【第5回】医療の現場から考える 在宅医療の「今」と「これから」

  • 記事公開日:
    2023年10月10日

現代の超高齢社会の進展に伴い、「多死社会」という言葉が注目されている。2010年に約120万人だった年間死亡数は増加の一途をたどり、団塊世代が80代後半となる2030年代には160万人を超える見通しとなっている。そこで問題となっているのが「看取りの場所」だ。現在、病院が8割を占めているが、自宅で最期を迎えたいという国民が半数を超えるという統計もあり、在宅医療の果たす役割への期待は高まりつつある。シリーズ5回目の今回は、看取りの実際について、引き続き「ふたば在宅クリニック」の理事長で医師の石井成伸氏に話を聞いた。

人生の貴重な時間における
終末期の意思決定と“看取り”に
医師として立ち会うということ

在宅での死亡数は
日本においても増加傾向に

以前は病院よりも自宅で死を迎えるケースのほうが多かったが、1970年代中盤に逆転した。これは医療の進歩により、がんの緩和ケアなど終末期に行える医療行為が増えたこと、また核家族化が進み、“介護力”が低下したことも要因だろうとも言われている。しかし2005年を境に、在宅での死亡数が僅かだが増加傾向に転じている。

「自宅で最期を迎えたいという患者さんご本人のご要望や、最期を見守ってあげたいというご家族のご要望で、在宅でのターミナルケアのニーズは高まりつつあり、在宅での看取りは今後さらに増えていくのではないでしょうか」と語る石井氏。同氏が理事長を務める在宅クリニックでは、2023年7月31日時点で、累計1,500人超の看取りを行なっているという。

「当クリニックでは、オンコール体制を整え、患者さんやご家族の意向に沿ったターミナルケアを心がけていますが、そのご意向や状況は千差万別で、ひとつひとつのご家族に即した対応が、在宅における終末期医療では非常に大切になります。」

理事長 石井 成伸 氏
理事長 石井 成伸 氏 ◎2008年/聖マリアンナ医科大学 卒業、東京女子医科大学病院 初期臨床研修医 ◎2010年/東京女子医科大学病院 第一内科 ◎2012年/社会福祉法人恩賜財団済生会支部 埼玉県済生会栗橋病院 呼吸器内科 ◎2017年/ふたば在宅クリニック 開設 ◎2018年/医療法人社団 爽緑会 ふたば在宅クリニックと法人化
■認定医・専門医/○日本内科学会認定 内科認定医 ○日本呼吸器学会認定 呼吸器専門医 ○がん緩和ケア研修会修了医 ○認知症サポート医 ○難病指定医 ○臨床研修医指導医

どのような医療やケアを行うか
家族との話し合いも重要に

在宅医療の患者の多くは高齢者だが、対象となる年齢は幅広く、小児の難病や、若いがん患者などをケアするケースもある。それぞれの患者や家族に寄り添いながら、適切な医療を提供していくのが在宅医療に関わる医師の役割となる。

「若い患者さん、特にお子さんの患者さんを看取ることは医師としても辛い体験です。ご家族の悲しみも大きく、その時点で医師としてできることは少ないのですが、そこに至るまでに、どれだけご家族が納得できる医療を提供できたかが重要です。」

これは高齢者における終末期医療、および看取りでも同様だが、さらに難しい部分もあると石井氏は語る。

「高齢の患者さんでは、いわゆる“大往生”という方も多く、その場合、『よかったね』『よく頑張ったね』とご家族も納得され、医師も感謝されることが少なくありません。その一方で、『もっと長く生きてほしかった』『延命措置として、まだ何かできたのではないか』と考えるご家族も中にはいらっしゃいます。例えば90歳、100歳になって、ご飯が食べられなくなった際に、胃ろうを造設して栄養を摂取できるようにすれば、多少の延命はできる場合があります。医師としては、胃ろうは患者さん本人の負担にもなりますし、点滴による栄養補給のみにして、静かに最期を迎えさせてあげるのも一つの選択肢だとお伝えすることがありますが、患者さん本人が意思決定を行えない場合に、ご家族が『それでも延命させてほしい』と言われるケースもあります。そうした時にポイントとなるのは、患者さん本人がまだ意思決定を行えるうちに、『こういう状況になったら、どんな治療を受けたいか』ということを、ご家族を交えて話し合っておくことです。」

終末期の生活の質に注目した
ACPへの取り組み

終末期に患者がどのような医療を受けたいか、ということに関しては、在宅医療にとどまらず、病院を含め医療従事者にとっては大きな問題である。終末期においては約70%の患者において意思決定が不可能という数字もある。そこでACP(アドバンス・ケア・プランニング/Advance Care Planning)という取り組みが重要になる。これは患者本人を主体に、その家族や近しい人など信頼できる人々、医療・ ケアチームが、繰り返し十分な話し合いを行い、将来の終末期の医療について本人による意思決定を支援するというものだ。

厚生労働省でも、死期によらず、最期まで尊厳を尊重した人間の生き方に着目した最適な医療・ケアが行われるべきだという考え方により、2015年に「終末期医療」を「人生の最終段階における医療」という表現に改め、さらに2018年からはACPに「人生会議」という愛称をつけて普及啓蒙活動が続けられている。

「当クリニックでも、積極的にACPの取り組みを行なっており、弁護士も交えて書面を作成し、承諾書という形にしています。ただし、お身体の状況は変化するものですし、お考えも変化するものです。そのため、話し合いは機を見て繰り返し行い、記録していくことが重要です。ご本人の意思確認が難しい場合は、事前にご本人の意思を表示した書類などがあれば、それに従って医療やケアの方針を決めていきます。どのような医療やケアを提供していけば、患者さんの終末期の生活の質、人生の質を高めていけるか、ということを念頭に置いて取り組む必要があります。」

遺された手紙に記された
感謝の言葉に心が動く

在宅医療においては、ACPの取り組みを含め、患者や家族と医師が信頼関係を築いていくことが大切になる。信頼関係があることは、患者と家族が人生の最期の時の過ごし方に満足できるかどうかの重要な要因になると石井氏は語る。

「以前に私が病院勤務時代の外来から10年間くらい診ていた男性の患者さんがいました。最終的には肺がんによって看取ることになったのですが、その方は亡くなるに際してご家族に手紙を遺されていました。自分が死んだ後のことについて、様々なことを書き記されていたのですが、その最初の部分に『まず石井先生に連絡するように。そしてしっかりと感謝するように』と記されていました。その手紙を見せていただいた時には非常に心が動かされ、今、思い出しても涙が出そうになります。また101歳で亡くなられた女性の患者さんなのですが、月2回の訪問診療を楽しみにしてくださり、私と一緒に撮った写真を枕元に飾っていただいていました。患者さんに信頼していただいたことで、在宅診療がこうした方々の人生の最期を少しでも豊かにできたのであれば、またご家族が満足されたのであれば、これに勝る喜びはありません。」

患者や家族の状況はそれぞれ異なるもので、全てにおいて同じように満足してもらえるかどうかはわからない部分もあるが、全ての患者や家族に対して、常にフラットな姿勢で最善の在宅医療を提供していきたいと語る石井氏。当シリーズ最終回は充実した在宅医療を行うために重要となるチーム医療について聞いていく。

患者さん対応中の理事長 石井 成伸 氏
患者の人生をより豊かなものにするためには、信頼関係を築くことが重要という石井氏
この記事を読んだ方におすすめ
幅広く求人を検討したい方
非公開求人を紹介してもらう
転職全般 お悩みの方
ご相談は無料転職のプロに相談してみる

あわせて読みたい記事

第1~3回に続き、ふたば在宅クリニックの理事長で医師の石井成伸氏に話を聞きつつ、「在宅医療でできること」について考えていく。

第2回に続き「訪問診療」に取り組む、ふたば在宅クリニックの理事長で医師の石井成伸氏に話を聞く。