近年、日本では世界でも稀にみる超高齢社会による高齢患者の増加が問題となっている。高齢患者は多病であったり、通院が難しかったりという理由から、在宅医療の必要性が高まっている。さらに在宅医療は高齢者に限らず、身体不自由患者も対象となるため、若年層の医療領域でもある。現在、国の方針も『病院から在宅』へとされており、これからさらに必要とされる在宅医療に関し、現場医師への取材を通し、シリーズでその実態を追う。第一回目の今回は「首都圏の在宅医療の現在」と題して、首都圏で訪問診療を展開する医師に話を聞いた。
東京都港区六本木。東京ミッドタウンの目の前に、医療法人社団 爽緑会 ふたば在宅クリニックの本部はある。ここを拠点に同クリニックは、現在、新小岩院、北千住院、埼玉院、佐倉院、八千代院の5つのクリニックを構え、今後も分院展開していく予定という。まず、なぜ本部を六本木に置いたのか、理事長である石井成伸氏に聞いてみた。
「単純に本部スタッフや管理職の通勤等の利便性を重視し、埼玉、千葉、東京の東エリアに対してほぼ等距離に位置するという点からです。今後の分院展開に向けても機動性がいい場所だと思っています。」
六本木ヒルズや東京ミッドタウン前には大きな看板が設置されており、訪れたことがある方は、見たことがあるかもしれない。本部を東京ミッドタウン前におくことで、医師採用への効果の期待もあるという。
「現在、在宅医療現場の課題としては、医師不足への対応があります。今提供している医療を充実させるためにも、まだまだ医療資源が少なく、求められている地域にクリニックを展開していくためにも、医師の体制を強化していきたいと考えています。六本木という商業エリアで、買い物やレジャーなどで比較的足も運びやすい場所であれば、面接などにも気軽にきてもらえるのではないかとも思いました。また患者さんのご家族にとっても、『うちのおばあちゃんは、このクリニックにみてもらっているんだね』という安心感を持ってもらえるのではないかということも考えました」
現在展開している5つのクリニックは、どれもほぼ駅前という立地にあり、地域の人にとって認知しやすく、またアクセスも良好なものとなっている。雑居ビルの1室にクリニックを構えているところも多い中、医師やスタッフにとっても通勤に便利で、働く環境の整備にも力が入れられている。
ふたば在宅クリニックで最初に開設されたのは、埼玉県北部の久喜市にある現在の埼玉院。それまで石井氏はこのエリアの大学病院や地域の基幹病院に勤務し、内科、呼吸器科、救急医療、がん治療、緩和ケアを中心に診療を行ってきた。その中で地域医療の状況に対して、様々な問題意識を持ったことが、訪問診療クリニックの立ち上げに繋がったという。
「埼玉県北部はもともと医療資源の少ない地域で、急性期総合病院の数も少なく、長期入院もなかなか厳しい状況でした。また離れた地域から車椅子や杖をつくなどして外来に通院している方も多く、そうした患者さんの受け皿をつくっていきたいという考えから、在宅医療という選択肢に注目しました。実際、自分自身も含めた医療従事者やご家族は、そうした患者さんの受け入れ先を探すことに大変苦労していました」
石井氏がふたば在宅クリニックを開設したのが2017年。以来、埼玉県北部地域において在宅医療の基盤構築に着実に取り組んできた石井氏。その間、周囲からは、在宅医療に関する様々な見方もあったという。
「当初は、病院のベテランの先生からすると訪問診療というものをイメージしにくかったらしく、何をやっているのかよくわかってもらえていないという状況もありました。在宅医療では十分な医療は提供できないのではないか、若い医師がビジネスの観点から始めているだけなのではないか、等々、様々な声も耳にしました。これは訪問診療側にも責任があって、中には管理料は取っているけれども、何かあったら病院に行くようにということで紹介状も書かなかったり、『急変したら救急車を呼んでください』というスタンスを取っていたり、という施設もあるということを聞いています。それでは在宅医療本来の役割を果たしていないことになり、誤解が生じるのも当たり前です」
「在宅医療を進めていく上では、私たちのような訪問診療を行うクリニック、そして急性期型、療養型含めて、地域の病院や診療所、訪問看護ステーション間でのネットワークが重要になってきます。そうした機関の方々に訪問診療ではどんな医療か提供できるのか、どんな対応ができるのか、ということを知ってもらい、お互いに理解し合って『こんなこともできるんだ』『こんなことも任せていいんだ』と思っていただくことが重要です」という石井氏。実際、訪問診療では病院と同等の医療を行うことが可能であり、分野によっては病院よりも行き届いた医療を提供することができるとも語る。
「例えば療養や緩和ケアといった分野では、病院では経験豊かな医師もそう多くはなく、病床も足りていないということを考えれば、訪問診療の方が、より充実した医療サービスを提供できていると言ってもいいでしょう。そうしたことが、まだまだ病院の先生方をはじめ周囲には充分に知られていないと思います。こちらとしても知っていただく努力はしていますが、地域の中核病院の先生方は定期的に入れ替わってしまうこともあり、なかなか浸透しないというのが実情です」
しかしそうした状況の中、ふたば在宅クリニックは地道に訪問診療に取り組んでいった。地域との繋がりも深まるにつれ、訪問診療についてや同クリニックへの理解が進み、歯車が噛み合っていくようになっていったという。合わせて法人として研修医指導にも力を入れ、近隣の医療機関などから研修医を広く受け入れている。
「若手の先生方は研修医として在宅医療に触れていることもあり、イメージがしやすいのか、スムーズに連携できることが多いですね。訪問診療を続ける中、私たちも真剣に取り組み、在宅医療に向き合っていくことで成長し、また病院や診療所、訪問看護ステーションもそれぞれの役割で発揮する力が底上げされてきたと思います。実際、在宅での看取りの数も増えてきましたし、地域の各職種と一緒に取り組む中で、お互いに自分たちが担うべき役割への理解も深まり、埼玉県北部地域では、私たちが一つのピースとなって、在宅医療がしっかりと回りはじめた段階と言ってもいいと思います」
医療資源の少ない埼玉県北部地域での在宅医療への取り組みに続き、同様の課題のある千葉県、そして東京都の足立区、葛飾区などの東部エリアにもふたば在宅クリニックは拠点を置き、訪問診療を開始している。
「これらの地域もまた、在宅医療は浸透しておらず、体制も弱く、現在の埼玉県北部地域と比べると、まだまだこれからという段階と言えるでしょう。特に千葉県は、比較的大きな病院が多いこともあり、何かあったら病院へ、という意識が強いと感じます。しかし高齢者などは多くの場合、病院に入院することが必ずしもいい医療環境となるとは限りませんし、経済的な問題も生じます。日本全体の医療のことを考えても、もっと在宅医療を浸透させていく必要があります。しかしそのためには、実は患者さんやご家族の在宅医療に対する意識や考え方を変えていくことも重要な要素であると考えています」
在宅医療の浸透には、患者や家族の“教育”が必要だと語る石井氏。次回は「在宅医療に取り組む医師の肖像」と題して、引き続き石井氏に聞く。
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