2018年 医療界の変革で医師のキャリアはどうなる?

従来の環境、体制、方法が激変。
医師にもパラダイム変換が必要

75歳以上の高齢者が65~74歳の人口を遂に上回り、2025年に向けて医療、介護費用の大幅増が予想される。

超高齢社会への待ったなしの対応が迫られているなか、2018年の医療界は―。

まず、2025年の医療需要を見越した診療報酬・介護報酬ダブル改定が実施される。

昨年度末に出揃った地域医療構想は、その実現に向け、地域の実情を踏まえた機能分化、病床再編がいよいよ本格化する。遠隔医療など地域医療におけるICTの活用も、積極的に推進される見込みだ。

そして、それを支える医療従事者の負担軽減、働き方改革も重要なテーマとなっている。

医療界にドラスチックな変革の波が押し寄せるなか、医師の仕事や役割はどう変わり、将来のキャリアはどうなっていくのか。

それぞれの分野の第一人者に聞いた。

高齢者増に伴い医療・介護費用が大幅に増加
2025年に向けて75歳以上の後期高齢者が大幅に増加

出典:内閣府「国民経済計算」、総務省「人口推計」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(出生中位・死亡中位)」、
厚生労働省「社会保障に係る費用の将来推計の改定について(24年3月)」

  • 地域医療構想の実現

「発想の転換」と「柔軟な対応」によって
地域に合った医療提供体制とキャリアを構築する

一般社団法人 日本病院会
会長
相澤孝夫
1973年東京慈恵会医科大学卒、信州大学医学部第二内科入局。81年特定医療法人慈泉会相澤病院副院長、94年社会医療法人慈泉会理事長・同相澤病院院長、2008年社会医療法人財団慈泉会理事長・相澤病院院長を経て、現在、理事長兼最高経営責任者を務める。2017年5月27日、日本病院会会長に就任。相澤病院(長野県松本市)は2013年2月に日本で6番目、甲信越地方で初のJCI(世界各国の医療機関を評価する機構)認定を取得。

相澤孝夫 写真

広域型か近隣型かを選択し
地域医療提供体制を再構築

各都道府県の「地域医療構想」が平成28年度末に出揃い、今、病院は変革を迫られている。

地域ごとに、どのような医療提供体制を整備したらよいか、地域需要やリソースの将来予測を元に皆で調整し決定するのが、地域医療構想の本来の姿だが、一般社団法人日本病院会会長の相澤孝夫氏は、「十分調整できていないケースも多く、その方向性は正しいのか、今一度考えてみる必要がある」と語る。

そのためには正確なデータが必要だ。しかしたとえば、厚生労働省が『地域医療構想策定ガイドライン』に示した2025年の医療需要の計算に13年度の入院受療率を使うなどは、推計を誤る可能性があると指摘する。

「ここ数年、高齢者の入院受療率は毎年約2%ずつ減少しており、25年に高齢者人口が増加したとしても、医療需要は相殺または減少に転じる可能性が高い」というのが相澤氏の見解だ。高齢者の入院受療率減少の背景には、在院日数の短縮や施設での看取りの増加、健康寿命の延伸などがあり(図表1)、「病床は想像以上に速いスピードで不要数が増えるのでは」と危機感を募らせる。

そもそも高齢者の医療は、従来の「治癒」を目指す医療とは違うスタンスで臨む必要がある。相澤氏は、「高度な医療を提供する広域型(基幹型)の病院を目指すのか、地域医療と住民の健康を守る近隣型(地域密着型)病院への転換を図るのか、病院は重大な決断を迫られている」と状況を真摯に受け止める。ほかに疾患特異的な専門病院や回復期リハビリなど、病期を絞った診療を行なうという選択肢もある。

なかでも近隣型病院は、これからの時代、もっとも必要とされる役どころだ。広域型病院からの在宅復帰困難患者の受け入れ、在宅や生活への復帰支援、在宅療養中の緊急入院の受け入れ、かかりつけ医との診療連携はもちろん、訪問看護・介護、食事配給等のサービス拠点として、さらには住民の健康増進や生活支援、まちづくりにも積極的なかかわりが求められる(図表2)。「そうすることにより、診療報酬だけでなく、介護予防や疾病予防、住民の暮らしに関する自治体予算も範疇に入れ、病院経営を考えていくことも重要だ」と相澤氏は考える。

「捨てるものは捨て、担うべきものに全力で取り組む。近隣型病院は速やかに急性期患者を広域型病院に紹介し、広域型病院は専門的で良質な治療を迅速に提供することで在院日数を最小限に抑えて患者さんを近隣型病院に返し、その後の管理を任せる。明確な役割分担と信頼に基づく連携が不可欠です」(相澤氏、図表3

地域密着型の医療を担う
「病院総合医」の育成に着手

病院が変われば、医師のキャリア形成にも少なからず影響する。
日本病院会が平成30年4月に運用を開始する「病院総合医」養成制度は、まさに近隣型病院が求める人材の育成を意図したもの。卒後6年以上の医師を対象に、原則2年の研修を課す。「10~12年程度臨床経験を積み、その大変さや素晴らしさを十分に理解し、患者さんの悩みや苦しみに寄り添える医師にこそ目指して欲しい」というのが相澤氏の思いだ。既に、「育成プログラム」の参加施設は60施設を超えているという。

また、卒後間もなく取得を目指す「総合診療専門医」とは異なり、「病院総合医」には包括的に患者の病態に対応する能力はもちろん、地域医療を束ねるリーダーシップや行政等との調整をはかるマネジメント能力が求められてくる。そのため将来的には、「病院総合医」の次のステップとして、ミドル・マネジメント力の養成にも取り組むつもりだという。

さらに、「院長・副院長のためのトップマネジメント研修」等についても段階的に充実・強化をはかり、経営管理を系統的に学ぶ機会を提供していく。

ネットワークも活用しながら
なくてはならない病院になる

持続可能な医療提供体制の整備には、住民や社会の理解も必要となる。たとえば、過疎化が進む地域でも、若い世代の住民もいれば、そこでの出産を望む人もいる。でもだからといって、めったに需要のない地域に産科医を常駐させるのは得策とはいえない。

「従来通りの医療体制の維持が難しくなれば、地域ですべてを抱え込もうとせずに、ネットワークを生かしてリソース不足を補う方法を探るなど、発想を転換し、柔軟に対応していくことがこれからの時代、重要になります」(相澤氏)

自治体等の協力を得て、病院まで1時間以上かかる地域に住む妊婦に、出産前の一定期間、病院の近くの空き家を無料で貸し出して出産を後押しするしくみを作る、というのも相澤氏が提案する方策の一つだ。

「病院は変わるべき」とはいえ、多くの専門職を抱える組織の「転身」は容易ではない。だが、地域医療構想の実現を相澤氏は「ビッグチャンス」と捉える。「病院はもとをただせば保険料や税金で作られた国民の財産。無くすのではなく、地域にしっかりと根を張り、地域とともに息づく病院を目指すことで、住民にとってなくてはならない存在になって欲しい」というのが相澤氏の願いだ。そして、医師もまた「何が望まれ、何が足りないか」を感じ取ることで、住民に寄り添い、必要とされる存在へと変わる覚悟が求められている。

図表1● 受療率の年次推移
平均在院日数の年次推移
注:1)各年9月1日~30日に退院した者を対象とした。
2)平成23年は、宮城県の石巻医療圏、気仙沼医療圏及び福島県を除いた数値である。
3)数値は、統計表6参照。
受療率の年次推移
注:1)平成23年は、宮城県の石巻医療圏、気仙沼医療圏及び福島県を除いた数値である。
2)数値は、統計表4参照。

出所:「平成26年(2014)患者調査の概況」(厚生労働省)

図表2● 近隣型病院は地域に根を張り地域とともに息づく
厚生労働省資料より
図表3● 近隣型病院(地域密着型病院)と広域型病院(基幹型病院)
相澤氏提供資料を元に編集部で作図
  • 地域医療におけるICTの進展

国を挙げて推進される遠隔医療。喫緊の課題は
医療従事者・患者・社会に “三方よし”のルール

医療法人社団鉄祐会 理事長
株式会社インテグリティ・ヘルスケア
代表取締役 会長
武藤真祐
1996年東京大学医学部卒業、2002年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。東京大学医学部附属病院、三井記念病院を経て、宮内庁で侍医を務める。その後McKinsey&Companyでコンサルタントを務め、10年祐ホームクリニック開設。11年医療法人社団鉄祐会設立、祐ホームクリニック石巻開設。2015年シンガポールでTetsuyu Home Careを設立。16年に(株)インテグリティ・ヘルスケア代表取締役会長に就任。東京医科歯科大学医学部臨床教授、厚労省情報政策参与、日本医療政策機構理事。
INSEAD Executive MBA。

武藤真祐 写真

対面診療と補完し合うことで、
医療の質、生産性を向上

入院、外来、在宅に続く“第4の医療”として注目されている遠隔医療。昨年4月に開催された政府の未来投資会議では、安倍晋三首相が「(遠隔医療を)次の診療報酬改定で評価する」と明言するなど、国を挙げて推進する気運が高まっている。

(医)鉄祐会理事長の武藤真祐氏は、厚生労働省情報政策参与等を務め、ICTを用いた医療情報連携の基盤作りに尽力している。同会の「祐ホームクリニック石巻」では、宮城県石巻市と東京間で、医師の遠隔コンサルテーションシステムを確立。さらに、在宅医療従事者と介護従事者、患者をオンラインで結ぶネットワークも構築し、実績を上げている。患者のバイタルや訪問予定の共有、メッセージ交換などが可能だ。

「在宅の患者から夜間に連絡が入っても、オンラインで状態を確認できるため、往診が不要になる場合があります。時間的・地理的制約は大幅に軽減しています」

地域医療における遠隔医療の有用性は疑う余地がない。だが、武藤氏は「遠隔医療は一歩間違えると非常に危険なことにもなり得る」と言う。

そもそも遠隔医療は、離島やへき地に住む慢性疾患の患者が対象と捉えられてきた。それが15年8月の厚労省通知で一変。都市部在住で多忙や移動不便のために継続受診が難しい患者も適用と示された。これを機に、遠隔医療に参入する医療機関や企業が急増。対面診療を行わずにメールやビデオチャットだけで診療をする動きもあった。

その後、16年3月に厚労省の疑義解釈通知で「対面診療を一切行わない遠隔医療は医師法違反」と正されたが、一部ではまだ誤解が残る。

「対面診療なしの医療が広がれば、誤診の増加など医療の質が低下しかねません。ICTリテラシーが低い人は遠隔医療の恩恵を受けられず、医療格差が生じる懸念もあります」

ハイスピードで普及しつつある遠隔医療に、基本的な理念作りが求められている。「医療現場の課題を解決し、患者、医療従事者、社会にとって“三方よし”の遠隔医療(図表1)のしくみが大事です」と武藤氏は語る。医師、患者の利便性や効率性を向上させ結果として、医療の質の向上や偏在の解消、コストの削減など、社会の便益につなげることだ。

「今の医療には3つの課題があります。患者が健康管理をする意識が希薄なこと。短時間の外来でうまく症状を伝えられる患者が少ないこと。受診の中断などで適切な医師患者関係が継続しにくいことです。遠隔医療はこれらを解決する可能性がありますが、対面診療の原則は崩さず、かかりつけ医と患者がつながる手段として位置づけることが大切です」

この構想は17年4月から、福岡市、同市医師会、鉄祐会および武藤氏が会長を務める(株)インテグリティ・ヘルスケアが協力した「『かかりつけ医』機能強化事業」で、実現に向けた取り組みが始まっている。

同社が開発した遠隔医療システム「YaDoc」(図表2)を市内の20数医療機関で導入。対面+遠隔の診療で、医療の質がどのように向上するかを実証する。協力医は対面で初診をする。再診は、患者がスマートフォンやタブレットで症状を入力(オンライン問診)し、医師はビデオチャットによるオンライン診察を行う。問診項目は診療ガイドラインに沿っているため、対面以上に網羅的な情報が得られる。

すでに協力医からは「『大丈夫です』と答えている患者の中では、スコアが悪くても大丈夫という人、よくても『大丈夫』という人がいることがわかってきた」など手応えを感じている声が寄せられている。

一方、解決すべき課題も見えてきた(図表3)。一つは診療報酬の問題だ。現状、対患者の遠隔医療で算定できるのは「電話等による再診」の再診料(72点)と処方箋料(68点)などに限られる。冒頭の安倍首相の発言どおり、18年度の診療報酬改定で評価されることが期待される。他に、アウトカムや経済性の評価、薬の処方や服薬指導の規制緩和など種々の運用ルールも必要だ。厚労省は、17年度末をめどに武藤氏をリーダーとした研究班で遠隔医療のガイドラインを策定する予定である。

ICTの進展で、医師には
高い付加価値が問われる時代に

今後ますます進展する医療のICT化は、医師のキャリアにも影響する。例えば、血圧や血糖値、心音などはウェラブルで24時間のオンラインモニタリングが可能になり、診察室に患者が入った時点でそれらの情報は把握できる状態になる。日常の問診や画像の読影はAiが行い、簡単な予定手術はロボットが担うようになる。結果として、従来の診療だけを行う医師のニーズは減少する。

「医師の仕事として残るのは、患者の説得や情報の重み付けなど、機械が不得意とするあいまいな判断業務でしょう。外科で言えば緊急の難しい手術です。医師にも高い付加価値が問われる時代に変わるのです」

武藤氏は、これからの医師の役割として臨床医、教育者、管理者の3つを挙げる。ここでいう管理者とは、ポジションとしての管理職ではない。

「新たな医療の仕組みを作ったり、チームをマネジメントしたりする役割です。異なる職種やバックグラウンドの人との協働が当たり前になった今、ベテランはもとより研修医でも管理者としての能力は必要です」

さらに、時代の変化をチャンスと捉え、イノベーターの視点も持つことが必要になる、と武藤氏は結んだ。

図表1● 新たな医療システムとして医療のオンライン化が有効
出典:武藤真祐氏「超高齢社会に向けてー新たな医療インフラの実現へ」資料(2017年)
図表2● 福岡市の実証事業で使用するオンラインシステムのイメージ図
※システムのイメージは変更する場合があります。
画像提供:株式会社インテグリティ・ヘルスケア
図表3● オンライン診療の普及に向けた検討課題
有用性評価
  • ✓ アウトカム評価
  • ✓ 経済性評価
法制度上の
グレーゾーンの解消
  • ✓ 電話等再診における起点の見直し(医師起点の許容)
  • ✓ オンライン診療時の処方に関する規制緩和
  • ・オンライン診療時の電子処方箋の発行
    (HPKIを用いた認証により安全性を担保)
  • ・オンライン服薬指導
報酬評価
  • ✓ オンライン診療に関する報酬の評価
  • ・外来管理加算に代わるオンライン診療の評価
  • ・特定疾患療養管理加算の適用 等
現行の遠隔診療を特別なものではなく、医療インフラの一つとして評価し
安全に運用できるようなルールを整備することが重要
出典:武藤真祐氏「未来投資会議構造改革徹底連合会 第6回 発表資料」(2017年3月9日)
  • 働き方改革の推進

時代と地域に合った医療提供体制の再構築により
プロとして「成すべき」仕事に集中できる環境を

東京大学医学部医学系研究科
国際保健学専攻 国際保健政策学教室
教授
渋谷健司
1991年東京大学医学部医学科卒。帝京大学医学部附属市原病院(現帝京大学ちば総合医療センター)麻酔科で研修後、東京大学医学部附属病院産婦人科勤務を経て、米国ハーバード大学リサーチ・フェローに(99年に公衆衛生学博士号取得)。2000年帝京大学医学部衛生学公衆衛生学講師、01年から世界保健機関(WHO)シニア・サイエンティスト、コーディネーターを歴任し、08年より現職。一般社団法人ジェイ・アイ・ジー・エイチ(JIGH)代表理事。

渋谷健司 写真

目指す「将来像」を共有して
いま、何をすべきかを考える

高齢化による世帯構成や疾病構造の変化、医療ニーズの増大や多様化、医師の地域偏在や高齢化、女性医師の増加、テクノロジーの進歩や終身雇用制の崩壊など、医療を取り巻く環境は目まぐるしく変化している。こうした時代の流れに取り残されたわが国の医療提供体制は、医療現場に歪みを蓄積させ、医療従事者の負担はもはや限界を超えている。

医師の働き方を考える上で重要なキーワードは「自己犠牲の上に成り立つ医療からの脱却」であると、東京大学医学部医学系研究科・国際保健政策学教授の渋谷健司氏は語る。渋谷氏は、20年後の未来の保健医療のあるべき姿とその道筋を示した『保健医療2035』策定懇談会の座長を務めたのち(平成27年6月公開)、平成28年10月に厚生労働省医政局が発足した『新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会』の座長としてその議論をまとめあげ、翌年4月に報告書を提出している。

二つの会の進め方には共通点がある。一つは『チャタムハウスルール』の採用だ。参加者が自身の立場や役職に縛られずに忌憚なき意見が言えるよう、議論の内容は「誰がどの発言をしたか」特定できない形で公開している。もう一つは、行政側がまとめた論点に沿って議事を進めるのではなく、まずは各メンバーが「本当に大事だと思う論点」を出し合い、それらを分類・構造化したものを基に包括的な議論を展開したこと。そして、最初に「20年、30年後にどうありたいか」を議論することで、現況と方向性について共通認識を持った上で(センスメイキング)具体策を探るプロセスを踏んだことだ。

「目先のことだけ考えて今これをやろうと提案しても、必ず利害関係者が反対して議論が紛糾し、そこで終わってしまいます。まず、誰もが〈腹落ちする〉将来像を共有することが大切なのです」(渋谷氏)

業務移管や協働、IT活用で
生産性と付加価値を高める

ビジョン作成に先立ち、現場の実態や意向に沿った方向性が示せるよう、「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」研究班が約10万人の医師を対象にアンケート調査を実施(回収数約1万6千)。その結果で注目すべきは、医師の44%(20代では60%)が都市部*以外で勤務する意思が「ある」と答えている点だ。一方、「地方勤務を望まない理由」としては、20代では労働環境や専門医取得への不安、30~40代では子どもの教育環境の不安、50代では家族の反対などが上位に挙がる。

「職場や生活環境にそうした条件が整えば、地方勤務もいとわない医師が少なからずいると確認できたことは、施策の方向性を探る上で大きな力となりました」(渋谷氏)

また、常勤医(50代以下)が一日に「患者への説明」「バイタル測定」「医療記録」など5つの業務に費やした時間(平均約240分)のうち、2割弱(約50分)は他職種に分担可能だったとの回答も示唆に富む。

これらを踏まえて検討会は、「働き方」「医療の在り方」「ガバナンスの在り方」「医師等の需給・偏在」の4つの視点で従来の医療の慣習やしがらみ、不合理な規制を見直すことによって、生産性や付加価値を高められる構造へと転換させることをビジョンに掲げた(図表1)。さらにその具体策として、「医療従事者の能力向上とやりがいを全力で支援する制度・環境を整備する」「地域主導で人材育成や住民の健康と生活を支えるしくみを構築する」「業務分担と協働、テクノロジーの活用により生産性と付加価値を高める」ため、多様なアプローチを提示している(図表2)。

渋谷氏によると改革のポイントは大きく4つ。「医療従事者の柔軟な働き方・キャリア選択を可能にする」「地域ごとに需要と資源の調和をはかり人材育成・確保並びに包括ケアシステムの構築を行なう」「医療従事者が本当にすべき仕事に集中できるようテクノロジーを積極的に導入・活用する」「既存の職種の枠組みを超え業務移管や業務の共同化の推進により、個人はもとよりチーム全体の生産性や付加価値を高める」ことだ。

今後は各分科会や検討会に進行を委ねるが、渋谷氏ら検討会の構成員は「いずれも5~10年の間に実現可能と確信している」という。

「実態調査に託された約1万6千人の医師の声、その思いを代弁したに過ぎませんが、SNSなどの反応を見る限り、報告書に込めた精神や哲学、方向性は間違っていなかったと実感しています」(渋谷氏)

*ここでの「都市部」とは、東京23区及び政令指定都市、県庁所在地を指す

当たり前を疑い、変えてみる。
医師の人生も豊かであるべき

このようななか、医師自身も変わる必要がある。会議の数、時間外勤務など当たり前だと思っていたことをやめてみるのも一つの手だと渋谷氏は考える。プロとして成すべきことに注力し、疲弊のない日常において自身の知識と技術を最大限に生かし、患者・家族からの感謝と尊敬をもってモチベーションを保ち、さらなるパフォーマンスを発揮する||「患者さんのために一生懸命に働く医師の頑張りが続くよう、そして、自身の人生が豊かであるように」が渋谷氏の願いだ。

図表1● 新たなパラダイムと実現すべきビジョン
今まで これから
1.働き方
  • ●組織・職種のヒエラルキーと縦割り構造
  • ●個々人の自己犠牲
  • ●男性中心の文化
  • ●患者を中心としたフラットな協働
  • ●組織・職種の枠を超えた協働・機能の統合によるパフォーマンスの向上
  • ●「単能工」的資格・業務に加えて「多能工」的資格・業務の推進
  • ●自己犠牲を伴う伝統的な労働慣行の是正
  • ●性別・年齢に依らないキャリア形成・働き方を支援
2.医療の在り方
  • ●医療は専ら疾病の治癒・回復を担う存在
  • ●患者像を画一的にパターン化したサービスの提供
  • ●評価軸が乏しく個人・事業所・地域レベルでサービスの質にバラつき
  • ●医療は、保健・介護・福祉とフラットに連携しながら、予防・治療から看取りに至るまで、患者・住民のQOLを継続的に向上
  • ●患者・家族や地域社会の個別性・多様性・複雑性に対応した創造的なサービスのデザイン
  • ●アウトカムの指標・評価方法の確立とそれに基づく効果的なサービス提供
3.ガバナンスの在り方
  • ●全国一律のトップダウンによるリソース配分の決定とコントロール
  • ●地域と住民が、実現すべき価値・ニーズ・費用対効果を判断しながら主体的に設計
  • ●地域の発展的なまちづくり、経済活動、持続的発展を支える基盤
4.医師等の需給・偏在の在り方
  • ●限られた情報や固定化した仮定を前提とした需給予測と供給体制の整備
  • ●人口構成、疾病構造、技術進歩、医療・介護従事者のマインド、住民・患者の価値観の変化等を需給(量と質)の中・長期的見通しや供給体制に的確に反映
  • ●特に、医師等の専門知識は、臨床現場だけでなく、国際保健、国、都道府県、審査支払機関等の行政関連分野や、製薬、医療機器、医療情報システム等の医療関連産業等で、今後世界に比肩するレベルの需要
図表2● 働き方改革のビジョンの方向性と具体的方策
1.能力と意欲を最大限に発揮できるキャリアと働き方をフル・サポートする ① 個々の医療機関の人材・労務マネジメント体制の確立と支援等
② 女性医師支援の重点的な強化
③ 地域医療支援センター及び医療勤務環境改善支援センターの実効性の向上
④ 医師の柔軟なキャリア選択と専門性の追求を両立できる研修の在り方
⑤ 看護師のキャリアの複線化・多様化
⑥ 医師・介護の潜在スキルのシェアリング促進
2.地域の主導により、医療・介護人材を育み、住民の生活を支える (1)地域におけるリソース・マネジメント
① 都道府県による人的資源マネジメントの基盤づくり
② 都道府県における主体的な医師偏在是正の取組みの促進
③ 外来医療の最適化に向けた枠組みの構築
④ 都道府県における医療行政能力の強化
(2)地域を支えるプライマリ・ケアの確立
① 保健医療の基盤としてのプライマリ・ケアの確立
② 地域包括ケアの起案を支える人材養成と連携・統合
③ 住民とともに地域の健康・まちづくりを支える医療・介護
3.高い生産性と付加価値を生み出す ① タスク・シフティング/タスク・シェアリングの推進
② 医科歯科連携・歯科予防の推進等
③ 薬剤師の生産性と付加価値の向上
④ フィジシャン・アシスタント(PA)の創設等
⑤ テクノロジーの積極的活用・推進
⑥ 保健医療・介護情報基盤の構築と活用
⑦ 遠隔医療の推進等
⑧ 「科学に裏付けられた介護」の具現化
⑨ 介護保険内・外のサービスの柔軟な組み合わせと価値の柔軟化の推進
図表1・2出典:「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会報告書」(平成29年4月6日)
  • 診療報酬改定

診療報酬改定は新たなパラダイムへ突入。
目玉は「入院基本料」と「かかりつけ医機能」

株式会社日本経営
常務取締役
銀屋 創
同社で医療機関の税務会計、財務コンサルタントとしてキャリアを積んだ後、病院経営コンサルティング分野の中心メンバーとして活躍。2006年に九州大学医学系学府医療経営管理学修士を修了。現在も病院の問題解決に直接携わるかたわら、150病院以上のコンサルティング実績に基づき、講演も多数行っている。

銀屋 創 写真

株式会社日本経営グループ
メディキャスト株式会社
NKアカデミー事業部
統括マネージャー
濱中洋平
急性期病院の経営改善を中心に、経営戦略策定、病院建替、経済産業省研究プロジェクト等に従事し、多くの支援実績を有している。現在は、「真の経営改善のためには院内に医療経営を熟知した人材が不可欠」という想いのもと「全ての病院に、真の医療経営人材を」の理念を掲げ、医療経営人材育成事業(1日で学ぶ病院経営講座 https://nkgr.co.jp/seminar002/)の立ち上げに従事している。

濱中洋平 写真

急性期の本質的評価へ
負担軽減、働き方改革の推進も

2018年度の診療報酬・介護報酬の同時改定に向けた議論が着々と進んでいる。2025年を前にした同時改定で、いつにも増して注目度が高い。医業経営コンサルティング会社のメディキャスト(株)・濱中洋平氏は、今回の改定をこう位置づける。「これまでの改定(図表2)で続けてきた、2025年に向けた医療・介護提供体制の改革への総仕上げであると同時に、新たな中長期ビジョンへの第一歩になるでしょう。医療も介護も厳しい改定になることは間違いありません」

厚生労働省は、今回の改定の基本的視点として4項目を挙げた(図表1)。重点課題は視点1「地域包括ケアシステムの構築と医療機能の分化・強化、連携の推進」で、濱中氏は「入院基本料」と「かかりつけ医機能」が目玉となるという。

「現在は7対1など看護師数に即した入院基本料ですが、将来的には患者の状態に応じた評価になるでしょう。患者一人にどんな医療を提供すれば重症度がどう変わるかがデータでわかるようになってきたためです。急性期病院は、より本質的に重症度の高い患者を集めなくては、急性期での生き残りは厳しくなります。今回の改定では、その足がかりとなる評価体制が設けられる見込みです」

図表3は、(株)日本経営が関わっている某病院の患者構成だ。500床クラスで全床7対1の急性期病院だが、地域医療構想の医療資源投入量の考え方を前提とすると、約6割は急性期未満の患者となる。こうした病院は全国に多いと想定されるが、先行きはどうなるのか。(株)日本経営常務取締役の銀屋創氏は説明する。

「設立主体によって異なります。民間病院は回復期に転換するか、介護事業と複合体化する道があります。自治体病院は民間ができないことを担う役割ですから、回復期や介護事業には参入せず、近隣の自治体病院との再編統合を目指すでしょう」

もう一つのポイントであるかかりつけ医機能については、診療報酬の算定要件が緩和される見通しだ。現状では地域包括診療料を算定している200床未満の病院や診療所、もしくは同加算を算定している診療所がかかりつけ医機能を担っている。だが、24時間態勢の確保や常勤医2人以上の在籍という厳しい条件が算定のハードルになっていた。

「今回の改定により、24時間態勢の医療機関や、複数のかかりつけ医同士で連携することで認められるようになりそうです」(濱中氏)

ただし、銀屋氏はこうつけ加える。

「以前から、かかりつけ医機能を普及させるための点数はありましたが、あまり機能していません。厚労省が意図するのはゲートキーパーですが、今回もそうはなりません。本当のかかりつけ医制度が広がるようになるには、まだ時間がかかりそうです」

ほかに、厚労省が示した視点2には「質の高い在宅医療・訪問看護の確保」も含まれているが、しばらく大きな変化はないかもしれない。

「現在は在宅医には高い点数がついています。将来、充足したら下がっていくと考えられますが、その時期は意外と遅く、10年以上はかかるのでは、と思います」(銀屋氏)

視点3「医療従事者の負担軽減、働き方改革の推進」も、今回の改定で注目すべきポイントだ。過重労働の是正のためには重要な観点だが、医療機関に導入された場合は、ややもすると医療提供体制にひずみが生じかねない。

「場合によっては、緊急や長時間の手術に携わる外科系の医師を中心に、国内ではスキルアップが難しくなる可能性もあります。意欲のある医師が海外へと向かう、というケースも増えるかもしれません」(銀屋氏)

負担軽減策としては、多職種協働とチーム医療がより評価されそうだ。

「最近の改定では、各職種の業務をそれぞれの専門領域に特化・凝縮させる流れが続いてきました。今回は、入院基本料の評価基準に、臨床検査技師などの人数も加味されるかもしれません。病棟看護師が看護師の業務に専念できるようにするためです。医師は、医療安全等の専従医が評価される可能性があります。これらが進めば、医師専従の役割が診療以外にも広がり、キャリアはより多様化すると考えられます」(濱中氏)

医療現場の変化だけでなく
医師の意識改革も求められる

このような医療界の変化による医師のキャリアへの影響を、濱中氏は図表4のようにまとめる。

「医師には、急性期を基本とした治すための医療だけではなく、生活支援も含めた全人的役割が求められる場面が増えてきました。マネジメント能力も、在宅医療や医療・介護の連携現場では、目の前にいないメンバー(訪問看護師や介護従事者)も含めた多職種チームのマネジメントが必要不可欠になっています。そんななか、チームを動かす力、コミュニケーション力も求められるようになりました。今後は、医師同士だけでなく、他職種からも評価される医師こそが必要、という傾向が、ますます強くなるでしょう」(濱中氏)

また、「10年15年先を見据えると、専門スキルを磨き続けている医師しか評価されなくなるでしょう。専門スキルとは、医師の役割で外せない部分。診断と、それを具体的治療につなげる専門スキル、そしマネジメント能力等です」(銀屋氏)

時代の要請、変化を敏感に察知し、意識変革をすることが、最前線で活躍し続ける医師の要件といえそうだ。

図表1● 平成30年診療報酬改定に向けた基本的視点について
視点1 地域包括ケアシステムの構築と医療機能の分化・強化、連携の推進 ★重点課題
視点2 新しいニーズにも対応できる安心・安全で質の高い医療の実現・充実
視点3 医療従事者の負担軽減、働き方改革の推進
視点4 効率化・適正化を通じた制度の安定性・持続可能性の向上
出典:第107回社会保障審議会医療保険部会(2017年10月4日)資料1
図表2● これまでの診療報酬改定の経緯
2012年度改定
在宅の重点評価による在宅基盤創り
2012年度改定のキーワードは、「在宅基盤創り」であった。在宅医療への財源重点配分により、在宅誘導へのインフラを整備することを目的としていた。
2014年度改定
在宅誘導に向けた枠組み構築
2014年度改定のキーワードは、「在宅誘導」であった。7対1入院基本料要件に在宅復帰を入れたことで、急性期から慢性期まで在宅への誘導が鮮明になった。
2016年度改定
患者の重症度の引き上げ誘導
2016年度改定のキーワードは、「患者の重症度の引き上げ」であった。より本質的に患者の重症度を引き上げ続けることが命題となり、重症度の低い患者は一層在宅のスタンスへ。
2018年度改定
患者評価の再定義?
2018年度改定のキーワードは、「患者評価の再定義」か。「患者評価の再定義」は、将来的な入院基本料の概念見直しに向けた足がかり創りになる可能性。入院の評価は、総論(入院基本料単位)から各論的(患者単位)に進んでいくのではないか。
改定を追うごとに、本質化している
図表3● 病院患者構成の実態(例)
  • ●以下は、ある地方都市の500床クラスの地域中核病院の実際の患者構成
  • ●現実的には、急性期の病院であっても院内に急性期以外の患者が存在している病院も多い
 <ある地域中核病院の医療資源投入量別患者構成>
図表4● 今後の医師キャリアへの影響
1 医師のキャリアの多様化
→起業やコンサルタントへの転身、専従産業医の増加等、医師が医師として臨床現場でスキルを高めていくというキャリア志向からの変化。
2 医師の働き方改革
→勤務時間の制限やタスクシェアリングの進展等、スキルを極めたい医師にとっては、働き方改革による制約が逆に不満要因に。スキルを極めたい医師は、海外へ飛び出すことが多くなっていく可能性は高い。
3 経営的観点の必要性
→病院の統廃合の進展が想定される中で、経営的観点は必要不可欠。これは、経営幹部だけではなく、現場の臨床医にとっても同様。労働集約型の事業である医療機関においては、マネジメントが最も重要。
出典:図表2~4:日本経営グループ・メディキャスト株式会社提供資料