地域包括ケアシステムの推進

全国各地で「住まい・医療・介護・予防・生活支援を一体的に提供する」地域包括ケアシステムの構築が計画・実行に移されている。成功する取り組みにはどのような共通項があるのか。千葉県柏市と新潟県長岡市の二つの先駆事例をもとに、医療・介護連携の手法、地域包括ケアシステムにおける医師のあり方などを探る。

  • 千葉県柏市

    千葉県
    柏市
    人口:413,954人
    高齢化率(65歳以上):24.4%
    2015年国勢調査より

「顔の見える関係」を基本に
全職種が「柏モデル」に沿って
在宅医療・介護連携を行なう

一般社団法人
柏市医師会
会長
金江 清
1975年3月、東京慈恵会医科大学卒業。77年4月に同大第4内科学教室入局。87年4月、同大柏病院へ。2000年4月、同大青戸病院循環器内科診療部長。04年4月からかなえクリニック副院長、現在に至る。06年4月、柏市医師会理事、08年4月、同医師会副会長を経て、10年4月より柏市医師会会長を務め現在に至る。

金江 清 写真

在宅医療の推進を柱に
急激な都市高齢化に挑む

バブル期にベッドタウンとして急発展を遂げた柏市。高齢化率が4割超えの「豊四季台団地」の建て替えをめぐり、平成21年に柏市と東京大学高齢社会総合研究機構、UR都市機構が「柏市豊四季台地域高齢社会総合研究会」を発足。「長寿社会に向けたまちづくり構想」が動き出した。その後、地域包括ケアシステムの要となる「在宅医療」の牽引役として医師会への協力が要請され、構想の対象が市全域に広がっていった。

「在宅医療の遅れが、かえって良い結果を生んだ」と、柏市医師会会長の金江清氏は振り返る。在宅医療が進まない理由を「在宅医療を推進するための取り組み」(図表1)につなげ、在宅医の負担を軽減する「主治医・副主治医制」の導入、急性増悪時の病院の受け入れ体制の確保、医師等を増やし多職種連携の推進・強化をめざす研修会の開催や取り組みの中核拠点であるセンター設置などを推進した。そして、議論を深め、医療・介護の連携をはかるために、医師会中心の「医療ワーキンググループ(以下WG)」、医療・介護関連団体の代表者らによる「連携WG」、制度の試行・検証を行なう「試行WG」、市内の主要な医療機関で構成される「10病院地域連携会議」、市内の医療・介護関係者が集う「顔の見える関係会議」も設置されたという。

多職種連携の基盤を築く
「顔の見える関係会議」

WGでの議論を経て平成26年に完成したのが、34Pからなる「在宅医療・介護多職種連携 柏モデル ガイドブック」だ。柏市で在宅医療・介護を行なう上でのルールが事細かに記されており、在宅医療はこれに基づいて推進される。この「柏モデル」の特徴の一つが、希望すれば「柏地域医療連携センター」が利用者の自宅に近いチームを紹介してくれる点で、柏市では誰もが同レベルの在宅医療を受けることができる。

「柏モデル」完成以降の会議体制は、連携ルールの作成や行政施策への反映を担う「在宅医療・介護多職種連携協議会」(旧連携WG)、ルールの確認や多職種の関係作りの場である「顔の見える関係会議」、個別事例を検討する「地域ケア会議」に再整理された。一方、「在宅医療・介護多職種連携協議会」は、「多職種連携・情報共有システム部会」「研修部会」「啓発・広報部会」に分かれて各々の課題に取り組んでいる(図表2)。なかでも、「顔の見える関係会議」は全体会議とエリア別会議があり、年間の開催数は3~5回にも及ぶ(図表3)。

「柏市での取り組みがうまくいっている理由は、市が福祉部に専属の福祉政策室を設けて十数名の職員を配置するなど、行政がしっかりと関わっていること、顔の見える関係づくりにこだわっていること」だと金江氏はいう。

在宅推進の動きが実を結び
次なる課題は施設での看取り

基盤整備が進み、少しずつ成果も見え始めている。たとえば、平成22年には14か所だった在宅療養支援診療所の数は29年には32か所になり(図表4)、訪問看護ステーションの数も23年の11か所から28年には27か所に増え(図表5)、自宅での看取りの数は確実に増加しているという。さらに現在、「意思決定支援検討WG」を新設して推進しているのが施設での看取りだ。これは救命救急センターに一晩に6人の超高齢者が運ばれてきたことに端を発する。

勤務医への啓発も大事な活動の一つ。「在宅医と訪問看護師らが『10病院地域連携会議』の病院を回り、『柏モデル』の説明を通じて、在宅医療への理解を求める努力を続けています」(金江氏)

図表1 在宅医療を推進するための取り組み
出典:「柏市における長寿社会のまちづくり」( 柏市 保健福祉部 福祉政策課)より
図表2 在宅医療・介護多職種連携の体系
図表3 「顔の見える関係会議」の概要
出典:「在宅医療・介護多職種連携 柏モデル ガイドブック」(柏市)より
図表4 在宅療養支援診療所数の推移
図表5 訪問介護ステーション数の推移 ※みなし含・サテライト除
図表2・4・5出典:金江氏提供資料
会議体制やセンターの役割、在宅医療推進体制、連携ルールが定められている
  • 新潟県長岡市

    新潟県
    長岡市
    人口:273,658人
    高齢化率(65歳以上):29.8%
    2017年10月1日の住民基本台帳人口 より

住み慣れた地域での暮らしを
小規模多機能サービス拠点と
医療・介護を結ぶ情報網が支援

一般社団法人
長岡医師会
会長
長尾 政之助
1980年岩手医科大学卒、新潟大学附属病院にて内科研修、82年同大第2内科入局(腎・膠原病班)、88年新潟県厚生連長岡中央総合病院内科勤務、93年父の逝去にともない長尾医院を継承。2010年長岡市医師会副会長に就任、16年より現職。腎臓学会認定専門医。医療法人社団 長尾医院の院長として往診や訪問診療を行なうとともに、地域包括ケア推進協議会会長として、多職種による在宅医療連携の推進に尽力している。

長尾 政之助 写真

社会福祉法人
長岡福祉協会
高齢者総合ケアセンターこぶし園
総合施設長
吉井 靖子
1976年に看護師資格取得後、新潟県内の病院で、内科・整形外科・脳神経外科病棟での勤務を経て、83年より特別養護老人ホームこぶし園に勤務。97年「こぶし訪問看護ステーション」を設立。2001年看護部長、04年からは業務・看護部長としてこぶし園全体の業務管理を行なうとともに、介護支援専門員として居宅介護支援事業所の管理・運営を兼務。2015年3月より現職。新潟県立看護大学大学院や長岡赤十字看護専門学校にて講師を務める。

吉井 靖子 写真

住み慣れた環境での暮らしを
支えるサポートセンター構想

新潟県の中央に位置する長岡市。医師会や先駆的な取り組みを行なってきた社会福祉法人が中心となって、比較的早くから地域包括ケアシステムの構築に取り組んできた(図表1)。

一つは二次救急体制の整備で、市内3つの基幹病院が輪番制で、「断らない」救急医療を実践。同市医師会会長の長尾政之助氏も、「搬送先は一回で95%が決まり、二回目も含めると99%に達する」と高く評価する。もう一つは、「高齢者が住み慣れた環境と人間関係の中で暮らす」ことを支える、サポートセンター構想だ。

長岡市には1000人を超えるスタッフを持つ社会福祉法人をはじめ多くの介護サービス事業者がある。そのなかの一つ、高齢者総合ケアセンターこぶし園では、郊外型の大型高齢者向け施設のあり方に疑問を抱き、ショートステイの拡充や24時間体制の訪問看護・介護、配食サービスの提供を進める傍ら、02年から市内各所に複数のサービスを複合的に提供する「サポートセンター」の設置を始めた(図表2)。道路が廊下、自宅が居室――地域社会を一つの施設に見立て、施設の機能をまちなかに展開したものだ。

拠点整備が進むと06年には、郊外にある特養の入所者100人を住み慣れた地域へ戻そうと、特区事業を受けてサテライト型居住施設の設置に着手。規制緩和を利用して土地・建物を地元地権者から借り受け初期投資を抑え、非効率になりがちな小地域完結型の経営を維持した。

現在、市内に18か所あるサポートセンターは、各々持つ機能が異なり、なかには地域密着型介護老人福祉施設、小規模多機能型居宅介護、バリアフリー住宅が併設された拠点も。そこで医療・介護が連携しながら、それぞれの暮らしを支えている。長尾氏と、こぶし園総合施設長の吉井靖子氏は、「本人が望む暮らし方が選択できること、それに応えるサービスを整備することが地域包括ケアシステムの要」と語る。

介護発の情報共有ツールが
医療・介護・地域を結ぶ

長岡市の地域包括ケアシステムは、これら従来からの取り組みが土台となっている。

こぶし園の訪問看護ステーションが12年に厚生労働省の「在宅医療連携拠点事業」で取り組んだ顔の見える関係づくりや多職種連携は、その後、長岡市が事務局となる「地域包括ケアシステム推進懇談会」へと引き継がれ、「推進協議会」の設置へと発展した。地域ケア会議や地域別の多職種交流会、医療と介護をつなぐ情報連携システムの推進にともに取り組むことで、医療と介護の結びつきは強まっていった。

この医療と介護の連携をさらに進めるため、タブレット端末などICTを活用して医療・介護情報を共有する仕組みづくりに、医師会が市と協力しながら取り組んできた。その際に活用したのが、こぶし園が訪問介護、訪問看護で導入していた、介護・看護アプリを装備したタブレット端末のシステムだった。15年には「在宅医療介護総合確保基金」を受けてシステムを拡充し、医療と介護を結ぶ情報共有ツールとして全市へと広めていった(図表3)。

「システム導入の際は医師に新たな業務が生じぬよう配慮しました」(長尾氏)

病診連携では、おもに入・退院時や在宅移行時に必要な診療サマリー、地域の医療・看護・介護の担当者間では、処方内容と日々の診療・看護・介護記録などが共有されるという(図表4)。

市内の医療機関や訪問介護・看護、薬局、基幹3病院などをクラウドでつなぐ『長岡フェニックスネットワーク』には救急隊も参加。搬送や病院での救急救命処置に支障がないよう、本人から話が聞けない場合などに活用している。実際、傷病者や家族の負担軽減や救急隊の現場所要時間の短縮、病院への連絡の円滑化などの効果が報告されているという。

同ネットの参加機関は18年2月末時点で167にのぼるが、個人情報の活用同意書の数は現在4000弱。17年度の救急要請では、65歳以上が6割を越えており、そのうちの12%が高齢者施設からで、さらにその1割が死亡例だ。「病状経過が共有されていれば、救急搬送が避けられたケースもあるのでは?」と長尾氏は考えている。長岡市の要支援・要介護者はおよそ1万4000人。目下の課題は、同意してもらえる人を増やして、救急医療の円滑化や大規模災害時の医療を支える仕組みに発展させることだ。

入院は地域包括ケアの入り口
勤務医も在宅資源への理解を

要介護度の重い高齢者が地域で暮らすためには、今後、定期巡回・随時対応サービスや小規模多機能型居宅介護などの定額サービスの拡充が不可欠だと吉井氏は訴える。また、地域包括ケアを根付かせるには、人々の意識も変わる必要がある。

「入院は地域包括ケアへの入り口。医師が『在宅は無理』と言えば、それで終わりです。ぜひ、在宅の資源に理解を深めていただければと思います」(吉井氏)

長尾氏も、「医師も病院の外に出て、地域で活躍する多様な職種の方と交流することで、『これはあの人に相談してみよう』と顔が思い浮かぶような関係を築く努力をして欲しい」と願っている。

図表1 長岡市の地域包括ケアシステム推進の経緯
図表2 「高齢者総合ケアセンターこぶし園」の取り組み
図表3 長岡フェニックスネットワークによる情報連携のしくみ
出典: 長岡市 福祉保健部 長寿はつらつ課
図表4 長岡フェニックスネットワークで共有する情報
出典:長尾氏提供資料