日本の最先端の変革者たちが語る 医療×ITの未来展望

心身の機能が低下し、他者に依存せざるを得ない状況になっても「人間らしい」存在であり続けることを支える―フランス発祥で36年の歴史のある『ユマニチュード』は、哲学とその実践技術から成るケアメソッドだ。認知症をはじめ、あらゆる対人援助の場面で活かすことのできる本技法は、かつてない超高齢社会に直面し、コミュニケーションに悩む医師にどのような示唆を与えるのだろうか。

「人間とは何か」の哲学に基づく実践的な技法。尊厳を回復させるケアで患者との関係性を構築する

ジネスト・マレスコッティ研究所 所長
イヴ・ジネスト
トゥールーズ大学卒業後、体育学教師となる。1979年にフランス国民教育・高等教育・研究省から病院職員教育担当者として派遣され、腰痛対策に取り組んだことをきっかけとして、看護・介護分野に関わり始める。当時の同僚であるロゼット・マレスコッティ氏とともに、新たな認知症ケア技法ジネスト・マレスコッティ・ケアのメソドロジー(通称『ユマニチュード』)を創出。国内はもとより世界各国からの要請に応え、指導にあたる。

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独立行政法人国立病院機構 東京医療センター 総合内科 医長
本田 美和子
1993年筑波大学医学専門学群卒。国立東京第二病院、亀田総合病院等勤務、米国トマス・ジェファソン大学内科レジデント、コーネル大学老年医学科フェロー、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター勤務を経て、2011年より現職。日本内科学会認定総合内科専門医・指導医。2011年の渡仏でユマニチュードメソッドを学んで以来、日本への導入・普及に努める。ジネスト・マレスコッティ研究所・日本支部代表。

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知覚・感情・言語を総動員し患者の「第三の誕生」を支援

超高齢社会において、認知症患者の増加は避けて通れない。しかし、コミュニケーションが取れない、ケアが拒絶されるといった理由で、適切な診療やケアが提供できなければ、本人や家族はもちろん、虚脱感を抱えて離職に追い込まれる医療・介護職にとっても不幸なことに違いない。

今、こうした現状を打開する「画期的な」認知症ケアとして注目されているのが、フランス語で「人間らしさ」を意味する『ユマニチュード』だ。これは、体育学教師だったイヴ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏が、病院職員の腰痛予防指導のために派遣されたさまざまな病棟・診療科で「もっとも対応に苦慮する患者」と向き合うなかから編み出した実践的なケア技法であり、ベースには「人間とは何か」「ケアする人とは何か」を問う哲学が存在する。フランス国内では四百を超える病院やケア施設が導入しており、国外においても日本を含む数か国で実践されている。

創始者の一人であるジネスト氏は「ユマニチュードでは、『ケアする人』を、心身に問題を抱える人をケアする職業人(プロ)と定義しています」と語る。さらにその目標には、①回復、②機能維持、③最期まで寄り添う、という3つのレベルがあり、「健康に害を及ぼさない」ことを絶対条件とする。すなわち、個々の健康状態や能力に合ったケアを選択することが重要で、患者に不安を与え、病状を悪化させる強制的なケアや睡眠妨害、身体抑制といった行為は一切排除すべきとの考えだ。彼らが当初より取り組んでいる「立位による清拭」も、立てるはずの人を寝たきりにしてしまわないための「合理的かつ最善のケア」といえる。

ユマニチュードでは、「見る」「話す」「触れる」「立つ」を4つの柱に据え、ケアを行なう際の原則としている(図表1)。これらは、「あなたのことを大切に思っている」ことを伝えるための技術であり、「人間らしさ」を取り戻すためのはたらきかけでもあるとジネスト氏は説明する。「生まれたばかりの仔羊が親羊に舐められることで種に迎え入れられるように、人もまた、生物学的な『第一の誕生』を果たしたのちに、優しいまなざしや言葉かけ、ふれあいの形で周囲から愛情を注がれることによって社会学的な『第二の誕生』を迎え、立てるようになることで人間としての尊厳を確立していきます。

心身の健康を損ねたり、認知機能が低下することで失いかけた尊厳を取り戻すことで『第三の誕生』を迎えるためには、『見る・話す・触れる』といった、人ならではの包括的なコミュニケーションと、自己の尊厳を実感できる『立つ』ことの援助が必要なのです」(ジネスト氏)

ポジティブなイメージを直接感情記憶に届け、定着させる

日米で内科医の臨床経験を持つ本田美和子氏が、ジネスト氏らのもとを訪れたのは、「熱意も技術もある医療者が気持ちを上手に伝えられずに『拒絶』され、途方に暮れている状況」にジレンマを感じていたからだ。

「ケアを通じて『あなたは大切な存在だ』という気持ちを伝えることができるようになると、患者さんの反応が劇的に変わるのを目の当たりにし、何としてもこの技法を日本にも広めたいと思いました」(本田氏)

渡仏の翌年(平成24年)の夏から、日本でのトレーニングがスタートした。

ユマニチュードでは「患者」ではなく「人と人の関係、絆の質」をケアの中心に置く。その核ともいうべき関係性を築くために、すべてのケアは「見る・話す・触れる・立つ」という4つの要素を用いて、出会いの準備→ケアの準備→知覚の連結→感情の固定→再会の約束という5つのステップを一連の流れのなかで行なっていく(図表1)。

視覚、聴覚、触覚により得られた刺激や情報は、まず扁桃核で「情動、直感」に当たる単純分析が行なわれたのちに大脳皮質に届き、詳細かつ

「理性的な」分析を経ることによって感情が制御される。ところが、認知機能の低下は大脳皮質の脳細胞の変性によって起こり、情動のブレーキがはたらきにくい状態にある。そこで、ユマニチュードにおいてはポジティブな感情をダイレクトに届け、定着させる手法をとる。

「最期の瞬間まで唯一、正常に機能するのが感情記憶です。感情記憶のなかでは、私たちの行動すべてが意味を持ちます。間違ったメッセージが伝わることのないよう、きちんとした技術を身につけることが大切です」(ジネスト氏)

図表1ユマニチュードの4つの柱『 「ユマニチュード」という革命』より掲載
見る 水平の視線は相手に平等な関係性を伝える。また、正面からしっかり見ることで正直さが伝わる。近くから、水平に、正面から、長いあいだ、瞳と瞳を合わせるという見方が、ポジティブさ、愛情を表現する。
話す 穏やかに、ゆっくり、前向きな言葉を用いて話しかける。相手から返事がないか、意図した反応がない場合は、自分の手の動きを実況中継する「オートフィードバック」を用いて、言葉を絶やさないようにする。
触れる 広い面積で、柔らかく、ゆっくり触れることで、優しさ、愛情を表現する。反対に、親指をかけて鷲づかみにしたり指先で触れると、強制力や攻撃性を相手に感じさせてしまう。順序はもっとも敏感ではないところから、すなわち肩や背中から触れる。手や顔はとても敏感な部位である。
立つ 立つことで、軟骨や関節に栄養を行き渡らせ、呼吸器系や循環器系の機能が活発になり、また、血流がよくなることで褥瘡も予防する。さらに、立って歩くことは知性の根幹であり、人間であることの尊厳を自覚する手段でもある。
図表2ユマニチュードの5つのステップ 『「ユマニチュード」という革命』より掲載
①出会いの準備
[来訪を伝える]
やり方は、3回ノックして3秒待つ、また3回ノックして3秒待つ、反応がなければ、1回ノックして室内に入る。ノックをすることによって、中にいる人に「誰かが自分に会いに来たこと」を知らせ、受け入れるかどうかを選択してもらうことができる。
②ケアの準備
[相手との関係性を築く(友だちになる)]
これから行なうケアの話をすぐにはせず、「あなたに会いに来た」というメッセージをまず伝える。正面から近づき、目と目を合わせ、瞳を捉えてから3秒以内に話し始める。ポジティブな言葉だけを使って話し、「見る・話す・触れる」の技術を用いる。3分以内に同意が得られなければ、いったんあきらめる。
③知覚の連結
[心地よいケアの実施]
ケアにおいて、「見る・話す・触れる」のうち、少なくとも2つ以上を同時に使いながら、あなたを大切に思っているというメッセージを継続的に届ける。優しく話しながら手を掴む、というような行動はメッセージに矛盾を生じさせる。自分が発するメッセージに調和を持たせながらケアを実施する。
④感情の固定
[ケアの心地よさを相手の記憶に残す]
感情に伴う記憶は、認知機能が低下した人にも最後まで残る。ケアが終わった後に、ケアが心地よかったことや、「あなたと一緒に過ごすことができて嬉しかった」などポジティブな言葉をかけ、ケアを素敵な経験として感情記憶に残す。
⑤再会の約束
[次回のケアを容易にするための準備]
認知症高齢者の場合、「また会いましょう」と言っても覚えていないかもしれないが、自分に優しくしてくれた人がまた会いに来てくれるという喜びや期待の感情は記憶にとどまり、次のケアのときに笑顔で迎えてくれる。

後半では、その具体的技法について解説する。

「ユマニチュード・ケア・メソッド」は“学べば誰にでもできる”対人援助の具体的技法

画像の説明が入ります。 図

見つめ、語りかけ、触れて尊い存在であることを伝える

ユマニチュード・メソッドとは、ケアを通じて愛情を伝える実践的技術であり、感性の有無は問わない。

「技術なのです。学んで身につけたら、それは職業人として一つの動作になります」(ジネスト氏)

二人で行う場合には役割を分担し、一人が「見る」「話す」ことで注意をひき(=マスター役)、もう一人が「触れる」ケアに徹する(=黒衣役)。

【見る】 マスター役の仕事は相手の「まなざしを捉える」ことから始まる。目線の高さを同じにして、正面からゆっくりと相手を見つめる。

「お母さんが赤ちゃんに話しかけるのと同じように、相手が私の息づかいを感じるくらいまで近づきます」(ジネスト氏)

「相手を見ない」ということは「あなたは存在しない」というメッセージを発していることに他ならない。ユマニチュードでは相手を「見る」ためには0・5秒以上のアイコンタクトが必要だとしている。

「目が合うと、前頭葉が情報を直接受け取り、扁桃核のネガティブな反応を抑えます」(ジネスト氏)

その間、黒衣役が清拭などのケアを黙々と進めていく。

【話す】 話しかけるときの声のトーンは「優しく、歌うように、穏やかに」。相手の反応が得られない場合には、黒衣役が何をしているのか「ケアの実況中継と予告」を行なうことで、不安を感じることのないよう、語りかけを絶やさぬよう努める。反応がないからといって話しかけないということは、「見ない」と同様、相手が「存在しない」というメッセージを発していることになる。

【触れる】 ケアの途中で「右手を挙げてください」など、本人に協力を仰ぐことで関節や筋肉を動かし、脳に刺激を与える。ただし、サポートが必要な場合の「触れる」という行為には慎重さが求められる。

「親指をかけて鷲づかみにしたり、指先だけで触れると、認知症の人には『攻撃』のメッセージが伝わってしまいます」(ジネスト氏)広く、柔らかく、ゆっくり、撫でるように、包み込むように触れることで、「愛情」を伝える。また、いきなり、プライベートゾーンである手や顔、陰部のそばに手を置かない。

【立つ】 3万人以上の患者のケア経験を持つジネスト氏は、「病院や施設で寝たきりになっている人の多くは、レベルに応じたケアが受けられなかったことによるもの」と感じている。ケアを受ける人が40秒間立っていられるなら、立位を含んだケアが可能。清拭、着替え、歯みがき、洗顔を合計すると、一日20分のリハビリ時間が確保できる。ただし、立位介助の際は、からだを持ち上げて足の裏にかかる体重を減らさないこと。大脳に誤った知覚情報が届き、筋肉への力の入れ方、関節の動かし方がわからなくなるためだ。同様に背中を支えることも避ける。

講演Report

ユマニチュードのケアメソッドを人工知能に応用する試みも

イヴ・ジネスト氏の来日時、㈱リクルートホールディングスにて「AIはコミュニケーションをどこまで支援できるか~認知症ケアメソッド「ユマニチュード」へのアプローチから紐解くAIの近未来~」をテーマに社内講演が行われた。講演者はジネスト氏と本田氏、静岡大学大学院総合科学技術研究科教授の竹林洋一氏。

イヴ・ジネスト氏が映し出すビデオの中では、7年間寝たきりだった人が身体を起こして目を開ける。ケアを拒否していた経管栄養の患者が、看護師に微笑み、食事を摂り、何年かぶりに数歩歩いて退院していく。

ユマニチュードがなぜ認知症患者と介護者との関係性を変えるのか――竹林氏からは、その効果の科学的解明と体系化の取り組みが語られ、本田氏からは、京都大学の中澤篤志氏らによる、AIを用いた「分析の自動化」の試みが紹介された。

百五十とも六百ともいわれるケアメソッドの習得には最低でも3か月の研修を要する。そこで同氏らは、ケアの様子を撮影したビデオをAIを用いたソフトにかけ、習熟度評価や改善点を指摘するシステムをIT企業とともに開発。技能向上や教育に役立てる試みを始めている。

「多くの人にユマニチュードを学んでもらうことで、ケアの質の向上や関係の双方向性を生み出せるのではないかと期待しています」(本田氏)

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フレンドリーでユーモアあふれるジネスト氏のトークで会場は熱気に包まれる
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医学や情報学、情報技術の専門家が集い、ユマニチュードの効果と可能性を語る

出会いから再会の約束まで5つの段階を踏んで完結

ユマニチュードでは、ケアする人の存在に気づいてもらい、「この人となら良い時間を過ごせる」と感じてもらえるよう、すべてのケアを次の手順で行なう(図表2)。

Step1 「出会いの準備」 ドア(大部屋の場合は壁)を3回ノックし、3秒待つことを2度繰り返し、反応がなければ1回ノックしてから「失礼します」と声をかけて部屋に入る。近づき、ベッドボードを1回ノックする。大切なのは「自分が来たことを告げて、相手の反応を待つ」こと。

Step2 「ケアの準備」 いきなりケアの内容を伝えるのではなく、「○○です。お話をしに来ました。ご一緒してよろしいですか?」など、「あなたに会いに来た」というメッセージを伝える。3分以内に同意が得られなければ、出直す。

Step3 「知覚の連結」 「見る」「話す」「触れる」ことで「あなたが大切」だということを伝える。2つ以上の感覚から心地よい情報を伝える「包括性」が大切。このとき、五感が受け取る情報を矛盾させないこと。

Step4 「感情の固定」 「シャワーは気持ちよかったですね」など良い時間をともに過ごしたことを振り返り、ポジティブな感情記憶を残す。

Step5 「再会の約束」 その場を離れるときには、「明日また来ますね」など、優しくしてくれた人がまた会いに来てくれるという喜びや期待の感情を記憶に残す。

本田氏は、従来のケアとユマニチュードのケアを各病棟で3か月間行ない、その結果を比較する臨床試験を実施。従来型のケアでBPSDの悪化を認めたのに対し、ユマニチュード介入群では改善が見られたことを報告している。さらに、ユマニチュードを学んだ支援者は患者の変化に鋭敏になることも報告されている。

「自分のかかわりが相手を良い方向に変えられると実感できれば、やりがいが得られます」(本田氏)

実際、看護師の離職率も徐々に減ってきたという。

「ユマニチュードは、高齢社会で対人援助を行なう上で、身につけておきたいベーシックスキルだと思います。また集中治療室や小児科など、どの診療科でも、どなたでも使える汎用性のある技法です」(本田氏)

すでに、岡山大学や旭川医科大学では、医学部の正式なカリキュラムとして導入されている。高齢社会を背景に、これからますます広がっていく技術だといえそうだ。