あらゆる業界がそうであるように、医療界でも日々グローバル化が進展している。そんななか、病院にも今まで以上にグローバルスタンダードの視点が求められるようになってきた。そこでここでは、年々増えている国際病院評価機構JCIの認証取得病院での先進事例を取り上げ、導入目的や効果、さらに今後の医療界が目指すべきことや今後の医師への影響について話を聞いた。

医療の質や医療安全の向上を目指し
JCI認証を取得する病院が増加

国際基準担保の証で医療ツーリズムにも有効

JCI(Joint Commission International)は、医療の質や安全性など、医療水準を認証する国際的な医療機能評価である。米国内の病院に対する第三者審査機関としてスタートしたが、現在は全世界でそのノウハウを活用した審査を実施している。米国の保険制度において、受診病院が認証を取得しているかどうかは、保険の判定や支払いにも影響する。そのため、海外の「医療ツーリズム」を推進する国々は認証取得に積極的だ。日本の認証取得施設数は他のアジア主要国に比べて多くないが、近年、増加傾向となっている。

アジアの主な国のJCI認定数

2016年5月16日現在

JCI/HPより

国内のJCI認定医療機関(18施設)

2016年5月16日現在

JCI/HPより

医療安全は世界水準を保つ必要
一方で「ジャパンスタンダード」の視点も

技術性と安全性は重要だが、文化性も無視できない

「日本の医療界は、技術はもちろん、全体的に非常に細やかだし、世界的にみれば質も高いと考えます」。こう語るのは、笹川記念保健協力財団の喜多悦子理事長だ。1988年、わが国初の紛争地支援としてユニセフアフガン事務所に勤務した後、数々の紛争地帯で医療支援に従事するなど、国内外の医療のあり方を知る氏の認識は、信憑性が高い。

では、医療界に求められる「グローバルスタンダードの本質」とはなにか。喜多氏の考えはこうだ。

「例えば、心臓移植を受けるとして、術式に関しては、どこでやってもある程度は決まっています。しかし、その患者さんをどのようにケアするかは大いに異なります。医療は、学問や技術の範疇でありますが、人を看るという点では文化性が非常に色濃く出るというわけです。これは、医療そのものの話からは外れるかもしれませんが、実はとても重要です。ある国では外国人が診療すること自体を許しておらず、同性同士でも他人に肌を見せることが憚られるという国もあります。そうした違いを知り、必要なことを行う。その応対は日本の医師の多くは、ほとんど経験していないところかもしれません」。

つまり、グローバルスタンダードの環境を整えても、患者と向き合う際に必要なのは文化の理解と人間関係を構築しようとする努力だ、というわけだ。確かに、これまで国内の病院ではそうした配慮が必要な機会は決して多くはなかった。だが、訪日・駐日外国人の増加が見込まれる今、このことは、病院にも医師にも、重要な視点と言える。

では、日本におけるグローバルスタンダードの必要性とその方向性についてはどうか。

「医療が複雑化している昨今、安全確保といった点は常に世界水準を保つ必要があるでしょう。一方、“日本の病院のやり方”に着目すべき点もあると思います」と喜多氏。続けて、 “阿吽の呼吸”や“暗黙の了解”といった数値化できない慣習を再評価し、国内で標準化する努力が必要だ、と指摘する。

大きく変化する社会環境のなかで、グローバルスタンダードに適応すると同時に、ジャパンスタンダードを確立することで質の担保をする、という視点も必要、ということだ。

外国人患者受入れ
医療機関認証制度(JMIP)

オリンピックを前にセットで取得する病院も

増加する訪日外国人旅行者や在留外国人に安全・安心な医療環境を提供するための取組みとしてスタートしたJMIP(「外国人患者受入れ医療機関認証制度(JapanMedicalServiceAccreditationforInternationalPatients)」。認証にあたっては、外国人患者の受入れ対応、多言語での患者サービスの実施、医療提供の運営のあり方、組織体制と管理、改善に向けた取組みといった点が評価される。「日本版JCI」とも言われるが、コンセプトが異なっており、2つの認証をセットで取得する例も見受けられる。

認証医療機関(15施設)

2016年5月16日現在

JMIP/HPより

喜多 悦子
公益財団法人 笹川記念保健協力財団 理事長
奈良県立医科大卒。20年間の臨床、研究、教育従事後、国際保健に転身。1986/87年中日友好病院、88-90年ユニセフアフガン事務所、97-2000年WHOにて医療活動に従事。01年、日本赤十字九州国際看護大学教授となり、後に学長となる。2013年より現職。人生訓は「美しき森は 暗く深し されど 我に守るべき約束 宿る前に 辿るべき長き道のりあり(ロバート・フロスト)」。

喜多 悦子氏

  • 事例1

NTT東日本 関東病院 医療の質や安全を確保維持するツールとして使い
本来の価値である”診療“が安心してできる環境に

高度化、複雑化する医療現場従来の方法では質担保は困難

都内で最初に同認証を取得したNTT東日本関東病院。受審は、「外国人も安心してかかれる、国際水準を満たした病院が首都にあるべき」という前院長の考えがきっかけだった。今回、話を聞いた現院長の亀山周二氏は、当時、泌尿器科部長として現場からこの取組みに尽力した一人だ。氏は、そのころを振り返りながら、まず日本の医療界の現状について次のように語った。

「いま、病院は患者さんを治したら終わりではなく、その先の回復期や慢性期、さらには退院後や介護のことまで考えなければいけない時代になってきました。高齢者の増加に伴って多疾患の患者も珍しくなくなり、最先端手術など高度な医療が展開される場面も増えました。医師だけで対応するのは無理ですから、あらゆる場面で多職種によるチーム医療も必要になってきました。

このような医療の高度化、複雑化のなかで医療の質を改善し、さらに医療安全を確保すること。これはどの病院にとっても非常に重要かつ難しいことと言えます」。

そんななか「JCI認証取得は、医療の質の改善や安全を国際的な水準で確保していくためのひとつのステップ。どうすればそれが達成できるのか、またその水準をどうすれば維持できるのかを明らかにしてくれる“ツール”として活用できるものだと思います」と亀山氏は語る。

JCI基準の15分野

NTT東日本関東病院HPより

目標項目の徹底と継続努力で意識変化と安全指数の向上

JCIには15章1100余りのチェックポイントや指標がある。

「例えば、手術前には術前サマリーを記載する、患部をマーキングする、麻酔がかかった段階で全員で自己紹介、数値確認等を行う、タイムアウトして始めるなど、すべて基本的なことで、文化というよりマニュアルのようなものですが、これらをすべて徹底すれば、一定の安全水準が確保できるはずです」(亀山氏)。

なかでも亀山氏が注目したのは2章『国際患者安全目標』(IPSG)の6項目だ。「これは凄い視点です。遵守すれば、医療過誤の多くは防げると思います」との考えを示す。

具体的に述べると、ひとつは患者誤認をしないこと。二つ目は、医療者のコミュニケーションを良くすること。三つ目は薬剤の正確な投与。四つ目は手術の安全な実施。五つ目は医療関連感染対策。最後に転倒・転落の防止、である。

同病院では、これを実践するため、手術前の確認やサマリーの記載、手術後はその内容や輸血の有無、合併症について確認する項目を作るなどしている。ルールが明確になり、医者や看護師、コメディカルなどがこれを共有するようになったことで、チーム医療の体制も強固になった。ルールに外れた場合、周囲が気付くことでインシデント防止にも繋がっているという。加えて、院内にこの6項目を示した患者向けポスターも貼り、浸透を徹底している。

また、ルールを継続的に浸透、徹底させるための取り組みもかなり行われている。中途採用医師には2日間にわたりオリエンテーションを実施。eラーニングなどのほか、年に一度は院内の全スタッフ1000人以上を10グループ程度に分け、院長自ら病院の理念や方針、JCI認証時に定めたルールを周知する機会を設けているとのこと。

「取り組みによって、病院全体の安全性が少しずつ高まっていっています」と亀山氏。院内での転倒や転落など有害事象件数の低下といった効果も目に見えて出ている。

「病院の本来の価値は診療です。環境整備により、医療者たちがより安心して自分の専門性を発揮できるようになることが、何よりの価値だと思います」。

インシデント報告件数の推移

NTT東日本関東病院提供

入院患者における転倒発生率の年度推移

NTT東日本関東病院提供

院内ポスターで患者へメッセージ

産業界の“カイゼン”手法など医療界も広く社会から学ぶべき

最後に、質や安全の改善について、亀山氏は、継続審査時のエピソードを例に挙げ、受審したからこそ気付いた「日本の医療にこれまでなかった視点」を紹介してくれた。

「2回目の審査の際、審査員に『日本は産業界において戦後めざましい発展を遂げた。業務の改善を繰り返し、職場の目標を達成するために試行錯誤を重ね、世界一素晴らしいシステムが取られている。日本の医療界でも同じ取り組みが見られると思っていたが、そうではなかった』と言われました。これは印象的でした」。

アメリカでは医療はビッグビジネスであり、人と資金を投入して効率的な道を探している。対して日本では、「経営者も医者であり、比較するとNPO的な感覚がある」と亀山氏。

しかし、もし世界にも注目される “カイゼン”手法が医療界に導入されれば、医療の質向上や安全確保はもちろん、限りある医療資源の有効活用手法も見出されるかもしれない。

例えば、日中と夜間とでは従事するスタッフの数に違いがあり、後者の方が転倒や転落といったリスクが高まるのは仕方のないことだ。だが、現実にそれは許されない。

「これまでは現場の職業倫理の高さなどでカバーしていたことをカイゼンし、前述のように医師らが専門集団として本来の力を発揮できるような環境をさらに整える。そのために、有効であれば他業種のノウハウも積極的に取り入れるべきだと考えています」と氏は語る。

同院では、「ASUISHI(明日の医療の質向上をリードする医師養成プログラム)」を受講する医師も出ている。

「約半年の講義で学んだことが当院に持ち込まれれば、新たな変化が起こると期待しています」と、亀山氏は今後を見据える。

「専門に特化したい医師もいるでしょう。しかし今は、社会に目を向け、何が求められているかを考え、医師や病院が全体としてそれにどう向き合うか、考える必要があると思います」と、亀山氏は強調する。

その考えが、JCI認証取得をはじめ、JMIPの認証取得や災害時拠点病院となることに繋がっている。

2回目のJCI審査の際の審査官との記念写真(上)と審査風景(下)。審査は職場でも行なわれる。

亀山 周二
NTT東日本 関東病院 院長
1981年東京大学医学部卒。泌尿器科医として、17年超にわたり第一線で活躍する。2014年からNTT東日本関東病院院長に就任。「専門的な治療をやることにおいて、我々の存在価値がある」との考えから、現場の改善や効率化に積極的に取り組んでいる。また、現状がどうであるかを知るためにも必要だ、との考えから現在も診療を行っている。

亀山 周二氏

  • 事例2

医療法人沖縄徳洲会 湘南鎌倉総合病院 JCI認証取得で患者にも医者にも良い体制に
安全を測る数値が改善し、外国人患者も増加

10回落ちても、11回チャレンジする」決意

「救急車の受入れ数、日本一」とも言われる湘南鎌倉総合病院がJCI認証を取得したのは2012年のことだ。1988年に開院し、現在の施設に移転するにあたり、床面積2・5倍、患者数1・5倍規模の病院になるのを機に「内容もそれに見合ったものにしたい」と考えたことが取得のきっかけだという。

まだ制度の認知が十分でなかった当時、「12年9月に受審する」と決めてプロジェクトを始動。韓国や台湾などアジアの著名な病院にも視察に出かけたという。そこで目の当たりにした違いから、「日本の評価以上のものを、と考えたらJCIだろう」という思いを強くしたという。

権藤 学司
医療法人沖縄徳洲会 湘南鎌倉総合病院 副院長/脊柱脊髄センター長 脳神経外科部長
弘前大学出身。脳疾患手術全般、脊椎・脊髄、末梢神経の手術に至るまで精通し、多岐にわたる手術を数多く執刀している。手術手技が安全確実かつ無駄がなく速い。現在は脊椎・脊髄疾患の手術に力を注いでおり、積極的に新しい術式を取り入れている。JCI認証取得にも積極的で、継続の陣頭指揮を執るなどしている。

権藤 学司氏

代田 雄大
品質管理室/QIセンター

代田 雄大氏

石田 亜紗子
国際医療支援室 副主任

石田 亜紗子氏

審査に向けての取組みは地道だが、良さはすぐわかる

認証取得の陣頭指揮を執ったのが権藤学司副院長だ。事前準備には1年半から2年程度は必要と言われていた受審までの期間を、同院では最大の2年と長く設けることになったという。

なぜ、そこまで時間をかけるのか。それは、JCIの審査が徹底して現場に目を向けたものになっているからだ。審査項目が多岐にわたるうえ、審査対象は医師をはじめとする病院関係者や委託業者、患者にまで及ぶ。合格には90%以上の適合が求められるため、関係者が一丸となって対応する必要がある。

受審に向けた取組みのなかで大変だったことの一つが「カルテの記載ルールを統一すること」だという。

「それまでは、ある大学から来た人はこういう書き方、この病院から来た人はこういうスタイル、というふうでした。主訴、現病歴、既往歴、理学所見、検査所見、診断などを書くにしてもその順番が違っていたり、ほとんど書かない、という先生も。それを統一し、最低限記載するべき項目も決めて全医師に徹底するわけです。極めて基本的なことですが、想像以上に大変でした」と、権藤氏は振り返る。

同院は「患者を断らない」ため、極めて多忙な病院だ。「とても手が回らない」との医師の声も予想されるなか、「診療情報管理室が記載率を数値化してしめすなどしながら、粘り強く改善を促しました。それでも模擬審時点では不十分で、『本審査は先延ばしした方がいい』と、アドバイスされるほど。本番では95〜96%書けている状態に持っていくことができ、ホッとしたものです」と権藤氏。

ともに準備を行ってきた品質管理室の代田雄大氏、国際医療支援室の石田亜紗子氏も認証取得に向けた取組みの難しさを振り返る。

だが、こうした地道なルール徹底の取組みから得られたメリットは大きい。例えばカルテ統一によって、カルテは医師のメモ書きからコミュニケーションツールになった。どこに何が書かれているか明確になり、情報共有が円滑に進むようになったという。さらに、ソートやタグ機能を導入することでカルテに情報検索など新たな機能を持たせることもできるようになったという。

「設定された細かいルールは面倒に見えますが、いざやってみるとJCIの内容はごく当たり前のことが多い。『良いものだ』と思える部分は多いと思います」と権藤氏は強調する。

最近は、「JCI認証を取得していることを知って中途で入る医師もいる」とのこと。こうした取組みを魅力に感じる医師が現れはじめているようだ。

外国人患者数の推移

外国人患者数の推移

湘南鎌倉総合病院提供

外国人患者・母国語別の推移

外国人患者・母国語別の推移

湘南鎌倉総合病院提供

医療安全と質に大きな成果国際水準を知り貴重な気付きも

医療安全面の改善に目に見えた効果があった。まず、患者誤認などの単純ミスが相当数減少。インフルエンザ、ノロウイルスの発生も格段に減り、転倒発生率も減った。患者側からも当初は「何度も名前など同じことを言わされる」との声もあったが、「安全が守られるならいい」という意見が聞かれるようになった。

さらに、「意識を変えて」「手順を決めて」「ちゃんと運用する」ことにより、皆が報告するようにもなった。

「報告を挙げることで院内が良くなっていく様子を目の当たりにし、皆が積極的になってきたのだと思います」と代田氏。品質管理室がPDCAを回す役割を担い、継続的に取り組み続けることで、さらに改善が進む好循環となっている。

こうした変化について権藤氏は「グローバルスタンダードに合わせるなら最低限これはやるべきだ、ということがJCIの審査を受ける過程で分かった」という。

「良い医療を行いたくても、何をやればいいのかが分からなければ手が出せないもの。これまでも患者が喜ぶこと、希望することに取り組んできましたが、JCIによって足りない部分に気付かされることもありました」と認証取得の利点を挙げる。

上写真(2枚)は、JCI審査官と撮影したもの。模擬審査を含め、認証取得に向けたアドバイスなどを受けた。下写真は、2015年にJCI認証継続が決まった際に授与された認証。エントランスに掲げられている

外国人増でJMIPも取得グループの質向上にも好影響

一方、同院はJMIPの認証も取得している。これは、「いつでも、どこでも、誰でも」医療を受けられるように、という徳洲会グループの考えによるものだ。この「誰でも」には当然外国人も含まれる。

「言葉が分からなくても断らないことを知って、当院に救急搬送される外国人は多くいらっしゃいます。それなら、体制を整えよう、と考えたわけです」と、石田氏。

国際医療支援室ではこれら外国人受け入れサポートに努めている。通訳者も英語、中国語、ロシア語、フランス語など多言語に対応した人員を配置。JCI取得病院であることも浸透し、今では外国人をサポートする団体や、一度来院した患者の知り合いが、遠くから来院する例もあるという。人間ドックやがん治療などのメディカルツーリズムも増え、結果としてここ数年で、外国人患者はグラフのように急増した。 

では、今後もJCIのような認証を取得する病院は増えていくのだろうか。「グループ病院の者としての見解だが」と前置きしたうえで、権藤氏は次のように語る。「資金面や体制面を考えると、取得する数はそう増えないと思います。しかし、JCIを取った病院が先導して、グループ全体の安全基準を決めていくことは有益だと思います」と今後を示唆する。

医療の質向上と患者の安全確保を念頭に、グローバル社会も視野に入れてしなやかに進化すること。医療界には、変化が確実に起こっている。