医師がワークライフバランスを保つ方法

医師は“生涯現役”を通すことも可能だが、そのためにはいかにしてワークライフバランス(仕事と生活の調和)を保つかが重要なカギとなる。そもそも、やりがいと報酬、プライベートの充実は併存し得るのか。弊社が実施したアンケート調査の結果と医師の転職を支援するキャリアアドバイザーへの取材をもとに、ワークライフバランスの実態と理想の形、そして、納得のいくバランスを保ちながら働く方法について探ってみたい。

  • ワークライフバランスの実態と理想は?

仕事におけるやりがいとプライベートの充実は
両立し得るのか――に苦悩する姿がより鮮明に

勤務実態と理想との
隔たりの大きさが浮き彫りに

仕事と生活のバランスのとり方に絶対的な正解はなく、本人の納得する形の実現こそが目標となる。

医師アンケート調査(回答数252)の結果からも、医師の多くが“理想と現実のギャップ”に苦慮しながら働く様子が見てとれる(Q1〜6)。とりわけ、30代後半から40代前半では「1日の就労時間」の現実と理想の間に2時間以上もの開きがみられ、“中間管理職”的立場にある年代のストレスフルな日常を映し出している。また、長時間労働以上に負担感が大きいのが、全体の4割強の人が“ある”と答えている「当直」や「オンコール」。40代前半でも平均当直は5日強にも及び、“回数を減らしたい”というのは切なる願いだ。

こうした勤務状況を鑑みれば、 “負担に見合った年収を”と考えるのは当然ともいえるが(Q5)、「年収は現在より低くてもよい」とする人も少なからずいて、その約半数が「ワークライフバランスが(あまり)保てていない」というのは憂慮すべき点だ。また、年代には関係なく「バランスが保てていない」人の2割強がそれを “致し方ない”と捉えている点も注目に値する(Q7)。

世代や個々の価値観を映し出す
“理想のバランス像”

「ワークライフバランス重視の傾向はおもに、キャリアを積んで役職も付き、ある程度“やり切った”感のある50代後半以降の男性、あるいは、子育てなどのライフイベントの渦中にある20〜40代の女性に多い」というのが、キャリアアドバイザー(以下CA)の印象だ。なかでも前者は、「夫婦で海外を回りたい」、「子育てには参加できなかったので、孫との時間を持ちたい」、「お墓のこともあるので、故郷に戻りたい」など理由はさまざまだ。実際、アンケートに寄せられたコメントの内容からも、ワークライフバランスを保つうえで重要だと捉えるポイントは極めて個別性が高いことが読み取れる(Q8)。

一方、20〜40代では、キャリア相談もワークライフバランス以外の内容が主流であるものの、話をしていくうちに自身が“働き方への不満”に気づくことも多いという。さらに昨今、早い段階で退局を決める若手が増えているが、その背景には “時代に即してワークライフバランスを謳う医局”と“伝統的な方針を貫こうとする医局”の二極化があり、他局や同期との比較で、将来性を早々にジャッジしているためではないかとCAは分析する。同様に、開業志向も若年化の兆しがみられる。

“世代間ギャップ”といえるのが、「もう少し子育てに参画したい」という若手男性医師の増加だ。しかも、幼稚園や保育園ではなく、小学校にあがってから行事に参加できないことを申し訳なく思う人が多く、30代後半から40代で父親になった人にその傾向が強いという。一方、この年代では“ワークライフバランスとは何か?”に悩む人が目立ち、「キャリアをあきらめなければワークライフバランスは手に入らないのか」「それは“逃げ”ではないのか」「どういうバランスが“普通”なのか」といった戸惑いの声が聞かれるという。

Q1 1日の就労時間/現在と理想

(平均時間)

現在 理想
全体 10.0 8.3
25歳〜29歳 9.5 8.2
30歳〜34歳 9.3 8.3
35歳〜39歳 10.2 7.9
40歳〜44歳 10.9 8.3
45歳〜49歳 10.3 8.9
50歳〜54歳 10.1 8.7
55歳〜59歳 9.2 8.0
60歳〜64歳 9.0 7.7
65歳〜69歳 7.9 7.3
70歳以上 9.7 6.3
配偶者と扶養家族のいる女性医師 7.4 6.9
Q2 当直がある場合:月の平均回数/現在と理想(n=112)

(回/月)

現在 理想
月の平均当直回数 4.2 2.2
※当直がある割合は全体n=252の44.4%
Q3 オンコールがある場合:月の平均回数/現在と理想(n=110)

(回/月)

現在 理想
月の平均オンコール回数 6.6 2.2
※オンコールがある割合は全体n=252の43.7%
Q4 週あたりの休日/現在と理想

(%) (日)

現在 理想
日数
1日もない時が多い 1日もない時がある 1日 2日 3日 4日以上
全体 10.3 16.7 29.0 37.3 4.8 2.0 2.2
25歳〜29歳 0.0 33.3 66.7 0.0 0.0 0.0 2.0
30歳〜34歳 10.5 21.1 31.6 21.1 10.5 5.3 2.2
35歳〜39歳 16.7 23.3 26.7 26.7 3.3 3.3 2.3
40歳〜44歳 8.9 22.2 24.4 40.0 4.4 0.0 2.3
45歳〜49歳 13.5 13.5 25.0 40.4 5.8 1.9 2.2
50歳〜54歳 7.5 12.5 32.5 45.0 2.5 0.0 2.1
55歳〜59歳 9.4 18.8 31.3 40.6 0.0 0.0 2.3
60歳〜64歳 14.3 7.1 28.6 50.0 0.0 0.0 1.8
65歳〜69歳 0.0 12.5 50.0 12.5 12.5 12.5 2.3
70歳以上 0.0 0.0 22.2 44.4 22.2 11.1 2.7
配偶者と扶養家族のいる女性医師 15 6.7 6.7 13.3 40.0 26.7 6.7
Q5 現在の年収についての希望

(%)

現在より低くてもよい 現状維持を希望 現在より高い額を希望
全体 7.9 40.9 51.2
25歳〜29歳 0.0 33.3 66.7
30歳〜34歳 5.3 26.3 68.4
35歳〜39歳 3.3 23.3 73.3
40歳〜44歳 8.9 31.1 60.0
45歳〜49歳 5.8 50.0 44.2
50歳〜54歳 7.5 35.0 57.5
55歳〜59歳 12.5 50.0 37.5
60歳〜64歳 7.1 71.4 21.4
65歳〜69歳 12.5 62.5 25.0
70歳以上 22.2 55.6 22.2
配偶者と扶養家族のいる女性医師 13.3 40.0 46.7
Q6 現在の働き方で「ワークライフバランスを保てている」と思うか?

(%)

保てている まあまあ保てている あまり保てていない 保てていない わからない その他
全体 13.9 49.2 20.6 14.7 1.6 0.0
25歳〜29歳 0.0 33.3 66.7 0.0 0.0 0.0
30歳〜34歳 21.1 36.8 26.3 15.8 0.0 0.0
35歳〜39歳 3.3 63.3 10.0 23.3 0.0 0.0
40歳〜44歳 15.6 42.2 26.7 15.6 0.0 0.0
45歳〜49歳 17.3 42.3 25.0 13.5 1.9 0.0
50歳〜54歳 15.0 52.5 10.0 20.0 2.5 0.0
55歳〜59歳 9.4 53.1 21.9 12.5 3.1 0.0
60歳〜64歳 14.3 64.3 14.3 7.1 0.0 0.0
65歳〜69歳 0.0 62.5 37.5 0.0 0.0 0.0
70歳以上 33.3 44.4 11.1 0.0 11.1 0.0
配偶者と扶養家族のいる女性医師 33.3 40.0 20.0 6.7 0.0 0.0
Q7 ワークライフバランスが保てていない理由(n=89)
Q8 あなたにとって「理想のワークライフバランス」とは?
「仕事とプライベート双方で充実感が得られること」(40代前半、女性、一般内科)(50代後半、男性、消化器内科)、「仕事と私生活のオン・オフがはっきりしていること」(40代前半、男性、消化器外科)(30代前半、女性、一般内科)(50代後半、男性、産婦人科)ほか、「家族と過ごす時間が十分に確保できること」(40代前半、男性、脳神経外科)、「心身ともに健康を維持できる環境にあること」(40代後半、男性、整形外科)(40代後半、女性、内分泌内科)、「子どもが小さいうちはきちんと休みが取れ、家事を分担できる余裕ある勤務ができること」(40代後半、男性、形成外科)、「やりがいと報酬がつりあっていること」(50代前半、男性、整形外科)、「家事などを除いて、自分の時間が持てること」(40代前半、女性、一般内科)、「休日に外出する体力が残るような働き方ができること」(50代前半、男性、一般内科)
  • ワークライフバランスを保つ方法は?

長期視点でキャリア設計し取捨選択を行なうことが
やりがい・報酬・プライベートの充実につながる

何が負担で、何を理想とするのか、
まずは考えを整理する

ワークライフバランスに悩んだときには「まず“自身のキャリアを振り返ること”が有効」だとCAはいう。具体的には、直近1週間、1か月の生活を書き出し、業務内容から、人間関係や通勤時間など些細なことまで全て、「許容可」「できれば外したい」「どちらともいえない」に分類する。そして、業務量の多寡や対価の適正さを同世代の同じようなキャリアの人と、また他施設などとも比較し、ストレス要因を取り除いた状況をイメージしてみる。すると、「キャリアアップとストレス軽減を同時に叶える選択肢がいくつもあるということが見えてくる」(CA)という。

自身の価値を知ることが
勤務条件改善の切り札にも

医師自身は、ワークライフバランスを保つために何が必要だと思い、どう行動しているのか。

調査結果をみると、施設側にはQ9のとおり、“勤務時間や休日の適正管理”“医師の増員”“柔軟な勤務制度の整備”等を求める意見が多く、とりわけ配偶者や子どものいる女性医師からの要望が高い。一方、Q10をみると医師自身も“仕事と生活への考え方を整理”し、“仕事の効率化”を図り、“勤務形態や業務の内容を変更”したり、“上司や職場への働きかけを行なう”必要があると認識している。また、これらを実践に移すことで一定の効果をあげている(Q11)。ただし、結果的に“勤務先変更”を選択した人も少なからずいる。

職場への働きかけで自身の環境や条件改善を試みる場合について、CAは「施設や上司との話し合いを円滑に進めるために、まず“自身がどの部分で病院に貢献しているのか”を知ることです」と語る。自分の影響度がどの程度か、自身の持つ資格が施設認定の維持にどう貢献しているか、などを正しく認識して臨むと、より効果的だという。ただし、理想を強引に押し通そうとせず、組織・チームの一員として、周りの状況も鑑みつつ方向性を探りたい。

一方、ワークライフバランスの改善が意外と難しいのが、子育てや介護を理由とするケース。思い切って勤務日数を減らす方法もあるが、非常勤は急な休みが取りにくく、常勤医が見つかり突然契約が切られる不安もあるので、「常勤にこだわるのも一つの考え方」(CA)だという。

長期的なキャリア視点で
“捨てる・守る”を見極める

では、どう行動すれば理想のワークライフバランスが手に入るのか。

医師たちからも経験に基づくさまざまなアイデアが寄せられているが、その結果として、“プライベートは充実したが、仕事にやりがいを感じられない”“子育てが一段落したら、仕事の満足度をあげる方法を探りたい”など、必ずしも納得いく結果が得られていない様子がうかがえる(下囲み参照)。

実際、Q12のグラフに示すように、何らかの行動を起こした結果、収入はキープまたはアップ、プライベートの充実度もぐんと上がる反面、仕事のやりがいについてはあまりプラスの効果がみられない。

したがってこのような結果を踏まえてバランス設計を行なうことが、満足のいくワークライフバランス実現への近道となりそうだ。そのためにCAは「長期視点でキャリアを捉え、キャリア継続の可能性をきちんと残しながら取捨選択を行なってほしい」とアドバイスする。疲弊した頭で新たな就労環境を求め “楽になること”ばかりを追求すると、資格の維持や学会参加、診たい症例に関わることが困難となるなど、やりがいさえも失いかねない。そうした事態を避けるため、CAは、“現在の希望に沿う選択”と “少し苦労してでもやりたいことのできる選択”の同時検討を勧める。

「半年後の自分が想像できるか、が判断基準になると思います」。

Q9 理想的なワークライフバランスを保つために「施設(勤務先)が取り組む必要がある」と思うこと
Q10 ワークライフバランスを保つために「医師自身が取り組む必要がある」と思うこと
Q11 ワークライフバランスを保つために「自身が実践して効果のあった」こと
自身の経験からワークライフバランスを保つためのアドバイス
「自分の努力では改善できず、思い切って環境(勤務先)を変えた」(40代前半、男性、一般内科)(30代後半、女性、小児科)ほか、「仕事にも自分や家族の生活にも目標を設定し、職場に対して自身の考えをはっきり表明した」(40代後半、男性、心臓血管外科)、「辞職覚悟で業務制限と給与交渉を行なったところ、かなり改善された」(50代後半、男性、産婦人科)、「妊娠・出産で仕事をスローダウンすることには迷いが伴い、柔軟な考え方や働き方を自身が受け入れる必要があった」(30代前半、女性、健診・人間ドック)、「将来、状況に応じた転職ができるよう、若いうちに実力をつけようと努力した」(50代前半、女性、眼科)、「フリーランスや定期非常勤などの柔軟な働き方を選択」(40代前半、男性、脳神経外科)ほか、「医師不足の地域に移り、プライベートの充実と収入アップを実現」(40代後半、女性、一般内科)
「収入・仕事のやりがい・プライベートの充実度」の満足度
「仕事の効率化に加え、親や夫の助けをかりることで、プライベートはないが、収入もやりがいも手にして満足している」(40代後半、女性、放射線科)、「ワークライフバランス重視の転職をしたが、理解があるのはトップ数人。直属の上司の理解を得るのに数年かかりそう」(40代前半、男性、一般内科)、「プライベートは充実したが、仕事にやりがいを感じられない」(50代後半、男性、消化器内科)、「平日の当直バイトを増やして収入を確保し、土日はきっちり休むことで、収入もやりがいもプライベートも手に」(30代前半、男性、産婦人科)、「勤務先を変えて私的な時間が確保できたが、子育てが落ち着いたら、仕事の満足度をあげる方法を探りたい」(30代前半、女性、一般内科)、「退局して収入は維持できたが、経験できる症例に物足りなさを感じることも。ただ、子育てには少し貢献できるようになった」(40代後半、男性、形成外科)
Q12 「収入・仕事のやりがい・プライベートの充実度」の変化
【アンケート概要】
◆調査方法:リクルートドクターズキャリア会員登録者へのインターネット調査
◆調査期間:2018年11月
◆有効回答数:252人(掲載グラフで注釈のない場合n=252)
◆男女比:
 男性 82.6%
 女性 17.4%
※既婚者のうち配偶者の就業率49.8%。配偶者の医師率22.7%