改革期の精神科病院

入院中心だったわが国の精神科医療がいま大きく変わろうとしている。「長期入院患者の地域移行」という方針が明確に示され、精神科病床は2025年までに現在の35万床から27万床に減少する見通しだ。全国に千余りある精神科病院が進むべき道とは? 精神疾患のある人々が地域で暮らすために必要な体制とは? そのとき医師に求められる役割とは? 精神科医療の現状と課題、そして、精神保健医療福祉は今後どうあるべきかを考える。

急性期は手厚く質の高い医療を提供し、
慢性期は地域生活を医療・福祉が支える新体制へ

国立研究開発法人
国立精神・神経医療研究センター
理事・病院長
村田美穂
1984年筑波大学医学専門学群卒、92年同大大学院医学研究科博士課程修了、96年東京大学医学部神経内科助手。2004年1月国立精神・神経医療研究センター病院に神経内科医長として着任し、その後、神経内科診療部長、パーキンソン病・運動障害疾患センター長、特命副院長、副院長を経て、16年4月1日より現職。日本神経学会専門医・理事、日本内科学会認定内科医。専門は神経変性疾患の診断と治療、臨床薬理学、分子神経遺伝学。

村田美穂氏 写真

国立研究開発法人
国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所・所長
中込和幸
1984年東京大学医学部卒、94年帝京大学医学部精神神経科助教、同講師、東京大学医学部附属病院助教、昭和大学医学部精神医学教室准教授ならびに2005年鳥取大学医学部統合内科医学講座精神行動医学分野教授等を経て、11年より国立精神・神経医療研究センターに赴任。副院長、臨床研究支援部部長、臨床研究推進部部長、臨床研究支援部長等を歴任し、15年12月より現職。精神神経学会専門医・指導医、臨床精神神経薬理学会専門医。

中込和幸氏 写真

地域生活支援体系の構築で
「社会的入院」の削減を目指す

「日本は諸外国と比べ、入院中心の精神科医療が長く続きました。約8割が民間病院という環境での改革が難しかったのも一因です」と国立精神・神経医療研究センター(NCNP)精神保健研究所所長の中込和幸氏は、その背景を語る。平成16年に「入院医療中心から地域生活中心へ」を基本方針に据えた『精神保健医療福祉の改革ビジョン』が示され、1年以上の長期入院が1割強まで減少したが、退院後1年以内の再入院率が40%と新たな問題が浮き彫りに。そこで『第7次医療計画』等に「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築」を掲げ、精神障害者が地域で暮らせるしくみ作りに着手。診療報酬改定でも地域移行や地域生活支援の充実を含む質の高い精神医療を評価した(図表1)。これらの施策により、現在18・5万人の長期入院患者は、25年には半減すると予測されている(図表2)。「当研究所では、取り組むべき課題を把握し、実効性の高い医療計画が立てられるよう、各地域の精神医療関連の社会資源情報を提供しています」(中込氏)。

NCNPでは病棟建て替えの際に約千床から全室個室の140床に減らし、長期入院をほぼゼロにしている。病院長の村田美穂氏は、「精神科救急入院料(スーパー救急)病棟を始めるにあたり、デイケアや外来作業療法、アウトリーチ活動に取り組んで入院の短期化を図った」と説明する。支援の受け方は選択できることが望ましく、精神科領域においてはショートケアという新たな形態の利用も増えているという(図表3)。各地の好事例に学ぶところも大きい。両氏は、治療抵抗性統合失調症治療薬を用いて長期入院を減らし、病棟の人員をアウトリーチに充てることで順調な経営を維持している宮崎県の若草病院、精神科医や看護師、作業療法士、精神保健福祉士がチームを組んで訪問し、受診に結びつけるアウトリーチ支援事業を展開する埼玉県所沢市を参考事例に挙げる。中込氏は「精神疾患も専門性の一つと捉え、福祉・介護職にも地域定着の一翼を担ってほしい」と、医療と福祉の一体化に期待を寄せる。

心理教育や診療科間の連携で
早期発見・早期治療に努める

NCNPの医療観察法病棟では、手厚い人員配置のもと、時間をかけて治療が行なわれる。「自ら〈こういうサインが出たら受診を促して〉と周囲に言えるよう、指導します。早めの対応が再入院を回避し、早めの再入院が悪化を防ぐ。もとの生活に戻る近道だからです」(村田氏)。治療の継続性も重要だ。「初期対応で大切なのは心理教育。病気や治療の意義を理解し、治療に能動的に参加する姿勢を引き出します」(中込氏)。加えて昨今、リスク評価を行ない、顕在発症前に認知行動療法など早期に介入を試みる動きもあるという。

精神疾患に対する偏見やスティグマの存在は受診の遅れにもつながる。国民への啓発活動は必須だ。さらに本年度から高等学校の学習指導要領に「精神疾患の予防と回復」が加わり、早期教育にも期待したい。

うつ病の人が体調不良を訴え最初に受診するのは内科などの一般診療科だ。「軽症であればご対応いただき、専門性が必要ならばご紹介いただく。そんな信頼関係を築くことが大事だと考えています。精神科医にも、診察室だけでなく患者さんの生活の場に足を運ぶような、開かれた診療姿勢が求められています」(中込氏)。

図表1 地域移行・地域生活支援の充実による質の高い精神医療へ
出典:「平成30年度診療報酬改定の概要 医科Ⅰ」(平成30年3月5日版)より一部抜粋
図表2 長期入院患者の地域移行に向けた見込み数
出典:厚生労働省「平成29年度 第1回精神障害にも対応した地域包括ケアシステム構築担当係長等会議」
資料1-2(平成29年6月30日)より一部抜粋
図表3 デイケア等の利用者数(6月1か月間延べ利用者数)
*H17:老人性痴呆デイケア
H22、27: 重度認知症デイケア
出典:精神保健福祉資料(平成17、22、27年)

地域ごとに精神科医療と福祉のあり方を模索し、
医療機能の明確化によって役割分担と連携を生む

医療法人河﨑会
水間病院
理事長・院長
河﨑建人
1976年大阪医科大学卒、89年大阪大学医学博士記受領。93年1月医療法人河﨑会水間病院長に就任し現在に至る。97年8月厚生労働省公衆衛生審議会専門委員、2005年12月学校法人河﨑学園副理事長、10年4月公益社団法人日本精神科病院協会副会長等を歴任し、11年10月より医療法人河﨑会ならびに社会福祉法人建仁会理事長、同年12月学校法人河﨑学園理事長等に就任。一般社団法人大阪精神科病院協会会長(06年4月~)を務める。

河﨑建人氏 写真

疾患特性と高齢化を背景とし
連携が求められる医療と福祉

長期入院患者が多い、諸外国と比べ桁違いに病床数が多い、平均在院日数が極めて長い――これらはわが国の精神科医療の特徴であり課題だ。

平成16年に「入院医療中心から地域生活中心へ」を旨とする精神科医療の改革ビジョンが打ち出されたが、「実効性のある施策がなかなか示されず、財源的な措置も十分でないなか、全国に千二百ほどある民間の精神科病院は、それぞれの特性を生かしながら、患者さんの地域移行の方法を模索してきました」と、医療法人河﨑会 水間病院院長の河﨑建人氏はこの間の動きを振り返る。

平成29年2月、同氏が構成員を務めた「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」は、「新たな地域精神保健医療体制のあり方」を軸とする中長期的な目標をまとめ、ようやく精神障害者の地域生活を支援する体制構築に動き出した。

精神障害者の地域移行を考える際に踏まえるべき点の一つは、入院患者、とくに長期入院患者の高齢化が著しいこと。精神科入院患者約30万人のうち、半数以上が65歳以上の高齢者だ(図表1)。もう一つは、その約30万人が必要とするサービスは何か、ということだ。

「精神障害者は、精神疾患という病気とその結果としてあらわれる障害を併せ持っているため、多くの場合、福祉と医療の両輪での対応が求められます」(河﨑氏)。なかには福祉サービスさえ整えば、通院しながら地域で生活できる人もいるし、介護保険のサービスが受けられれば、訪問診療や通院、デイケア利用により地域で暮らせる高齢者もいる。しかし現実には、精神障害者を対象とした福祉サービスの提供体制の未整備や、精神疾患のある高齢者の受け入れを施設側が渋るケースは少なくない。結果として入院が長引き、ますます地域移行が困難になる(図表2)。

「新たな地域精神保健医療体制のあり方」が重点施策(図表3)に掲げる「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築」とは、精神障害者が地域で生活する際、状況に応じて医療、福祉サービス、介護保険のサービスが受けられるしくみを「障害保健福祉圏域」ごとに整えるというものだ。一方、「多様な精神疾患等に対応できる医療連携体制の構築」は、第7次医療計画の「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」に位置づけられ、本年度からスタートしている。具体的には「医療機能の明確化」を図るべく、各医療機関が「どのような診療を得意とし、それに対して何ができるか」を明示することで、医療機関の役割分担と連携を促進し、尚かつ、地域住民に公開することで適切かつ効率的な受診行動に結びつけるのが狙いだ。

今後、精神科病院の主たる役割は医療となり、興奮や幻覚、妄想などの活発な症状や認知症の周辺症状に対する急性期治療、あるいは再発や再入院を防ぐための回復期治療の提供が期待される。また、難治性や治療抵抗性など重度の精神障害者に対する入院医療も大切な役割だが、その際は、合併する身体疾患にも十分対応できるよう、医療の質の向上が求められてくる。「現状では慢性期が病床の7割を占めるが、生活支援体制が整えば、急性期が半分かそれ以上を占める構造に変わる」と、河﨑氏はみている。

「どう変わるべきか」の答えは
地域や施設特性から導き出す

「精神科病院はどう変わるべきか、その答えは一つではありません。各病院が地域の特性、人口動態、他の医療機関との兼ね合いなどを勘案し、適性を判断し、実行に移すことが求められているのです」(河﨑氏)。

たとえば、慢性期医療を減らし、その分の人員を急性期に充てて高い診療報酬を確保する方法、障害福祉サービスを充実させて地域生活支援に注力する方法、あるいは、訪問診療やアウトリーチ、デイケアなどを組み合わせて入院と変わらぬ報酬を得る方法などが考えられる。「アウトリーチ」には、①本来は保健所の仕事である保健的なアウトリーチ、②訪問診療・看護を中心とする医療的アウトリーチ、③障害福祉サービスを中心とした福祉的なアウトリーチがあるが、実際に取り組んでいるところはわずかだ。これについて河﨑氏は、「訪問診療と訪問看護、介護保険のサービスを上手に組み合わせることで、アウトリーチと同等の効果のある体制をとることは可能」と見積もる。

水間病院は関連施設として、老健や特養、一般病院を有し、精神科のグループホームを運営するなど、早くから医療と福祉、介護保険のサービスを総合的に提供する体制を整え、精神障害者の地域移行に取り組んできた。しかし多くの場合、精神科関連施設の開設や患者の地域移行の妨げとなるのが、偏見やスティグマの存在だ。水間病院は昭和34年の開設以来、日々の医療を通して地域住民との関係を作り上げてきた。

「当院では入院中でも自由に周辺のコンビニやスーパーに買い物に行けますが、ときには支払わずに出てくる方もいます。その場合、病院に連絡が来るので、職員が患者さんと一緒に店に行き、代金を支払い、これからは気をつけます、というやり取りをお店の方と交わします。住民の方が病院の存在を認め、地域に溶け込ませてくれているのです」(河﨑氏)。と同時に、認知症などを通じて、施設の職員や家族が「精神科医療に対応してもらってよかった」と思えるような関わりを持つことで、精神科病院を「必要な資源」と認めてもらうことも大事だと河﨑氏は考える。

専門性を保ちながら、互いの
領域に踏み込む姿勢も必要に

昨今、認知症やうつ病と無縁でいられる診療科はないに等しく、一般診療科の医師でもある程度、精神疾患への理解が必要だ。全人的な医療が求められるのは精神科医も同様で、高齢者の増加により身体的な問題にも目を向ける必要性が増している。もちろんそれだけではない。

「精神科医が持つべきは患者さんに対する愛です。心に寄り添える、共感できる能力は精神科医に欠くことのできない資質です。また、患者さんの権利擁護の重要性を意識することも大切です」(河﨑氏)。

図表1 精神病床における入院患者数の推移(年齢階級別内訳)
※H23年の調査では宮城県の一部と福島県を除いている
図表2 精神病棟における在院期間別の退院先の状況
  • 入院期間が長期の患者ほど、「転院・院内転科」や「死亡」の者が占める割合が高い。
  • 5年以上かつ65歳以上の長期入院患者については、「転院・院内転科」と「死亡」が8割を占めている。
  • 入院期間が長くなると、自宅等に退院できる割合が減少し、高齢者福祉施設に退院する患者の割合が相対的に多い。
図表1・2出典:「中央社会保険医療協議会 総会(第364回)個別事項(その4:精神医療)」(平成29年10月18日)
図表3 新たな地域精神保健医療体制のあり方について

(1)精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築

  • 精神障害の有無や程度にかかわらず、誰もが安心して自分らしく暮らすことができるよう、障害福祉計画に基づき、障害保健福祉圏域ごとの保健・医療・福祉関係者による協議の場を通じて、精神科医療機関、その他の医療機関、地域援助事業者、 市町村などとの重層的な連携による支援体制を構築することが適当。

(2)多様な精神疾患等に対応できる医療連携体制の構築

  • 統合失調症、認知症、児童・思春期精神疾患、依存症などの多様な精神疾患等に対応できるように、医療計画に基づき、精神医療圏ごとの医療関係者等による協議の場を通じて、圏域内の医療連携による支援体制を構築することが適当。

(3)精神病床のさらなる機能分化

  • 長期入院精神障害者のうち一定数は、地域の精神保健医療福祉体制の基盤を整備することによって、地域生活への移行が可能であることから、平成32年度末(第5期障害福祉計画の最終年度)、平成37(2025)年の精神病床における入院需要 (患者数)及び、地域移行に伴う基盤整備量(利用者数)の目標を明確にした上で、計画的に基盤整備を推進することが適当。
出典:「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会報告書(概要)」(平成29年2月8日)より一部抜粋
大阪府貝塚市に位置する水間病院。病棟は、精神一般病棟187床、精神療養病棟234床、認知症治療病棟120床。関連施設には訪問看護ステーション(写真)、認知症疾患医療センター、こころのクリニック、地域生活支援センター、介護老人保健施設、グループホームなどを有し、連携しながら患者ケアにあたる。