へき地離島で総合診療の腕を磨く

地域包括ケアシステムの核として期待され、日本専門医機構が進める新専門医制度にも加わった「総合診療専門医」。
最近では学会による後期研修プログラム以外に、「へき地離島医療こそ総合診療」との考えをもとに、独自プログラムを提供する団体もある。既存のプログラムとの違い、特色などを主催者、研修中の医師などに取材した。

へき地医療の先進国・豪州の教育を参考に、
総合診療の力を養う新たなプログラムを提供

合同会社GENEPRO(ゲネプロ)
代表
齋藤 学
2000年順天堂大学医学部卒業。出身地である千葉県旭市内の総合病院で研修後、救急医として浦添総合病院(沖縄県)に勤務。救命救急センターでの診療のほか、在宅医療、離島医療も経験する。その中で自身の力不足を痛感し、「離島医療こそ究極の総合医療」と確信。後に離島医療に従事する医師の代診を務めたことから、離島やへき地の医師不足解消を目指してゲネプロ設立。2017年4月から「日本版 離島へき地プログラム(RGPJ)」を提供開始。

齋藤 学 写真

究極の総合診療といえる
離島へき地医療から学ぶ

総合診療医への社会的ニーズが高まる中、自らの専門分野に飽き足らず、「総合診療医への転身を検討している」という人もいるだろう。

だが、一定規模の病院で診療するのか、地域の診療所を活躍の場にするのかで必要な能力は異なり、在宅や救急への対応が必要な場合もある。こうした総合診療医の能力をどう育てるかは今後の重要課題だ。

その方向性を示す総合診療専門医制度について、日本専門医機構は2017年5月の発表で、研修プログラム整備基準の大枠が固まり、細部を検討中としている。整備基準には新たに「へき地等での1年以上研修を推奨」が加わったが、「へき地医療、特に離島医療は究極の総合診療」との思いから、新たな教育プログラムを作った医師がいる。齋藤学氏(合同会社ゲネプロ代表)だ。

「これは国内12ヵ月、海外3ヵ月、計15ヵ月の研修『日本版 離島へき地プログラム(RGPJ=Rural Generalist Program Japan)』で、離島やへき地で活躍する医師の育成が目的ですが、総合診療の力を養うためにも最適なのです」(図表1)

このプログラムは、へき地医療のトップランナーといわれるオーストラリアの制度を参考にした点が大きな特徴で、中でも「Rural Generalistの存在が象徴的」と齋藤氏。

Rural Generalistとは、内科から外科まで幅広く診療し、特定のサブスペシャリティーも持つ総合診療医のこと。診療所での外来診療、全身麻酔の手術、ドクターヘリによる患者の搬送など、1人の医師が幅広く活躍するのが特徴、と齋藤氏はいう。

このような人材を育てる豪州へき地医療学会(ACRRM)のプログラム(図表2)は計4年間だが、RGPJでは3つのプログラムに分け、それぞれを1年間で修了する形とした。同時に同学会のプログラム認定も受け、修了後の各種試験に合格すると、「Certificate of Rural Medicine」の認定証も授与される。

研修で身につく多様な知識は
都市部での診療にも役立つ

国内研修は離島へき地医療の経験などに合わせて3コースを開講。このうち「Core Clinical Training」は内科・外科・小児科・産婦人科・救急科・麻酔科の6本柱を学び、離島やへき地に行く前の基礎固めを行う。

また「Primary Rural & Remote Training」は総合診療に加え、在宅、健診を含む離島へき地医療全般を経験。「Advanced Specialized Training」は内科系・外科系に分かれて各自のサブスペシャリティーを伸ばし、並行して総合外来、救急、在宅、健診などをすべて担当する。

修了後はオーストラリアの学会に参加して論文を発表。さらにオーストラリアほか世界各地のへき地医療を最大3ヵ月経験するという流れだ。

「都市部の診療所で総合診療に携わる医師でも、皮膚科や整形外科の小手術が必要な場面はあるはず。そうした外科の手技もRGPJの中で十分に経験を積むことができます」

もちろん病院でも、自分の専門分野以外を学び直せば複合疾患を理解しやすくなる、北米型ERをはじめ救急外来での活躍も期待できるなど、メリットは大きいだろう。

「RGPJの研修先を離島中心としているのは、へき地医療の中でも特に濃密な経験ができるとの考えから。何気なく行ってきた診療も自分1人でやると大変さが実感でき、都市部にはいない寄生虫による病気をはじめ、離島で診る症状は多種多様です」

加えて、限られた医療資源を駆使する離島医療は、患者の自宅や施設で診療する在宅医療にも通じると齋藤氏。総合診療の腕を磨くにはうってつけの環境という訳だ。

離島やへき地の医療を
期限付きで経験できる安心感

齋藤氏がRGPJのようなプログラムの必要性を意識したのは、自身が離島での診療に強烈なインパクトを受けたからだ。研修を終えて浦添総合病院(沖縄県)に入職し、そこで総合内科、消化器内科、麻酔科などを経験。救命救急センターの立ち上げにも尽力し、6年半経った後、離島の病院に半年間赴任した。

「それでも離島医療にはまったく歯が立ちませんでした。患者さんの症状は幅広く、島内に別の病院がないから責任も重い。それまでの経験のおかげで何とか頑張れましたが、早期に離島を経験していたら自信喪失していたでしょう」

半年後、福岡の救急病院に戻った齋藤氏は、内視鏡のスコープを持つにしてもサポートがいない場合はどうするかなど、常に離島の状況を念頭に診療を行うようになったという。同時に離島医療、へき地医療は総合診療医を目指す者にとって貴重な経験になることを実感し、自ら教育プログラムの提供にも乗り出した。

「離島やへき地の医療を学びたくても、戻る見通しが立たないと参加しづらいでしょう。その点、RGPJは15ヵ月という期間限定で、安心して利用できると思うのです」

図表1 プログラム概要(2018年募集要項)
項目 内容
応募資格 初期研修修了者(年齢制限なし)
期間 15ヶ月間(国内1年・海外研修3ヶ月)
研修コース・国内研修先病院・定員 ■Core Clinical Training/4名
 島田総合病院(千葉県銚子市)
■Primary Rural&Remote Training/各2名
 宮上病院(鹿児島県・徳之島)
 大井田病院(高知県宿毛市)
■Advanced Specialized Training/4名
 上五島病院(長崎県・上五島)
給与 額面80~100万円(各病院規定による)
サポート 年1回海外学会参加(最大30万円補助)
短期留学 最大3ヶ月(給与に加え最大50万円補助)
ゲネプロHPより http://genepro.org/
図表2 プログラムの元になった豪州へき地医療学会(ACRRM)による Rural Generalist育成プログラム概要
1年目 2年目 3年目 4年目
Core Clinical
Training Time
12か月
Primary Rural&Remote
Training
24か月
Advanced
Specialised
Training
12か月
Rural Generalistに必要な基礎を固める期間。地方都市で研修を受け、内科、外科、救急科、麻酔科、小児科、産婦人科の6つの科をまわる。 へき地の診療所と小規模病院で研修を受ける。へき地の医療、地域に求められる医療を知るとともに、Rural Generalistをめざす自分に足りない部分を把握し学ぶ。 3年間の研修を踏まえ、地域に求められる専門性のうちの不足部分を、地域の推薦によって地方都市の病院に出向いて学ぶ。4年目を修了すると、また地域に戻る。
ゲネプロHPより(出典:週刊医学会新聞)
オーストラリアへき地医療学会会長のEwen氏と
豪州のへき地で総合診療医として活躍し、田舎の医師のための教育サイト「Broome Docs」も運営する総合診療医Casey Parker氏と
キューバの医学部を卒業し、母国バヌアツに医師人生を捧げる研修医たちと
  • 現場紹介

標準治療にもとづく総合診療を実践しながら、
各自のサブスペシャリティーを伸ばす研修を行う

長崎県上五島病院
院長
八坂 貴宏
長崎県の離島の一つ、対馬出身。県の医学修学資金貸与制度を利用して1988年長崎大学医学部卒業。県内の国立病院で研修を終え、五島列島の中通島にある長崎県離島医療圏組合上五島病院(現:長崎県上五島病院)で診療。国立がんセンター(現:国立がん研究センター)中央病院や癌研究会附属病院(現:がん研有明病院)等で外科研修を行い、1997年に長崎県上五島病院に戻る。2007年から同院長。島内の有川医療センター所長、奈良尾医療センター所長を兼務。

八坂 貴宏 写真

それぞれの研修内容に適した
病院で12ヵ月の研修を経験

前述のように、RGPJは15ヵ月間のうち12ヵ月は国内研修に充てられ、参加する医師は3つのコースから1つ選ぶことになる。研修先の病院はコースごとに用意されており、例えば「Core Clinical」は、地域に根づいた病床数200の島田総合病院(千葉県)で研修を行う。

「Primary」は病床数42で手術室を持ち、訪問診療も行う宮上病院(鹿児島県)、病床数93のうち地域包括ケア50床・療養43床という大井田病院(高知県※2018年度プログラムより開始)のいずれか。

「Advanced」では病床数186の上五島病院と2つの付属診療所(いずれも長崎県)が研修先となる。

都市部と同等の標準治療を
行う上五島病院での研修

「Advanced」の研修が行われる上五島病院は、九州最西端の五島列島内の中通島にある。同院はプライマリ・ケア連合学会認定後期研修プログラムの基幹病院でもあり、教育に熱心。その気風を生んだ院長・八坂貴宏氏は同院の診療をこう語る。

「離島医療といっても、マンガのように診療所1つ、医師1人といった環境ばかりではありません。当院の場合は、高度医療、特殊な専門医療を除いて、内視鏡による検査や手術、整形外科の人工関節置換術、心筋梗塞に対するカテーテル治療、化学療法を含むがん治療など、ほとんどの標準治療が可能なのです」

同院は80列マルチスライスCTも導入し、島内で検査、診断、治療を完結させる方針だ。自らも離島出身という八坂氏は、昔と比べて離島医療は各段に進歩したと評価する。

「現在は離島でも都市部と同様の医療レベルが求められます。しかも患者さん同士は顔見知りなので、患者評価の低い医師を受診する人は次第に減るなど、シビアです」

その言葉からは離島医療の大変さと同時に、だからこそ医師も成長できるといった自負も伝わってくる。ではRGPJの研修先としてはどのような特色があるのだろうか。

「当院は一医局制で、全科が一緒にカンファレンスを行い、診療科の垣根なく助け合う体制。内科も外科も救急も診る総合診療が当たり前、という医療を実践しています」

一般に、総合診療医には病院で診療する総合内科的な医師、かかりつけ医となる家庭医がいる、と八坂氏。しかし同院の場合は内科も外科も診療し、一定の専門分野を持つRural Generalistに近いのだという。

「RGPJが参考にしたオーストラリアのへき地医療と当院の医療が非常に似ていたことも、今回の研修を引き受けた大きな理由なのです」

離島へき地医療の中で
医師の原点を再確認する

現在、同院にいるRGPJ一期生は4名で、配属は内科2名、外科1名、整形外科1名。内科は総合診療をベースに消化器、呼吸器、循環器のサブスペシャリティーを持つ指導医のもとで実践力を磨き、外科はコモンな症例への対応を目指す。

さらに必要なら他の診療科も担当し、訪問診療や緩和ケアも並行して受け持ち、集落の中にある2つの附属診療所での診療も経験する。

「患者さんを待つのではなく、自宅や施設を訪ねて本人やご家族と関わり、介護サービスとも連携して家族全体の幸せを向上させる。そうした地域に出て行く医療が、総合診療のやりがいの1つと私は考えています」

離島へき地医療の中で『全人的医療』『断らない医療』という医師の基本を見つめ直すことも、総合診療医には必要と八坂氏は締めくくった。

病院概要
長崎県上五島病院
開設:昭和35年
診療科目:内科、外科、整形外科、小児科、産婦人科等15科目
病床数:186床(一般132床、療養50床、感染4床)
医師数:23人
病院機能:救急告示病院、へき地医療拠点病院、災害拠点病院等
同院近くには美しい蛤浜海水浴場が広がる
地域住民との交流を図る「上五島病院フェスタ」で、地元の高校の書華道部が書いた作品をロビーに展示
「長崎離島医師搬送システム」(NIMAS:Nagasaki Islands Medical Air System)により、医師はヘリを使って短時間で離島に移動可能
  • プログラム参加医より

総合診療医として経験不足の部分を補い
日本版Rural Generalistを目指して参加

RGPJ一期生
研修先:長崎県上五島病院
青木 信也
2007年滋賀医科大学医学部卒業。地域で役に立つ医師を目指して初期研修から湘南鎌倉総合病院で過ごし、小児から高齢者までどんな主訴の人も診る北米型ER研修を積む。その間、鹿児島や沖縄の島々で離島研修も経験。2013年北海道松前町立松前病院で「総合診療医」として慢性期外来、病棟、訪問診療などに従事し、市立函館病院の要請で道南部のドクターヘリにも乗る。現在は長崎県上五島病院で研修中。夢は「地域で、地域医療を担う医師を教育すること」

青木 信也 写真

国内でスキルを磨き
海外でシステムを学びたい

RGPJ一期生は何を求めて参加したのだろうか。上五島病院で研修を行う青木信也氏の場合、へき地離島医療は何度も経験済みで、総合診療医として経験不足の部分を補うことと、海外のシステムを学ぶために参加した、と話す。

「私は外科のプログラムに入りました。今の自分に足りないのは麻酔科の経験と考えています。へき地離島では、麻酔科の常勤医がいないために、外科医がいても夜間や日中の緊急手術に対応できない地域が多いのです。そんな外科医を手伝えるように手術と全身麻酔の技術を中心に学んでいます」

現在は同院で外科の外来診療や消化器の手術を行い、付属診療所で診療や透析なども担当している。

多様な分野の標準治療を
確実に習得することが重要

「この研修が海外も含め15ヵ月と短期間なことも、妻の理解を得やすかったです。今は家族全員で病院のある島に住んでいます」

そう語る青木氏は、大学時代から「地域に根ざして地域の医療を守る医師」を目指し、北米型ER、慢性期医療などに対応できる総合診療医になるべく、幅広い経験を積んできた。その中で、内科も外科も診療して、ある程度重症の患者でも対応するというRural Generalistに興味を持ち、今回参加したと話す。

「過疎化が進むと、へき地では内科、外科など大枠の専門医ですら経済的問題で雇えなくなるかもしれません。1人で守備範囲が広く、慢性期治療と急性期、特に外傷への標準的知識、技術を持つ医師が、さらに必要になるでしょう」

研修では、慢性期疾患はもちろん、外傷を含めた救急疾患に対する知識と技術は必ず身につけてほしいと、青木氏は今後RGPJに参加する医師にアドバイスする。

研修開始早々、豪州の「14th World Rural Health Conference」にも参加