのカルテ入力を可能に
出典:HITO病院提供資料およびHP情報から編集部作成

写真提供:HITO病院