時代のニーズに応えるクリニック

医師のキャリアでは、病院での経験をもとにクリニックに転職したり、自ら開業する道に進むことも少なくない。「診療の自由度が高い」「納得のいく医療を提供できる」といった点を選択理由に挙げる医師も多いが、一方で、近年は一般診療所の開設数・廃止数ともに急増し、入れ替わりも激しくなっている。患者や連携する医療機関に選ばれ、評価されるクリニックは何を強みとしているのだろうか、3つの実例を参考にそのポイントを探った。

一般診療所数は、順調な増加から頭打ちの状況
開設数・廃止数とも多く入れ替わりも激しく

ここ20年間の一般診療所数の動きを追うと、1997年に9万弱だった施設数はしばらく順調に増えていたものの、2007年に9万9000超となって増加ペースが落ち、2012年以降は10万あたりで落ち着いたように見える。

しかし2014年、2015年には開設数・廃止数がともに過去の実績を大きく上回るなど入れ替わりも激しく、「患者に選ばれる時代」の始まりも感じさせる結果に(いずれも厚生労働省『医療施設(動態)調査』該当年度の調査結果より)。

今回取材した3つのクリニックは救急、女性専用外来、がん診療と分野は異なるが、共通するのは「地域や時代のニーズに応え、新たな価値の創造」に挑んでいる点。またその根底には、患者のために適切な医療を提供したいという思いがあり、患者一人ひとりに寄り添うクリニックの多様な姿が見えてくる。

一般診療所施設数の動態状況(年次推移)
厚生労働省:「医療施設(動態)調査」
  • 夜間救急専門

県内で不足する一次・二次の救急医療の中でも
特に担い手がいない夜間や休日に特化して診療
川越救急クリニック

川越救急クリニック
院長
上原 淳
1989年産業医科大学卒業後、同大学病院麻酔科に入局。産業医科大学病院、門司労災病院(現:九州労災病院 門司メディカルセンター)などを経て企業の産業医に。アルバイトで救急の当直を経験後、九州厚生年金病院の救急担当医を務める。2001年から埼玉医科大学総合医療センター高度救命救急センターで診療し、3年目に同センター医局長となる。2010年、川越救急クリニックを開業。日本麻酔科学会麻酔科専門医・指導医、日本救急医学会救急科専門医。

上原 淳 写真

夜間でもすぐ対応できる
救急特化のクリニック

夜間の救急を身近なクリニックですぐに診てほしい。そうした地域住民のニーズに応えたのが、2010年に「川越救急クリニック」(埼玉県川越市)を開業した上原淳氏だ。

埼玉県は人口10万人当たりの医師数が全国最下位(厚生労働省『医師・歯科医師・薬剤師調査』2014年)であり、県内の救急医療体制も厳しい状況が続いている。

「特に私が開業を決めた頃は、救急車から数十件も問い合わせた後、ようやく受け入れ先が決まるような状態でした。これは一次・二次救急の力不足も原因で、三次救急の病院にほとんどの救急患者が集まったため、手が回らなかったのです」

当時、上原氏は埼玉医科大学総合医療センターで高度救命救急センターの医局長を務めていたが、以前は福岡県の九州厚生年金病院でも救急医の経験があったため、同センターで三次救急を学んだ後は、福岡県での開業も視野に入れていたという。

「ただ、救急医療が充実した福岡県に戻るより、危機的な状況にあった埼玉県で開業した方がより地域に貢献できるはずだと考えました」

こうした地域ニーズに応える気持ちが、全国初の「夜間や休日の一次・二次救急を診るクリニック」の開業に挑むきっかけになった。

救急医の将来に不安を感じる
後輩のキャリアモデルに

加えて同院の開設には、救急医を目指す後輩たちにキャリアモデルを示す狙いもあったと上原氏。

「大学の救命救急センターには毎年多くの初期研修医が来ましたが、そのまま救急医療に進む人は皆無です。理由を聞くと将来性に疑問を持つ人が大半で、中小の病院では救急医は働けない、まして救急で開業なんて無理だと不安そうでしたね」

それならば救急専門のクリニックの先例を作り、救急を目指す医師を増やして救急医療の充実を図りたい、と上原氏は考えたという。

2013年に木川英氏を副院長に迎え、非常勤医師とともに365日の診療体制を確立した同院。現在は救急患者が減る4月から6月を除いて概ね採算がとれ、年間では黒字ベースが続くようになった。

「首都圏の医療過疎地域以外で開業する場合には、より地域ニーズに密着した診療が求められるでしょう。例えば山間部で高齢の方が多い地域なら整形外科などを主として、夜間の救急対応もするといった工夫が必要になると思います」

充実した検査機器と
医療への情熱が欠かせない

最後に同院のような救急クリニックで必要なものを聞いた。

「どんな患者さんでも診ますから、的確な診断に検査機器の充実は欠かせません。当院はエコーやX線のほかCTも備えていますし、さまざまな血液検査もすぐ結果を出せます」

一方で医師としての専門性はさほど重要ではない、と上原氏はいう。

「当院の場合は医療への情熱があれば大丈夫ですね(笑)、さまざまな症例から学ぶ機会は多いですし。確かに忙しいときもありますが、患者さんやご家族にお礼を言っていただくと、地域の皆さんのお役に立てている手応えが確実にあって、診療するのが本当に楽しいんですよ」

生化学検査をはじめ、ほとんどの血液検査が院内で可能。
処置室には外の救急入り口から患者を直接運び込める。
エコーやX線のほかCTなどの画像診断機器がそろう。
異物の誤飲などのときは内視鏡検査も活用する。
救急車のアクセスを重視し、大通りに面した立地を選んだ。
患者の搬送では同院勤務の救急救命士のほか、上原氏自ら運転する場合も。
施設概要
■所在地 : 埼玉県川越市
■設立年 : 2010年
■病床数 : 4床
■診療科目 : 救急科・内科・小児科・外科・整形外科・麻酔科
  • 女性専用外来

「きずの小さな手術センター」と連携した手術など
診療内容も院内環境も女性のニーズをもとに構築
医療法人社団 あんしん会 四谷メディカルキューブ

医療法人社団 あんしん会
四谷メディカルキューブ
副院長・ウィメンズセンター長
子安保喜
1985年兵庫医科大学卒業後、同大学病院産婦人科臨床研修医、1986年市立川西病院産婦人科。1988年母校の産婦人科医員となり、その後助手に。宝塚市立病院や大阪府内の総合病院の産婦人科などを経て、2005年四谷メディカルキューブに入職しウィメンズセンター長に。2010年から副院長。2012年から兵庫医科大学病院産婦人科非常勤講師。日本産科婦人科学会専門医、日本産科婦人科内視鏡学会技術認定医、日本内視鏡外科学会技術認定医。

子安保喜 写真

女性が身構えず受診できる
女性のための診療科に

PET/CTのほか先進の画像診断機器を備える都市型高機能クリニックとして、2005年に開設された「四谷メディカルキューブ」(東京都千代田区)。この頃に女性専用外来を設けたのは先進的で、新たなチャレンジだった、と子安保喜副院長・ウィメンズセンター長はいう。

「女性特有の疾患で産婦人科を受診する場合、周囲に誤解されそうで気が引けるという方は多いのです。そこでなるべく身構えずに受診していただけるよう、フロア全体を女性の患者さんだけ受け入れるなど、院内の設計段階から工夫を重ねました」

内装も温かみのある配色、美しい風景写真が貼られた壁など心地よく過ごせるよう配慮されている。

もちろん診療面での信頼がなければ患者は集まらないだろう。同院は検診のほか、病院などの紹介による外来診療、手術、短期入院に対応し、他の診療科とも連携して同日に婦人科以外の検査も済ませられる。特に働く女性は受診のため何度も休むことが難しく、1日で検査が終わる同院は喜ばれるのだという。

また手術は「きずの小さな手術センター」と連携して、安全性を担保した上で小さな傷口になるような術式を選択する、と子安氏。

「体の傷を気にされる方はこうした手術への期待が高く、これも選ばれる理由の一つとなっています」

同院婦人科は5人の常勤医を中心に診療しているが、全員内視鏡の経験が豊富で、うち3人は日本産科婦人科内視鏡学会技術認定医。年間450から500件の手術を支えるのはこうした専門家の力だが、難しい症例も多く、内視鏡の実力をさらに伸ばしたい人にも向く環境だ。

またERASの導入で術前・術後の絶飲食時間を短縮し、ストレス軽減と同時に術後の早期回復を図る点なども患者に評価されているという。

「病院にはない小回りのよさを存分に生かし、患者さんが受診しやすい体制を常に整えられる点がクリニックの強みだと考えています」

女性専用外来関連の手術実績(2016年度)
子宮筋腫 全腹腔鏡下子宮筋腫核出術 249
腹腔鏡補助下子宮筋腫核出術
全腹腔鏡下子宮全摘術
腹腔鏡下子宮全摘術
卵巣嚢腫 全腹腔鏡下卵巣嚢腫核出術 178
腹腔鏡補助下卵巣嚢腫核出術
腹腔鏡下付属器切除術
骨盤臓器脱
尿失禁
TVM手術(メッシュ手術) 380
TVT手術
その他子宮脱手術
膀胱水圧拡張術
乳腺 乳腺悪性腫瘍手術 59
乳腺腫瘍摘出術
内視鏡下乳腺腫瘍摘出術
リンパ節摘出術
その他乳腺外科手術
クリニックホームページより
女性がターゲットだけに、待合室はホテルのロビーやカフェのような落ち着いた雰囲気。
手術室は内視鏡を前提に設計され、術者がストレスなく動けるなど工夫されている。
施設概要
■所在地 : 東京都千代田区
■設立年 : 2005年
■病床数 : 19床
■診療科目 : 総合内科、糖尿病内科、消化器内科、循環器内科、泌尿器科、脳神経外科、外科、内視鏡外科、手の外科、減量外科、婦人科、女性泌尿器科、乳腺外科
  • がん専門施設

標準治療とは異なる方法を求める患者のために
より効果の高い免疫療法を提供する
医療法人社団 滉志会 瀬田クリニック東京

医療法人社団 滉志会 理事長
瀬田クリニック東京 院長
後藤重則
1981年新潟大学医学部卒業後、1985年から新潟県立がんセンター新潟病院。1989年に新潟大学医学部助手となり、医学博士を取得。1991年帝京大学生物工学研究センターおよび帝京大学医学部講師。一般財団法人 健康医学協会附属 霞が関ビル診療所を経て、1999年に瀬田クリニック開設に携わり、2001年から院長。2017年順天堂大学 次世代細胞・免疫治療学講座(江川記念 SETA 講座)客員教授。

後藤重則 写真

診療も研究開発もできる
施設として開設

東京大学医科学研究所でがんと免疫の基礎研究を進めていた江川滉二氏を中心に、その研究を医療現場に生かしたいとの思いから1999年にスタートしたのが、「瀬田クリニックグループ」(東京都千代田区)だ。

標準治療以外の治療を自由診療で提供するのは、診療面でも経営面でも大きなチャレンジだったと語るのは、創設時からのメンバーで現在は瀬田クリニック東京の院長を務める後藤重則氏。当時の免疫療法はまだ改良の余地があったものの、患者からの要望と江川氏たちの熱意により開設に踏み切った。

「そのため診療に加え、研究開発もできる施設にすることが重要でした。むろん創設時の思いは今も受け継ぎ、研究にも注力しています。自由度の高い診療が可能な点はクリニックの大きな魅力であり、それは患者さんの期待にも応えることと考えています」

2017年4月からは同グループが順天堂大学医学部に共同研究講座を設けるなど研究活動は活発だ。このように研究を続け、免疫療法の効果を高めることが患者の利益につながる、と後藤氏。また、同グループと連携して免疫療法を提供している全国50以上の医療機関と「共同臨床研究体(CITEG)」を形成して、更なるエビデンス形成に努力している。

同グループでは免疫療法を標準治療との併用、治療を終えた後の再発予防、あるいは緩和ケアの一環などで提供している。当初は少なかった患者数も取材や患者同士の口コミなどで増え、これまでの受診患者数は2万名を超える。免疫療法の成果をありのままに公開する点も、信頼を得た要因ではないかと後藤氏(下グラフ参照)。

「チェックポイント阻害剤などで、社会的にもがんと免疫に対する見方は変わりました。しかし標準治療中心の医療現場では、免疫療法を知る機会は少ないはず。当グループでそれを学び、実践できるのは医師にとってもメリットになるのでは、と考えます」

治療患者数(2016年9月現在)
クリニックホームページより
免疫細胞治療の治療実績
※データは、同院または連携医療機関で、1999年4月〜2009年3月に免疫細胞治療を1クール(6回)以上行った患者5,460名のうち、肺、胃、大腸、肝、膵臓、乳、子宮、卵巣の原発がん患者の1,198症例についてまとめたもの。
クリニック資料より
瀬田クリニック東京の院内はブラウンを中心とした落ち着いた配色。処置室には、点滴による免疫療法で使用するベッドやチェアなどが置かれている。
施設概要
■所在地 : 東京都千代田区
■設立年 : 1999年
■拠点 : 東京、新横浜、大阪、福岡