変革する慢性期病院

日本の高齢者比率は現在27.3%で、過去最高値を更新し続けている。高齢者の増加は慢性期疾患の患者が増えることを意味する。進む地域包括ケアシステムの中で、今後の慢性期医療、病院の役割はどのように変わっていくのだろうか。日本慢性期医療協会の武久洋三会長に、慢性期医療と病院の今後を聞いた。
さらに、医療と介護の連携を深めながら独自の取り組みを行う先進的病院事例も紹介する。

  • 提言 これからの慢性期医療の担う領域・役割

病院は今後、広域の高度急性期病院と、多機能型地域病院に二分。
慢性期病院は後者へと変革し総合的な医療を実践

患者実態に合う病床改変を。慢性期充実で医療費も適正に

内閣府調査では75歳以上の後期高齢者人口は、2010年には1407万人だったが、2025年には2179万人と予測される。後期高齢者増はそのまま、慢性期医療を必要とする患者増に繋がる。このような状況を踏まえ日本慢性期医療協会の武久洋三会長は、「2025年に向けて、現在は、医療制度改革における革命前夜ともいえます」と語る。

同協会の登録病院では、療養病床だけではなく、地域包括ケア病床も含め、幅広く地域医療に対応するように変革が進んでいるという。そのなかで武久氏は、国全体の病床体制の問題点を指摘する。

「急性期病床は2025年までに約53万床まで減少する予測ですが、現在はまだ、長期入院に対応する療養病床の3倍の数があります。また一般病床の特定除外制度は廃止にはなりましたが、今でも、急性期病院の平均在院日数は外国と比べると何倍も長い。つまり、慢性期の患者が相当数入院していると思われます」

「急性期病院は急性期病院の役割に徹し、患者実態に合わせて慢性期病院を充実させる。それによって、患者は早期リハビリに取り組むことができます。生活への復帰も容易になり、元気で活躍する年月が延びます。そうなれば老人施設も数が少なく済みます。これを実現すべく、協会の今年の目標は“日本の寝たきりを半分にしよう”としました」(武久氏)。

病床の適正化は医療費削減にも大きく影響するという。高齢者が軽度中度の疾病で高度急性期や急性期に入院すると、1日あたり約5万〜20万円の入院医療費がかかる。一方、慢性期なら2万円程度で済むという。

「例えば急性期病院の平均入院医療費を1日4・5万円とし、それを慢性期病院に移して1日約2・5万円で見積もると2万円削減できます。75歳以上の入院受療者約70万人のうち、高度治療が必要な人を20万人と仮定して、これを除く50万人分の効率化で、1年間で3兆6500億円を残すことができます。適性化によって医療費が効率化でき、それを高度急性期病院や在宅医療の充実など、より必要な部分に活用することもできるわけです」

病院機能が集約されるなか「総合診療医」がより重要に

それでは今後の日本の病院体制、また慢性期病院の行方について、武久氏はどのように予測しているのか。

「社会ニーズに合わせていくと、病院は、高度急性期病院(広域急性期)と、多機能型地域病院に大別されていくと思います。多機能型地域病院とは、多様な疾患の患者さんに対応できる地域に密着した病院のことで、慢性期病院はここをめざします。急性期からの転換も同様。また今後は『重度長期慢性期』の機能も、より必要になるだろうと思います」

さらに、医師の役割やスキルについては、「総合診療医の活躍が今以上に必要になる」という。

「日本ではまだ“まず臓器別専門医”という価値観の医師が多いと思います。しかし、患者の相当数を占める高齢者の多くは“この臓器だけが悪い”ではなく、複数の疾患を抱えています。さらに生活なども含め全人的に診察する必要もあります。総合医としての能力は非常に重要です」

思うより難しく、学ぶ必要も。だからこそやりがいもある、という。

最後に、「今は患者さんが医療機関を選ぶ時代。機能や対応力が中途半端な病院は今後は難しい。医師もしかり。総合力のある医師こそ、より必要とされるでしょう」と結んだ。

一般社団法人 日本慢性期医療協会 会長
武久 洋三
1966年岐阜県立医科大学卒業。1971年徳島大学大学院医学研究科修了。1984年博愛記念病院開設。2008年に日本慢性期医療協会会長就任。厚生労働省、経済産業省の医療・社会保障に関する部会や会議の委員を務める。著書に『あなたのリハビリは間違っていませんか』(メディス)、『よい慢性期病院を選ぼう』メディス)他多数。

武久 洋三 写真

図表12025年の医療機能別必要病床数の推移結果
2025年の医療機能別必要病床数の推移結果 図
出典:日本慢性期医療協会平成29年年頭所感 発表資料より
(平成27年6月29日 厚生労働省医政局 地域医療計画課 佐々木昌弘氏作成資料を一部改変)
図表21人当たり医療費
1人当たり医療費 図
出典:平成28年9月29日 社会保障審議会医療保険部会(第97回)資料より
図表3年齢階級別1日当たり医療費階級別の医療費分布(後期高齢者医療)
年齢階級別1日当たり医療費階級別の医療費分布(後期高齢者医療) 図
※平成26年度医療給付実態調査(厚生労働省)の特別集計により作成。
※医料入院について、患者単位で1日当たり医療費(入院+食事・生活療養)階級別の医療費(平成27年3月診療分)の分布を集計したもの。
出典:日本慢性期医療協会平成29年1月12日定例記者会見資料より
(平成28年9月29日 社会保障審議会医療保険部会(第97回)資料より)
  • 事例 介護・生活領域まで視野に入れた先駆的挑戦

“されたい医療、されたい看護、されたい介護” を現実にする
“ナラティブ・ホスピタル”。心の寄り添いが慢性期の患者を支える

「1ミリでもよくする」方法を高度先進慢性期医療で探す

都心から30キロほどの埼玉県ふじみ野市にある富家病院は、202床の慢性期病院だ。病床の内訳は療養病棟89床、特殊疾患病棟29床、回復期病棟28床、障害者病棟56床。日本慢性期医療協会による慢性期医療認定病院の審査で最高得点を得ている、その先駆的な内容を紹介する。

「当院の理念である“されたい医療、されたい看護、されたい介護”とは、実にシンプルなもので、自分の親や家族が医療サービスを必要としているとき、どんな医療・看護・介護をしたいのかということです。これを、とことん追求し実践しています」

そう話すのは、富家病院の富家隆樹理事長・院長だ。同院にはグループ内に病院ほか、サ高住、特養、在宅リハビリなどの施設があり、各施設が地域連携の形で運営されている。

「慢性期病院は現在、いろいろと難しい局面もあると思います。しかし慢性期医療も、医療である以上治すことが前提になくてはならないと考えます。1ミリでもよくなることがないか常に探し、それを患者さんや家族に示す。それが希望や信頼に繋がります。そのため、『高度先進慢性期医療』にこだわっています」

実際、富家病院では慢性期の中でも、重度医療、重介護の患者を積極的に受け入れている(図1、図2)。そしてこれを支え、少しでも回復の可能性を探すために、自院用に開発したものも含め、幾つもの最新医療機器を導入している。診療報酬上、難しい面もあるが、個人病院だからこそ理念の実現を目指したという。

図表1医療区分 全国との比較
平成26年度調査
医療区分1 医療区分2 医療区分3 合計
全国 19.6% 43.8% 36.6% 100.0%
平成27年7月調査
医療区分1 医療区分2 医療区分3 合計
富家病院 0.4% 70.5% 29.1% 100.0%
富家病院資料より
図表2各状態の全国との比較(%)
全国 富家病院
人工呼吸器を使用 0.7 2.4
気管切開 10.3 33.8
経鼻胃管栄養 15.8 1.4
胃ろう 19.3 61.0
腸ろう 0.7 0.6
中心静脈栄養 12.7 0.9
膀胱留置カテーテル 20.1 5.9
尿路感染症 6.5 1.9
多剤耐性感染症(保菌含) 4.6 0.1
抑制 10.3 0
富家病院資料より
図表3身体拘束を「行うことがある」病棟・施設の割合
身体拘束を「行うことがある」病棟・施設の割合 図
富家病院資料より
アートセラピー 図
入院患者には「アートセラピー」も実践。作品は壁に飾られている。

拘束・抑制ゼロ。そして患者の人生に寄り添う〝ナラティブ〟

同院で特筆すべき試みが、院長就任の平成11年から取り組んだ「身体拘束・抑制の撤廃」だ(図表3)。

「最初は自分でも懐疑的なところはありました。しかし、“縛る看護”を望む人はいません。こちらが必要だからするのではなく、“されたい”ことは何か?を考えての結果でした。徹底するのには職員の意識改革や文化醸成で10年の年月が必要でした。でも結果、“縛らない看護”を実現することで、その後の治療やリハビリ効果が全く違うものになりました」

そして、“ナラティブ”に出会う。

「重度慢性期の患者さんに接していると、認知症のため話が通じなかったり、どのように接していいかわからないことがありました。どうしたら患者さんに寄り添うことができるのか?そこで知ったのがナラティブホームの提唱者の佐藤伸彦医師の著書でした」と富家氏。

“ナラティブ”とは英語で“物語”の意味。患者一人ひとりの人生に物語があることに着目し、日々の会話、表情などを書き記し現場で共有する。

「当院は平成20年より、著書をお手本にした“ナラティブ・ホスピタル”です。実践のために院内にナラティブ委員会を作り、まずは患者さんの様子をノートに書くことを業務としました。例えば今日の顔色など小さな変化でも拾って物語に記します。それは検査やリハビリのスコアからすると小さな変化かもしれませんが、当事者には大きなことです。ナラティブを通じて、患者さんと私たちの関係は劇的に変わりました。家族のような絆を感じながら、医療、看護、介護に当たることができます」

富家氏は、“ナラティブ・ホスピタル”を支えるのは、患者さんの日々の変化を感じ取れる「院内の文化の醸成」だと話す。そして医療・介護従事者の“やさしさのスイッチ”を入れたくなる仕組みを作らなくてはならないという。こうしたナラティブ・ホスピタルの取り組みは、「平成27年度グッドデザイン賞」を受賞、同グループの大井苑は「第3回介護甲子園最優秀賞」を受賞し高く評価された。

「慢性期医療では、医師の原点に立たなくてはならないと思います。患者さんに寄り添う文化的な面と、少しでも治す、ということです。そこにアンテナをよく張り、学び続けることが必要です。慢性期だからこそ高い医療技術も求められます」

“自分がその患者にとって最後の医師になるかもしれないのだから”と富家氏は力を込めて語った。

ナラティブの階段 図
ナラティブの階段 図
「ナラティブの階段」と呼ばれる場所。患者の豊かな表情をとらえた写真で彩られている。
ナラティブ・ノート 図
家族や看護師が記入する一人ひとりのナラティブ・ノート。
ナラティブ委員に証であるバッチ 図
ナラティブ委員に証であるバッチが襟に光る。
テラス 図
暖かい季節には、テーブルと椅子が用意される広いテラス。
みどりの森 図
院内に作られた患者図書室「みどりの森」。自由に使えるPCも用意されている。
医療法人社団富家会 理事長・院長
富家 隆樹
1991年帝京大学医学部卒業。同大学第二外科に入局。1997年アメリカ・セントルイス・メルビル大学大学院修士課程留学。1999年富家病院院長に就任。日本慢性期医療協会常任理事、全日本病院協会埼玉支部理事などを務めている。

富家 隆樹 写真