医師も安心して勤務できる 医療安全の進んだ病院

医療安全は、患者にとっては当然保障されるべきことという意識があるが、医師にとっても、安心して医療行為を行うために必要不可欠なものだ。医療事故調査制度開始後も、医療訴訟や医療事故報道は減っていない。病院の医療安全対策は、どうしたら結果に繋げられるのだろうか。長年、医療安全文化を醸成してきた武蔵野赤十字病院、JCI認証を取り医療安全をさらに強化した三井記念病院の事例からヒントを探る。

  • [日本赤十字社 武蔵野赤十字病院]

よく起きる事象は、対応方法を冊子にして携帯。
全員が同じ対応で医療安全を守っていく

日本赤十字社 武蔵野赤十字病院
院長
泉 並木
1978年東京医科歯科大学医学部卒業。1986年武蔵野赤十字病院内科副部長、2001年消化器科部長、2008年に同病院副院長。現在は院長を務める。B型C型肝炎の新しい治療法開発に取り組み、インターフェロン治療を早期より行ってきた。また、肝がんのラジオ波熱凝固治療法の第一人者として世界的に知られている。さらに、日本肝臓学会市民講座や肝がん撲滅運動の東京都責任者を務め、社会活動でも主導的な立場で活動をしている。

泉 並木 写真

早期に医療安全室を設置し
院内の管理体制を構築

平成19年より、改正医療法が施行され、医療機関における医療安全管理について指針の制作や対策・業務が義務化された。ここ武蔵野赤十字病院は、その法律施行以前から、医療安全のための体系的・組織的な取り組みを行っている先駆的施設だ。

「過去、大きな医療事故が続いたのをきっかけに、構造的な医療安全対策に、院を上げて取り組み始めたのです」と院長の泉並木氏。

始まったのは4代前の院長の時代。平成14年に、院長直下に医療安全推進室を設置した。そして平成24年に医療安全推進センターをつくり、その中に医療安全推進室と患者相談室を置く組織に変更。現在、患者相談室からも患者視点での安全への指摘もあがるようになっており、うまく機能しているという。

センターは副院長、各部門のリスクマネージャー、医療安全管理者で構成され、医療安全に関する情報収集や医療事故防止対策の実施、医療安全管理についての教育や啓蒙を行っている。

インシデントレポート重視
携帯ハンドブックも効果

同院が当初から着目したのは、各科で起きているミスや事故について、情報を収集・共有すること。そこで重視してきたのが、インシデントレポートの運用だという。

「インシデントレポートが増えれば、その分安全対策が立てられますから重要です」と泉氏。

診療科でも病棟でもその他の部署でも、書くことが徹底されている。当初は抵抗感もあったそうだが、レポートには報告だけでなく、起こさないためにはどうしたらいいかという視点も入れてもらうことで、抵抗感の少ない工夫をしているという。10年以上継続的に行ない、効果も出たことで、現在では“安全のために見逃してはいけない”という文化が根付き、ヒヤリハット事例なども多くのレポートがあがるという。

そして「大事なのは、レポートの分析です。毎週定例で1時間、医療安全担当者が集まってインシデントレポートを分析し、システムとして取り組めることは何かを検討します」

例えば、電子カルテの病理レポート未読を防ぐために、画面にチェックボタンをつくる、という改善なども、この会議によって実行されたという。

「以前は、事故を起こしてから対策に動くということもありました。ヒヤリハットの段階で改善するということを積み重ねて、今の医療安全体制が構築されたのです」

そしてここから生まれたのが、医療従事者が常時携帯する、ポケットサイズの「緊急対応ガイドブック」と「安全ハンドブック」だ。

「医療安全推進室があることで、医療安全がすぐに改善されるとはなりません。重要なのは、医療安全を浸透させ継続させることです。よく起きる事象をまとめ、すぐ見て、すぐ対応できるように、さらに全員が同じ行動を取れるように、携帯できる大きさの冊子にしています」

医療が複雑化するなか
安全体制が医師を守る

泉氏は、医療安全対策のベースの考え方として大事なのは、「人はミスをするという前提に立ち、ミスをしないための仕組みは何かを追求し、全体でつくること」だと話す。

「人は、便利だからこうしよう、と思いがちですが、便利さと安全性を天秤にかけてはならない。常に安全性を優先させることです」

同院では1年で医師の約3割、看護師の約1割が入れ替わる。多くの施設で同じ状況だと思われるが、だからこそ「研修など、同じことを繰り返し繰り返し行うこと。これに尽きます。医療の進歩に伴い安全対策もさらに進化が求められますので、終わりはありません」と言う。

「医師以外の職種は医師に対して助言しにくい面もあるでしょう。しかしチーム医療が進む中、医療安全は医師1人では背負いきれません。院内全員で取り組むことで、いろいろな人の目が入り、質の向上につながります」と泉氏。

医師の意識については、「助言は自分を守ってくれるものなので感謝して受け入れて欲しい。薬剤のトラブルが増えるなか、薬剤師の疑義照会なども同じです。また、医師にしかわからない、システムでブロックできない領域があるからこそ、それ以外はシステムに守ってもらう姿勢が大事だと思います」と語ってくれた。

院内には医療安全に役立つ情報や、毎月選考する職員作成の安全標語も掲示。
図表12015年度インシデント報告件数
武蔵野赤十字病院:提供資料
緊急時の対応方法連絡先の他、インシデント・アクシデントレポート報告ルートなども掲載。
医師・看護師が携帯し、医療機器管理方法や事故分析等が記載。薬品薬剤の管理方法や注意点も一目でわかる。
病院概要
所在地:東京都武蔵野市
創設:1949年
病床数:611床
科目数:32診療科
  • [社会福祉法人 三井記念病院]

JCI認定取得への取り組みで、医療の標準化が
具体的に進み、医療安全管理が促進された

社会福祉法人 三井記念病院
救急部 医療安全管理部 部長
小松 郷子
1985年岐阜大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院麻酔科研修医。NTT東日本関東病院、虎の門病院など関連病院勤務後、東京大学医学部附属病院麻酔科・手術部助手。2002年救急集中治療部HCU病棟医長。2005年救急集中治療部副部長。2010年三井記念病院救急部長・東京大学医学部非常勤講師。2011年より医療安全管理部長兼任。医学博士。日本麻酔科学会専門医・指導医。

小松 郷子 写真

インシデントレポートを
増やす仕組みと解析手法

創立100年を超える地域の中核病院として、高度医療を実践する三井記念病院。医療安全への取り組みを同院の救急部長であり医療安全管理部長の小松郷子氏に聞いた。

「基本として行っているのはイントラネットを利用して、インシデント・アクシデントレポートを収集すること、およびレポートをFMEA*1やRCA*2手法を用いた解析も含めて分析し、事象や改善策を共有・実行することです」

まずはレポートがあがりやすくするため、フォームを簡単に記入できるようにしたり、「合併症なのに何故インシデントレポートを書くのか」との抵抗感をなくすため、予めフォームに合併症という欄を設ける、などの細かい工夫をしているという。

事象はレベル別に、ヒヤリハットから警鐘事象まで10段階に分けており(図表1)、レポートをあげるタイミングは、レベルによって、1週間以内から最短口頭で3時間以内。

レポート収集後、レベル0.03までは、20人ほどが参加しFMEA手法による解析でたどり着いた改善策を全体で共有。3b以上は、毎週定例の医療安全チームカンファランスで検討するとともに、必要に応じて発生部署も含めてRCA手法による解析を行い、改善策をたてている。警鐘事象4bや5については、24時間以内に緊急判定会議を開き、医療事故として報告すべき事案か精査しているという。

「地道な働きかけでヒヤリハット事例の提出が多くなり、レポート数は以前より相当増えました。一方、事故報告事例は減少したのです(図表2)。ヒヤリハット段階でレポートをあげ、共有することが、事故の予防に繋がっていると思います。また解析手法を使って改善策を見つけることで、個人に帰属しない改善策をつくれているのでは、と思います」

高齢者や眼科患者も多い同院では、このような中から、滑らないスリッパ、外来の見守りスペース設置などの安全策も実行されている。

医療の標準化が進むことで、
医療安全対策が立てやすい

前職の大学病院でも部門の医療安全を担当していた小松氏だが、院内の文化を変えるのには難しさがあったという。これを大きく動かせたのが、JCI認定に向けての取り組みだ。

「医療安全のためには、院内の医療の標準化が必要です。例えばインフォームドコンセント一つにしても、医師ごとに違っていては、問題があってもその解決を共有しにくいのです。それが、JCIというスタンダードへと院内の医療の標準化が進むことで、医師もこれまでの経験を否定されることなく、一つの方向に向かうことができました」と話す。

「レポート提出というのは、医師の立場からは、アラ探しをされていると感じる人もいると思いますが、そうではなくて、病院という組織が医師の医療行為を守っているのです。医療は不確実で100%の絶対はないものです。だからこそ必要な安全対策をやっておけば、何かあったときは、病院が守ってくれます」。それが医療安全を取り組むうえでのガイドにもなると、小松氏は語る。

「医療安全は、多職種で関わる必要がありますが、医療の専門分野、特に侵襲的手技においては、やはり医師が主であり責任も重くあります。だからこそ、病院全体で医療安全に取り組み、組織としてその改善を行うことで、医師が安心して医療行為ができる環境になると考えます」。

図表1事象別対応ルール(医療安全管理マニュアルより)
レベル 障害の
継続性
傷害の
程度
内容
ニアミス レベル
0.01
- 患者には実施されなかったが、実施されれば何らかの実害が予想される場合(日常の現場で「ヒヤリ」としたり「ハット」した経験)
患者に実施されなかったが、仮に実施されても患者への影響は小さかった(処遇不要)
0.02 患者に実施されなかったが、仮に実施されていた場合患者への影響は中等度(処置が必要)と考えられる
0.03 仮に実施されていた場合、身体への影響は大きい(生命に影響し得る)と考えられる
有害事象 レベル
なし 患者には実施されたが、実害はなかった。(何らかの影響を与えた可能性は否定できない)
レベル
一過性 軽度 処置や治療は行わなかった。(観察の強化、バイタルサインの軽度変化、安全確保のための検査などの必要性は生じた)
レベル
3a
一過性 中程度 簡単な処置や治療を要した。(消毒、湿布、皮膚縫合、鎮痛剤の投与など)
レベル
3b
一過性 高度 濃厚な処置や治療を要した。(バイタルサインの重度変化、人工呼吸器装着、手術、入院期間の延長、外来患者の入院、骨折など)
レベル
4a
永続的 軽度~中程度 永続的な傷害や後遺症が残ったが、有意な機能障害や美容上の問題は伴わない。
警鐘事象 レベル
4b
永続的 中程度~高度 永続的な傷害や後遺症が残り、有意な機能障害や美容上の問題を伴う。
レベル
死亡 死亡(原疾患の自然経過によるものを除く)
三井記念病院:提供資料
図表2ニアミス・警鐘事象の収集数
診療実績 件数
手術数、患者数、検査数、リハ単位、その他 2016年上期
(1~6月)
2016年通期
(1~12月)
インシデント数 830 1,359
アクシデント数 7 0(4b,5は13)
ヒアリハット数 4,641 11,633
三井記念病院:提供資料
院内では転倒危険のある患者さんに対して、専用のエリア(黄色)を設け、さらに手首に黄色いバンドを巻いてもらう。職員全員が患者さんの危険を見守れる仕組みを作った。

JCI認定取得は、医療安全も含んだ
医療の質向上へのスタート地点に立つこと

社会福祉法人 三井記念病院
副院長
原 和弘
1980年東北大学医学部卒業。三井記念病院内科研修医。1982年三井記念病院内科医員、1988年に東京大学第一内科助手。1990年カナダトロント大学循環器内科フェローを経て、1992年三井記念病院循環器内科科長、その後三井記念病院循環器内科部長。2002年三井記念病院救急部長兼任、2008年同病院冠疾患集中治療センター部長兼任。現在内科部長、副院長を務める。日本内科学会総合内科専門医、日本循環器学会循環器専門医。

原 和弘 写真

JCI認定取得を目指したのは、2013年12月のことでした。そこから病院をあげて、より質の高い医療を実現することを目標に、JCIが決めている国際標準をクリアすると共に、従来の管理体制の見直しと改善に取り組んできました。

JCIは「国際社会における患者の安全と医療の質の改善」を目的としていますが、JCIの認定を取得したことのみでは、満足のいく医療安全を実現していることにはならないと考えています。国際標準に照らして病院の構造的な問題を探り、改善策を実行し、実践結果を出して、さらに検証する。当院はそのようなプロセスの過程にあり、実績評価とさらに改善が必要な点について、日々真摯に受け止めていきたいと思います。

病院概要
所在地:東京都千代田区
創設:1906年
病床数:482床
科目数/33診療科
  • *1 FMEA(Failure Mode and Effects Analysis) :システムやプロセスに発生し得る問題を予測し、原因や影響を解析・評価することで問題点を抽出し、事前対策することでトラブルの未然防止を図る手法
  • *2 RCA(Root cause analysis):単なる兆候的なことではなく、根本的な原因を突き止め除外することで、問題解決を図る手法

医療事故調査制度施行後の状況

平成27年10月から施行された、医療事故調査制度。日本医療安全調査機構が公表した28年の調査報告によると、医療事故発生時の報告体制が強化されている中、取り組みを「何もしていない」との回答が約8%という結果も。医療事故報告487件の多くは外科手術が占めている。処置に続き、投薬での事故も多い。

図表3医療事故報告(発生)件数の推移
図表4起因した医療(疑いを含む)の分類別医療事故報告(発生)件数
※「上記以外」は、院内感染、原因不明の突然の心肺停止、心肺停止状態での発見等が含まれ、センターでは分類困難だったもの。
図表5医療事故調査制度開始に伴い、医療機関で実施された取り組み内容(全体)

出典:『医療事故調査・支援センター事業報告【平成28年年報】』/一般社団法人 日本医療安全調査機構(平成29年3月)より 図表3-4 医療事故報告等の集計結果(平成27年10/1~平成28年12/31) 図表5 『医療機関への「医療事故調査制度」に関するアンケート調査』(平成29年1/13~2/15)