地域包括ケア時代のかかりつけ医の役割

生活支援から医療や介護まで一体化し、国民の、より自分らしい暮らし、住み慣れた環境での治療を支える地域包括ケアシステム。高齢者が急激に増え続けるなか、総合的な診療、認知症対策、予防医療、地域連携、地域活動など、どの場面においても、かかりつけ医にはより広く、より深い役割が求められるようになっている。
これからのかかりつけ医には、何が求められ、どんな能力がより必要となるのか? 変革の先頭にいる方々に伺った。

  • 全体視点から

地域医療のリーダーとして
総合力を有し連携、行政協働

公益社団法人 日本医師会 常任理事
鈴木邦彦
1980年秋田大学医学部卒業。仙台市立病院、東北大学第三内科、国立水戸病院を経た後、1996年に志村大宮病院院長、1998年には、医療法人博仁会理事長に就任。2009年から2015年まで中央社会保険医療協議会委員、2010年より日本医師会常任理事、2014年より社会保障審議会介護給付費分科会臨時委員を務めている。

鈴木邦彦 写真

医療界のパラダイムシフトで
かかりつけ医の役割が拡大

2025年に向けて、ヘルスケアシステムが大きく変容している。その一つが地域包括ケアだ。

「今まさに、人口の高齢化による医療連携のパラダイムシフトが起きています」と、日本医師会常任理事の鈴木邦彦氏は話す。

「高齢者は、一つの病気がよくなっても、ほかの病気が悪化し複数の病気を抱えることが多くなります。そして医療と介護サービスを同じ人が利用します。それに対応するのが地域包括ケアシステムです」

これまでは、急性期の大病院を頂点として、そこから回復期病院、さらに地元のかかりつけ医という垂直の連携が主だった。しかし地域包括ケアシステムでは、かかりつけ医を中心に、地域の訪問看護師や、介護分野の人々とも連携する、水平連携が中心になる、と鈴木氏は説明する(図表2)。

「今年度は、地域医療構想が出揃い、2018年度には診療報酬、介護報酬の同時改定だけでなく、医療計画、介護保険事業計画などもリセットされます。さらに在宅医療介護連携推進事業などの地域支援事業も推進される中で、かかりつけ医の役割がとても重要になります」

こうした動きを前提に日本の医療資源を見ると、「中小病院や有床診療所など、身近に入院もできる施設が数多くあるため、高齢者の在宅支援システムの構築が、比較的容易にできます」と鈴木氏は語る。また「診療所の質が高く充実しているので、検査・診断・治療・時に投薬・健診と、ワンストップの医療サービスを提供できます。こうした環境は、地域包括ケアを進めるうえで大きな資源になります」という。

「超高齢化社会を見据えた地域包括ケアシステムをつくるうえで肝心なのは、行政と医師会が車の両輪になることです。行政がしくみづくりをする一方で、横の連携によってできた多職種の集まりにはリーダーが必要。それがまさに、かかりつけ医の役割だと思います」(図表3

医師会では、かかりつけ医のあり方と機能について明確に定義している(図表1)。

「例えば在宅医療も、入院医療・外来医療・在宅医療という一連の流れの中のものです。かかりつけ医が地域包括ケアシステムのリーダーの役割を果たすことで、地域性に応じたシステムの実現ができます」と鈴木氏は語る。

医療、介護、保健、福祉など
幅広い理解が必要。研修活用も

さらに鈴木氏は「地域包括ケアシステムの構築は“まちづくり”でもあり、かかりつけ医は、その担い手でもある」という。

「まちづくりでは、行政と医師会とが、車の両輪のように連携し活動してこそ、誰もが安心して住みやすい地域をつくることができます。その点で、郡市区医師会の役割が大きいと思います」

このように役割が拡大するかかりつけ医に、求められる要件とは。鈴木氏は「医療だけでなく、介護、福祉、保健などの知識も有する総合的な能力が必要です。さらに、リハビリや認知症、ポリファーマシーの問題なども理解したうえで、活動しなければなりません」と語る。

日本医師会では、2016年4月より、かかりつけ医に求められる機能を6つに定め(図表1)、地域住民から信頼される「かかりつけ医機能」のあるべき姿を評価し、その能力を維持・向上するための研修制度を開始している。

「もともと専門医だった人が、その後かかりつけ医になっていくのが、日本の姿です。さらに、“一定の能力を有しているかかりつけ医”を育成するために、必要な要件が標準化されて学べる『日医かかりつけ医機能研修制度』(図表4)を創設し、2016年度からプログラムを開始しました」(鈴木氏)。

すでに8千人以上が研修を開始しており、3年後には、これを修了した新しいかかりつけ医が誕生する。

鈴木氏は「かかりつけ医には、必要なスキルを身につけるとともに、リーダーとしての役割が果たせるよう、もっと地域、社会に目を向けて欲しいと思っています」と結んだ。

図表1かかりつけ医の定義と機能
◆かかりつけ医とは
何でも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師
◆かかりつけ医機能
  • 1.患者中心の医療の実践
  • 2.継続性を重視した医療の実践
  • 3.チーム医療、多職種連携の実践
  • 4.社会的な保健・医療・介護・福祉活動の実践
  • 5.地域の特性に応じた医療の実践
  • 6.在宅医療の実践
日本医師会「日医かかりつけ医機能研修制度」資料より
図表2かかりつけ医の立場の変化
かかりつけ医の立場の変化 図
日本医師会提供資料
図表3かかりつけ医の役割の拡大
かかりつけ医の役割の拡大 図
日本医師会提供資料
図表4日医かかりつけ医機能研修制度概要
日医かかりつけ医機能研修制度概要 図
日本医師会「日医かかりつけ医機能研修制度」資料より
  • 地域の取り組みから

全国的な課題の解決モデル
西多摩プランに基づく独自施策

一般社団法人 西多摩医師会 会長
玉木一弘
1980年杏林大学医学部卒業。1986年杏林大学大学院医学研究科消化器内科専攻修了。国立療養所中野病院呼吸器科、心臓血管研究所付属病院を経て、1992年医療法人社団幹人会を設立、理事長となる。2004〜2012年東京医師会理事、2014年より西多摩医師会会長を務めている。

玉木一弘 写真

生活の質から看取りまでを
地域のかかりつけ医が支える

東京都の西多摩地区は、8市町村から成り立つ。面積は東京都の26%、人口は3%。市街地もあるが、広大な山間や河川沿い集落が多い地区だ。ここで実施されている、全国でも注目の地域医療プランについて、西多摩医師会会長の玉木一弘氏に尋ねた。

「当地区は、人口減少や高齢化、少子化が進み、局所災害や孤立リスクが高い地域です。療養病床や介護保険施設が多く、都内遠方からの入所者も多くいます。また医療・介護事業所が市街地に偏っており、アクセスに問題を抱える地域も多いなど、日本の縮図がここにあると思います。

従来、いわゆる5疾病5事業については、公立病院主導のなか、西多摩地区でも医療提供体制はできていました。しかしそれは、病気の治癒を目的とした、既存の医療モデルが中心でした。そこで西多摩医師会では生活の質や機能に着目し、医師会と多職種の連携を強化した地域包括ケアの構築に取り組んできました」

具体的には、専門医とかかりつけ医連携による運動器疾患や認知症・精神・神経疾患の診療と、生活、栄養、心のケア、介護生活などの暮らしの場での支援などを特徴としている。

「西多摩地区の取り組みは、5疾病どの病気にも関係した状態像に着目しています。最終的に在宅医療も視野に入れ、病気だけを見るのではなく、生活を含む全体像を見た地域医療プランになっています」

玉木氏は、「特に焦点を当てているのは、どの疾患でもある意欲・活動・栄養の低下、疼痛、摂食嚥下機能・認知機能障害などによる生活機能低下への対応です」と話す。こうした西多摩地区の取り組みにおいて、かかりつけ医の役割とは、どのようなものか。

「例えば認知症の患者さんを、かかりつけ医と神経内科、精神科、脳神経外科医で診る。所見の違いを学び標準化することで、患者さんにとって必要な医療を提供する。その一方で、病気を持ちながらも最後まで生活の質を保ち暮らせる支援をする。そのための多職種連携をする。これらを、かかりつけ医が中心となって行うことが求められます」と玉木氏。

西多摩地区における
“五つのバリアフリー活動”

そんななか、2015年6月から動き出した試みは、既存の連携を生かしながら推進されている(図表2)。

「施策の中心は、医療・介護総合提供のための“5つのバリアフリー活動“(図表4)やICT構築などです。これらを連携協働でうまく進めるために、従来、医師会で行われていた医師向けの研修に多職種が参加できるものを増やし、知識や情報の共有が図れるようにしました。が、やはり大事なのは、できるだけ顔を合わせて、一つひとつの事例を重ねながら、共有して学んでいくことだと思います」と玉木氏は力説する。多職種共働の取り組みの中で共通の理念をつくり、かかりつけ医がそこでどのような役割を持つべきか、地区の医師会で意識を合わせてきた。

また今後、特に力を入れていきたいのは、慢性期の重症化を予防する“二次予防”だという。そのために強化しているのが、低栄養・不活発・フレイル・認知症予防などの総合提供だ。質の高い新介護予防事業を推進し、かかりつけ医も関わっていく。

「今後、健康格差を解消し医療費の適正化や健康長寿を実現するために、西多摩地区でも質の高いデータヘルス推進を行います。各市町村の実情と事業計画に合わせて、会員事業者のマッチング、かかりつけ医の協力などをマネージメントし、地域住民や自治体に役立たせます。また電子カルテや情報ネットワーク発展という目標に向けても活動していきます」

在宅医療連携事業は国が動いているので、それを見据えたネットワークや連携を準備をしているという。 「かかりつけ医は、患者から見ると、気心が知れ、患者の人生や価値観を知ったうえで、道を決めていくためのサジェスチョンをしてくれる人。地域医療においては、総合医としてのスキルがあり、必要なマッチングもできるナビゲーターです。各医師が職業的自立規範に基づいて、“どういう医師であるべきか”を考え、結果を地域包括ケアの中にしっかりと同期させていかなくてはならないでしょう」

さらに、今の時代は、生活を支える医療が中心になっているという自覚を持ちながら、地域医療に貢献してほしい、と玉木氏は語った。

図表1地域保健医療推進プラン
地域保健医療推進プラン 図
玉木氏提供資料を加工
図表2西多摩医師会の取り組み・方向性
1)データヘルス・医療費適正化計画への対応とICT連携の構築
①西多摩医師会地域介護予防・データヘルス推進協力事業
②西多摩地域ICT多職種ネットワーク事業
③西多摩地域医療ICTシステム整備活動
2)東京都主催の西多摩地域医療構想調整会議への対応
西多摩全体の活力を戦略的に維持する、病床機能の転換・再編・集約の検討
3)地域包括ケア西多摩8市町村との連携と協働の推進
広域行政圏かつ二次保健医療圏のビジョン作成、制度改革対応
4)医療・介護総合提供のための現場づくり活動
〝五つのバリアフリー活動〟を推進
図表3西多摩地域ICT多職種ネットワーク
西多摩地域ICT多職種ネットワーク 図
玉木氏提供資料(ネットワーク図は東京都在宅療養推進基盤整備事業資料より)
図表4“五つのバリアフリー活動”の展開
“五つのバリアフリー活動”の展開 図
玉木氏提供資料
  • 在宅の現場から

地域のなかで持続可能な、
かかりつけ医体制の構築を

医療法人社団 悠翔会 理事長
佐々木 淳
1998年筑波大学医学部専門学群卒業。三井記念病院内科、井口病院(東京都)、金町中央病院透析センター(東京都)を経て、2006年MRCビルクリニックを開業。2008年東京大学大学院博士課程修了。MRCビルクリニックを医療法人社団悠翔会に改称。都内、埼玉県、神奈川県、千葉県などの10の機能強化型・在宅療養支援診療所を展開する。

佐々木 淳 写真

在宅医は、包括的視点で
かかりつけ医の役割を果たす

平成24年度に行われた内閣府の「高齢者の健康に関する意識調査」では、高齢者の56.3%が「自宅で看取られたい」と答えている。住み慣れた自宅で療養したい、看取られたいというニーズがあるなか、そこに携わっている在宅医は、かかりつけ医の役割をどう捉えているのか。首都圏10拠点で機能強化型・在宅療養支援診療所を展開する医療法人社団悠翔会理事長の佐々木淳氏に聞いた。

「かかりつけ医とは、家族、生活、環境を含めて、病気如何に拘わらず、患者の健康に責任を持つ人だと思います。病気の時は治療し、健康な時は健康が維持できる支援をする。高齢者の場合は特に、病気だけではなく、身体から生活まで包括的に診ることがより重要になると思います」

若い人には不慮の事故で起きる骨折も、高齢者だと事情が違う。栄養状態の悪さや視力の低下、認知症など、原因は複雑であることが多い。

「臓器別専門医は、該当する臓器を診て病気を治すことに専念します。しかし高齢者には、その治療をしたらどうなるか、という視点も必要。全体を見て最適な医療をナビゲートするのが、かかりつけ医の務めだと思います」

高齢者が増えた今、医療面での近々の課題は、“かかりつけ医の絶対的な不足”だと佐々木氏はいう。

「日本の場合、専門医重視ですよね。僕自身も、病院勤務時代はキャリアを積むごとに担当が専門分化されていきました。しかし高齢者に必要なのは、総合的な診療ができる医師です。イギリスのGPなどはそうですが、総合的に診られるのも専門スキル。ここが大幅に不足しています」

地域で人材が不足している中、在宅医は、その役割をうまく担えているのではないか、と佐々木氏。

「在宅医は、患者を総合的に診て、入院治療したほうがいい場合には適切な病院を紹介し、逆に本人が治療を望まないのであれば、多職種との連携をしながら生活支援を行います。プライマリケアが提供できているのではないでしょうか」

地域の患者はみんなで守る
その中心に「かかりつけ医」

とはいえ、「在宅医はかかりつけ医の一部であり、この専門施設が地域で増えていくことが、必ずしもいいとは思わない」と佐々木氏はいう。

「本来は、主治医がより幅広く診られるようになり、かかりつけ医が在宅医療も手掛ける。そのうえで、かかりつけ医の手に負えないときに在宅医が動く、というのが理想の形だと思います」

だが、現実は厳しい。悠翔会には、月に150〜200人の患者紹介があるというが、それだけ通院できなくなった高齢者がいる一方、それまでのかかりつけ医は診続けられない環境にある、ということだ。

この状況を改善するためには、地域での連携、しくみづくりが重要だと、佐々木氏は訴える。

「かかりつけ医が1人で24時間対応を続けるのは大変ですが、地域医20人が連携し担当制にすれば、夜間対応は1人月1.5回で済み、かつ、より多くの患者を診られます」

実際、悠翔会では2名の当直医・3名の日直医が休日夜間をカバーし、常勤医の24時間対応医の負担はない。現在、法人外16クリニックを含めて、約6000人の在宅患者の休日夜間をサポートしている。

今後も24時間対応が必要な患者は増えることが予測される。

「1人ずつが頑張る赤ひげ先生方式では、インフラにはなりません。地域の医師同士の連携は不可欠。“地域の患者はみんなで守る”という認識のもと、多職種連携も含め、地域全体で、安定して持続可能な体制をつくる必要があると思います」

柏市など連携が上手く構築されている地域では、患者の受け入れも非常にスムーズに行われているそうだ。

「“今は、体制的に在宅医療をできないけれど、チームを組めるのならやりたい”という医師の声も、とても多いです。実行には旗振り役も必要ですが、潜在的な候補者は結構いそうです」という。

コミュニケーション能力と
人間力がさらに必要に

では、今、かかりつけ医にもっとも求められる要件は何か。

「従来、医療分野には医師しか知り得ない知識・情報がたくさんありました。が、今はインターネットで患者さんも調べることができるため、知識差は以前ほどは大きな価値を持たなくなっています。技術的なスキルも、一部はAIやロボットにリプレイスできます。そんななか、今、かかりつけ医にもっとも求められているのは、コミュニケーション能力や人間力だと思います」

「高齢者が増えるということは、治らない病気を抱えながら生きていく人が増える、ということです。例えば、がん末期の診断が出たとして、どう伝えるか。同じことを伝えるにしても、相手によって方法は違います。また、患者さんがどのように生きたいのかを理解し、尊厳を守りながら医療面からどう支援していくのかを考え、実践していかねばなりません。病気や障がいがあったとしても、その人らしい暮らしを実現できる支援をする。そのために、かかりつけ医には、哲学的理解や、総体的な人間力も求められると思います」

在宅医療の現状

病気を持つ高齢者の多くは、住み慣れた環境での病気治療を望んでおり、在宅医療件数は年々増加している。それに伴い地域の在宅医療を提供する医療機関も増えている。超高齢社会を迎え、慢性期や回復期患者の受け入れ先問題などを考えると、在宅医療のすそ野はさらに広がると予測される。

図表1在宅医療を受ける患者の動向
在宅医療を受ける患者の動向 図
図表224時間対応体制で在宅医療を提供する医療機関数の推移
24時間対応体制で在宅医療を提供する医療機関数の推移 図
図表3訪問診療を行う医療機関数の推移
訪問診療を行う医療機関数の推移 図
厚生労働省第1回全国在宅医療会議(平成28年7月6日)資料より