日本、とりわけ医療資源の少ない地域においては、現在、在宅医療の必要性が高まっている。しかし、在宅医療の実際については、在宅医療に関わっていない医師、患者・家族双方において、まだまだ理解が進んでいないのも事実である。シリーズ第2回目の今回は、「在宅医療に取り組む医師の肖像」をテーマに、在宅医療が果たす役割、そして現場の医師がどのような思いで在宅医療に取り組んでいるのかについて、引き続き、ふたば在宅クリニックの理事長で医師の石井成伸氏に話を聞く。
現在、埼玉県、千葉県、そして東京都の東部地域で在宅医療クリニックを展開している石井氏。これら医療資源の少ない地域の人々に、充実した医療を提供していくためには、在宅医療の果たす役割は大きいと同氏は語る。しかし一方で、在宅医療が十分にその存在意義を示すには、患者や家族への「教育」が必要であるともいう。
「基本的に患者さんやご家族は、何かあったら病院に入院したい、病院に入院させたい、という思いが強いな、というのが現状の実感です。埼玉県北部で在宅医療を開始した当初も、在宅医療を選択するよりは、地域の中核病院へ、と言われる方が多くいらっしゃいました。しかし在宅医療では、患者さんによっては病院よりも適切な医療を受けられる場合が少なくありません。さらには国における医療費や医療資源の逼迫という側面からも、在宅医療という選択肢をより考慮することについて、もっと患者さんやご家族に理解してもらうことが必要だと感じています。『教育』というと上からの目線になってしまうかもしれませんが、こちら側からも理解をしていただけるよう、『在宅医療ができること』を伝えていくことは重要だと思います」
特に地域包括ケアの中において、在宅医療の役割を明確にしていくことが大切であり、それを踏まえて在宅医療のメリット、デメリットを正しく理解してもらい、在宅医療の価値に気づいてもらうことが重要だと石井氏は語る。
「確かに在宅医療では、24時間、看護師がついているわけではなく、介護面では家族に負担がかかることが考えられます。核家族化により、共働きも多い現代においては、家庭の実情にマッチしていないところもあるかもしれません。しかし、例えば100歳に近い高齢患者さんなどでは、大きな病院では受け入れてもらえない場合もありますし、入院したとしても特別な治療ができるわけではなく、ベッドでチューブなどに繋がれて、ナースステーションで看護師が心拍数を見ているだけ、という状況にもなりかねません。それであれば、住み慣れたご自宅で、必要十分な医療を受けながら過ごすというのも一つの選択肢です。総合的な判断のもと、在宅医療のメリットをご理解いただければと考えています」
現在、精力的に在宅医療に取り組む石井氏。その熱意とエネルギーはどこから来るのか。その根本には、「困っている人を助けたい」という思いがあるという。
「私の父は千葉県で開業医をしていました。私が勤務医だった時には、将来的に父の跡を継ぐ、ということも選択肢として考えたことはありました。それで生きてはいける、と(笑)。私が跡を継げば、父についている患者さんも安心するであろうとも考えましたが、一方、自分が継がなくても、父が引退したら患者さんは近くの他の診療所に行くようになって、別に困らないだろうとも思いました。外来に関しては自分でなくてもいいのではないか、もっと自分にしかできなくて、かつ、困っている人を助ける、社会貢献に繋がることがしたい、そう考えた末、勤務医時代に地域医療におけるニーズを感じていた在宅医療の分野への挑戦を決めました」
石井氏は、人口当たりの医師数が全国でも少なく、医療資源が不足している埼玉県、中でも医療崩壊が進んでいた同県北東部に、まず一つ目の在宅クリニックを開院し、診療はもちろん、在宅医療の啓蒙、地域連携システムの構築、就労環境の整備等に懸命に取り組み、厚生労働省より機能強化型在宅療養支援診療所・在宅緩和ケア充実診療所に指定されるまでになった。
「グループとしての理念は『真の社会貢献』です。受け皿がなく、困っている患者さんやご家族への医療提供はもちろん、それにより病院など医療従事者側の負担も軽減できるような連携体制を構築し、さらには国の医療経済的な課題にも貢献するという、日本の医療の形、というマクロの目も持って、その一つの“ピース”となれるよう、取り組んでいます」
石井氏が率いる法人は医師も増員され、現在では呼吸器・循環器・消化器の学会認定専門医中心に脳神経科・皮膚科・精神科に至るまで総勢20名という体制だ。
「在籍する医師のほとんどは、最初は在宅医療の初心者です。しかし在宅医療といっても行うことは病院と一緒です。終末期の看取りなど、少し異なる面はありますが、皆さんスムーズに取り組んでいくことができていると思います」
法人の門を叩く医師は、様々な思いを持って、在宅医療の世界に飛び込んできていると語る石井氏。これまでの専門とは違うことにチャレンジすることは、在宅医療へのハードルを高めているようにも思えるが、丁寧な教育も行い、1日1回カンファレンスを行うなど、フォロー体制も整えることで、そのハードルも下げているという。
「循環器の先生が将来的なことを考えて挑戦してきたり、外科のベテランの先生が、メスを置いて、次のステージとして在宅医療を選んだり、今まで消化器しか診てこなかったから、今度は総合診療医として新たな領域に挑戦したいとか。病院での仕事をやりきったから、次は地域に根ざし、地域に貢献する医療がしたい、という思いを持った先生が多いですね。中には一定の規模の病院で院長を務めていた脳外科の医師の方もいます。患者さんに直接触れ合える地域医療に取り組みたいが、今から開業するのも大変、ということでいらっしゃったようです」
様々な思いを持った医師が挑戦している在宅医療の世界。次回はその在宅医療と、地域における各分野との連携スタイルについて、引き続き石井氏に聞いていく。
あわせて読みたい記事
「首都圏の在宅医療の現在」と題して、首都圏で訪問診療を展開する医師に話を聞いた。
医師同士のタスク・シェアなどで負担軽減を進めてきた医療現場の事例から、成功要因を探った。