日本の医療の強みを生かせば、国内外で活躍の場が広がる 進む医療のグローバル化

世界の医療支出は2003年の3.8兆ドルから、2014年には7.6兆ドルへと倍増している。これはアジア諸国など経済成長を続ける新興国で医療ニーズが高まった影響も大きい。そうした中、日本でもアジア各地を中心に医療のアウトバウンドに積極的な対応を見せる医療機関も出ている。今後、インバウンド需要とともに日本の医療のグローバル化が進めば、医師に求められる専門性などはどう変化するのだろうか。この分野に詳しい有識者と先駆的な取り組みを行う医療法人、それぞれの立場から語ってもらった。

日本の医療や医療機関の強みを海外に発信し
インバウンドやアウトバウンドの需要喚起を

中央大学大学院戦略経営研究科
教授
真野俊樹
1987年名古屋大学医学部卒業。医師、医学博士、経済学博士、総合内科専門医、MBA。臨床医、製薬企業のマネジメント、大和総研主任研究員などを経て現職。多摩大学特任教授、東京都立病院経営委員会委員、厚生労働省独立行政法人評価有識者委員等を兼務。『入門 医療政策』『医療危機-高齢社会とイノベーション』(いずれも中央公論新社)、『治療格差社会 ドラッカーに学ぶ、後悔しない患者学』(講談社+α新書)など著書多数。

真野俊樹 写真

世界の医療支出は約10年で倍増
高齢化でがんなども増える

2003年に3.8兆ドルだった世界の医療支出は、約10年後の2014年には7.6兆ドルと倍増した(図表1)。先進国の医療費増大に加え、新興国でも経済発展によって医療ニーズが高まり、また一部の国では高齢化も進んでいるため、今後も医療支出は増える見込みだ。

こうした各国の医療事情や医療のグローバル化に詳しい中央大学大学院教授の真野俊樹氏は、日本の医療のグローバル化をこう展望する。

「アジアを中心とする新興国でも、今後はがんや生活習慣病などへの診療ニーズが高まるでしょう。これらはまさに日本の得意分野で、培った知識やノウハウを生かせば、アウトバウンド、インバウンドともに成功の可能性は十分あると考えられます」

国家戦略でも重視される
医療ツーリズムの推進

日本で医療ツーリズムに代表されるインバウンドが注目され始めたのは2010年頃。すでにシンガポール、タイ、韓国などは、2000年代から、医療のインバウンドを喚起する医療ツーリズムに国策として取り組み、成長ビジネスとして重視していた。その先行事例に日本の政府や医療界が関心を寄せたものだ。

「2010年に日本政府は『新成長戦略』で医療ツーリズムの受け入れを国家戦略と位置付け、外務省は医療滞在ビザの発行を始めました。これと前後して、海外へのアピールなども意識してJCI認証を取得する医療機関が現れ始めたのです」

日本で初めてのJCI認証の取得は2009年で、当初1施設のみだったが、2018年8月時点で26施設と着実に増加している。

医療機関の半数が受入検討
外国人対応は国内でも必須

さらに2011年には健康・医療の国際展開の推進という政府方針のもと、一般社団法人 Medical Excellence JAPAN(以下MEJ)も設立されている。

MEJでは外国人患者の受け入れに意欲的で体制も整っている医療機関を、「ジャパン インターナショナル ホスピタルズ(JIH)」として推奨。2018年8月時点で21都道府県、45病院に広がっている。

加えて同法人は医療ツーリズム支援のため、受入医療機関のコーディネート、多言語対応の通訳の手配などが可能で、質の高い受け入れ支援サービスを提供する事業者であると証明する「認証医療渡航支援企業(AMTAC)」の認証も行っている。

なお外国人患者受け入れを国内医療機関に聞いた調査(図表3)では、受入経験がある、または受入意向があるとの回答が半数以上を占めた。

「観光庁の平成30年『訪日外国人旅行者の医療に関する実態調査』によれば、調査対象者の6%が訪日中にけがや病気になります。医療ツーリズムに積極的でない医療機関でも、外国人患者を診療するケースが増えるのは間違いありません。しかし医療機関は外国語を話せる医師や看護師がいない、多言語・多文化への対応が難しいなどの課題があり、医療従事者の語学教育、医療コーディネーターの充足が急務です」

多様な形態での海外展開
動きが本格化する前に準備を

その後、アウトバウンドも加えた国家戦略が出され、例えば経済産業省では、日本の医療技術・サービスの国際展開支援、渡航受診者の受入支援の両面から施策を進めている。

アウトバウンドの現状を示す一例が下の地図(図表2)だ。現地企業との合弁、コンサルティング、現地企業への出資など形態は多様だが、日本の医療機関や医療関連企業は各地で事業を行っている。

「国内の患者数が減れば収益の確保が難しく、医師が手術をする機会も減って人材育成にも影響します。対象を高齢者にシフトする医療機関も多いですが、そのピークが過ぎるまでに、次への新たな対策が必要です。そうした場合に海外展開は将来の選択肢になり得ると思います」

アウトバウンドの成功には相応の覚悟、資金が必要だが、いずれ本格化する可能性も十分ある。医師のキャリアを長期的な視点で考えた場合、今から準備するのも有効だと真野氏。

「語学のブラッシュアップや現地で診療できるライセンス取得なども検討できるでしょう。今後は政府の施策、医療機関の成功例などをチェックし、海外でどのように働けるかを一度考えてみてほしいですね」

図表1● 世界全体の医療支出
出典:WHO「Global Health expenditure Database」より
図表2● 主な日本式医療拠点の設置状況
※中長期的に日本の医療機関・企業等が主体的に事業としておこなっていくことを想定しているもの※拠点は病院に限らない(例:人材育成を行うトレーニングセンター等で、医療機器等の展開拡大につながることを想定しているもの)
※平成28年9月時点で解説しているもの()、平成28年度内での開業を予定しているもの():合計19件
出典:首相官邸 健康・医療戦略推進本部 医療国際展開タスクフォース資料より
図表3● 国内医療機関における外国人患者の受入実態
出典:経済産業省「国内医療機関における外国人患者の受入実態調査」(平成27年度結果)より
  • 取組事例

海外では医療技術提供などコンサルティング中心に展開
医療の質をアピールし、インバウンドへとつなげる

偕行会グループ 会長
医療法人 偕行会 理事長
川原弘久
1966年名古屋大学医学部卒業。昭和伊南病院総合病院内科、増子記念病院内科部長・透析室長などを経て、1979年名古屋共立病院院長に就任。1982年に医療法人偕行会を設立し、理事長に就任。同法人名古屋共立病院院長を兼務。現在は偕行会グループ会長、医療法人偕行会理事長。日本腎臓学会、日本透析医学会、日本内科学会などに所属。公益財団法人 日本アジア医療看護育成会代表理事も務める。

川原弘久 写真

縮小する日本のマーケットを
補完するため海外展開を検討

ここではインバウンドとアウトバウンドの両面で対応を進めている医療法人 偕行会グループの事例から、医療現場の今の動きを具体的に見てみたい。同グループは名古屋市に本部を置き、愛知県を中心に東海・首都圏に多くの病院、画像診断施設、透析施設、介護福祉施設を展開している。そして2014年にインドネシアの首都ジャカルタに、日本の医療法人として初めて「KAIKOUKAI CLINIC SENAYAN(カイコウカイ クリニック スナヤン)」を開設した。

同グループ会長を務める川原弘久氏は、グローバル化の経緯についてこう語る。

「医療機関の機能分化や患者の高齢化などで、国内では一つの病院で診る患者数が減少していくのは明らかです。縮小する国内マーケットを補う施策の一つとして海外展開ができないかと考え、以前からアジア各地でその計画を練っており、初めての海外展開がここだったわけです」

この件は川原氏が知人から「EPA(経済連携協定)に基づく外国人看護師候補者の受け入れにより、日本の医療現場で経験を積んだインドネシアの看護師が、帰国後、その経験を生かす場を作れないか」と相談を受けた縁から始まったという。

富裕層が多く住む地域で
偕行会ブランドを醸成する

同クリニックには、現地スタッフに加え日本での実務経験を持つ看護師や日本に留学経験のある医師も在籍しており、患者は、現地の人のほか、現地在留日本人や日本人観光客、までを対象としている。

加えて、クリニックが複合商業施設やオフィスビル、マンションなどが並ぶエリアにあることを生かし、富裕層に「高品質な日本の医療」をアピールするのも狙いだという。

「質の高い医療を求める現地ニーズに対応すると同時に、日本の偕行会での受診というインバウンドへの波及効果もセットで考えています」

このような考えに基づき、自ら医療施設を持つだけでなく、同グループの医療技術のノウハウを現地医療機関に提供する形での海外展開もスタートさせている。その第一号が同じインドネシアにあるパレパレ市で、2016年から透析に不可欠な水の品質改善技術のほか、透析患者に有効な運動療法や栄養療法などを同市の医療機関に提供している。

「同市の市長や医療機関からは透析の成果が大きく向上したと高く評価されています。同市で近く開院する1000床規模の新病院でも技術提供の要請を受けているところです」

コンサル中心の海外展開により
インバウンドの拠点づくりを

同グループでは、今後はこうした医療技術を提供するコンサルティングによる海外展開に軸足を移すことで、インドネシアの各地域、さらに中国での展開を検討している。

「中国は以前から公的医療保険制度による皆保険を目指しており、都市部ではかなり整備された印象です。しかし民間病院より公的病院への信頼が厚く、患者は後者に集中する傾向にあります。このため一部で慢性的な人材不足が続いています」

民間病院での医療の質の向上、公的病院の業務の効率化など、同グループがノウハウを提供するチャンスは大いにあると川原氏は期待する。

「ただ海外での交渉は時間がかかりますから、無理に急がず時間をかけて、が基本と考えています」

人工透析、PET健診など
得意分野を海外にアピール

一方、同グループのインバウンドの現状はどうか。すでに2009年から透析施設の一部で訪日外国人観光客の透析の受け入れ、2010年にはグループ内の画像診断施設で外国人患者対象のPET検診を始めるなど(図表4 上図参照)、医療ツーリズムにはいち早く取り組んできた。同グループのアウトバウンドの拠点での働きかけも、患者の来日に一定の実績を上げているという。

また多言語での診療案内や異文化・宗教に配慮した対応など、外国人患者の受け入れ体制を評価する「外国人患者受入れ医療機関認証(JMIP)」を、グループの基幹病院である名古屋共立病院が取得。同院では、特にがんの放射線治療分野で、海外の患者を積極的に受け入れているという(図表4 中図参照)。

「当グループの医療ツーリズム関連実績は前年比1.5倍ほどで成長を続け、ようやく軌道に乗りそうです」

MS法人によるサポートで
外国人患者の不安を軽減

このようなインバウンドの着実な成長には、同グループのMS法人である株式会社KAIKOUKAI MEDICAL ASSISTが大きく寄与している。同社はグループ内外の医療機関と協力した医療ツーリズムの企画、医療知識のある通訳の紹介、外国人患者の身元保証機関となり医療滞在ビザ発給のサポートなどを行い、インバウンド需要を喚起している(図表4 下図参照)。

さらに患者から自国での診療情報を受け取って引受先の医療機関に引き継ぎ、医療機関からの伝達事項をまとめて患者に伝えるなど、両者の間できめ細かなサポートを行う。

「外国人患者の不安を少しでも軽減するために、同社は渡航準備やビザ申請を手伝い、到着後は外国語対応が可能な専門スタッフが空港などから病院まで付き添っています」

医療ツーリズムでは一定の成果が出始めた同グループだが、「これならば確実といった成功への道筋があるわけではない」と川原氏。

「国内外でトライアルを繰り返し、成功した事例を丁寧に拾い上げるしかないのですが、できればグループの売上の10%程度まで、これらの事業を育てたいと考えています」

川原氏も語るように、インバウンド需要は堅調な増加が期待でき、長期的にはアウトバウンドでの活躍も医師の選択肢になる時代が来るかもしれない。今後はこうした動きも視野に入れてキャリア設計やスキル修得を考えることが有効と言えそうだ。

カイコウカイ クリニック スヤナン
日本製の医療機器を備え、外来診療、予防接種、健康診断などを行う。名古屋共立病院を中心とした複数の医師によるコンサルテーションも受けられる。クリニックのスタッフ。
クリニックの入るセントラル・スヤナンⅠは、ジャカルタで最も賑わうスヤナン地区にある複合施設内の18階建てオフィスビル。
クリニック入口。
偕行会の外国人受入施設
外国人患者受け入れ施設の一つである名古屋共立病院の特別室。大型テレビ、ソファ、パソコン等も設置され、ホテルのような雰囲気。
図表4● 偕行会グループ外国人患者受入推移(単位:人)
出典:偕行会提供
*PET=名古屋放射線診断クリニック・東名古屋画像診断クリニック、名共=名古屋共立病院、城西=偕行会城西病院、リハ=偕行会リハビリテーション病院。KAIKOUKAI MEDICAL ASSISTは、グループ内外施設への訪日患者の治療その他サポートを行う関連会社。