医師が働きやすい病院の条件とは?

現在、厚生労働省では「医師の働き方改革に関する検討会」が進められ、主な論点案の一つに診療業務の効率化、女性医師の活躍支援などを含む勤務環境改善策が挙げられている。こうした検討が進む中、施設側は「医師の働きやすさ」をどう捉え、どう対応しているのだろうか?地域のニーズに幅広く応える総合病院、最先端の医療も提供する専門病院という異なるタイプの実例から、自分にとって「働きやすい病院」を考えるヒントにしてほしい。

  • 社会医療法人財団大和会
    武蔵村山病院

楽に働ける制度だけが働きやすさではない。
個々の志向に合わせた役割分担で働きがい創出を

社会医療法人財団大和会
武蔵村山病院
院長
鹿取正道
1991年北海道大学医学部卒。北里大学医学部大学院博士課程修了(移植外科学)。The Dumont-UCLA Transplant Center,UCLA 研究員、北里大学東病院外科(肝胆膵)研究員、財団法人癌研究会癌研究所病理部 嘱託研究員 レジデントなどを務める。2017年より現職。日本プライマリ・ケア学会連合会プライマリ・ケア認定医・指導医など。

鹿取正道 写真

社会医療法人財団大和会
武蔵村山病院
事務部長
松本高生
同院事務部門で「働きやすい病院」プロジェクトを主導。東京都福祉保健局による「医療勤務環境改善セミナー」では、勤務環境改善についての講演も行う。

松本高生 写真

医師確保の目的で始まった
働きやすい病院への改革

武蔵村山病院(東京都)は武蔵村山市の誘致により2005年に開設。以前から「働きやすさ」をキーワードに病院運営を行い、2010年にNPO法人イージェイネットの「働きやすい病院評価」による認証を受け(2015年に再認証)、2015年度「東京都女性活躍推進大賞(医療・福祉分野)」も受賞した。

こうした取り組みは「医師確保や離職率低減のため」と院長の鹿取正道氏。同じ価値観を共有することで病院の魅力向上を目指したという。

「人的課題の解決策は働きやすさに限りませんが、重要な要素であることは事実。施策によって全体の離職率は減少し、医師の有給休暇取得率も28%(2013年度)から68・8%(2015年度)に増えました」

同院の施策から医師に関係が深いものを左ページにまとめた(図表1)。これは医師募集の面でも強みになり、医師数は着実に増加(図表2)。女性医師の活躍に重点を置いたことで、特にその比率が高まっている。

4つの視点で検討する
働きやすい病院の条件

このような実績をもとに、鹿取氏は「働きやすい病院」づくりには、以下の4つの視点が必要だという。

[勤務時間]

「ワークライフバランスを重視するというニーズを満たすには、個々のライフスタイル、出産や子育てなどのライフステージに合わせて勤務時間を選べることが重要だと思います」

同院では施策として、週4日勤務の常勤医制度や時短勤務制度(男女問わず実績あり)、当直明けの勤務なし(一部の診療科)などを設けている。また出産後週1.5日からの復職制度もある。

[評価・報酬]

「正当な評価・報酬と本人が納得できることも、働きやすさにつながります。勤務時間や外来数だけでなく、院内横断の活動、後進の教育など診療以外の取り組みも考慮します」

同院では医師評価制度を設け、年1回人事考課・面談を行っている。今後に向けては、より客観的な評価ができるよう、実績の経年変化や地域内シェアなどの情報も収集中だという。

[専門性重視か総合性志向か]

「本人の意向・能力と職務内容のマッチングは働きやすさを大きく左右します。当院は『A氏はこの分野のスペシャリストとしてこの職務を、ジェネラリスト志向のB氏はこの診療科をお願いする』など、ミッションとタスクを明確にしています」

ただし、職務によっては勤務時間とも連動するため、優先事項を決めることが必要な場合もあると鹿取氏。

[成長・教育]

医師として成長を実感できること、後進の育成などで自分の存在意義を再確認できることも、働きやすさを支える要素だと鹿取氏はいう。

「単に楽に働けるのが働きやすいのではなく、本人がいかに『働きがい』を感じられるかが重要。その意味で働きやすい病院の基準は人によって異なって当然なのです」

職員満足度調査も使って
働きやすさを客観評価

最後に、同院で働きやすさの確認・改善ツールにも活用される職員満足度調査を紹介する(図表3)。事務部長の松本高生氏は、他部署との比較より、部署の経年変化から課題を抽出することが重要と説明する。

「こうした客観データは働きやすさの維持・改善のための貴重な資料。課題は該当する部署や個人に直接伝え、データで納得してもらったうえで解決に向けた努力を求めます」

職員全体の満足度の向上は、当然ながら医師の働きやすさに繋がる。

「人生100年の時代、医師のキャリア設計も働き方も、さらに変わるはず」と鹿取氏はいう。

「今後はニーズの多様化に合わせて働き方をカスタマイズできる病院が、働きやすい病院となるでしょう」

病院概要
所在地:東京都武蔵村山市
設立年:2005年
病床数:300床(一般・療養・地域包括ケア・回復期リハビリ病棟)
診療科目:15科(内科、小児科、産婦人科、乳腺外科、整形外科、放射線科、リハビリテーション科、泌尿器科等)
図表1 医師の勤務環境改善の主な施策
項目 内容・実績
女性医師の積極採用 女性医師比率39.1%(平成29)
週4日勤務 常勤化 男女とも対象実績あり
当直明け勤務免除 小児科、産婦人科で実施
当直負担軽減 非常勤採用による担当日数減
女性医師の継続就業サポート 週1.5日から復職、短時間勤務、日勤のみ等。個別対応や24時間保育可能な院内保育所設置 等
医療事務作業の軽減 メディカルサポート室設置による医療事務作業軽減
医師独立支援制度の設置 病院近隣での開業支援(資金援助等)
有給休暇取得の奨励 医師の消化率68.8%(平成27)
図表2 医師は着実に増加〜医師数の推移(除休職)〜
武蔵村山病院提供資料
図表3 職員満足度調査の調査項目(抜粋)
問1.経営姿勢について
  • ●大和会の経営理念・基本方針は、職員に浸透している
  • ●大和会は、職員の意見を積極的に聞く姿勢が感じられる
問2.組織について
  • ●あなたの仕事の範囲や役割、責任は明確になっている
  • ●ミス防止のための仕事の手順が徹底されている
  • ●職務遂行に必要な情報は、あなたに十分伝わっている
問3.職場の雰囲気について
  • ●自部門内でのコミュニケーションや連携は良好である
  • ●職場での人間関係や雰囲気は良好である
  • ●他部門との連携や協力関係は良好である
問4.直属の上司について
  • ●あなたは、上司と十分なコミュニケーションがとれている
  • ●上司は、リーダーシップを発揮している
  • ●上司の指示は、納得・信頼できるものである
  • ●上司は、あなたをよく理解しようと努め、積極的に支援・指導してくれる
  • ●上司は、現場の意見・要望によく耳を傾けている
問5.労働条件について
  • ●残業や夜勤などを含めた労働時間は適切である
  • ●休日や休暇は取りやすい雰囲気にあり、満足に取得できている
  • ●大和会の組織や人の配置は適切である
  • ●子育て支援・介護支援などは満足している
  • ●職員用の施設や設備(食堂、休憩室、駐車場、宿舎など)は充実している
問6.業務のやりがいについて
  • ●あなたの給与は、仕事内容や責任に見合ったものである
  • ●あなたの仕事の実績や能力は、あなたの評価に正当に反映されている
  • ●能力に見合った職責(役職)を与えられている
  • ●院内・外の教育・研修内容に満足している
  • ●自分の仕事に充実感や達成感を感じている
問7.総合的なことについて
  • ●患者・利用者として、大和会の利用を友人や知人にすすめたい
  • ●職場として、大和会での勤務を友人や知人にすすめたい
  • ●大和会の患者・利用者満足度は、他病院・施設に比べ高いほうだ
  • ●総合的に見て、今の職場に満足している
  • ●今後とも大和会で働き続けたい
  • 医療法人社団 浅ノ川
    金沢脳神経外科病院

医療秘書(医師事務作業補助者)のサポートで
専門性重視の医師が診療に集中できる環境に

医療法人社団 浅ノ会
金沢脳神経外科病院
病院長
佐藤秀次
1974年札幌医科大学医学部卒業。1980年金沢医科大学病院脳神経外科、同医学部講師。1986年より現職。日本脳神経外科学会脳神経外科指導医・専門医・評議員。加賀脳卒中地域連携協議会顧問などのほか、日本医師事務作業補助研究会の顧問も務める。

佐藤秀次 写真

事務作業や診療面での
支援を働きやすさの軸に

金沢脳神経外科病院(石川県)は金沢市に隣接するベッドタウン野々市(ののいち)市にあり、脳神経外科の救急から回復期まで担うケアミックス病院として成長してきた。

病院長の佐藤秀次氏によれば、同院のある地域は病床過密だが専門特化が差別化要因となり、地域ニーズにもとづく専門性の高い診療で患者数も順調に伸びているという。

「医療機関との連携を深めたことも要因ですが、患者さんの急増により専門医の不足および医師の負担軽減が当院の課題となりました」

このため専門性重視の医師にとって働きやすい環境を順次整え、人材確保を図ったという。

「私の脳神経外科医経験などに照らしても、そうしたタイプの医師が求める『働きやすさ』とは、症例数の多さなど“豊富な経験から技術が磨ける”ことと、診療や教育面などで“やりたいことに専念できるサポート体制がある”ことだと考えました」

症例数は前述の地域連携によっても増えており、高齢化に伴って今後も増えると予測される。そこでもう一つの働きやすさの軸として採り入れたのが、診療をサポートする医師事務作業補助者の配置だ。

書類作成から予定調整まで
幅広い業務を担う医療秘書

医師事務作業補助者は同院では医療秘書と呼ばれ、医師1人に医療秘書1人以上を配置。業務は患者への診断書や地域の医療機関に向けた紹介状といった書類の作成補助、カルテの代行入力、診療に関わる各種データの整理など幅広い(図表1)。

カルテ代行入力では診療中に医療秘書がカルテを下書き(電子カルテへの入力)。患者退出後に医師がカルテを確認・修正を行い、医師の指示のもとで病名を入力する(図表2)。

「もちろん医師は書類やカルテの確認や追加記入を行いますが、それでも事務作業の負担軽減効果は非常に大きく、診断書などを患者さんに渡す期日も大幅に短縮できました」

またカルテ代行入力には、医師が常に患者と向き合える利点もあるなど、佐藤氏は医療秘書による働きやすさへの貢献を高く評価する。退院時サマリも7日ほどで提出できるようになり、上位加算によって病院の経営面にも寄与しているという。

さらに同院では医療秘書の活動を医療現場にも広げ、医師が働きやすい環境の整備を進めている。

「現在は医師のスケジュール管理も医療秘書が行っています。当日の診療予定に加え、手術が決まれば患者さんと日程を調整し、ご家族と面談が必要なら予定をすり合わせて医師に連絡するなどを担当し、医療現場で事務作業を担いがちな看護師の負担軽減にもなっているでしょう」

医師の働きやすさとともに
手術数も増加した

医療秘書のサポートで、同院の医師がどれだけ「本業」に集中できたかを示す例の一つが手術数だろう。同院が注力する脊椎手術では順調に手術数が伸びており(図表3)、2015年の資料では北陸・甲信越で7位、石川県で1位の実績を得た(出典:朝日新聞出版『手術数でわかる いい病院2015』による腰椎、頸椎の手術数の地方別ランキング)。

加えて新たな技術の習得や学会での発表を支援するなど、同院では専門性を重視する医師が「働きたい」と思える環境整備にも注力している。

大学医局との連携強化による人材交流、MD法(顕微鏡下椎間板摘出術)の早期導入、常勤の麻酔科医の補強などはその一例だ。また、専門性を生かして地域貢献ができるという手応えも魅力の一つだ。

このほか働きやすさを支える取り組みとして、病院の方針に沿った部門目標の策定、PDCAによる達成度の確認と改善により、医師を含め職員全員が全体方針を理解・納得して仕事を進める点が挙げられる。

具体的には部門ごとの目標を4月に開かれる全員参加の発表会で発表。10月に中間発表、3月に最終発表という過程を通して各部門の課題と対策が見える化され、職種間の理解も深まっている。多職種協働の時代に、この発表会も医師が働きやすい体制づくりに役立っている。

病院概要
所在地:石川県野々市市
設立年:1980年
病床数:220床(一般・脳卒中ケアユニット・療養・回復期リハビリテーション病床)
診療科目:5科(脳神経外科、神経内科、循環器内科、麻酔科、リハビリテーション科)
図表1 医師事務補助作業者の体制・業務
【体制】
医療秘書課 15人体制
勤務医の負担軽減のため平成21年に設置
【業務】
  • ◆外来業務/診察介助、代行オーダー、代行入力
  • ◆文書作成業務/診断書、診療情報提供書、介護保険主治医意見書、退院サマリ 等
  • ◆専門外来の予約受付
  • ◆脊椎手術の日程管理
  • ◆診療情報提供書(紹介状・返書)の登録管理
  • ◆日本医師事務作業補助研究会事務局業務
  • ◆その他/脳卒中DB登録、医師休診の連絡 etc.
図表2 代行入力した下書きカルテと修正後のカルテ
金沢脳神経外科病院の日本病院学会発表資料(平成26年)より
図表3 手術件数と内訳
金沢脳神経外科病院HPより。平成29年10月11日現在
病院長を始め経営陣と事務部が一丸となって、医療秘書の導入など医師の勤務環境整備を進めている。左から事務部長・酒谷一成氏、事務部副院長・岡崎秋水氏、病院長・佐藤秀次氏、事務部経営企画課長・川腰晃弘氏、医療秘書課・苦宮尚子氏。

厚生労働省が推奨する 医療勤務環境改善マネジメントシステムの活用

医療機関の勤務環境改善の事例・提案を
働きやすい病院を検討するヒントに

医療機関が医療従事者の勤務環境改善に取り組む際の手引として、厚生労働省では「勤務環境改善マネジメントシステム」に関する情報を提供している。これは2014年の医療法改正により、医療機関の管理者が「医療従事者の勤務環境の改善に取り組む」とする努力義務規定が創設されたことを受けたもの。

その概念は左図の通りで、院長や各部門責任者、スタッフなど多職種で構成された推進チーム等が協議し、厚生労働省のガイドラインを参考に作成した改善計画をもとにPDCAサイクルで改善を進めていく。

都道府県の医療勤務環境改善支援センターは相談対応や情報提供などで医療機関をサポートする役割だ。

また厚生労働省では、取組事例や提案を紹介するホームページ「いきいき働く医療機関サポートWeb(いきサポ)」も開設している。医療機関を支援する取り組みのため、必ずしも医師の働きやすさに限ってはいないが、「医師と看護職員との業務分担」「チーム医療の推進」「総合内科と専門内科の一体化による医療の質の向上」など興味深いテーマも多い(同HPより)。「働きやすい病院」を検討する際のヒントにもなるだろう。

「医療勤務環境改善マネジメントシステム」の概念図
厚生労働省資料より
参考:「いきいき働く医療機関サポートweb(いきサポ)」
https://iryou-kinmukankyou.mhlw.go.jp/