超高齢社会の到来、医師の偏在やマンパワー不足など、医療現場には課題が山積する。それでもそこには「より良い医療を提供したい」という志が存在する。ICTはその思いを後押しするツールとして、ある場面では「切れ目なく、密に」またある場面では「迅速に、適切に」を実現し得る。急性期医療と地域包括ケアにおけるICT(情報通信技術)活用の先進事例を紹介する。
広島県南東部に位置する坂と海の町、尾道。人口14万人強、平成26年3月末の高齢化率は32・6%と全国平均(25・1%)を大きく上回るが、この地には四半世紀前より、医療・介護・福祉の多職種が連携して地域包括ケアを担う『尾道方式』が育まれ、今も脈々と息づいている。
尾道市立市民病院・名誉院長の土本正治氏は、「平成6年、急性期病院の受け皿として、医師会が在宅医療の充実に取り組んだのが始まりです」と振り返る。尾道では、看護や介護が早くから在宅ケアに奮闘し、医師会主導で勤務医とかかりつけ医の協力体制が築かれてきた。患者・家族を囲み、病院と在宅の主治医、看護師、薬剤師、ケアマネ、ヘルパーなどが一堂に会し、医療・介護の方向性を話し合う「ケアカンファレンス(CC)」は、今も多職種連携を旨とする尾道方式の根幹を成す。
ICTの導入により尾道方式を強化・発展させるのが「天かけるネット」の目指すところだ。
NPO法人「天かける」の理事長を務める伊藤勝陽氏は、「2つの急性期病院(尾道市立市民病院とJA尾道総合病院)用の『急性期参照サーバ』、かかりつけ医や薬局用の『地域共有サーバ』の3つを設置し、医療情報共有リンク管理機能ID-Linkを介して参加施設が情報を共有・閲覧できるしくみです」とシステムの概要を説明する。
各自IDとパスワードでログインすると、同意の得られた患者の治療や投薬の記録、検査データや検査画像があらわれ、認証を受ければ施設・職種の別なく同じ情報にアクセスできる。伊藤氏はこれを「地域全体が一つの大きな病院」と表現する。
同意患者数は約1万6000、参加施設は約130(医師会の約半数、薬剤師会の約3割)だが、それでも「重複投与4%の削減により尾道だけで年間2千数百万円、検査重複の11%削減も含めると、医療費抑制効果は計り知れません」と伊藤氏。土本氏も「救急搬送された患者のデータが速やかに把握できる」「原則15分間と定めるCCの事前準備が楽になり、話し合いの質も向上した」などを実務上の利点として挙げる。
電子カルテの導入が壁となり、かかりつけ医の多くは情報発信には至っていないが、インターネット環境さえ整っていれば閲覧は可能だ。
「病院主治医の手を煩わすことなく紹介患者の経過が追え、退院後も急性期病院の記録をもとに継続的な治療が行なえるなど、診療の質が向上したとの声が聞かれます」(土本氏)。
さらに、試行段階ではあるが、平成26年9月より、ID-Linkと医療・介護情報連携システム「ビロードケア」をつなぎ、ネットワークの充実をはかっている。ビロードケアの情報は、医療に直結する項目に絞り込み、看護や介護など多様な職種との言語のすり合わせに時間をかけた。多職種が評価を行なうADLは機能的自立度評価法(FIM)で統一し、身体所見など看護判断を要する項目もチェック式にして数値化している。ベッドサイドで患者さんと会話しながら入力できるようタブレットを採用し、「気になること」はコメントを入力することで医師に確実に伝わるようにしている。
「在宅主治医は訪問の合間の患者の状態を把握でき、病院主治医は退院の目安となる、入院前の病状や療養環境を確認できます」(土本氏)。
伊藤氏は現在、歯科医の参加と健診データの統合をはたらきかけている。「健診・医療・介護の統合により疾患リスクへの早期介入が実現すれば、罹患・介護予防にもつながります」と次なる構想を思い描く。
脳神経外科が手掛ける疾患のうち、脳卒中の治療はしばしば時間との戦いとなる。
東京慈恵会医科大学脳神経外科学教授の村山雄一氏がアイディアを出し、株式会社アルムで開発された汎用画像診断装置用プログラム「Join」は、モバイルとクラウドの活用により医療関係者間のコミュニケーションを支援するアプリだ。今年4月から医療機器としてソフトウェアでは初の保険適用され、現在、国内約60施設ほか、南米、台湾、スイスなど海外の利用も広がっている。
「緊急時、どこの病院も24時間365日専門医が対応できるわけではありません。院内外で医師同士が助け合えれば、救命可能性を上げて医師の負担軽減もできる。これはそのためのツールです」(村山氏)。
Joinには医用画像の標準規格DICOMビューワーが標準装備され、院内の画像管理システムとの連動で、どこでも検査画像が確認できる。オプションで病棟やICU、手術室の映像のリアルタイム配信も可能。閲覧データは端末に保存不可でセキュリティ面での安全性も高い。メンバー間のやり取りはLINEに似たチャット方式で行われる。
利用の最大のメリットは「判断が迅速にでき、かつ独りよがりにならない」ことだ。
「画像やデータを共有しながら、誰がどのような考えなのかが瞬時に全員に伝わります」(村山氏)。
万が一、専門医が不在であれば、患者をほかに移すのか、必要な処置の指示を出しながら専門医が応援に駆け付けるのか、複数の目による的確で最善の策を探ることができる。連携は、院内外に広がる。村山氏のiPhoneには複数のグループ設定があり、「脳外科医局」、本院と各分院間、医局員の派遣先病院のほか、虎の門病院、済生会中央病院など、脳卒中診療を担う近隣病院が参加する「東京都脳卒中連携」グループも。本来競合する施設同士だが、村山氏は「人の命を扱う医療業界では柔軟に連携すべき」との強い信念を持つ。利用のもう1つの大きなメリットは、医師の負担軽減だ。
「Join導入で急患の報告は増えましたが、不要な呼び出しが減り、遠隔地にいながらにして的確な指示が出せるようになりました。以前は、休暇で山にいても呼び戻され、日頃から飲酒も控える生活でしたから」と村山氏は語る。
東京慈恵会医科大学では村山氏主導の下、院内のIT化を推進。平成27年10月、IT環境が整いグループ4病院で一斉にPHSからスマートフォンに切り替えたことにより、アプリ利用が可能となった。
村山氏は今後についてこう語る。
「画像診断に適した整形外科、皮膚科や、人材不足の病理診断科などでも有用なシステムだと思います。脳神経外科の分野では、Join導入により脳梗塞患者の医療費を平均6万円削減できました。連携にも保険適用されれば、もっと助け合える病院が増えるでしょう。将来的には、救急車にも同システムを搭載してもらうことで、より多くの患者を後遺症なく救いたいと願っています」。
(株)アルム提供
(株)アルム提供
(株)アルム提供
株式会社アルムは、国内外の地域医療連携におけるモバイルICTアプリ開発に取り組む企業で、Joinのほか、救命・救急補助アプリ「MySOS」、医療・介護連携支援ツール「Team」などの開発を手掛ける。
「ICTが役立つ方向は様々ありますが、Joinは、医師to医師を対象にした『早期診断・遠隔診断』を目的に開発しました。モバイルに注力しているのは、インフラが既にあり、“人の命が救いやすく、医療費が低く抑えられる”ためです」とCEOの坂野哲平氏は語る。
診療補助の有効性に加え業務の効率化にも努め、「医局の予算でも払える料金設定」も実現したことなどから、ソフトウェアとして初めて保険適用を決めた。前述のように国内に加え、海外でも複数の導入実績を誇る。
「急性期医療では本来、救急搬送との連動が最も効率的です。残念ながら日本では現在は難易度が高いのですが、米国では既に、消防と急性期医療の連携で利用実績があります」という。また「本当はその前の予防が大事で、そこからやりたい。MySOSに健診データ連携機能も開発中ですが、今後はMySOS→Join→Teamを横断的につなげたサポートができればと考えています」(坂野氏)。
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