本格導入を前に、医師として知っておきたい「費用対効果評価」の基礎知識

医薬品や医療機器を保険収載するときの価格を、それぞれの治療効果に見合ったレベルに調整する目的で、2019年度から「費用対効果評価」の本格導入が予定されている。新たな観点による評価は、今後の医療現場をどう変えるのだろうか。費用対効果評価の導入に至る経緯、評価の適切な見方、治療の選択肢への影響など医師に必要な基礎知識を、医療政策や医療経済学に詳しい専門家への取材からまとめた。

  • 全体解説

費用対効果評価は医療費削減が主目的ではなく
保険診療に新たな医療技術を適切に導入するため

中央大学大学院戦略経営研究科
教授
真野俊樹
1987年名古屋大学医学部卒業。医師、医学博士、経済学博士、総合内科専門医、MBA。臨床医、製薬企業のマネジメント、大和総研主任研究員などを経て現職。多摩大学特任教授、東京都立病院経営委員会委員、厚生労働省独立行政法人評価有識者委員等を兼務。『入門 医療政策』『医療危機-高齢社会とイノベーション』(いずれも中央公論新社)、『治療格差社会 ドラッカーに学ぶ、後悔しない患者学』(講談社+α新書)など著書多数。

真野俊樹氏 写真

医療本来の目的に沿った
価格調整を行うための評価

厚生労働省が2019年度の本格導入を目指している費用対効果評価は、「医薬品や医療機器が効果に見合った価格に設定されているか」を検討する指標に用いられる予定だ。

国内外の医療政策にも詳しい中央大学大学院教授の真野俊樹氏は、こうした評価導入の背景に日本の医療費の高止まりがあるものの、その抑制が主目的ではないと強調する。

「近年は高額な医薬品もあるなど、医療技術の発展が医療費を押し上げる方向に働いています。そうした状況でも国民皆保険の体制を維持し、新たな医薬品や医療機器を適切に導入できる仕組みが必要なのです」

DPCやクオリティ・インディケータなど医療の質への評価はあったが、治療成果と費用のバランスへの評価はなかったと真野氏。今後は病院や地域単位で同評価をフォーミュラリーの参考にすることも考えられ、医師への影響も大きいと言う。

同評価の本格導入により、現状では新たに保険収載する医薬品・医療機器の一部を対象に検討を進め、価格調整を行うことが考えられている。

「新しく開発された医薬品や医療機器は、以前のものより価格が高くなりがちです。費用対効果評価はそれを抑制するキャップの役割で、厚生労働省は当初の予定より価格が低くなることも、高くなることもあると検討資料の中で述べています」

費用対効果評価の導入は
2012年から検討が進む

費用対効果評価は、すでに2012年には中央社会保険医療協議会(中医協)に費用対効果評価専門部会が設けられ、同評価の導入に向けた検討が始まっている(図表1)。

2015年に試行的導入を目指した話し合いが行われ、2016年に既収載品のうち医薬品7品目、医療機器6品目を対象に同評価を実施。これらは、2018年4月の薬価改定で同評価をもとに薬価調整の是非が検討され、オプジーボを含む2品目の医薬品の価格が引き下げ、1品目の医療機器が引き上げとなっている。

その後は試行的導入で明らかになった課題、例えば治療効果の分析結果に対する評価ギャップ等の解決に同部会が取り組み、2019年1月には「費用対効果評価の分析ガイドライン改定案」等が話し合われ、本格導入への準備が進められている。

QALYとICERで
費用対効果を定量的に評価

このような費用対効果評価は海外が先行しているが、どのように活用するのかは各国の医療制度によって異なると真野氏は言う(図表2)。

「イギリスは国による国民保険サービス(NHS)のため、高額医療のすべてをまかなうことはせず、政府指定の品目は費用対効果評価により推奨・非推奨などが勧告されます」

勧告に拘束力はないが、NHSの厳しい予算管理の中で、非推奨の医療技術の使用は難しいといわれる。

一方、ドイツやフランスは基本的に日本の国民皆保険に似た制度で、診療の一部が自己負担。同評価も価格設定時の参考にするなど比較的緩やかな活用で、これも日本に近い。

では日本では実際にはどんな指標をもとに評価を行うのだろうか。

「評価の指標の一つがQALY、ICERという考え方です。QALYは質調整生存年のことで、評価する医療技術(医薬品や医療機器)によって患者の生存年数とQOLがどれだけ改善するかを示した数値です。そして対照する既存の医療技術と比べて、1QALY増やす費用としてどれくらい必要かを見たのが増分費用効果比=ICERです(図表3)」

比較対照した既存の医療技術より効果が大きく、費用がさほど増えないならICERの右上がりの傾きは小さくなる。同評価による薬価調整とは、この傾きが一定の範囲に収まるよう費用を決めることに当たる。

「評価が浸透すれば、手技料もわかりやすい評価が求められるかもしれません。医師もQALYやICERの基礎知識は持つべきでしょう」

図表1● 費用対効果評価に関する国の検討の経緯
2012.5 費用対効果評価専門部会の創設
●対象技術
●分析方法(効果指標の取り扱い 等)
●評価結果の活用方法 等
について、海外の事例も参考にしながら、月に一回程度のペースで議論
2013.11 議論の中間的な整理をとりまとめ
2014.4〜12 具体例を用いた検討の方法等について議論
2015.1〜4 具体例の分析結果等について非公開で議論
2015.5〜11 具体例の検討に係る議論を通じた課題等を報告し、試行的導入を目指して個別の論点に沿って議論
2015.12 試行的導入の在り方についてとりまとめ(「費用対効果の試行的導入について」)
2016.4 費用対効果評価の試行的導入
2018.4 薬価改定にて費用対効果評価に基づく価格調整を実施
2019.4 費用対効果評価の本格導入(予定)
出典:2016.4まで:中央社会保険医療協議会 (中央社会保険医療協議会費用対効果評価専門部会)
『費用対効果評価の試行的導入について(概要)』(平成28年4月27日)より。2018、2019分は編集部加筆
図表2● 諸外国における医療技術等の費用対効果評価の状況
評価機関名 概要
(1)イギリス NICE
(National Institute for Health and Clinical Excellence)
●評価対象は、政府が指定する。
●評価方法を定めたガイドラインに基づき、効果指標はQALYに統一する。
●評価を元に、「推奨」等の勧告を行う。
(2)ドイツ IQWiG
(Institut fur Qualitat und Wirtschaftlichkeit im Gesundheitswesen)
●評価方法を定めたガイドラインがあり、効果指標にQALYは用いない。
●価格交渉の際に、必要に応じて費用対効果評価を用いる予定としている。
(3)フランス HAS
(Haute Autorité de Santé)
●評価方法を定めたガイドラインがあり、QALYを用いてもよい。
●費用対効果評価を行うことで、価格設定において有利になるインセンティブを設けている。
(4)アメリカ なし ●連邦単位では、ワクチン政策等に費用対効果評価を実施している。
●州政府所管のメディケイド(低所得者向け医療保障)や民間保険等においても、費用対効果評価を実施している場合がある。
(5)オーストラリア PBAC
(Pharmaceutical Benefits Advisory Committee)
MSAC
●評価対象については、医薬品は全ての新薬。医療機器・手技は、申請または政府が指定
●評価方法を定めたガイドラインがあり、QALYを用いてもよい。
●評価を元に、「推奨」等の勧告を行う。
出典:中央社会保険医療協議会 (中央社会保険医療協議会費用対効果評価専門部会)
『費用対効果評価の試行的導入について(概要)』(平成28年4月27日)より
図表3● 費用対効果分析の手順
出典:中央社会保険医療協議会 (中央社会保険医療協議会費用対効果評価専門部会) 『費用対効果評価の試行的導入について(概要)』(平成28年4月27日)より抜粋
  • 基礎解説

新たな医療技術による医療費上昇も想定し
どこまで許容するかの定量的な検討が重要に

クレコンメディカルアセスメント株式会社
取締役 最高業務責任者
小林 慎
1989年横浜国立大学大学院工学研究科修了(工学修士)。名古屋大学大学院医学研究科にて医学博士。アンダーセンコンサルティング(現 アクセンチュア)で金融・保険・医療分野の企業のコンサルティングに携わる。1994年よりクレコンリサーチアンドコンサルティングにて勤務。薬剤経済学、医療技術評価による分析をもとに、医薬品・医療機器の評価を行う。国際医薬経済・アウトカム研究学会(ISPOR)日本部会 理事・事務局長など。

小林 慎氏 写真

既存薬より費用増の新薬も
費用対効果良好とできる理由

ここからは費用対効果評価の基礎知識として、同評価の手法や試行的導入の流れなどを見ていく。

図表4は既存薬と、それよりイベント発生率(対象疾病の発症率等)が低い新薬の比較で、総費用の差を以下の2パターンで考えたものだ。
・薬剤費は増えたがイベント費用が減少し、既存薬より総費用削減
・薬剤費が大幅に増えたことで、イベント費用の減少分ではカバーできず、既存薬より総費用増加

総費用増なら新薬の評価は低いように思えるが、薬剤経済学を基に医薬品・医療機器の評価を行う、クレコンメディカルアセスメント株式会社・取締役最高業務責任者の小林慎氏は、後者も費用対効果が良好と評価される可能性は十分にあると言う。

「それは医療における費用対効果評価の目的が医療費削減ではなく、より適切な医療の提供にあるからです。既存薬と比べて良好な治療結果を出すが、総費用が増える新薬に対し、どの程度の増加まで認めるかという一定の基準を定めることも、費用対効果評価の重要な役割と言えます」

費用対効果評価の導入が
新薬の適切な処方を支援

前出の例をICERに当てはめたものが図表5。既存薬に対して新薬が2QALY多く得るには、総費用が200万円増えることになる。小林氏は、最近では、総費用の上昇なしに新薬の導入は難しいと言う。

「薬価は新薬の方が高くても、1QALY当たりのICERで考えると費用対効果が良いと評価されるものも多いはず。医師がこうした視点を持てば、薬価が高くても処方をためらわずに適切な治療ができると思います」

費用上昇が不可避なら、「1QALYを得る増分費用をいくらまで認めるか」という閾値の設定も重要だ。国内では「いのちの値段を決めることにならないか」と一部に慎重論はあるが、すでにイギリスは3万ポンドの閾値をもとに、費用対効果評価を踏まえた医療政策を導入済だという(図表6)。

「日本の試行的導入時の閾値は、500万円と1000万円の2段階設定でした。500万円は過去の国内調査で挙がった金額で、海外の例と比較しても同等と見られています」

500万円の閾値に対して、新薬の費用対効果評価は図表7のように考えられる。既存薬との比較でICERが333万円なら新薬の費用対効果は適切と言えるが、ICERが1000万円となってしまうと、費用対効果を良好とは評価できない。

既存薬と新薬の費用対効果評価を実用的に整理したものが図表8だ。

右下のマスなら既存薬より効果が大きく、費用は少ない。治療成果と医療費抑制の両方が期待できるが、こうした新薬は限られている。

右上のマスは既存薬より効果大・費用大で、新薬のICERが閾値を超える・超えないに二分される。ここで閾値以下なら、医療費を増加させる新薬で費用対効果は良好と評価できる。

「費用対効果評価の本格導入後も、ある程度の医療費上昇は許容されるはずで、これは薬価の高さに納得性があると評価されたとも言えます」

試行的導入では半数が未結論
本格導入での大きな課題に

では試行的導入の薬価調整はどう行われたのか。前出のように閾値は500万円と1000万円の2段階で、1QALY当たり500万円以下は調整を行わず、それを超えると価格調整の対象とされた(図表9)。

500万円超から1000万円までは1QALY当たりの金額に応じて調整され、1000万円を超えると一定額を引き下げる調整となる。実際にカドサイラは1000万円を超えたため薬価が引き下げられた。

「費用対効果評価が本格導入されると、おそらく医療費へのインパクトが大きいものから対象になるでしょう。これまでになかった評価方法が医療政策に導入されることは間違いなく、これを病院がフォーミュラリーを作る基準に採用すれば、治療に直接影響することも考えられます」

最後に試行的導入の課題をまとめる。費用対効果評価は3段階で行われ、まず評価対象の医薬品・医療機器を製造する企業が分析データを提出。次に公正さを担保するため第三者(主にアカデミア)による再分析が行われ、そのうえで科学的な観点や倫理的・社会的影響に関する検証などを考慮した「総合的評価(アプレイザル)」が出される流れだった。

「ただ実際に評価を進めてみると、企業が提出した結果と第三者による再分析の隔たりが大きく、総合的評価が困難な例がいくつかあらわれ、評価対象となった13品目のうち7品目が両論併記となって検討が継続されました。こうした総合的評価の難しさをどう調整するのか。本格導入に向けた発表が待たれます」

図表4● 医薬品と医療費総費用の関係性
図表5● ICERとは
小林慎. Monthlyミクス. 2008;8:52-54. を改変
図表6● ICERの閾値・外国との比較
費用対効果の評価方法
~増分費用効果比(ICER)と閾値~
図表7● 費用対効果の評価方法
閾値を500万円/QALYとしたときの費用対効果の評価
図表8● 費用対効果評価の考え方
図表9● 試行的導入における価格調整方法
・比較対照に対して評価対象の効果が同等以上で、費用が小さい場合は、価格の引き上げが行われる。
・試行的導入で費用対効果に基づき価格調整を行う場合は、類似薬効比較方式で算定された品目は補正加算部分を対象として価格調整が行われる。原価計算方式で算定された品目は、薬価全体が調整対象となるが、調整後の薬価が、営業利益率本体と製造総原価の合計額を下回らないようにすることになっている。
出典:図表4〜9:小林氏提供資料