(1)予防医療を目的に瀬戸内海を巡回する診療船

  • 記事公開日:
    2023年12月26日

地域医療の偏在解消と持続性を目指した取り組みは、無医地区ではすでに長年の課題。日本各地で現在進行している医療の諸問題を先取りした対応が求められてきた。そうした中、瀬戸内海に面する岡山・広島・香川・愛媛県の済生会病院では、瀬戸内海巡回診療船「済生丸」を共同運営して各県の島々の巡回診療を続けている。1962年に始まり、60年以上も事業を継続できたポイントは何か、同事業に詳しい岡山済生会総合病院院長 塩出純二氏に話を聞いた。

特定健診、がん検診などの検査を延べ155島で行う

済生会の記念事業を4県共同事業として受け継ぐ

日本には400を超える有人島があり、岡山・広島・香川・愛媛県の瀬戸内海側にはその約2割に当たる84島が点在する。しかし、医療機関が充実している島は少なく、医療資源に乏しい島々を支援する目的で「済生丸」は1962年に運航を開始した。発案者は岡山済生会総合病院院長 大和人士氏(当時)で、済生会創立50周年記念事業として始まったが、2011年からは前出4県にある済生会病院8病院による共同運営となっている。

・済生丸が診療を行っている島々(年により実施箇所は異なる)

岡山県 10島(13カ所)
広島県 12島1地区(19カ所)
香川県 18島(25カ所)
愛媛県 20島(23カ所)

岡山済生会総合病院院長 塩出純二氏は、「現在は誰一人取り残さない『ソーシャルインクルージョン』という言葉で表していますが、済生会は明治天皇の『済生勅語』をもとに始まりました。ですから済生丸の事業を引き受けることに反対は出なかったのです」と言う。

「以前から運営自体は4県合同で行っていたので、実務の面でも影響はありませんでした。しかし、瀬戸内海で巡回診療を行うには1億5000〜6000万円ほどの費用が必要で、各県の済生会病院の協力なしにはできない事業です。この協力体制が、長く事業を続けられた理由の一つですが、それでも限界はあります。今後の継続には国や各県、済生会本部による補助に加え、公益性の高い事業という観点から、自治体とさらに一体になって取り組むことが重要だと考えています」

岡山済生会総合病院 院長 塩出純二氏
岡山済生会総合病院 院長 塩出純二氏/1978年自治医科大学医学部卒業。岡山県内のへき地診療所、地域の基幹病院などの内科で診療。1989年岡山済生会総合病院に入職後、内視鏡センター長を経て、副院長就任時には岡山県へき地医療支援機構責任者も兼任する。2020年から現職。済生丸にも多数乗船して岡山県内の離島での診療を経験。
年間200日近く瀬戸内海を巡回する済生丸
年間200日近く瀬戸内海を巡回する済生丸

船内でX線やマンモグラフィの検査も可能に

済生丸は運航開始時から予防医療を目的とし、年間延べ155島を訪問(2022年度実績)。年に1〜数回訪れる島ごとに、自治体の特定健診やがん検診のほか、住民や自治体の要望を踏まえて、血管検査、頸部・腹部・心臓の超音波検査、骨密度検査などを行っている。

・2022年度巡回診療での主な健診内容
胸部X線/胃部X線
血圧/心電図/検尿/血液検査/便潜血
腹部超音波/乳がん/骨密度/眼底検査
保健指導/栄養指導

現在の済生丸は2014年から運航されている4代目の船で、前号に比べてX線診断装置の台数が増え、マンモグラフィも搭載するなど検査に対応できる範囲も広がっている。また、受診者の高齢化への対応としてエレベーターやバリアフリートイレの設置も行った。「年1回の健診でも、数十年続けば受診を楽しみにされる方も多いですよ。今から60年以上も前に、病気の治療より予防を重視した取り組みを始めたことで、島民の健康に対する意識は高まっていると思います」と塩出院長。

「それに離島で病気になると、病院への搬送には船をチャーターするかドクターヘリで運ぶかなど大変な苦労を伴いますから、早めに病気を見つけて対処することは、都市部より重要な意味を持つでしょう。X線検査やマンモグラフィ検査が可能になり、がんなど重篤な病気の早期発見に期待しています」

済生丸に設置されたマンモグラフィ検査装置
済生丸に設置されたマンモグラフィ検査装置
船内では胸部のほか胃のX線検査なども行う
船内では胸部のほか胃のX線検査なども行う

8つの病院で支え合い、巡回診療の負担を軽減する

巡回診療の担当は年1〜数回、午前中のみで終了

こうしたへき地医療は、医療者が身を削って働くイメージを持たれがちだが、塩出院長は「運営側は大変かもしれませんが、少なくとも現場の医師は病院での診療よりもゆとりを持って受診者・患者を診られると思います」と話す。
「県ごとにやや違いますが、医師、看護師、放射線技師、臨床検査技師、事務員は必ず乗船し、保健師や栄養士、理学療法士、MSWなどが加わる場合もあります。業務は手分けして行い、1日の受診者・患者もさほど多くありません。健診はたいてい午前中に終わり、その日の午後には病院に戻れるので、医師も参加しやすいのではないでしょうか」

各県の巡回診療は、基本的に島に近い済生会病院が担当。希望者のほか、ローテーションで年1〜数回当番が回ってきた医師が参加している。毎年同じ島の担当を希望して、島民と顔見知りになる医師もいるという。
「参加する医師も健診センターのほか、さまざまな診療科が担当するため負担も軽くなります。こうした複数の病院、多くの医師で分担する体制を今後も保ちたいですね」

・巡回診療に参加した主な職種の人数(4県合計・2022年度延べ人数)
医師 189人
看護師 165人
保健師 35人
放射線技師 123人
臨床検査技師 139人

日本の医療の将来的問題を経験する機会にも

一方、医師にとっても巡回診療に参加するメリットはある。一つは島内に医療機関がなく困っている人を助けるという、医療の原点に触れられることだ。定期的にそうした経験をすることで、「自分の医師としてのあり方を見直せるのではないか」と塩出院長。

「また島民の人口は減少しており、巡回診療に行く地域は、在宅医療、救急時の対応など日本の医療問題の最前線が見られる場所でもあります。そこで自分に何ができるかを考えることで、これから同様の問題が起きる都市部での診療に役立つのではないでしょうか。それに、豊かな自然の中でリフレッシュできる効果もあると思いますよ」

使命感で無理をするのではなく、多くの医師が自然に無理なく参加できる体制づくりが、持続可能な地域医療に大切なポイントといえるようだ。

※巡回診療の実績等は岡山・広島・香川・愛媛県済生会『令和4年度「済生丸」による瀬戸内海島嶼部巡回診療事業報告』より
※済生丸の写真は社会福祉法人恩賜財団済生会 支部岡山県済生会 瀬戸内海巡回診療事業推進事務所提供
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