日本語の「人差し指」や「薬指」、英語の“index finger”や“ring finger”という呼び方は、それぞれの文化の影響を強く受けた表現と言えます。「指」のように日頃よく使うものには、それぞれの文化の影響が強い表現がたくさんあるのです。また医療通訳者であっても、指や爪に関するちょっとした表現の英訳で苦労している方も多いようです。そこで今月は、「指」をテーマにいくつかの慣用表現を紹介いたします。
まず、次の3つの英文を下線部に注意して和訳してください。
単語自体は難しくなかったと思いますが、いかがでしたか?
“rule of thumb”は「親指の法則」、つまり親指を使って長さを測ったり、味を調べたりしたりする行為から生まれた「熟練者の経験則」という表現です。とはいえ、やはり親指ではあまり正確な計測はできないので、「おおまかな」という意味もあります。
“to have a finger on the pulse”は「人の脈を診る」=「ずっとそれに付き添う」イメージから、「(流行など新しい)物に精通している」意味を持っています。手を当ててその「拍動」を感じるほどに熱中すれば、それに精通することになりますよね。
次は「足の指」であるtoeを使った表現です。恥ずかしい、気まずい思いをして、靴の中で「足の指が丸まった」経験はありませんか? 英語の“to make one’s toes curl”は「気まずい思いをさせる」意味になるのです。このように、言語によって、意識する身体の部位が変わるのもおもしろいですよね。
次に、指や爪に関する日常表現の英訳をしてみてください。
和英辞書で「深爪をする」を調べると、“to cut one’s fingernails to the quick”という表現が見つかるでしょう。しかし、これが「深爪をする」を意味するとは限りません。“quick”は「指先の痛みを感じる部位」です。イヌのような動物の爪を切る場合には、「深爪」をすると血管を損傷することになりますので“cut to the quick”と言えます。しかし、われわれが「深爪をした」と言う場合には、quickまで切っていないことが多いので、例文のような表現となるのです。確かに和英辞典は便利ですが、万能ではありませんのでご注意ください。
“prick”は「小さな穴」というイメージを持った言葉で、注射のときにも“You’ll feel a sharp prick.”「チクッとしますよ」などとよく用いられます。血糖値を測る際にも、“finger prick blood sugar”「指先の血液で測る血糖」のように使われますので、覚えておくとよいでしょう。
「刺さる」という日本語にはあまり引きずられないようにしてくださいね。「指にトゲが刺さった」という表現は、簡単に“I got a splinter in my finger.”となります。また「ピンセットで抜く」は“to remove it with tweezers”と“tweezers(複数形)”を用います。“pincette”はフランス語ですので、お間違えなく。