従来、医師の海外留学は、キャリアアップを目指すのに有効だと言われてきたが、現在の事情はどうなのだろうか。研究留学と臨床留学で事情は違うのか?適切なタイミングや留学方法は?帰国後のキャリアにはどう活かせるのか?今回は主流のアメリカ留学にフォーカスし、いま、海外留学する意義について、留学を指導する立場にある医師、留学体験を持つ医師に話を伺って考えてみた。
ひと昔前までは、医師のキャリア形成上、海外留学経験は有効なものだと考えられていた。しかし、最近は、若手医師の留学希望者数が減っているのではないかとよく耳にする。キャリアの効率性からは、国内で研鑽したほうがよいという判断も聞かれ、事実日本の医療は世界に誇れる水準である。
そうしたなかで、海外留学の意義はどんなところにあるのだろうか?日本と米国の医学教育現場の橋渡しをし、日本でも教育・医療推進活動をしているハワイ大学医学部教授・町淳二氏に聞いてみた。
「米国臨床留学では医療に必要なスキル以外に、医師として大切な自信と自立心が決められた期間で身につくことが、最大のメリットでしょう」
「留学してわかったことは、日本での医師教育には格差があるけれど、アメリカでは、格差が出ないように医学部や臨床研修に標準化された教育システムがある、ということです」
町氏によれば「従来の日本の専門医教育は標準化されておらず、どこで学ぶかによって差が出てしまうことがありました」という。また「日本では、医師としてどの段階で一人前になっているのか、自立したのか、明確でない感があります」
対してアメリカの場合、医師に必要な教育のゴールが明確に決められていて、これを導くための標準化された教育システムがある。このシステムのなかで学び、研修医として経験を重ね、科によって決められた期間をこなすと、医師としての実力がバランスよく身に付くという。
卒業大学や所属ではなく、どれだけ実力をつけたかが医師への評価になり、その後の道が開ける実力主義のアメリカ。そのために自立した医師養成の徹底した教育が行われる。
それがアメリカの医師たちの環境だと町氏は語る。
「日本はスペシャリティ教育はうまいが、ジェネラリストを育てる教育がうまく機能していない」という町氏。根拠は米国の教育内容だ。
「米国の卒前・卒後医学教育では、医師の能力を6つに設定し、6つすべてを身に付けることを最終的なゴールとしています。そのためスペシャリティの前に、まずはジェネラリストとしての教育が必須になっています」
具体的にまず、①知識をつける②知識・手技を用いて病気を治す。「この2点は医者として絶対に必要ですが、日本の教育は従来、ここで終わっていたように思います」と町氏。続いて③診療を通じ自己研鑽する能力、④患者や家族を含む広い意味のコミュニケーション能力、⑤利他主義、自分自身を律する、社会に責任を持つ等プロフェッショナリズムの能力、⑥患者の安全危機管理、病院システムや社会のシステムを理解し医療管理や運営をする能力、の6つ。
アメリカでは80年代、ACGME(卒後臨床研修システムの標準化と監査認定する第三者機構)などにより、医師が学ぶスタンダードが決められ、どの段階で何を学び、どこを到達点にするかという基準が明確になっている。
「アメリカでは国家試験そのものに、先ほど説明した6つの能力習得が含まれており、研修医として学ぶ間も、6つの能力が育っているかどうかが評価されます。こうした教育が確立しているので、診療に必要なスキルだけではなく、全方位的(医のサイエンスとアートの両面)にバランスの取れた自立できる医師になることができるのです」
町氏は更に、卒業後留学で得られることはこれからの医師に大いに意義があると力説する。
「日本の医者はモラルも高く勤勉で、日本の医療レベルは世界的に見ても高い。しかし今私たちは、医療のグローバル化が進む世界にいます。日本だけで医療を完結するのは難しい時代にいるということです。今後はもっとそうなっていくでしょう」
留学といってもいろいろな種類や手段がある。「個人的には、リサーチフェローでも、研修でもいいので、できるだけ早い時期に行ったほうがいいと思います。開業意向があるなら、その前がいい」と町氏はいう。
また、「医局にいる場合、教授に相談して留学内容を決めるのも一つの方法だ」という。ほかに病院によって留学制度を設けているところもある。「ただ本気で臨床研修を目指すなら、現職を辞めてから留学するくらいの覚悟が必要でしょう」
「期間は腰を据えてやるのなら数年単位ということになりますが、6か月や1年の期間でもいいと思います。そして、1か月くらいの短期見学でも、得るものはあると思います。まずは海外に行ってみる、自身で体験してみることが大事です」
心構えとしては、「失敗しても発想を変えて将来に活かそうとする、ポジティブ志向が重要」だという。いろいろな文化と交じり合う中から学んでいこうという意欲、フレキシビリティ(多様性の受け入れ)、いい意味の楽観主義も。留学準備は、とにかく英語能力の向上と、家族の理解を得ること、経済的な面を考え貯蓄をすることなども挙げる。
最後に「ドクターとは、語源のラテン語で、“医者”と“教師”という意味があります。留学から帰国後は、医師として身に付けた診療技術を患者さんに返すのはもちろん、アメリカで根付いている“自分が学んだことを次世代の人に教える精神”を、ぜひ現場で実践して欲しいですね」と町氏は結んだ。
医学生時代から総合診療と救急を志し、米国で救急医のスペシャリストとして指導医も務めた志賀隆氏は、留学で得られることをこう話す。
ハーバード時代の恩師と共に。ベスト・メディカル・エデュケーション・リサーチ賞受賞時。
「まず〝理解力”ですね。多様なものを理解して受け入れる。日本的な表現ですと、人としての器が大きくなることだと思います。そして、〝回復力(レジリエンス)”が身に付きます。なぜなら、本当に多くの失敗をしますので、その失敗から回復する力を得ることができます。そして物事をやり遂げる力、グリットが育ちます」
留学への興味は医学部生の時、米国の医学教育の本を読んで芽生えた。
「アメリカの教育には双方向性が感じられ、知識の近接性と実用性を重視しているのに衝撃を受けました」
日本ではあまり進んでいなかった〝ER型救急医療”を学びたい気持ちもあり、米国留学を実現させる。留学後の3年間は、臨床に没頭。その後2年間はハーバード大学医学部マサチューセッツ総合病院に勤務した。
メイヨークリニックで研修医として働いていた時のもの。救急部長のDr.Sadostyと一緒に。
そこでは研究と教育、マネージメントを学び、指導医としても働いた。
「医師に限らず、ボストンでは様々な国の人が学んでいます。各国の精鋭が集まっており、卒業後は皆、医療、金融等の世界で活躍しています。その人たちが世界の変換の原動力になるわけです。そんな留学生の中に日本人は本当に少ないのが現状です」
さらに志賀氏は、日本の国際競争力が年々落ちていることを危惧する。
「留学と国力の因果関係を証明するのは難しいですが、伸びている国は留学している人がとても多いですね。医療進歩はとても早く、世界に目を向けなくてはならない時代にいます。つまり、グローバルスタンダードの中で生き残る能力を身に付ける必要があると思います」
留学の意義として、英語ができる、研究ができる、医療の知識、技術が伸びる、集中力が付くのはもちろんのこと、やはり、人として飛躍的に成長できることが大きい、と話す。留学の時期については、「臨床留学なら、学生の頃より初期研修を終えた後のほうがよい」と言う。
「野球選手が大リーグに行くのと一緒です。自我が固まり、国内で一定の経験や実績をつくってから留学したほうが成功しやすいと思います」ER型救急、心臓外科、循環器内科、腫瘍内科、移植医療などはアメリカのほうが進んでいるので、この分野は特に有効では、と言う。
「留学で難しいのは、病院研修マッチングの時ですね。アメリカの学生が優先されるので、研修先がないということもあり得ます」
留学経験を活かすアドバイスとしては、留学中は『郷に入っては郷に従え』で、米国流の時にはっきりとしたコミュニケーションが必要だが、帰国後は日本にあわせて『実るほど頭を垂れる稲穂かな』と姿勢を変化させることも必要だという。また学んだことをキャリアにつなげるためにも、職場選びについては、病院の方針と自分のやりたい医療が合っているのかを念入りに調べること。留学経験をきちんと活かすためにも、大切だと話す。
「留学は必ず誰にでも必要というわけではありませんが、異国で自分の価値を自分で創造できるまたとない機会です。キャリアアップの推進力にもなります。迷っているなら行ってほしいですね」と志賀氏は語る。
学生の頃、短期でイギリスに留学。在沖米国海軍病院など経て、2006年に留学。米国ミネソタ州メイヨー・クリニックで3年間研修を受ける。その後、ハーバード大学マサチューセッツ総合病院で指導医として勤務。
研究者の立場で、留学はどのような意味を持つのだろうか。以前の医学会では、短期であったとしても海外留学がその後のキャリアのために重要な意味があった。現在ではどうなのだろうか。
留学先であるワシントン大学セントルイス医学部麻酔学科講座の仲間との写真(左から5人目)。
「今は、インターネットが普及しているので、どこにいても、必要な情報を入手することはそれほど難しくはありません。そういう意味では、研究で海外に留学しないとだめだ、というケースは少なくなっていると思います。でも、自分の例を振り返ると、留学したことで研究の業績が増えましたし、その研究室でやっていたことが認められて、キャリアアップする手段の一つになりました」
そう語るのは、麻酔科学を専門に研究する里元麻衣子氏だ。防衛医科大学で学んだあと、大学院へと進んだ里元氏は3年の時に、1年間海外留学できるプログラムを使い、米国ミズリー州にある、ワシントン大学セントルイス医学部麻酔学科に研究留学をした。
「留学先は研究のために、今自分が使っているマウスを持つ大学を選びました。自分でセントルイス校のラボに連絡を取り、直接メールをやり取りして、留学を決めました。」
留学先では、施設設備をはじめとする研究環境に恵まれたとともに、人との出会いも、研究を進めるうえで大きな財産になったという。
「今でも当時の仲間と共同研究をしたり、困った時に問い合わせたり、その時の人脈が生きています」
留学するのならいつがいいかという質問には、「学生のときに短期でも留学すると、そこでコネクションをつくりやすくなるので、ひとつの方法ではないか」と助言する。
「考えておかないといけないのは、戻ったらどうするかということです。医局に席があり、留学後また受け入れてくれる場所があるのならいいでしょうが、それでもスムーズに戻ることができないということもあります。留学の成功は、留学後の設計にあるように思います。キャリア設計はもちろん、留学中も帰国後の人脈を途切れさせないことも大事です」
そして、「医療はチーム」だとも里元氏は語る。「自分が学んだことをほかの医師にも還元してほしい。医療の進歩に役立つように働きかけることで、留学できなかった人にも恩恵があり、留学経験を活かしたキャリア形成ができます」と助言する。
防衛医科大学校医学研究科に入学。博士号取得が確実になった大学院3年目に、海外研究のプログラムを得て、1年間米国ミズリー州にある、ワシントン大学セントルイス医学部麻酔学科講座に在籍。慢性疼痛の研究行う。
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