自治体が取り組む 「医師確保」策

平成26年10月の第6次医療法改正により、「2025(平成37)年問題」を視野に入れ、医療ニーズの把握と地域医療構想の策定が進められてきた。そして今、いずれの都道府県においても病床の機能分化と連携、人材確保が待ったなしの課題となっている。各々の地域特性を背景に、早くから医師不足や偏在に危機感を抱き、さまざまな対策を講じてきた長崎県と千葉県。これら先行事例から学びたい。

  • 千葉県

千葉県の医師養成・確保策の根底にあるのは
「奪い合い」でなく「みなでともに育て、支える」

千葉県健康福祉部 保健医療担当部長
地域医療支援センター長
古元 重和
1997年慶應義塾大学医学部卒業。国立病院東京災害医療センター、東京医療センターで研修後、厚生労働省に入省。保険局医療課(診療報酬)、精神保健福祉課、London School of Hygiene and Tropical Medicine留学、環境省環境保健部(水俣病対策)、老健局老人保健課(介護保険)、三重県健康福祉部、大臣官房厚生科学課、医薬食品局審査管理課(医療機器審査管理室長)を経て、2014年4月より現職。

古元 重和 写真

高齢化による地元回帰で
拡大が予想される医療ニーズ

千葉県の面積は47都道府県中28位だが、住民は620万人強と、人口密度は全国で6番目に高い。一方、人口10万人当たりの医師数は全国45位で、埼玉、茨城に次いで3番目に少なく、9つある二次保健医療圏のうち、全国平均を上回るのは特定機能病院や複数の基幹病院がある「千葉」と亀田総合病院がある「安房」のみ(図表1)。県内の医師総数は年々増えてはいるが、高齢化と地域・診療科偏在が大きな課題だ。

千葉県健康福祉部・保健医療担当部長の古元重和氏は「人口の緩やかな減少とあわせて高齢者の占める割合が高まり、平成47年をピークに、入院は現在の1・4倍、在宅医療は1・8倍に膨らむことが予想されています」と県の医療需要の動向を説明する。平成37年には医師が1170名不足するとの推計もある*1。

仕事と生活の調和の実現と
充実したキャリア支援が魅力

古元氏がセンター長を務める地域医療支援センターでは、県の直営事業として医師不足の状況調査・分析、医師不足病院の支援に取り組んでいる(図表2・4)。一方、キャリア形成支援や情報発信などの事業を担うのがNPO法人千葉医師研修支援ネットワークだ(図表3・5)。平成20年2月に設立された組織で、県内の主要な医療機関と医師会、県が一致団結して、医師の養成・確保、支援に取り組んできた。地域医療再生基金で開設された『千葉県医師キャリアアップ・就職支援センター』の運営を一手に任され、千葉大附属病院内にある国内最大級のシミュレーション施設を活用した技術研修会や著名な指導医によるセミナーの開催などの教育事業を精力的に展開している。この「みなで協力し合って医師を育てよう」という心意気こそが千葉県の強み。実際、研修医の数は年々増加傾向にあり、ここ数年は毎年約30人ずつの伸びをみせる(図表6)。

ただ、県内で初期研修を受けた医師の4割弱が3年目以降に県外病院に移っているなど課題も残る。それとほぼ同数の後期研修医が新たに千葉にやって来るため、総数はトントンだが、古元氏は「初期研修後も県内に残ってもらえるよう、魅力ある後期研修プログラムの作成、仕事と家庭を両立しながらなるべく早く専門医が取得できる環境の提供、出産・育児休暇中のフォローアップなどの取り組みを強化したい」という。

このほか、総合診療医育成への支援、地域医療セミナーの開催、女性医師等就業支援相談窓口や千葉県ドクターバンク事業のほか、県出身者に「ふるさと医師」に登録してもらうことで、将来、県内で活躍する医師の就業やキャリアアップを支援する取り組みも手掛ける。

千葉県は温暖な気候と自然に恵まれ、ワークライフバランスもとりやすく、子どもの教育環境も都心へのアクセスも悪くない。高齢化により医療市場の拡大が予想されるのは、東京のベッドタウンならではともいえ、総合診療医のニーズが飛躍的に高まる一方で、地域ごとに拠点病院があるので、診療のサポート体制も十分に整っている。

「若い県なので、今後検診需要も確実に増えますし、平成37年には9つの医療圏すべてにおいて回復期病床の不足が見込まれているため、こうした医療に携わりたいという医師にとっても有望な勤務地なのではないでしょうか」(古元氏)

図表1千葉県の医師数の状況
千葉県の医師数の状況 図
※医師数が全国平均より多ければ黒字、少なければ赤字で表記
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図表2千葉県地域医療支援センターの主な取り組み
千葉県地域医療支援センターの主な取り組み 図
*2
図表3千葉県地域医療支援センターの組織及び事業
千葉県地域医療支援センターの組織及び事業 図
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図表4千葉県地域医療支援センターホームページ
千葉県地域医療支援センターホームページ 図
※NPO法人 千葉医師研修支援ネットワークに委託
図表5千葉県医師キャリアアップ・就職支援センターホームページ
千葉県医師キャリアアップ・就職支援センターホームページ 図
図表6千葉県・初期研修医採用状況の年次推移
千葉県・初期研修医採用状況の年次推移 図
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NHKの病名推理番組でおなじみの総合診療医らの指導によるChiba Clinical Skills Boot Camp2017
セミナー参加者に「地域医療」を楽しむコツを伝授
  • *1 平成25年度千葉県委託事業「千葉県医師・看護職員長期需要調査事業」報告書(千葉大学)
  • *2 図表1・2・3・6の資料は古元重和氏提供
  • 長崎県

地域住民に寄り添う医療を志す医師に
最適な学びの場と強力なサポートを提供

ながさき地域医療 人材支援センター
センター長
髙山 隼人
1986年長崎大学医学部卒業。国立病院機構長崎医療センターで研修後、88年から95年まで離島医療に従事。その後、長崎医療センターに戻ると、おもに救急医療に従事。フライトドクターとして、日本で屈指の出動実績を持つ。2003年より長崎医療センター・救命センター長、2016年4月から現職。熊本地震では長崎大DMATとして熊本県に入り、熊本市以南の地域を統括する活動拠点の本部長として100を超えるチームの指揮にあたった。

髙山 隼人 写真

地域医療を担う医師の育成は
「離島の医療を守る」が原点

日本一離島の多いことで知られる長崎県。72の有人離島を有し、現在も県民の1割に当たる約14万人が暮らす。ながさき地域医療人材支援センター・センター長の髙山隼人氏は、「長崎県全体でみると人口10万人当たりの医師数は全国平均を上回りますが、離島地域や本土地区の県北、県南(島原半島)、西彼杵半島は極めて厳しい状況にあります」と偏在状況を語る(図表1)。実際、長崎市には長崎大学病院をはじめ医療機関の数が多く、県央の基幹施設である長崎医療センターは、ここだけで医師の数は200人を超える。これに県北の中心地・佐世保市を加えた3地域が県全体の平均を引き上げている。

ただ、こうした状況にただ手をこまねいていたわけではない。離島の住民が県人口の3割を占めていた昭和初期から、離島の医療を守るためにさまざまな対策を講じてきた。昭和40年代には基幹病院の整備と医師養成に着手し、全国各地で自治医科大学派遣制度が始まる2年前に県独自に医学修学資金貸与制度を導入。昭和53年には県養成医師の離島勤務を実現し、この養成医制度はいまも離島の医療を支えている。

包括医療の実践により
総合診療の技能を磨く

長崎医療センター内に平成24年に設置された『ながさき地域医療人材支援センター』は平成28年に長崎大学病院に拠点を移し、派遣機能を持つ大学医局との連携のもと、離島・へき地ならびに全県の医師確保や偏在解消に取り組んでいる(図表2)。

県内の勤務医千名のアンケート調査から、離島や遠隔地での勤務の妨げとなる要素を拾い出すとともに、医学生の頃から離島の生活や診療風景に触れる機会や、地元の医療機関・行政が親の介護をサポートする施策の必要性を確認。さらに、後期高齢者のレセプト3百数十万枚を分析し、住民の受診動向や一人当たりの医療費を割り出し(図表3)、医師の適正配置の検討材料にした。髙山氏らはこれらの資料を手に、地域の医療機関に赴き、相手の希望を聞きながら支援の方向性を探る。しかしながら、最終的な支援内容は、利害関係のある当事者同士の話し合いの結果に委ねているという。

離島・へき地医療支援の最優先課題は「常勤医不在の診療所をなくす」こと。ただし、斡旋して終わりではない。常駐の負担感を軽減し、できるだけ長く、居心地よく働いてもらえるよう、センターの医師や『しますけっと団*2』の登録医を代診医として派遣する支援も続けている。

髙山氏が今もっとも充実させたいのが、県養成医や公募医師に対するキャリア形成支援だ。県内に6つある総合診療専門医養成プログラムの支援もその一つ(図表5)。さらに、離島勤務でも専門資格が取得できるよう、大学との連携を調整中だ。

「私たちは医師の希望に合わせて多様な診療の場を提供できます。十分なバックアップ体制のもと、診療科横断的に技術や知識を身につけることができます」(髙山氏)

地域のかかりつけ医としても、病院の総合診療医としても通用する医師を育む土壌が、ここにはある。

公募医師の採用は年に3〜5名で多くがIターンだ。医療機関の視察希望者には、「家族を含めた見学」を推奨している。結果的に単身での赴任になったとしても、家族も十分状況を把握し、納得していることが大事なのだという。

髙山氏は次なる一手を「地元の医師会や高校等の協力を仰ぎ、〈長崎にゆかりのある人々〉との接触の機会を増やすことで、地元に戻りやすい環境作りをしたい」と語る。

図表1長崎県の医師数の状況
長崎県の医師数の状況 図
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図表2ながさき地域医療人材支援センターの組織と主な取り組み内容
ながさき地域医療人材支援センターの組織と主な取り組み内容 図
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図表3高齢者データ分析から医療ニーズ・人材ニーズまで探る
高齢者データ分析から医療ニーズ・人材ニーズまで探る 図
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図表4ながさき地域医療人材支援センターホームページ
ながさき地域医療人材支援センターホームページ 図
図表5長崎県・総合診療専門医養成「連携」プログラム概念図
長崎県・総合診療専門医養成「連携」プログラム概念図 図
ながさき地域医療人材支援センターHPより
  • *1 図表1〜3の資料は高山隼人氏提供
  • *2 離島・へき地医療支援センターの事業の一つ。おもに離島公設診療所の代診医派遣要請を受け、登録医師あるいは医療機関を調整・斡旋することで診療支援を行なう

■その他の都道府県の医師確保への取り組み例

「医師不足・偏在を切実に捉える」「現状と近未来の医療ニーズを正確に把握する」「さまざまな立場の人が協力して取り組む」「多様なアプローチで問題解決を探る」ことが、効果的な医師確保策につながりそうだ。

都道府県名 取り組み概要
岩手県 「岩手県医師確保対策アクションプラン」を策定し、医師養成から生活まで、ライフステージに応じた様々な取り組みを行う。
医師の任期付職員採用制度(シニアドクターの採用)、女性医師支援とママドクターの採用、無料職業紹介事業、「いわてイーハトーヴ総合診療医」の育成、医師のキャリア形成に対応した臨床研修、指導体制の整備 等。
長野県
  • ドクターバンク事業(県内就労を希望する医師に医療機関を紹介)、医師研究資金貸与事業(県外から転任の産科等の専門医に対し研究資金を貸与し、一定期間の県内勤務で返済免除する制度)、職場環境改善に向けた取り組みへの支援、等による医師確保、偏在解消対策。
  • 医学生修学資金貸与者のキャリア形成支援、「信州型総合医」養成等による若手医師育成。
栃木県 医師募集情報の一括発信事業、医師の無料職業紹介事業、ドクターバンク事業、医師確保コーディネーター事業、勤務環境改善支援事業、栃木県臨床研修医確保事業ほか、女性医師支援等まで多岐にわたる事業の展開により、幅広く医師確保をめざす。
兵庫県 偏在対応および医師確保のため、兵庫県地域医療支援医師を募集。キャリアに応じコース別(後期研修医コース・専門研修医コース・地域医療支援医師コース)に、県職員として採用。その他、兵庫県医師会と連携したドクターバンク支援も。
島根県 3つの柱で医師確保事業を実施。
  • 地域医療に係わる「呼ぶ」/無料職業紹介所(赤ひげバンク)、研修サポート制度(地域勤務医師確保枠)、研修医の県内誘致 等。
  • 地域医療に携わる医師を「育てる」/奨学金・研修支援資金、地域医療の担い手育成・県内定着策 等。
  • 地域医療に携わる医師を「助ける」/代診医派遣制度、離島・中山間地域など遠隔地への支援、医療機関における勤務環境の改善支援 等。
※全国知事会HP「先進政策バンク 先進政策創造会議」、内閣府HP「医師確保に向けた都道府県における新しい取組例」ほか、各県HP等を参考に作成