検討会報告の方向性&実践事例 医師の働き方改革、どう実践する?

厚生労働省の『医師の働き方改革に関する検討会』は2017年8月の発足以来、22回にわたって議論を重ね、19年3月末に報告書がまとめられた。一般企業における導入から5年の猶予を経て24年4月1日から適用される“医師の時間外労働の上限規制”は、医師の働き方、医療現場のあり方をどう変えるのか。検討会での議論のポイントと働き方改革の先駆事例から、医師は自ら“何をどう変えたらよいか”のヒントを探る。

  • 方向性

医師を守り、安全で質の高い医療の提供を目指す
『働き方改革』は意識改革なくして成し得ない

ハイズ株式会社
代表取締役社長
裵 英洙
1972年奈良県生まれ。金沢大学医学部卒、第一外科(現心肺総合外科)入局。同大学院医学研究科(外科病理学)・慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了、2008年フランスグランゼコールESSEC大学院留学。胸部外科医、病理医として活躍する一方で、医療機関再生コンサルティング会社を設立。医療機関や医療系ベンチャーの経営支援、ヘルスケア企業の医学アドバイザー業務等を行なう。厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」等の構成員。

裵 英洙 写真

時間外労働削減は待ったなし
働き方を見つめ直す好機に

『医師の働き方改革に関する検討会』の構成員であり、医師で経営コンサルタントの裵英洙氏は、「働き方改革の目的はあくまで“医師を守る”ため」だとした上で、「労務環境を見直し、整備することがひいては医療安全の確保や質の高い医療の提供へとつながる」と、約1年半に及んだ検討会の議論のねらいを説明する。

医師の働き方を論じる際は、公共性、不確実性、高度の専門性、技術革新・水準向上という医療の特殊性の考慮が不可欠だ。「さらに医療を受ける側の視点を加えると“地域医療体制の維持と医師の労務環境のバランスをいかに保つか”という難しい連立方程式を解くこととなる」と、検討会の使命を裵氏はそう捉える。

改革を前に進めるには、医療提供側と医療利用者側を車の両輪のごとく回す必要がある。そこで後者の議論を『上手な医療のかかり方を広めるための懇談会』に移し、適切な受診行動の重要性を国民(患者)に周知する施策が話し合われてきた。

一方、医療提供側の改革で最優先課題とされたのが“医師の時間外労働の上限時間をどうするか”だ。自己研鑽と労働の切り分けが困難な状況を鑑み、現場の混乱を最小限にするため、“申告制にして上司の判断を仰ぐ”ことに。ただ、裵氏は「医師の労働の定義を今一度見つめ直した点において意義は大きかった」と感じている。

一般の大企業において19年4月1日から導入されている時間外労働の上限規制。医師については5年の猶予を経て24年4月から適用される。具体的には、年間時間外労働上限960時間を医師の一般則に設定する(A水準)とともに、病院勤務医の1割(約2万人)が該当する同1920時間を超える人々の救済をはかるために、1860時間を上限とする地域医療確保暫定特例水準(B水準)枠を設ける。都道府県の指定が必要で、追加的健康確保措置として連続勤務制限28時間、勤務間インターバル9時間の確保、代償休息を義務づける(図表1・2)。また、一定期間集中的に技能向上を要する医師向けにC水準(初期・後期研修医/臨床6年目以降の高度特定技能修練医)を設け、同様の義務を課す。「B水準は暫定かつ特例。35年度末を目処に、その特例の解消に向け、労働時間短縮の努力が必要です」(裵氏、図表1・3

犠牲の上に成り立つ医療を脱し、
皆で理想の65%を目指す

働き方改革の成否は、①医師本人、②病院の経営・管理者、③医師以外の医療職、④患者という4つのキープレイヤーがどう動くかにかかっている。まず、①における最優先課題は意識改革であり、「なかでも医局制度全盛期を経験した管理職世代の意識改革が不可欠」(裵氏)だ。プロ意識や職業倫理観は大事だが、過重労働で医療安全を脅かすことのないよう「適度なトーンダウンも必要」(裵氏)でもある。さらにタスクシェア、タスクシフトできる業務を医師自身が切り分けて業務改革につなげる努力も必要となる。②については、トップが率先して働き方改革の必要性を説き、労務管理を徹底する。病院経営はますます厳しくなることを理解し、院内制度・業務・組織改革を柱として革新的な経営で乗り切る術を模索したい。③についても各職種が自身の業務の棚卸をし、“より踏み込める”部分と“他の職種に任せられる”部分とに切り分け、病院全体で業務移管・共同化に取り組む必要がある。「看護師の特定行為研修制度のパッケージ化は一つの起爆剤。ただし、タスクシェア・シフトは専門職同士、互いの尊重・信頼の上に行なわれるべき」と裵氏は釘を刺す。④は国民(患者)啓発に加え、生命保険や行政への提出書類の簡素化など、医師の働き方を圧迫する事務・間接業務の軽減策も求められる。

裵氏が“医師一人ひとりが実践できること”に挙げるのは――本当に自分しかできない業務なのかを常に自問し、バトンを渡す相手がいなければ作る。意識的に“早く家に帰る”よう心掛け、急を要する仕事がない日は事前に「今日は残業は2時間まで」と残業時間宣言をする。これは上司が率先して行ないたい。そして出退勤の記録など、労務管理を徹底することがすべての基本となる。

「医療はチームかつ総合力の時代。誰かの犠牲の上に成り立つ医療ではなく、すべての医療従事者が各々の理想の姿を目標に、まずはともに65点くらいを目指して欲しい」というのが裵氏の願いだ。

図表1● 医師の時間外労働規制について
図表2● 時間外労働上限規制の枠組み全体の整理
図表3● 2024年4月とその後に向けた改革のイメージ
図表1~3出典:厚生労働省「第20回 医師の働き方改革に関する検討会」
資料2(平成31年3月13日)より
  • 実践事例

患者第一の精神が『包括診療医』という役割を生み
新たな診療体制が病院全体の働き方を変える

社会福祉法人 恩賜財団 済生会熊本病院
包括診療部・部長
園田幸生
1995年大分大学医学部卒、九州大学第一外科入局。2002~05年オーストラリア研究留学、09年福岡山王病院外科(腹腔鏡外科)を経て、16年10月済生会熊本病院(救急総合診療センター)入職。17年4月包括診療部を発足し、18年4月より現職。日本消化器外科学会指導医・専門医、日本プライマリ・ケア連合学会指導医・認定医、日本病院会認定病院総合指導医、医療経営士1級などの資格を有する。専門は腹腔鏡手術、ロボット支援手術等。

園田幸生 写真

済生会熊本病院

所在地:熊本県熊本市
病床数:400床(うち162床個室)
職員数:1,982名(非常勤除く)、うち医師151名(研修医、医員除く)
外観写真は済生会熊本病院提供

主治医に代わって病棟を守り
患者の病状悪化を未然に防ぐ

済生会熊本病院は、救急車や防災・ドクターヘリなど合わせて年間9千台強の救急搬送を受け入れる三次救急指定病院だが、この病院に17年4月、半年の準備期間を経て『包括診療部』を立ち上げ、包括診療医※という新たな役割を作ったのが同部部長の園田幸生氏だ。

「外来、手術、救急対応と多忙な主治医に代わり、日中、病棟に常駐し、併存疾患の管理や入院中に起こるさまざまな病態変化に迅速に対応する診療科横断的な診療を行なう医師が必要だと考えました」(園田氏)

包括診療医とは、看護師などの病棟スタッフと同じ空間・時間軸・目線に立ち、病棟の患者すべてを把握する“院内かかりつけ医”ともいえる存在(図表1)で、現在、整形外科、脳神経内科・外科、循環器内科・心臓血管外科、腎臓内科・泌尿器科、混合の5病棟に配置されている。

包括診療医の一日は担当病棟の全入院患者の回診・診察に始まる。必要に応じて検査や処方を行ない、結果と合わせて気になる点を看護師に伝え、必要であれば主治医への報告を依頼する。こうした病棟業務はおおむね午前中に終わるため、午後はオンコール対応にして、外来や手術、麻酔など各自が専門とする“別の仕事”に従事できる(図表2)。

「ただし、呼ばれたときは“すぐに診に行く”ことを大切にしています。医師が診て、評価し、判断したという事実が医療スタッフや患者さんの納得・安心につながります」(園田氏)

※包括診療医の資格の一つが日本病院会の認定する『病院総合医』

マネジメントし、人を育てて
効率的な働き方へとつなげる

包括診療医に必要なのは、多職種で構成されるチームをまとめ上げる“マネジメント力”と“良き医療人を育てる姿勢”だ。「大事なことは相手の業務に関心を示し、敬意を払うこと」だと園田氏はいう。話を聞き、意見を尊重し、動きやすいように調整をはかり、頑張りを評価し、認めることで、モチベーションを高め、能力のさらなる伸びを促す。

「その域に達すれば、医師の労働負荷も軽減されるはずです」(園田氏)

一方、主治医制や専門性偏重の現場に新たなシステムを持ち込むことには慎重さを期した。主治医と患者の関係はそのままに、治療に大きく関わる部分は主治医に任せ、包括診療医はおもに生活の視点で介入を行なう。どこまで踏み込むかは診療科の特性に配慮する。

包括診療部内では各自が専門性を活かしてサポートし合えるため、「総合診療医のようにあらゆる領域に精通せずとも、日常的に頻発する疾患に対応できれば包括診療医は務まるが、せん妄や不眠、痛み、嚥下などに医師としてどうアプローチし、評価するかといったこれまでと違う視点や知識が求められるため勉強は欠かせない」(園田氏)という。

患者ファーストの視点で導入された包括診療医のシステム。医師不在の日中の病棟に“病棟担当医”を配し、さまざまな変化に早い段階で介入することで、患者の苦痛を減らし、病態悪化を防ぐ。それが結果的に、医療費削減や各医療職の効率的な働き方につながっている。

“働き方改革は働きやすい職場づくり”だと園田氏。「単に時間外労働を減らせばよいのではなく、質の高い労働をした上で“時間内に業務が終わる”ことが大切です。アプローチを変え、新しいしくみを作ることでそれが可能になるのかもしれません」。

園田氏も専門医の資格を活かすことに限界を感じ、以前より関心のあった“医師による病院のマネジメント”を実践しようと病院総合医の道を選んだ。育児や介護、自身の病気などの事情があってフルタイム勤務や当直が難しい医師にとって、また、“そろそろ後輩の指導を中心に”と考える医師のセカンドキャリアとしても最適な働き方といえそうだ。

「こうした体制はすでに地域で実践されていますが、本当は、高度急性期から療養型までどの病院においても必要なしくみや働き方の一つだと考えています」(園田氏)

週1回の多職種ケアカンファレンスでは、各視点で対象患者のケア評価が行なわれる
カンファレンス後の病棟回診も同じメンバーで行ない、チームの一員としての自覚を強めていく
(上写真は済生会熊本病院提供)
図表1● 包括診療医(病院総合医)のイメージ
図表2● 包括診療医(病院総合医)の1日
図表1・2出典:園田氏提供資料を基に作成
  • column

働き方改革
その他先駆例

多職種の役割分担・連携、チーム医療の推進、医師事務や看護補助者の配置、勤務シフトの工夫など、働き方改革の取組は多岐にわたるが、最適な手法は地域や医療機関、診療科によって異なる。厚労省委託事業『平成30年度 医療勤務環境改善マネジメントシステムに基づく医療機関の取組に対する支援の充実を図るための調査・研究』で収集された事例のうち、「第16回医師の働き方改革に関する検討会」の資料に抽出された5事例を紹介する。

働き方・休み方の改善に関する好事例
医療機関 事例テーマ 主な取組内容 取組の効果
市立大津市民病院
(滋賀県大津市)
職員の離職防止と新たな職員確保のための包括的施策に関する取組 医師の労働時間管理・研修医のシフト制導入、出産・育児支援等、包括的な取組による職員の離職防止・確保 • 医師一人あたりの時間外労働を15%程度削減でき、月平均時間外労働を常勤医32時間、専攻医35時間まで削減することができた
• シフト制導入により研修医が休養に充てる時間を作り出すことができた。また、研修医の勤務環境改善に取組んでいることから後期研修医の人数も倍増した
• 制度を利用することで、柔軟に働き方を選択できるため、出産後も継続的に勤務する職員が多い
HITO病院
(愛媛県四国中央市)
スマートデバイスを活用した働き方の改善に関する取組 iPhone導入/活用による、①音声入力を用いたカルテ業務の効率化、②業務用SNS等を用いた情報共有による業務の質向上:①カルテ入力(PC端末までの移動とPCの空き待ち)が時間外労働に影響を及ぼしていたため、スタッフが音声入力し代行入力者が仮登録する運用を構築、②リアルタイムに受発信するSNSを構築し、動画を含む情報共有(注意事項・申し送り等)や研修コンテンツ配信等を実現 • 患者1回あたりカルテ入力は2分54秒⇒55.3秒に、リハビリ科全体の1日当たり入力時間は16時間⇒5時間に短縮(職員1人平均18分短縮)した。職員1人1日当たりリハビリ数は17.6単位⇒18.2単位に増加し、科全体の残業は70時間⇒30時間に減少した
• 業務SNSの活用により会議や情報共有がストレスなくできるようになった
• 院内全体として勤務環境をよくするために新しい優れた手法を積極的に取り入れようとする風土ができた
福岡大学筑紫病院
(福岡県筑紫野市)
主治医チーム制とシフト制の実現に向けた女性小児科医師サポートの取組 「私達の主治医から私の主治医達への転換」を合言葉に、勤務しやすい環境作りに向けた工夫 小児科医師数が7人体制から11人体制に増員し、主治医チーム制やシフト制を実現できた。平成19年:男6人、女1人、計7人 (うち当直なしの女性0人) 平成26年:男4人、女7人、計11人 (うち当直なし2人、当直が月2回の女性1人、産休1人) 平成30年:男8人、女性3人、計11人 (うち当直なし2人、産休0人)
函館五稜郭病院
(北海道函館市)
管理職の意識改革を通した働きやすい組織風土の形成 働きやすい職場風土を作るための、管理職の意識改革をはじめとした包括的な施策展開 • 管理職の評価項目が明確になり一定の行動変容が起きつつある(フォロー教育については継続して検討中)
• 休暇促進・勤務負担軽減を図りつつも過去10年で本業での赤字は1回のみ、医師108名(うち研修医22名)、看護師離職率8.2%、賞与6.45か月を死守している
金沢
脳神経外科病院
(石川県野々市市)
医師事務作業補助者の導入による医師の負担軽減に関する取組 医師事務作業補助者の組織への定着と自律化の取組 • 手術予定管理に加わり、医師の都合を踏まえた予定表を組むことで、年間の手術件数を約30件増加することができた
• カルテの入力は、医師のみの場合2分28秒掛かっていたが、代行入力を始めた結果、患者一人あたり1分(約25%)短縮できた。そのため、午前中の外来時間を平均45分短縮でき、医師が午後の手術まで休憩する時間を確保できた
• 平成25年当初は2週間以内のサマリ完成率が40%程度であったが、現在では96%程度まで上昇している
出典:厚生労働省「第16回 医師の働き方改革に関する検討会」参考資料1(平成31年1月11日)より抜粋