医師の働き方改革

政府が働き方改革を推し進める中、医師も例外ではない。過重労働などの現状を背景に「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」では今年4月、報告書を発表。新たなビジョンの必要性や医療を取り巻く構造的な変化や働き方の実態調査を踏まえ、実現すべきビジョンの方向性や具体的方策を示している。医師の適切な働き方とはどのようなもので、それを実現する方策はあるのか。現場で働き方改革に携わる3人に聞いた。

  • 現状の課題と今後の方策は?

増大する医療ニーズに限られた医療資源で応える。
改革は医師、マネジメント、政策の総力戦で

ハイズ株式会社
代表取締役社長
裵 英洙氏(はい えいしゅ)
医師、医学博士、経営学修士 (MD、Ph.D、MBA)。1972年奈良県生まれ。金沢大学医学部卒業、同大学院医学研究科修了、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了、2008年フランスグランゼコールESSEC大学院交換留学。胸部外科医、病理医として活躍する一方、医療機関再生コンサルティング会社を設立。医療機関や医療系ベンチャーの経営支援業務、ヘルスケア企業の医学アドバイザー業務などを行う。

裵 英洙 写真

長時間労働だけではない
なぜ今、働き方改革なのか

医療の質の向上、患者の要求の高まりなどで、心身ともに医師の負担は重くなっている。さらに超高齢化で複合疾患を持つ患者が増える、がんで長期的な治療を必要とする人が増加する、といった需要の変化から、医師の負担増は今後も続くと考えられる。

医師であり医療施設の経営コンサルタントで、「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」の構成員も務めたハイズ株式会社社長の裵英洙氏は、医師の働き方改革についてこう話す。

「医療資源には限りがあり、医師数は急には増えない。ニーズの増大に対応し質の高い医療を継続して行うには、医師の働く環境を整備する、生産性を高めるなどに関しパラダイム転換が必要であり、それこそが、働き方改革のテーマといえます」(図表1)。

長時間労働が問題視されているが、「非人間的な勤務時間は論外ですが、必要とされる医療を提供するのが我々医師の使命であり、患者ファーストの姿勢を外して8時間労働といったルールで縛るのは少し乱暴です。そもそも何のために働くのか。改革の目的は労働時間削減か医療水準の向上か。そうした議論が置き去りにされてしまっては、改革案も“仏作って魂入れず”になってしまいます。現場の想い、それを汲むマネジメント、支えるポリシー(政策)という3つのレイヤーから、多角的に働き方を考える必要があります」。

裵氏は、「医師のモチベーションを支えるものは3つあり、それが叶えやすいことが働きやすさに繋がる」と語る。1つ目は報酬。2つ目はキャリアアップや専門医・指導医の資格取得といった自己実現。そして3つ目は、感謝される、尊敬されるといった社会的動機である。

働きやすい環境づくりに成功している病院はあるが、「時間をかけて改革した結果であり、魔法の杖はない」と、裵氏。研究支援、資格取得支援、フレックスタイム制など、さまざまな施策によって、医師のモチベーションや、「自分たちを大切にしてくれる施設」という意識が高まり、働きやすい文化が醸成されるのだという。すぐに実行が難しければ、「やってはいけないことを徹底する『not to do』という方法も一定の効果がある」と助言する。

また、医師に応じて待遇やルールを微調整したり、最も多い世代のニーズを優先的に満たしたりなど、現状に合わせてPDCA(計画、実行、評価、改善)を繰り返す柔軟性も求められるという。

効率化は医師自身を助ける
改善のための情報発信を

医師にも自身の働きやすさを高めるための行動は可能だ。働き方改革の報告書では、医師の負担軽減の具体案としてクラーク(医師事務作業補助者)やフィジシャン・アシスタント(PA)の活用が提言されている。負担が軽減されれば勤務時間の短縮、研究時間の増加といった恩恵があることを認識し、積極的に活用していく姿勢も求められる。

「改革を待つのではなく、医師自身も改革を担う一員として情報発信をしてほしい。まず技術的、精神的な負担を負っていないか、自問する。時間的な負担を減らしたいのか、質的、精神的負担を減らしたいのか、あるいは両方か。また働くうえで何にプライオリティをおきたいのか。経営者と対話をし、改革の方向性を決める材料を提示すべきでしょう。

また、育児、教育などの事情によって、望む働き方も変わります。定期的にキャリアメンテナンスをして、自分が貢献できることと希望する働き方を、継続的に示していくことが重要です」(裵氏)

図表1 実現すべきビジョンに向け、パラダイム転換を図る必要があると思われる事項
今まで これから
1. 働き方 ●組織・職種のヒエラルキーと縦割り構造
●個々人の自己犠牲
●男性中心の文化
●患者を中心としたフラットな協働
●組織・職種の枠を超えた協働・機能の統合によるパフォーマンスの向上
●「単能工」的資格・業務に加えて「多能工」的資格・業務の推進
●自己犠牲を伴う伝統的な労働慣行の是正
●性別・年齢に依らないキャリア形成・働き方を支援
2. 医療の在り方 ●医療は専ら疾病の治癒・回復を担う存在
●患者像を画一的にパターン化したサービスの提供
●評価軸が乏しく個人・事業所・地域レベルでサービスの質にバラつき
●医療は、保健・介護・福祉とフラットに連携しながら、予防・治療から看取りに至るまで、患者・住民のQOLを継続的に向上
●患者・家族や地域社会の個別性・多様性・複雑性に対応した創造的なサービスのデザイン
●アウトカムの指標・評価方法の確立とそれに基づく効果的なサービス提供
3. ガバナンスの在り方 ●全国一律のトップダウンによるリソース配分の決定とコントロール ●地域と住民が、実現すべき価値・ニーズ・費用対効果を判断しながら主体的に設計
●地域の発展的なまちづくり、経済活動、持続的発展を支える基盤
4. 医師等の需給・偏在の在り方 ●限られた情報や固定化した仮定を前提とした需給予測と供給体制の整備 ●人口構成、疾病構造、技術進歩、医療・介護従事者のマインド、住民・患者の価値観の変化等を需給(量と質)の中・長期的見通しや供給体制に的確に反映
●特に、医師等の専門知識は、臨床現場だけでなく、国際保健、国、都道府県、審査支払機関等の行政関連分野や、製薬、医療機器、医療情報システム等の医療関連産業等で、今後世界に比肩するレベルの需要
出典:「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会 報告書」(平成29年4月6日)

医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査

医師の勤務実態や働き方の意向・キャリア意識を正しく把握するため、全国の10万人の医師を対象に初の大規模全国調査が行われた(回収1万5677人)。
勤務時間は性別、年代、勤務形態によって大きく異なり、20~30代勤務医(常勤)の診療・診療外の時間と当直・オンコールの待機時間は同じ程度に多い。女性より男性の方が総じて高い。

図表2 勤務医の勤務時間(性別・年代別・勤務形態別)
● 勤務時間(「診療」+「診療外」)は、年代が上がるにつれて減少する。
● 20代の勤務医(常勤)の勤務時間は、週平均55時間程度。これに当直・オンコールの待機時間が加わる。

平均値(時間)

男性 勤務医(常勤) 勤務医(非常勤)
診療+診療外 当直・オンコール 診療+診療外 当直・オンコール
20代 57.3 18.8
このうち、待機時間は約16時間
55.8 14.2
30代 56.4 18.7 54.2 16.5
40代 55.2 17.1 45.5 8.6
50代 51.8 13.8 37.6 8.9
60代 45.5 8.0 30.3 5.0
女性 勤務医(常勤) 勤務医(非常勤)
診療+診療外 当直・オンコール 診療+診療外 当直・オンコール
20代 53.5 13.0
このうち、待機時間は約12時間
54.5 12.7
30代 45.2 10.7 36.7 4.9
40代 41.4 9.0 25.3 1.0
50代 44.2 7.8 25.5 1.8
60代 39.3 3.4 25.9 1.3
※表中の診療+診療外には、当直・オンコール中に行った診療・診療外の時間も含む
図表3 勤務医(常勤)の診療科別勤務時間
● 救急科、外科、臨床研修医は勤務時間(「診療」+「診療外」)が特に長い傾向がある。
診療科 診療+診療外 当直・オンコール
内科系 51.7 12.6
外科系 54.7 16.5
産婦人科 50.6 22.8
小児科 50.2 16.0
救急科 55.9 18.4
麻酔科 49.1 16.7
精神科 43.6 11.9
放射線科 51.9 10.2
臨床研修医 53.7 13.5
(時間)
※表中の診療+診療外には、当直・オンコール中に行った診療・診療外の時間も含む

出典:医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査(厚生労働科学特別研究「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」研究班 厚生労働省医政局 平成29年4月6日)

勤務医の勤務時間の分布では、男性で多いのは40時間以上から60時間未満あたり。60時間以上は約28%に上る。女性では40時間以上50時間未満が最も多く、60時間以上は約17%。
50代以下常勤医師のある1日の仕事のうち、他職種と分担が可能と思われる作業に費やした時間は、電子カルテの記載が93分、患者への説明82分などで、合計で約4時間に相当する。医師の負担軽減のヒントがここに隠れている。

図表4 勤務医の勤務形態別「診療」+「診療外」時間分布
●男性の常勤勤務医のうち、勤務時間(「診療」+「診療外」)が週60時間以上は27.7%。女性については、17.3%。
図表5 他職種(看護師や事務職員等のコメディカル職種)との分担

出典:医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査(厚生労働科学特別研究「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」研究班 厚生労働省医政局)

  • 働きやすい環境・病院とは?

やりがい、ワークライフバランス、公平な処遇。
医師特有の就労体系や制度が求められる

特定非営利活動法人
イージェイネット
代表理事
瀧野敏子
1981年大阪市立大学医学部卒業。東京女子医科大学での研修を経て、84年国立小児病院(現:国立成育医療研究センター)研究医。87年淀川キリスト教病院内科。2004年ラ・クォール本町クリニック開業。05年から現職。女性医療、消化器内視鏡、医療従事者の就労環境を専門領域として活動。日本医師会認定産業医 日本消化器病学会専門医 日本消化器内視鏡学会指導医 日本内科学会認定総合内科専門医を取得。

瀧野敏子 写真

医師を縛るルールではなく
ストレスを除く改革が必要

医師の傍ら、「働きやすい病院」評価・認証を行うNPО法人イージェイネット代表理事も務める瀧野敏子氏は、医師の業務量について以下のように語る。

「環境整備に力を入れる施設においても、多くの症例を経験したい若手医師、手術への意欲が高い医師など、特定の診療科、特定の個人に仕事が偏る傾向はあります。しかし自発的に働く医師自身にとって必ずしも長時間労働は負担になっていないケースもあり、新しい術式を研究したいなど、スキルアップを望む医師を時間で縛れば、イノベーションの芽を摘むことにもなります。

そもそも一般事務職や工場労働者などと同じ発想で医師の就業時間を縛るのは不合理であり、実際の医師のマインドと乖離する場合もある。医師特有の就労体系や制度を策定する必要があるでしょう」(瀧野氏)

そこで重要となるのが何をもって 働きやすいとするかだが、瀧野氏は、「やりがい、ワークライフバランス、公平感のある処遇。この3点に尽きると思います」と話す。やりがいとは医師がしたいこと、こうありたいと思うことが実現できること。ワークライフバランスは、誰かのモノサシではなく、医師自身がバランスがとれていると思えること。また労働時間のみならず、果たしている役割が的確に評価され、相応の処遇を受けていると感じられることも重要だ。

世論を巻き込んで
医療資源の活用を考える

医師の働きやすさを支える病院として、イージェイネットが必要と考える軸は、トップのコミットメント、ソフト面、ハード面、コミュニケーションの4つ(図表6・7)。

トップがコミットして方針を定め、それに則って環境が整えられることが、まず重要。そのうえでさらに突っ込んだ姿勢も必要となる。

多様な働き方ができる環境は理想だが、限られた医師資源のなか、特定の人に働きやすい環境を提供すれば、それを支える医師は負担が重くなるといった歪みも生じる。

これに対し、施設のなかには、支える医師を相応に評価する、時短勤務する医師に対し「先々、医療人として社会に貢献できる医師になってほしい」と支援の意味を認識させる、などを行っているところも。「やりがいや公平感のために、そうしたマネジメントは重要です」(瀧野氏)。

診療に専念し、効率化する、という観点からいえば、ハード面の改善で、タスクシフティング、タスクシェアリングも有効な手立て、という瀧野氏。しかし「現状、自分でやった方が早いと考えている医師は多い。意識改革とともに、安心して任せられる人材の育成も求められます」

職能間のコミュニケーションを潤滑にすることも医師の負担軽減につながるという。瀧野氏によると、ある施設で患者に楽しんでもらうためのダンスイベントを、医師ほか多職種で行った際、練習を通じて、その後のコミュニケーションがとりやすくなったという。

「職能間の垣根をとれば物事が効率的に回り、業務の効率化を図れる。少しの工夫でも改善できるのです」

また、医師は精神的な負担が大きい職業だが、その負担を軽減することも働き方改善につながる。専用カウンセラーを置く施設もあり、イージェイネットでも、医療関係者向けのカウンセリングスキル習得講座を実施しているという。

国が働き方改革を推進するのに伴い、医療機関への目も厳しくなっている。聖路加国際病院への労基署立ち入り調査を受け、同院が土曜外来の休止や救急車受入れ抑制に舵を切ったことについて瀧野氏は、「医療というリソースにも限りがあることを国民が認識し、大事に使う意識が生まれる契機になるのではないか」と期待する。国民も本質を知らないと、医療のニーズ増大で医療現場が疲弊するという構図は解決しがたい。

医師はどのようなスタンスで働き方改革に取り組めばいいだろうか。

「医師としての気概は必要ですが、すべてを負って立つという玉砕思考ではなく、近代的、科学的なマネジメントの考え方で、医療のサステナビリティ(安定的継続性)を志向することが重要です。自身が我慢して壊れてしまってはサステナビリティが失われてしまいますし、経営についても理解したうえで、自身の働き方を考える必要があると思います」

図表6 医師が働きやすい環境とは?
1.トップのコミットメント
経営方針、組織、体制、仕組みづくり、の風土があるかどうか。
また就労環境改善に対する経営者の本気度
2.ハード面
人事、目標管理、就業規則、規定、労働環境などの制度面。
ルールの有無だけでなく、それらに実績があるか
3.ソフト面
研修、教育、プログラム、窓口、福利厚生など。
スタッフの間に互いを気遣う姿勢、助け合いの精神があるか
4.コミュニケーション
トップから現場へ、働きやすい環境づくりのための取り組みや意図が伝わっているか。トップが現場の声に対応できるよう、現場とトップで意思疎通ができているか
図表7 働きやすい病院評価(HOSPIRATE)現在認証中の病院一覧
認証病院 所在地
島根大学医学部附属病院 * 島根県出雲市
公立昭和病院 東京都小平市
社会医療法人 生長会 府中病院 大阪府和泉市
社会医療法人財団大和会 武蔵村山病院 ★ 東京都武蔵村山市
医療法人 平成博愛会 世田谷記念病院 東京都世田谷区
医療法人 社団美心会 黒沢病院 ★ 群馬県高崎市
岐阜市民病院 ★ 岐阜県岐阜市
一般社団法人 熊本市医師会 熊本地域医療センター 熊本県熊本市
医療法人 創和会 しげい病院 * 岡山県倉敷市
医療法人 沖縄徳洲会 湘南鎌倉総合病院 ★ 神奈川県鎌倉市
独立行政法人 労働者健康安全機構 長崎労災病院 長崎県佐世保市
日本赤十字社 高松赤十字病院 香川県高松市
独立行政法人 地域医療機能推進機構(JCHO)大阪病院 ★ 大阪府大阪市
医療法人社団 恵心会 京都武田病院 ★ 京都府京都市
社会福祉法人 恩賜財団 済生会支部 福井県済生会病院 ★ 福井県福井市
独立行政法人国立病院機構 長崎医療センター 長崎県大村市
出典:HOSPIRATEホームページより抜粋・加工(★は再認証、*は再々認証)
http://www.hospirate.jp/case/
※現在審査中の病院/2病院
  • 働きやすい病院事例

現場を見て、声を聞き、適正に評価する。
医師の理想を叶える施設づくりを徹底する

医療法人 社団美心会
黒沢病院
理事長
黒澤 功
1941年群馬県多野郡中里村生まれ。岩手医科大学を卒業後、群馬大学医学部泌尿器科に入局。群馬大学医学部附属病院泌尿器科医局長、富岡総合病院泌尿器科医長、人工腎臓部部長を経て、77年に黒沢医院を開設。85年に黒沢病院を開設。96年に医療法人 社団美心会を設立した。日本で3番目の脳ドックの開始、医療業界では5番目以内に入るISO9001の認証取得。2011年「黒沢病院附属ヘルスパーククリニック」を開院。

黒澤 功 写真

多様な勤務形態や福利厚生で
働きやすい環境をつくる

NPO法人イージェイネットより「働きやすい病院評価認定」を受けている、黒沢病院。群馬県高崎市の中心部に位置する同院は、法人内にヘルスパーククリニックや老健などを有し、保険・医療・福祉・介護の総合医療サービスを提供する。

同院の働きやすさとしてまず挙げられるのは、多様な勤務体系である。

宿直を含むフルタイム勤務のほか、午前中は人間ドック、午後は外来(日曜出勤や当直なし)という勤務、さらに午前中のドックの診察のみの勤務もあり、子育て中の女性医師が多く担当している。

育児休業の取得率は90%以上(女性医師、看護師含む)と高水準で、制度があるだけでなく、しっかりと運用されていることが伺える。

理事長の黒澤功氏は、「育休や時短勤務を支援しているのは、子育てが落ち着けば本格的に活躍してくれると期待してこそ。加えて、この体制を維持できているのは、全体収益へのドックの貢献度が高いからです」と語る。

他の医師からの理解を得るためには、他院と比較して働きやすい施設であることを客観的に示すほか、貢献度の高い医師を適正に評価できるよう、努力しているという。

そのために黒澤氏が徹底しているのは、常に「現場を見ること」と「現場の話を聞くこと」。医師については、「真面目で誠実な医師は患者が増えるなど、行動と結果で多くがわかります」という。「スタッフがどれだけ頑張っても、医師の言葉や態度が悪ければ病院の評価は0点になることもあります。患者さんに支持されてこそ、医師にとって働きやすい環境や報酬が得られるとも言えます」

現体制のまま医師の勤務時間を会社員並みにするには、医師を増やさねばならず、経営的にも、また医師不足という現状からも実現性は低い。現実的には「医師補助を入れて、医師の仕事量を減らすのが得策と考えています」。

自身は約20年前からクラークを活用し、診察を効率化している。患者の顔を見ての診察は、短時間でも満足感が高まるし、日に数人多くの患者を診れば、人件費もカバーできるという。使わない医師は多いそうだが、「当初は教育の手間もあるものの、負担軽減に繋がりますから、トライしてほしいですね」。

スキルアップのための環境づくりにも力を入れている。学会参加については年10万円の出張費用(発表時には加算)を支給。5年、10年、15年など、勤続年数に応じて海外研修などが受けられる「永年勤続研修制度」には、世界を見てほしい、文化に触れてほしい、サービスを学んでほしい、という黒澤氏の願いが込められている。

医師の将来を考えて退職金制度を維持しているのも、「安心して働ける環境づくり」の一環である。

昨今は医師のメンタルヘルスも懸念されているが、同施設では心理カウンセラーが常勤し、医師も利用している。カウンセラー側から医師に働きかけることもあるという。

医師の希望を満たして
「志す医療を実現」させる

さらに医師が働きやすい病院にするために同院が注力しているのは、「医師が志す医療を叶える環境を整えること」である。最近も、導入から3年しか経っていない胃カメラを、レーザー内視鏡の機器に1台1000万円×4台、買い替えた。

「私は“患者さんを助ける”という想いで開業し、診察を断らない方針を貫き、やがて念願だった予防医療も実現させました。重要なのは、医師がしたいこと、描いている医療を叶えることです。設備、場を整え、あとは技術を磨くだけ、という環境を用意すれば、医師のモチベーションは上がり、それこそが働きやすさに直結すると考えています」

黒沢病院では、毎年、病院祭として「美心祭」を開催。5000人もの来場者数を誇る。毎年十数名の医師が参加し、担当する分野のミニ講演や、検査機器の展示、プレゼンテーションなどをおこなう。

参加医師は、地域との繋がり、喜ばれる実感を味わえるとともに、自身の患者を増やす機会にもなることに価値を感じているようだ。加えて、準備活動で多職種間のコミュニケーションが図られ、働きやすい環境づくりにも繋がっているという。

「自分の都合ではなく、自分がしてほしいことをさせていただく。医師にも、医療スタッフにも、そう話しています。問題が起これば責任は私がとります」

トップの姿勢が施設の制度や運営に宿り、医師の働き方を支えている。

図表8 働きやすい環境につながる福利厚生等の制度・体制(例)
学会参加補助 年10万円。発表時は別枠支給
永年勤続研修制度 5年、10年、15年、30年ごとに、主に海外での研修及び休暇
職員のメンタルヘルス管理 専任のカウンセラー配置
育休・産休制度 職員の育児休業取得率90%以上。復帰後の時短勤務も可
託児所 女性保護者の勤務時間中の利用可
保養施設等 保養施設や施設に併設のフィットネス&スパの利用可
最新の設備を導入するなど医師の想いに応える
地元の「高崎まつり」には毎年、神輿で参加
安心して働けるよう託児施設も充実
300名収容のホールで職員研修や市民向け公開講座を開催
病院概要
施設名 : 医療法人 社団美心会 黒沢病院
所在地 : 群馬県高崎市
設立年 : 1977年12月
病床数 : 130床(SCU12床)
診療科目 : 泌尿器科・脳神経外科・消化器外科・乳腺外科・整形外科・循環器内科・呼吸器内科・リハビリテーション科など21科