超高齢社会の進行、そして限りある医療資源との兼ね合いにより、在宅医療へのニーズは大きく高まっている。それに伴って在宅医療に求められる医療の質も高くなっているが、医療技術や医療機器の進化により、病院で行われる医療との差は縮まってきているという。シリーズ4回目の今回は、訪問診療を手がける「ふたば在宅クリニック」の理事長で医師の石井成伸氏に医療の現場での話を聞きつつ、「在宅医療でできること」について考えていく。
地域医療において重要な役割を果たす在宅医療。しかし、そこで提供される医療サービスが、ニーズを満たすレベルでなければ、結局、病院に頼らざるを得なくなる。しかし現在の在宅医療では、病院と同等の医療を行うことが可能だと石井氏は語る。
「様々な医療機器の進化や小型化などによって、在宅医療でできることは格段に増えています。年々、病院との差は縮まっていると言えるでしょう。手術や、大型の機器や特殊な環境が必要なCT、MRI検査はできませんが、それ以外はほぼ、病院と同等のことができると思います。言わば“動く病院”であり、私たちも常にそこを目指しています。」
在宅医療はいわゆる往診と訪問診療に分けられる。往診は主にかかりつけ医などが、急な要請に応じて行うものだが、訪問診療は月に2回など訪問日時を決め、計画的に行われるものだ。計画に関しては患者が必要とする医療サービスを、患者本人、病院の主治医、家族、訪問診療をする医師等が話し合い、決定していく。
「提供する医療は患者さんの状態や、本人あるいはご家族の希望によって様々です。全身状態の管理をベースとして、採血・尿検査・心電図検査・超音波といった各種検査、そしてご自身で物が食べられなくなったり、排尿できなくなったりした患者さん、呼吸が難しくなった患者さん等への処置、末期がんの緩和ケアなど、幅広い領域に渡って、病院に入院しているのと同等の処置を行っています。」
処置としては具体的に、経鼻胃管や膀胱留置カテーテルなどの各種カテーテルの交換と管理、在宅中心静脈栄養法(HPN)やCVポート管理、在宅酸素療法の導入と管理、人工呼吸器の管理や気管切開カニューレの交換、末梢静脈栄養法(PPN)など各種の注射・点滴療法、胃瘻管理、さらには予防接種の対応まで、訪問診療で行うことができるとのこと。この他にも、それぞれの相談に応じて、対応可能となる処置もあるという。
在宅医療では、様々なポータブルの医療機器が活躍している。超音波(エコー)検査機器、心電図、血液ガス分析器、尿検査機器、生化学検査機器、顕微鏡、さらには在宅医療用のレントゲンや携帯型内視鏡もあり、自宅(あるいは施設)で精密検査を行うことも可能となっている。検査を受けるために病院に足を運ぶ、という手間も省け、患者本人や家族の負担も軽減され、検査結果によって診療プランの見直しなども柔軟に行うことができる。
「検査だけではなく、治療という側面でも各種医療機器は役立っています。例えば、がんの緩和ケアにおいては、自宅で患者自身、あるいは家族が痛み止めを点滴できる機器もあります。がんの痛みを取る方法としては、飲み薬の他、シール剤、座薬、点滴がありますが、飲み薬や座薬は嘔吐や下痢によって効力が失われる場合があり、シールですと強い痛みが起こったときに速効性がありません。その点、点滴は効果があるのですが、その度に医師や看護師が訪問するのは難しいものがあります。そこで、携帯型の点滴ポンプを利用することで、痛み止めの点滴を効果的に自宅で行うことができます。」
このポンプは、PCA(Patient Controlled Analgesia:自己調節鎮痛法)ポンプと呼ばれるもので、24時間、一定量の痛み止めを点滴する機械である。24時間点滴をしながら痛みが強いときは自分で痛み止めの量を増やすことが可能で、流量や追加量の調節もでき、せん妄などで何度もボタンを押せないようにするロック機能も付いているという。
「こうした医療機器もなるべく最新のものを揃え、ご家族や訪問看護ステーションのスタッフの方々にも協力していただきながら、患者さんにとって最も良い医療は何かを考え、訪問診療に取り組んでいます。ただし、医療機器を揃えるだけでなく、それをよりベストなタイミングで、よりベストな形で使用していくという、使う側の医師の経験やスキルも大切になってきますので、常に学んでいく姿勢が必要だと思います。当クリニックでは、緩和ケアに関しては得意な医師も多く、またしっかりとしたマニュアルも整備するなど、体制を整えています。」
医療機器だけではなく、医師の経験やスキルも重要だと語る石井氏。同氏が率いる「ふたば在宅クリニック」では、腹水穿刺や胸水穿刺、さらには輸血といった比較的専門的なスキルが要求される医療行為も在宅で行っているという。
「腹水穿刺は、がんや肝硬変の患者さんで苦痛を除去するために腹水を抜くものです。場合によっては週に1〜2回、行うこともあり、その度に病院に通院することは、ご本人はもちろん、ご家族の介助を考えても大きな負担となります。訪問診療で腹水穿刺を行うことにより、その負担を軽減でき、生活の質を少しでも改善することにつながります。腹水穿刺には、腹水の量などを確認する超音波検査、実施するための各種の器具も必要ですし、医師のスキルも必要ですが、当クリニックでは環境を整え、腹水穿刺、また胸水穿刺も可能となっています。」
また同クリニックでは、訪問診療において輸血も行っている。いわゆる「在宅輸血」で、従来、輸血は病院で行われてきたものだが、超高齢社会の進行に伴って、在宅輸血のニーズも高まっているという。
「在宅での輸血は、医師に高い専門性が求められ、さらに副作用への対応や、血液製剤の管理などの取り扱いの難しさ、医師や看護師の付き添いの必要などもあって、なかなか難しいものがあり、白血病や悪性リンパ腫、再生不良性貧血、多発性骨髄腫、骨髄異形成症候群など悪性疾患の方で在宅での緩和ケアを希望する場合でも、輸血がネックとなって、それが実現できないということもあります。当クリニックでは、なるべく多くの患者さんに住み慣れた場所で家族との時間を大切にしていただきたいとの思いもあり、在宅輸血にも取り組んでいます。」
この他、医療技術や医療機器ではないが、電子カルテやタブレット端末の導入などにより、いつでも、どこにいても患者情報の共有を可能としていることも、より在宅医療をスムーズにしていると石井氏は語る。次回は訪問診療を行う中で接した患者や家族の実際などを通じ、在宅医療の手応えについて同氏に聞いていく。
あわせて読みたい記事
第1,2回に続き「地域におけるネットワーク構築」について、ふたば在宅クリニックの理事長で医師の石井成伸氏に話を聞く。
第1回に続き「在宅医療に取り組む医師の肖像」をテーマに、ふたば在宅クリニックの理事長で医師の石井成伸氏に話を聞く。