より高い収入を得たい、スキルを高めたいなど、次のステップをめざす医師は多い。多忙な日々の中、どうすればスムーズに転職活動ができ、満足度の高い転職ができるのだろうか。本企画では、医師の転職を支援しているキャリアアドバイザー29名に、転職を成功させるポイント、失敗につながる要因などについてアンケートを実施。都市部、地方部を担当する二人のキャリアアドバイザーへの取材も行った。成功のセオリーを探る。

取材者Profile

キャリアアドバイザー A
首都圏担当。漠然とした相談から明確なキャリアプランを引き出すベテランCA

キャリアアドバイザー A氏

キャリアアドバイザー B
エリア担当。「転職決定でなく、その後活動できる転職の支援」を心掛ける

キャリアアドバイザー B氏

  • 成功と失敗の分かれ目は?

転職の目的や条件を明確化し、ビジョンをもつ。
相場や求められる医師像と照らすことも重要

理想だけでなく現実も把握する

まずは転職の成功と失敗の分かれ目についてみていこう。

成功とは満足度の高い転職ができたこと、失敗とは転職に必要以上の時間と手間がかかった、満足度が低い、転職したものの早期退職となった、などが該当する。

転職が決まりにくい場合の要因は何ですか?(いくつでも)

転職先が決まりにくい要因としてキャリアアドバイザー(以下、CA)が挙げたのは上図のとおりで、もっとも多いのは、『希望条件と現実にギャップがある』だった。

具体的には、「週5日勤務の医師が、週4日勤務に減らして年収は増やしたいなど、条件が現実的でないと決まりにくい」といった指摘がある。

「平均より2〜3割高い年収を希望される場合、高いスキルがあって病院の経営に貢献できる、マネジメントに長けているなどの根拠がないと、病院への交渉が難しい」という。求める条件に相応する働きができるか、自身が何を提供できるか、という視点ももちたい。

今回、直接話を聞いたCAのB氏は、「自分が雇用主になったつもりで考えてみると、どんな医師が求められているか、またご自身の強みは何かを把握しやすい」と話す。

転職目的や将来的なキャリアプランが不明瞭という要因も少なくない。「不満があるから転職、というスタンスでは、転職先でも不満が解消されにくい。なぜ転職したいのか、どんな働き方をしたいかを明確にすることが、成功への第一歩です」

CAのA氏は、「スキルを高めたい、開業に備えて経営も勉強したいなど、長期的なキャリアプランをベースに転職の目的を明確にすることが大切です。最初は漠然としたイメージでも、CAにお話しいただくなどしながら、輪郭をはっきりさせていくことが大事です」と助言する。

家族に反対され転職を断念、というケースも少なくないので、早くから意思疎通を図っておきたい。

転職が決まりにくかったエピソード

●「医局では個室が絶対」「毎日タクシーで送迎して欲しい」など、細かく、マストな条件が多いと決まりにくい●転職への強い意思がなく、「今よりいい条件があれば考える」というスタンスでは、なかなか決まるものではない●希望条件などを本音でお話しいただけないと、ご紹介しても希望とギャップが生じるなど、時間がかかってしまい、医師の負担が大きい●周りの医師が好条件で転職されるのを見て自分も…というケースは現実と乖離があって決まりにくい。

医師に求められるコミュニケーション能力

少数だが、転職したものの早期退職となる例もある。

「医局の先輩から、年収2000万円など、いい側面ばかりを聞いて転職したケースでは、思ったより仕事がきつくて退職といったことも。悪い側面は聞いてみないと出てこないことも多いので要注意」(B氏)だ。

『人間関係がうまくいかなかった』というのは事前に回避するのが難しいように思うが、「病院内を見学したり、体制などについて質問したりすることで、ある程度の感覚はつかめます。気になることがあればCAなどに情報を求めてください」(A氏)

転職を繰り返すと、評価が下がることも。「担当の診療科がなくなったなど、合理的な理由があればいいのですが、ない場合は転職3回程度でも多いと捉えられがちです」(B氏)。退職から入職までの期間が空きすぎているのも印象がよくないという。

今、施設から歓迎されるのは、コミュニケーション能力の高い医師だ。

「患者さんやコメディカルに高圧的な医師は敬遠されがち」(A氏)で、とくに都市部では患者が医師に高いコミュニケーション能力を求める傾向にあることも念頭におきたい。

経営視点も大事であり、「病院の経営や将来像に関心を持てる医師、変化に対応できる医師が求められています。診療報酬の改定などについても、ひととおりの知識があれば施設から歓迎されます」(B氏)

転職後に早期退職となる要因は何ですか?(いくつでも)

今、施設からよく求められる人材タイプは?(いくつでも)

転職後に早期退職となったエピソード

●入職前に対面したのはトップだけだった。入職すると同年代の医師と相性が悪く、協働がままならないため、早期退職に●ゆったり働けると考えて老人病院に転職したが、入退院が意外と多いなど、急性期病院とは違う忙しさで早期退職へ●持病を隠して入職。勤務負担の重さで病状が悪化し、やむを得ず退職へ。事実をお話しくだされば理解ある病院のご紹介も可能だったはず●同僚の医師とではなく、看護師などのコメディカルとうまく関係が築けず、早期退職へ。

  • 成功するためのポイントは?

気になることを整理して効率的に確認。
現在の職場や家族への根回しも怠らない

転職目的・条件設定

キャリアプランを描き適した働き方を考える

転職を成功させるポイントは、『転職動機や目的を明確にする』こと。

「新天地でどのような働き方をしたいのかを明確にし、それを候補となる施設にもしっかりと伝える。施設はやる気のある医師を求めていますので、ビジョンが明確な医師には適した働き方を提案してくれることも多い」という。

「目の前の事ではなく、5年後、10年後を視野に入れて転職を考えることで、細かな条件に振り回されず、将来につながる転職ができると思います。女性医師も当面は時短で働くなどの制約があっても、具体的なキャリアプランをもてば施設も受け入れやすいといえます」

ページ下に医師の転職実態データを紹介しているが、転職活動をはじめた動機には、『収入を上げるため』『忙しさを緩和させるため』といった条件面の理由が目立つ一方、『スキルアップ』を挙げる人も多い。自身の場合はどれが該当し、どれがもっとも強い理由か考えてみたい。

B氏は「転職を希望されていても、お話を伺うなかで、現職のままでもキャリアアップができる、もう少し留まって経験を積まれた方が次に繋がりやすい、と考えられるケースもあります。第三者と話すことでお気持ちが整理されたり、明確になったりしますので、CAをうまく活用していただければ」と話す。

年収などの条件については、「100%希望どおりというのは難しいので、これは譲れない、これは譲歩できるなど、優先順位を付けてみると判断を誤らずに済みます」

「転職目的・条件設定」面で、転職を成功させるポイントは?(いくつでも)

転職目的・条件設定に関するエピソード

●手術をたくさん勉強できる、専門医取得可能、エリアは西日本と、転職の目的と条件が非常に明確。海外留学中のご相談でしたが、すぐに候補が見つかり、帰国後すぐに入職されました。資格も取得、出世もされ、医師、施設とも高い満足度です●お子様の進学に都合のいいエリアを希望、持病と付き合いながら勤務など、明確に条件を提示されたので、適切な施設をスムーズにご紹介できた。明確だったことで病院からも好印象を受けた。

準備・情報収集

相場観をもつことが効率的な活動につながる

転職には人材紹介会社を利用するほかに、同僚や知人から紹介を受けるという方法もある。しかし、個のつながりでは勤務体制や条件面など具体的な話がしにくく、口約束で不明確のまま入職、ということにもなりかねない。とくに上司の紹介などでは、「施設に不満があっても、上司の顔をつぶすことになるから辞められないといった悩みも少なくない」(B氏)ので、注意が必要だ。

転職にあたっては、「ご自身のスキルならどの程度の年収が得られるのか、どこまで希望が通るかCAから情報を得るなど、相場観をもつと効率的です」。医師同士のネットワークでは情報が偏ることもあるので、気を付けたい。「転職を希望する医療圏内にどんな施設があり、各施設がどんな役割を担っているかを把握すれば、ご自身の強みを最大限発揮できる施設を選ぶことができます」

転職実態データ(ページ下)によると、約33%の医師は入職希望時期の半年以上1年未満の時期、約27%の医師は1年以上前から情報収集を始めている。多忙な中で転職活動を行うことになるので、効率的に動くことを心掛けたい。

準備としては、『家族と相談しておく』ことも重要。「勤務地や収入などは家族の希望を反映させなければならないケースが多く、相談をしなかったために、転職活動が無駄になってしまうケースも意外と多い」という。勤務地の許容範囲など、詳細まで詰めておくと失敗は避けやすい。

転職先選択

気になることを整理施設は複数を比較検討する

実際に転職先を選ぶ際には、給与や労働条件、診療体制、診療環境など、気になる部分を明確にしておく、というポイントが挙がった。

給与などの条件面については面接の機会も利用して納得いくまで確認。学会出席や資格取得の費用を出してもらえるかなど、詳細に確認するほど失敗を避けやすい。

診療体制については、チーム医療はどう行っているか、夜間診療は当直医が行うか、主治医が呼び出されるかなどを確認しておきたい。また医師の人数や年齢構成などによって、自身には何が求められるのか、多くの症例を担当したいといった希望が通るかなどもチェックしたい。

A氏、B氏ほか、複数のCAから「複数の施設を見学することをお勧めしています」という声が寄せられた。「比較検討することで、各施設の特性もつかめますし、何を重視し何なら譲歩できるのか、ご自身の意思の確認もできます」

「転職先選択」面で、転職を成功させるポイントは?(いくつでも)

転職先選択に関するエピソード

●この病院はよくないと聞いたなど、根拠が明確でない情報に振り回され、見学を拒む医師がいらした。よくないかどうかは医師によって異なるので、自分の尺度で判断することが大切●施設の将来の姿をイメージし、そこで自分がどう働けるかを想定すると、適した施設がみえてくる●治療の必要性をどう判断するかなど、治療方針も施設により異なる。しっかり確認しないままに入職し、意識が著しく異なることがわかって早期退職に追い込まれたケースも。

面接・退職

面接はプレゼンの場 人間性や意思を伝える

「幅広い年代の患者への対応や多職種との連携が必要とされるいま、医師にはジェネラリストの視点や、チーム医療の運営能力が求められます。面接の場でも、それらに対応可能な人かどうかを見極められます」

一方、面接で聞き漏れが多いと最終判断ができないことが多く、非効率でもある。聞きたいことをまとめておく、CAに伝えておくなど、合理的に進めたい。基本的な情報を入手しておくと、面接時には気になるポイントを的確に質問できる。

服装についてはジャケット着用など、オフィシャルなスタイルが理想。

「現職の病院の悪口を言うのはご法度。マイナスのイメージをもたれます」「なぜ当施設に関心を持ったかを聞かれます。『紹介されたから』などではなく、自身のキャリアプランをどう実現できるか、希望とどう合致しているかなど、前向きな理由を話せるようにしておくと安心です」

「面接」面で、転職を成功させるポイントは?(いくつでも)

面接に関するエピソード

●外来の忙しさや残業時間、夏休みの日数など、条件面ばかりを聞き、施設側から、チーム医療が実現できないと判断されてしまった●当直後、ジャージ姿で面接に。絶対NGとは言えませんが、望ましくはない●条件面はCAに任せ、自身では診療方針や院長の考え方などをしっかりお聞きになった医師。施設からも歓迎され、スムーズに入職が決まった●資格も多くお持ちの医師でしたが、コミュニケーションの取り方に難があり、決定までに時間がかかった。

現職の退職についても、しっかりと筋を通すことが大切だ。

「狭い業界ですから、その後の仕事に支障をきたすことがないよう円満退職していただきたいです」(A氏)。そのためには「あらかじめ布石を打っておくと効果的」(B氏)。子どもの進学で…など、小出しに情報を出し、転職やむを得ず、のムードを醸成しておくのだ。キャリアプランが…といった内容だと、環境を整えるからと引き留められる可能性があるので、家族のことなど、周囲が口出ししにくい話題がいいという。

「とくに医局勤務の医師では強い引き留めにあう例が多いので、先に退職した先輩医師に相談するなど、しっかり根回しを」。配置転換などの検討が始まってから退職を申し出ると迷惑をかけることになるので、いつ切り出せば影響を抑えられるかも把握しておきたい。

CAが転職を支援しやすい医師の共通点は、『連絡がつきやすい』『本音を話してくれる』『情報を開示してくれる』など、難しいことではない。CAなどをうまく利用し、スムーズ、かつ満足度の高い転職につなげたい。

キャリアアドバイザーがお手伝いしやすい先生の共通点は?(いくつでも)

全体コメント CAからのメッセージ

●転職はゴールではなく、再スタートの機会。いきいきと働けるか、という視点をもっていただけるといいと思います●迷ったときは、自身の力が最大限発揮できるか、をお考え下さい。施設に貢献できれば条件面もついてきます●転職活動=転職、ではなく、活動を通じて現職のよさに気付くことも。それもまたキャリアアップにつながると思います●高齢化で合併症を併発している患者さんが多い中、チーム医療に積極的な医師が求められています。

医師の転職実態データ調査概要:医師に関する調査(楽天リサーチ実施/2016年3月/総回答数500人のうち常勤転職経験者196人のデータ)

●転職経験のある方、最初の転職活動は何歳ぐらいの時でしたか?

●直近の転職活動の動機は何でしたか?(いくつでも)

●情報収集開始時期はいつ頃でしたか?

●情報収集で活用されたもの(人)をお答えください(いくつでも)

●内定後に入職に至らなかった方、その理由をお答ください(いくつでも)

キャリアアドバイザーが見た 成功失敗事例集

CAのA氏、B氏が支援したケースから、成功例、失敗例をピックアップ。ポイントをおさえよう。

  • 実績と熱意を的確に伝え自らが活躍できる場と高収入を得た
    年齢・性別 40代・男性医師
    転職前 総合病院・外科系

    転職後 総合病院・外科系

    総合病院に常勤されていた40代の医師ですが、自身のスキルアップのため、救急対応・積極的に手術を行えることを希望し転職を検討されました。地方の特定地域ということで、転職活動をしていることが漏れないよう、慎重に転職活動をすることを望まれました。年収などの条件については、希望年収は高かったものの「自分からは言いにくいので、評価し、提示してほしい」とおっしゃり、自ら提示することは控えていました。ですが、大いに熱意があり実績があること、また医師が行いたいことが実践されれば病院の大きな収益になるという期待から病院も好条件を提示し、就任となりました。入職後、数年経過しましたが、病院に多大な貢献をされており、大変喜ばれています。医師ご自身も、着実にスキルアップを遂げ、満足度の高い転職となったようです。

  • 「クリニック継承のため」という目標を標準にキャリアプランを形成
    年齢・性別 40代前半・男性医師
    転職前 出身大学病院の産婦人科医局に常勤勤務

    転職後 市中病院の産婦人科クリニック

    国公立大学文系を出て教師を目指したものの、大学4年生のときに祖父のお仕事を見て医者に方向転換し、医学部に進まれました。30歳で医師になられたためか大学医局になじめず、34歳の時、医局を出られました。その際には産婦人科専門医取得を希望し、市中病院へ転職。

    その6年後、将来、祖父のクリニックを継ぐために必要な経験を積みたいと、再度の転職を決意されました。当初は都心部のクリニック希望でしたが、地方のほうが医師会との関係構築や病院との連携など、クリニック継承の際に役立つ経験ができると考え、最終的には、経営面も勉強できる地域密着型のクリニックに転職を決められました。「将来のクリニック継承のため」と、転職目的がクリアだったことが成功のポイントです。順調にキャリアを形成されており、45歳には継承される予定です。

  • 希望する条件を満たして転職したが仕事の内容が思ったより負担
    年齢・性別 50代・男性
    転職前 総合病院・内科

    転職後 訪問診療クリニック

    地方の総合病院に勤務されていた50代の医師。都市部の施設で、当直なしで働きたいというご希望でした。年収のご希望は1800万円以上。想定している地域では、当直なしで希望の年収が得られる求人は稀少でしたが、訪問診療を担う医師としてクリニックに入職し、希望を実現することができました。しかし、担当患者の急変時など、搬送手続きの際には病院へのやり取りを先生ご自身で行う必要があり、慣れない業務が負担になってしまったようで、満足度が低いようです。事前に双方で話し合い、合意はしていたものの、実際勤務すると医師が想像していた以上の負担を感じたということです。実際の業務フローを確認する、現場の見学を申し出るなど、実際に勤務をした時の負担・デメリットをより具体的にイメージできるよう、積極的に情報を得ることも重要です。

  • キャリアプランが不明確現状認識の甘さで迷走してしまう
    年齢・性別 30代後半・女性医師
    転職前 初期研修から病院で検診を担当

    転職後 スポット勤務

    初期研修中に妊娠、出産されました。「美容皮膚科に進みたいので、指導してくれる医師がいる施設を希望。子どもが0歳児なので勤務は17時まで、土日休みが条件。シングルマザーなので1300万円は欲しい」とのことでしたが、ご希望の施設がなかったため、まずは、病院で健診(問診・読影)を行いながら、美容皮膚の基礎として皮膚科のスキルを教えてもらえる、病児保育ありの施設に転職されました。「とりあず」と言われながら就任したものの、健診業務には不熱心で、3か月目ぐらいに「もう診療できるので、皮膚科の外来をしたい」と言われ、病院も困惑。結局1年後に美容皮膚の医院に転職しましたが、3か月後には退職され、現在は自由診療(にんにく注射・ビタミン注射)等のクリニックと、コンタクト眼科に、スポットでご勤務されているそうです。