外国人患者受入れ体制をどうするか?

訪日外国人は2000万人を突破。2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催も控え、国は訪日外国人目標を4000万人に修正した。増え続けている外国人患者がさらに増加することも予想され、対応に悩む施設も多いのではないだろうか。外国人患者に対応するために必要な環境整備、また医師に求められる役割について、先行事例をもとに考えてみたい。

  • 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院

外国人患者対応のフロントランナー
院内通訳や電話通訳で多国籍化する患者を受入れ

外国人患者対応の体制整備は
医療安全の点からも必須

外国人患者対応で国内屈指の充実度を誇る国立国際医療研究センター病院。「東京都新宿区という地域性から外国人患者が多く、従来から多国籍・多言語・多文化な環境での医療を展開してきました。2015年には国際診療部で対応した外国人患者だけで570人にのぼり、多国籍化も進んでいます」と国際診療部の医療コーディネーター・堀成美氏は語る。

2014年に、厚生労働省から外国人集中地域において周辺の医療機関と患者の紹介受入などを行う拠点病院に指定されたのに続き、15年には「外国人患者受入れ医療機関認証制度(JMIP)」の認証を受けた。

先駆者である同施設の外国人患者へのサポート業務は大きく、医療通訳対応、医療コーディネーターによる患者家族やスタッフ等への支援だ。

医療通訳では、受付、会計、総合案内に英語対応可能なスタッフを配置しているほか、英語、中国語、韓国語を使えるスタッフが勤務。さらに13か国語の電話通訳を、英語、中国語、韓国語、スペイン語、ポルトガル語については24時間、タイ語、ベトナム語、ネパール語などは平日日中で提供している。「日本語で日常会話ができる患者さんでも、医療上の対話には支障をきたすケースもあり、適切な医療提供のために通訳サポートが必要な場面は多い」という。

国際診療部の医療コーディネーターは現在4人で全員が看護職。専門知識を必要とする調整業務にあたる。

「外国人患者対応の体制を整備することは、医療機関としての使命を全うすることに加え、医療安全を確保する観点からも欠かせない要素といえます。外国人患者が来院したらどう対応するか、決めておくことがとても大事だと思います」(堀氏)

国民皆保険の日本とは異なり、海外では検査や投薬が当たり前ではなく、医療費の概算を示したうえで患者の同意を得てから検査や治療をオーダーする国も多い。医師としては、そのような違いも認識したうえで診察、治療にあたりたい。

文化の違いも診察に影響する。

「例えばイスラム教徒の女性は宗教上の理由から、家族以外の異性に肌を見せられず、男性医師の診察に抵抗を示すことがあります。しかし救急対応が必要な場合は許容されると助言することで、了解を得られることもあります。宗教や文化の違いを知り、相互理解のうえで医療を提供できるといいと思います」

外国人患者対応では、他施設との連携も必要になる。同施設では、院内のみならず、周辺の医療機関などへも、対応力向上等を目的とした研修も行っている。

外国人患者対応に苦慮する施設では、「どんな患者なら受入可能か見極める、紹介できる施設を把握しておく、等の対策も重要だと思います」

図表1おもなサポート実践内容
医療通訳の対応 ◆医事部門によるサポート(平日昼間)
初診受付、会計、医療相談室に英語対応可能スタッフ
外来に中国語、韓国語対応可能スタッフ
◆電話通訳によるサポート(24時間)
英語、中国語、韓国語、スペイン語、ポルトガル語に対応
◆その他の通訳サポート
医療コーディネーターの配置 医療コーディネーターによる調整で個別対応。希少言語の遠隔通訳(電話・Skypeなど)も実施
内外での研修実施 ◆医療通訳研修
◆医療コーディネーター研修
医療機関で外国人患者対応をする人、外国人患者受け入れ医療機関を支援する行政の人向け
◆外国人サポーター養成研修
国立国際医療研究センター病院でのボランティア活動向け
◆外国人医療実践講座
看護師、助産師、保健師、ソーシャルワーカー 等向け
イスラム教徒のために祈祷室を設置 図
イスラム教徒のために祈祷室を設置。手足を清める洗い場やメッカの方向を示す表示など必要な機能を備えた
通訳が利用できる言語を表示 図
通訳が利用できる言語を表示。案内板も英語、中国語、韓国語などの併記を順次進めている
13か国語の電話通訳を提供 図
13か国語の電話通訳を提供。英語等5か国語は24時間対応で、夜間や入院中も利用可能
国立研究開発法人
国立国際医療研究センター
国際診療部コーディネーター
堀 成美
神奈川大学法学部、東京女子医科大学看護短期大学(現看護学部)卒。看護師として民間病院、公立病院感染症科に勤務し、エイズをはじめとする性感染症のケアに関わる。その後、国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース修了。聖路加国際大学助教を経て国立国際医療研究センター国際感染症センターに勤務。2015年4月より現職。

堀 成美 写真

在留外国人・訪日外国人の現状

訪日外国人は3年前の倍以上に急増
JMIP認証医療機関(※)は現在19施設

※外国人患者受入れ医療機関認証制度
(Japan Medical Service Accreditation for International Patients)

訪日外国人数は増加傾向にあり、2016年は3年前の倍以上となる2400万人を突破。国別では、中国、韓国、台湾、香港、米国の順に多い。

在留外国人数は2015年末現在で223万人以上。圧倒的に多いのは中国、韓国で、フィリピン、ブラジル、ベトナムが続く。「留学生、技能実習生として来日しているネパール人、ベトナム人の増加など、多国籍化している印象です」(堀成美氏)

JMIP認証医療機関は19施設(2017年2月15日現在)。在留外国人の居住地は東京、大阪、愛知、神奈川が多く、外国人患者対応の必要性が高いと見込まれる都道府県に認証医療機関がある状況といえる。

図表2訪日外国人の推移 〜総数および上位5か国
訪日外国人の推移 〜総数および上位5か国 図
日本政府観光局データより
図表3在留外国人数と割合
在留外国人数と割合 図
法務省・2015年末データより
図表4外国人患者受入れ医療機関認証制度
(JMIP)認証医療機関
医療機関名 都道府県
医療法人 雄心会 函館新都市病院 北海道
医療法人徳洲会 札幌東徳洲会病院 北海道
社会医療法人社団 木下会 千葉西総合病院 千葉県
東日本電信電話株式会社 NTT東日本関東病院 東京都
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院 東京都
医療法人徳洲会 東京西徳洲会病院 東京都
国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 東京都
医療法人沖縄徳洲会 湘南鎌倉総合病院 神奈川県
社会医療法人財団薫仙会 恵寿総合病院 石川県
社会医療法人厚生会 木沢記念病院 岐阜県
医療法人 偕行会 名古屋共立病院 愛知県
学校法人 藤田学園 藤田保健衛生大学病院 愛知県
医療法人社団 恵心会 京都武田病院 京都府
国立大学法人大阪大学 医学部附属病院 大阪府
医療法人徳洲会 岸和田徳洲会病院 大阪府
地方独立行政法人 りんくう総合医療センター 大阪府
社会医療法人大成会 福岡記念病院 福岡県
社会医療法人緑泉会 米盛病院 鹿児島県
医療法人沖縄徳洲会 南部徳洲会病院 沖縄県
JMIP HPより(2017年2月15日現在)
  • 東京都立広尾病院

個々が重ねてきたノウハウを集約、体系化
独自開発中の電子問診票などでスムーズな診療を促進

外国人患者の対応言語は
英語と日本語が約8割を占める

「外国人を含むあらゆる患者さんに選ばれる病院へ」というビジョンを掲げる広尾病院。東京都が都立病院全8施設でJMIPの認証をめざす中、いち早く認証申請(17年2月現在、審査中)、外国語医療コーディネーターや院内通訳の配置など、外国人受入れ体制整備を進めている。

事務局庶務課課長代理の西山泰子氏によると、同施設を受診した外国人患者は、2016年10月〜12月の3か月で268人。対応言語は英語、日本語対応が8割弱を占める。

そこで同施設では、英語で対応する外国語医療コーディネーター1名を含む英語への院内通訳3名、中国語の院内通訳2名を配置している(兼務のスタッフを含む)。

「中国語の院内通訳を配置してから、中国人患者が増えている印象があります」と、西山氏。

周辺の医療機関と患者の紹介受入などを行う拠点病院にも指定されており、副院長の市岡正彦氏は、「平日の診察時間内は、国籍を問わず診察を“断らない”を原則にしています」と話す。幅広く対応できるよう、24時間365日対応可能な、タブレット端末を用いた「みえる通訳」システムも採用。英語、中国語、韓国語ほか、タイ語、ロシア語など、対応言語は多い。

JMIP申請にあたり、同施設では4つのワーキンググループを立ち上げ、通訳の使い方といった全職員共通の外国人対応マニュアルを作成、院内に周知した。さらに各部署が検査項目の説明の仕方、治療の案内、会話例など、部署ごとの必要に応じたマニュアルを追加作成しているのも特徴的だ。

「各国大使館が多いという地域性により従来から外国人患者は多く、院内には工夫しながら一生懸命対応する、という姿勢が定着してきました。JMIP申請をきっかけに、各人、各部署の経験やノウハウが体系化され、意義深い取り組みとなりました」と、市岡氏。外国語医療コーディネーターを務める岡内真由美氏も、「他部署の取り組みから学んだり、刺激を受けたりと、横の連携もでき、院内の士気も高まったように感じます」と話す。文化の違い、接し方などについて講師を招いて行っている院内研修には、医師も積極的に参加。高レベルな語学研修も行っており、院内でのやりとりについてロールプレイングで学ぶ機会も設けている。

栄養科でも多国籍料理を取り入れて入院患者同士の交流を促すなど、おもてなしの精神も息づいている。

どこまで特別対応すべきか
検討すべき課題も

診療をスムーズに進めるための取り組みのひとつに、経営企画室長・小児科部長の山本康仁氏が開発した、タブレット端末を用いた英語対応の「電子問診票」がある。

「紙の問診票では、選択肢を示しても余白に書き込みをする患者が多く、非効率的でコミュニケーションエラーのリスクもありました。これを防ぐには双方の努力が必要、という認識に立ち、シンプルにやりとりができるツールを考案しました」(山本氏)

一番神経を使ったのは、セキュリティ。患者のQRコードを電子カルテで呼び出し、直結せずに連携することで、東京都の厳しいセキュリティ規定をクリアした。まだ試行段階だが、近い将来の導入をめざす。

市岡氏は、「患者対応のためには医師もコミュニケーション力を上げる必要がある。通訳をうまく活用するなど、経験を積んでいけば苦手意識もなくなる」と話す。

一方で山本氏は、課題も挙げる。

「文化の違いから入院で親子が離れることに抵抗感を持つなど、日本人とは感覚が異なる例も多い。どこまで特別対応すべきか、原則から外れることでほかの患者に不都合が生じないか、費用はどうするのかなど、検討すべきことは多いといえます」

外国人の在留地、旅行先も拡大している。多くの施設において通訳やそれに準ずるツールの活用、他施設との連携など、外国人患者対応の環境整備が求められる。

図表1広尾病院を訪れる外国人患者の状況
広尾病院を訪れる外国人患者の状況 図
広尾病院資料より
図表2外国人患者への通訳対応
外国人患者への通訳対応 図
広尾病院資料より
図表3各種研修の実施
各種研修の実施 図
広尾病院資料より
電子カルテに繋がず、QRコードで情報を共有することで、セキュリティを確保した電子問診票 図
電子カルテに繋がず、QRコードで情報を共有することで、セキュリティを確保した電子問診票
東京都立広尾病院 副院長
市岡正彦
山形大学医学部卒。東京医科歯科大学医学部講師を務めた後、東京都立豊島病院、多摩総合医療センターを経て東京都立広尾病院の副院長に。専門は呼吸器内科一般、肺がん、肺結核、COPD、石綿関連疾患、睡眠障害。日本内科学会認定内科医、日本呼吸器学会専門医・指導医、結核・抗酸菌感染症指導医、環境省石綿健康被害審査委員など多数の資格を有する。

市岡正彦 写真

経営企画室長
小児科部長
山本康仁
日本大学医学部小児科学教室を経て、東京都立広尾病院に。専門はアレルギー一般、食物アレルギー、アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患、小児喘息。日本小児学会指導医、日本アレルギー学会専門医などの資格を有する。IT(医療情報システム)にも詳しく、災害時向けの参照型電子カルテの構築などの提案も行っている。

山本康仁 写真

患者支援センター
外国語医療コーディネーター
岡内真由美
看護師として勤務のあと数年の語学留学を経験し、同施設へ入職。「患者さんの母国語で挨拶するだけでも安心感を与えることができ、信頼関係を築きやすくなります」

岡内真由美 写真

事務局庶務課
課長代理(企画担当)
西山泰子
「院内の掲示板なども英語などの併記を進めています。複数の言語を並べると日本語表示が見えにくくなるなどの問題もあり、試行錯誤の連続です」

西山泰子 写真