知っているようでよくわからない疑問をプロが解決 開業にまつわるQ&A

医院開業にまつわる情報は溢れており、開業準備の基本を知っている医師は多いかもしれない。しかし、医療制度や社会状況の変化で、従来の常識が通用しない面は少なくない。いざ自分が開業しようとなると、さまざまな疑問が湧いてくることもある。そこで、多くの開業医を成功に導いたコンサルタントに“知っているようで意外と知らない疑問”について語ってもらった。開業の知識のアップデートに役立ててほしい。

  • 開業の基本に関するQ&A

「必ず近くに競合医院がある」前提で
患者に選ばれる「経営理念」を練ることが重要。

株式会社MMS
代表取締役社長
佐久間賢一
国内最大級のKPMG税理士法人で、20年間にわたり医療機関コンサルティング部門の責任者を務めた。2009年に独立。多数の医療機関の開業支援、増収対策、事業承継等のコンサルティングに携わっている。公益法人日本医業経営コンサルタント協会 専務理事。同協会の認定登録医業経営コンサルタント。TKC病院会計システム委員会委員、TKC医業経営指標編纂委員、医療総合経営研究会専務理事、MCS税理士法人顧問、日医業総研東京本社顧問なども務めている。

佐久間賢一氏 写真

Q.開業マーケットの現状と成功する秘訣は?

A.都市部はすでに飽和状態。他院との差別化がカギ

医院開業の準備で、まず気になるのはマーケットの動向だ。医院開業コンサルタント会社(株)MMS代表取締役の佐久間賢一氏は、次のように説明する。

「厚生労働省の調査によると、医院数は右肩上がりに増加し、2016年時点で10万件以上です(図表1)。そのうち約1万3000件が東京に集中しており、都心部では『必ず近くに競合医院がある』という前提で開業することになります」

佐久間氏によると、全医療機関の倒産件数は年間20件程度。一見、少ないように感じるが油断できない。

「倒産にまで至らないものの、経営が破綻して自主廃業する医院は少なからず存在します。勤務医に戻って開業時に借り入れた数千万円を返済し続けている医師もいます」

では、競合や周辺状況に負けずに開業を成功させた医師には、どのような共通点があるのだろうか。

「ひと言でいうと、チャレンジ精神。患者のニーズに則し、他との差別化に挑戦した医院が成功しています」

もっとも基本的な差別化は、専門性のアピールだ。

「内科医院であれば、あえて一般内科ではなく循環器内科、老年内科などと標榜する。あるいは、『下肢静脈瘤クリニック』など、医院名に専門性を打ち出すのも一方です」

プライマリケアを中心とした医院は、運営方法の工夫が差別化になる。

「都内のある内科医院は、競合が休診の夜間や日曜にも診療し、医師一人で年間2億円を売り上げています。これから開業する医師は、最初の1年だけでも夜間や日曜の診療をすることを検討してほしいですね」

また、ある眼科医院は手術をせず、外来だけの診療で、1日250人の患者を集めている。院長自らが待合室まで患者を呼びに来て、「○○さん、おはようございます」と声を掛け、頭を下げるそうだ。

「意外と、こうしたコミュニケーションを実践している医院は少なく、患者の心に響きます」

Q.開業準備で最初に取り組むべき作業は?

A.開業の“設計図”になる経営理念を考えよう

「まずは経営理念を決めることです。どんな医院にしたいかを言語化したもので、あらゆる開業準備の“設計図”になります」

経営理念は、待合室やウェブサイトに掲載することが多い。誰にでもわかりやすい言葉で表現することが大切だ。なかなか決まらない場合は、図表2の3項目を書き出してみるといい。そこに並んだ言葉を手がかりに、文章を組み立てていく。

「ある泌尿器科医院の経営理念には『病気を治す主治医だけでない、何時でもあなたの体を知り、あなたの傍に侍る主知医、主侍医です』とあります。患者中心の医院であることを、独自の言葉で表しています」

患者は、自分を大事にしてくれる医院に集まる。へりくだる必要はないが、「医院は、患者が来てはじめて成り立つ」という基本原則は踏まえておきたい。

Q.自院に合った開業立地を見極めるには?

A.診療圏調査の結果に加え、評判や公開情報を吟味する

立地選定の基本は、「患者層の把握」→「エリアの絞り込み」→「物件選定」という流れである。

多くの場合、コンサルタントなどが住民基本台帳や厚労省患者調査からエリア内の潜在患者数を算出し、医院数で等分して1日の患者数を推計する(診療圏調査)。潜在患者数が100人のエリアに自院を含め4つの医院があるなら、1日25人の患者が来ると見込む。しかし、これだけで立地を決めることはできない。

「もしかしたら一番近い競合だけで1日90人を診ているかもしれません。その場合は、患者数をもっと少なく見積もらなくてはならない。地域を歩いて評判を聞いたり、各種公開情報を集めたりして、実数に近い患者数を把握しましょう」

地域によっては、医療機能情報提供制度に基づいて医院の1日平均外来患者数をネット公開している。医療法人化している医院の決算書は、都道府県庁で開示でき、診療収入から逆算すると患者数がわかる。医師自身が情報収集まで手が回らない場合は、コンサルタントなどに依頼を。

Q.人気エリアで開業したい。注意すべき点は?

A.「外来医師多数区域」の新規開業を抑制する動きが

厚労省の医師需給分科会では、外来医師の地域偏在を是正するための施策を検討している。目下、議論されているのは「外来医師多数区域」(図表3)だ。二次医療圏ごとに外来医師偏在指数を集計し、上位○○%を外来医師多数区域と定める。同区域の医院の場所をマッピングして都道府県のウェブサイトなどに掲載し、新規開業者が自発的に別の区域を選ぶように促そうというのだ。

それでも外来医師多数区域に開業する場合は、在宅医療、初期救急医療(夜間・休日診療)、公衆衛生(学校医・産業医・予防接種)に従事することを、開設届出書に記載することが検討されている。

「2020年頃には開始するのではないかと思います。強制力はないので、どこまで実効性があるかわかりませんが、人気エリアで開業したい医師は覚えておきたい動きです」

図表1● 医療機関数推移
平成 21年 22年 23年 24年 25年 26年 27年 28年 29年
病院 8,739 8,670 8,605 8,565 8,540 8,493 8,480 8,442 8,412
診療所 99,635 99,824 99,547 100,152 100,528 100,461 100,995 101,529 101,471
東京都 12,629 12,684 12,612 12,711 12,758 12,780 12,944 13,184 13,257
神奈川県 6,372 6,407 6,424 6,497 6,545 6,556 6,648 6,711 6,661
埼玉県 4,004 4,055 4,081 4,114 4,149 4,148 4,180 4,225 4,261
千葉県 3,652 3,681 3,678 3,688 3,720 3,710 3,751 3,778 3,759
合計 26,657 26,827 26,795 27,010 27,172 27,194 27,523 27,898 27,938
データ出典:厚生労働省「医療施設(動態)調査」
図表2● 経営理念作成と浸透のポイント
◆経営理念作成
◆経営理念の浸透
  • a)理念や基本方針はきちんと文書化している
  • b)わかりやすい言葉を使っている
  • c)病医院の待合室などの患者さんや職員の目につく場所に掲示している
  • d)職員指導に経営理念を活用する
  • e)職員採用時に説明し、賛同する人を採用する
  • f)基本方針を定期的に見直す
図表3● 「外来医師多数区域」の設定について
医師需給分科会
平成30年12月26日開催
2019年度 都道府県で外来医療計画の査定を行う
都道府県はホームページ等を通して、2次医療圏毎の「外来医師の偏在指数」「診療所所在マップ」作成
  • 資金や運営に関するQ&A

人気エリアでは軌道に乗るまで2〜3年かかる。
初期費用を圧縮し、十分な運転資金を確保したい。

Q.開業費用はいくらかかり、自己資金はどの程度必要?

A.初期費用5000万円、自己資金3000万円程度

開業の初期費用はケースバイケースだが、佐久間氏は「都内のテナントだと5000万円が一つの目安」という。内訳は、建物や設備の費用が大部分を占める。

「内科でテナントに入る場合、坪単価80万円×40坪=3200万円ほどが相場です。さらに入居時の保証金が家賃の8カ月〜1年分、待合室のイスなどで300万円ほどです」

これとは別に、開業後の運転資金(家賃、人件費、院長の生活費など)も確保しなければならない。

「競合が多い地域では、地域住民に医院の存在が認知されるまでに2〜3年はかかります。その間を乗り切る運転資金として、3000万円程度は用意したほうがよいでしょう」

自己資金額は医師によって大きく異なるが、3000万〜4000万円の例が多いそうだ。足りない分は金融機関から借入れる(図表4)。

Q.開業資金を借入れるならどの金融機関がいい?

A.地方銀行や信用金庫が開業向けの融資に積極的

金融機関の医師に対する信用は厚く、他業種では考えられない好条件で融資を受けられることが多い。

「5000万円程度までは無担保・無保証で借りられます」

では、金融機関はどのように選ぶとよいのだろうか。

「開業する地域の信用金庫か地銀への相談をおすすめします。地域経済を活性化させる役割を担っていますから、医院への融資には積極的です。金利は0・7〜0・8%と安く、開業後に窓口収入を集金・記帳してくれるサービスも受けられます。一方、大手都市銀行は、企業を相手に大口融資を行うことが主体ですから、5000万円くらいの融資はあまり歓迎しない傾向があります」

Q.診療の質を損なわずに初期費用を抑えるには?

A.医療機器はリースに。スタッフはパートで揃える

初期費用の節約は、細かな出費を削るより、大きな出費の圧縮が効果的である。患者に見えないバックヤードの内装は部材のレベルを下げる。医療機器は最初から購入せず、リース契約にするのが定番だ。

「リース料の総額は、医療機器の購入価格より割高になりますが、開業時の借入額を抑えられるメリットがあります(図表5)。高価な医療機器を購入しても、開業初年度はあまり使わないものです。収入を生み出さない機器のために多額の借入れをすることは避けましょう」

運転資金の大部分を占める人件費も、初期費用の節約で重要な点だ。

「オープニングスタッフは、なるべくパートで採用することです。正職員は、賞与や社会保険費用といった間接人件費が、給料の3〜4割ほどかかるからです。どうしても勤務し続けてほしい職員には、『1年後には必ず正職員にします』という誓約書を交わし、初年度だけでもパートで勤務してもらいましょう」

Q.医院の広告宣伝で効果的な方法と注意点は?

A.ネットは医療法上の規制とセキュリティ対策を万全に

図表6の通り、患者が医療機関を選ぶ情報源は、口コミ(50・6%)とネット情報(46・0%)が大多数だ。

「30〜50代の女性を対象にした調査では、約8割がネットを見て初めて行く医療機関を決めていました」

ただ、注意点がある。医療機関のウェブサイトは、18年より医療法上の広告規制の対象となった。記載できる情報は、原則として医院名や院長名など13項目に限られる。従来のように治療実績や院長の考えなど多様な情報を載せるには「限定解除」の要件を満たす必要がある。

「4つの要件があるうち、保険診療の医院が気を付けるべきは一つ。サイト内の情報について、患者が容易に照会できる連絡先を明記することです。電話番号だけでは対応が煩雑ですから、メールアドレスも記載しておくことをおすすめします」

また、サイトのセキュリティも、注意したいポイントだ。

「SSL(暗号化)に対応していないサイトは、Googleで上位表示されないようになっています(図表7)。これではいくら優れたサイトを用意しても、集患につながりません。今はまだSSLの必要性を感じていない医院が多く、私たちが調べたところ200件中2割しか対応していませんでした。さほど費用はかからないので、ぜひ対応してください」

Q.承継はラクして開業できる方法か?

A.営業権が妥当で、前院長と理念が一致するかを要確認

前院長が培った患者の信頼と、医院設備を引き継ぐ承継開業。うまくいけば立ち上がりが早く、昨今、注目されている開業スタイルだ。承継開業では、医院の収益性や将来性を評価した「営業権」(のれん代)を支払うが、その妥当性はよく検討する必要がある。

「営業権が高すぎると、承継しても回収できない場合があります」

院長の魅力など属人的な理由で患者が集まっている医院も注意したい。

「前院長と比較され、患者が離れていったり、スタッフが離職したりする恐れがあります。あくまでも“患者は医師につく”という原則を忘れずに、前院長の理念や治療方針をよく確認しておくことが大切です」

なお、院承の情報はセンシティブなため、あまり表に出てこない。希望する場合は、金融機関やコンサルタント会社に相談してみよう。

Q.経営が思うようにいかない場合はどうしたらいい?

A.顧問の会計事務所に相談を。診療報酬の請求漏れも確認

開業時には、会計事務所と顧問契約を結ぶ場合が多い。経営に関する心配ごとは、何でも相談していい。

「よくあるのが、診療報酬の請求漏れです。もっと算定できる点数がないか、確認してもらいましょう」

それでも経営が上向かない場合は、“セカンドオピニオン”をとることも可能だ。

「ほかの会計事務所や公益法人日本医業経営コンサルタント協会でも相談を受け付けています」

患者の意見を聞くのも重要である。

「来院した患者にアンケートをとり、患者からどう見られているか、院長自ら把握することで改善する例もあります」

図表4● 借入金のおもな内容
図表5● リース契約と借入金の考え方
図表6● 調査からみる増患ポイント
〜平成23年 健康保険組合連合会報告書より〜
◆医療機関を選ぶ情報源
◦ 家族、友人、知人からの意見を聞く・・・50.6%
◦ インターネットの情報を調べる・・・46.0%
◦ かかりつけ医師に相談する・・・37.9%
◦ 新聞、雑誌、本等の情報を調べる・・・9.7%
◦ 電話帳を調べる・・・5.7%
◆増患ポイント
(1)来院患者満足度向上・・・口コミ向上
(2)ホームページの充実・・・患者さんが求める情報
(3)来院動機チェック・・・広告媒体の見直し
図表7● SSL対応・非対応の画面
※掲載図表はすべて佐久間氏提供