VOL.51

麻酔科からペインクリニックを経て
緩和ケア病棟の立ち上げへ。
理想の医療提供体制を目指す。

鶴巻温泉病院 緩和ケア診療部 部長 
奥津 輝男
氏(45歳)

神奈川県出身

1999年
滋賀医科大学卒業。同大学麻酔科入局
2005年
東京医科歯科大学大学院 医療管理政策学(MMA)コース入学
上尾中央総合病院麻酔科
2007年
東京医科歯科大学大学院 医療管理政策学(MMA)コース修了
2008年
静岡県立静岡がんセンター緩和医療科
2010年
鶴巻温泉病院緩和ケア診療部

麻酔科からペインクリニック、そして緩和ケアへとキャリアチェンジしてきた奥津輝男氏。医療管理政策学を学ぶために大学院へ。修了後は、自分だけでなく、診療科全体の充実に貢献できる医師を目指した。現在は、病院全体、ひいては地域医療そのものを充実させることを目標に活躍している。

リクルートドクターズキャリア7月号掲載

BEFORE 転職前

緩和ケア病棟を新規開設する
ケアミックス病院と出会い
「渡りに船」のキャリアチェンジ

「医療版MBA」を学ぶため大学院に通いやすい病院へ転職

医療版MBAとも呼ばれる「医療管理政策学(MMA)」を学ぶために――。鶴巻温泉病院(神奈川県秦野市)緩和ケア診療部部長・奥津輝男氏のキャリアチェンジは、そこから始まった。

奥津氏は、滋賀医科大学を卒業後、同大学麻酔科に入局。医局人事でいくつかの病院で経験を積んだ。MMAに興味を抱いたきっかけは、ふと病院内における麻酔科のあり方について考えたことだ。「麻酔科は、急性期病院の中で最も人や物などのリソースをつぎ込む分野。麻酔科の運営が、病院全体の経営に大きく影響します」

当時は麻酔科医不足が深刻だったが、医師確保を優先して報酬等を設定すると、病院経営のバランスを崩しかねない。部分最適と全体最適が違う中、どうしたら理想的な医療提供体制が整うかを考えたそうだ。

また、医師としての新たなキャリアも模索していた。

そこで2005年、麻酔科専門医を取得したことを区切りに、東京医科歯科大学大学院のMMAコースに入学した。同時に、上尾中央総合病院(埼玉県上尾市)麻酔科に転職した。医師転職のコンサルタントから紹介された病院だ。「大学院の講義が18時から21時ですから、それまでに勤務が終わる病院を探してもらいました。上尾中央総合病院は、手術が長引いても他の医師が受ける体制があったため、すぐに決まりました」

大学院では、20数人のクラスのうち医師は6人で、看護師、薬剤師の他、システムエンジニアや経営コンサルタントなど、多様な職種の人が在学していた。それまで接点の少なかった分野の専門家たちとの出会いは、奥津氏に大きな刺激を与え、今も交流が続いているという。

講義では、法律や生命倫理の分野に強い関心を抱いた。「ちょうど、医療過誤による刑事訴訟が大きく報道されている時期でもありましたから」

奥津氏は、在学中の06年から知人に紹介された順天堂医院(東京都文京区)のペインクリニックで研修していた。週1回、研究生として現場に入ると、麻酔科とは異なり、心療内科的な側面もあると知った。「やりがいがある反面、私には少し重たく感じました」と振り返る。同科の教授に相談すると、緩和ケアをやってみないかと勧められた。

麻酔、ペイン、緩和と、専門性は違えど共通したスキルを生かせる領域だ。07年に大学院を修了し、1年間、上尾中央総合病院に勤務したのち、08年に静岡がんセンター緩和医療科の医師募集に自らエントリーし、入職した。

医師やスタッフが楽しく働ける緩和ケア病棟を目指して

緩和ケアに移ったことによる大きな変化は、「看取り」への対応でだ。奥津氏は、あえて一歩引いた視点で、看取りについて考える。「一人をお看取りすることで、スタッフは体だけでなく、感情的、精神的、認知的にも疲労を感じます。一方で、非常に達成感を得られる場合もあります。疲れや達成感は、どういう時に生じるのか。それが分かって自分の感情をコントロールできるようになれば、何十年でも緩和ケアを続けられると思いました」

しかし、緩和ケアは大きなやりがいがある一方で、医師やスタッフがバーンアウトしやすい傾向もあるそうだ。患者の最期を支える重要な役割を担うだけに、どうしても感情面で煮詰まってしまうのである。緩和ケアでも働きやすく、継続できる環境を、自分で一から立ち上げる構想が浮かんだ。「活気があって、スタッフがハッピーに仕事をできるチームを作りたい。もちろん、自分自身も楽しく仕事ができる場がいい。そんな“野心”が芽生えました」

2010年、再びコンサルタントに相談し、次のフィールドを探した。紹介された鶴巻温泉病院は、回復期リハビリを中心としたケアミックス病院で、これから緩和ケア病棟を立ち上げようとしていた。「まさしく渡りに船、でしたね。見学に行ってみると、若いリハビリスタッフが多く、彼らは一様に生き生きしていました」

新しいチャレンジをするには、ふさわしい環境である。奥津氏は迷うことなく、転職を決めた。

AFTER 転職後

回復期リハビリ病院の
スケールメリットを生かして
緩和ケアでもリハビリを実践

立ち上げ当初の課題はスタッフのトレーニング

奥津氏が緩和ケア病棟を立ち上げて、5年がたつ。メンバー構成は医師3人、病棟看護師20人、リハビリスタッフは専従者が5人だ。リハビリに定評がある鶴巻温泉病院では、全体で200人超のリハビリスタッフがいる。スケールメリットを生かして、特色ある緩和ケアを実践している。「Herbert Dietzが提唱した理念では、予防・回復・維持・緩和のすべてのステージでリハビリが介入する意味があるとしています。廃用症候群になって緩和ケア病棟に来た患者も、リハビリをすることで改善します。もっと病気が進行しても、QOLを維持するためにリハビリは有効です」

立ち上げ当初は、オン・ザ・ジョブ・トレーニングで看護師やリハビリスタッフの教育に尽力した。特に苦労したのは、患者家族との距離感である。「緩和ケア病棟の患者は、入院から1~2ヵ月で亡くなります。徐々に意思表示が難しくなっていく中では、相対的に家族とのコミュニケーションが増えます。しかし、身内の死を間近にした家族には、悩みや葛藤もあり、時にスタッフとの摩擦も生じていました。そうした際に、われわれが優しく『皆さんこうされていますよ』などと一言添えられたらいいのですが、最初は経験が乏しく、なかなか言えずにいました」

週1回、金曜日の昼休みに勉強会を開くなどして、知識を身につけ、スキルアップを図った。経験が蓄積され「今では、医師もスタッフも確証を持って、その一言が言えるようになりました」と奥津氏は笑顔を見せる。

目標は、徹底的に地元指向で10年、20年と継続する病院

奥津氏に、普段の1日の流れを尋ねた。「朝は8時前頃に出勤し、前日の夜勤者から話を聞きます。夜間に起きた出来事、感じたことを詳しく話してもらい、必要であればすぐに対応します。その後、9時に申し送りを行い、検査のオーダーなどがあれば14時頃までに済ませます。その間に入院前面談や、すでに入院している患者の家族との面談などが入ります」

麻酔科やペインクリニックでの経験が役立つ場面もある。「最近は薬が発達しているので、ペインコントロールのための神経ブロックは減りましたが、たまに硬膜外ブロックやくも膜下ブロックを行います。また、中心静脈のラインを取るのも、麻酔科のスキルが生かされますね」

逆に経験が足りないと感じるのは、「エコーやCTの読影など、検査能力」だと言う。ただ、一緒に働いている医師がもともと内科で読影を得意としている。お互いに補い合う協力体制は万全だ。通常、残業はほとんどなく、17時半? 18時頃には病院を出られる。

こうした環境の中で、患者を増やし、院内での緩和ケア病棟の存在感を高めてきた。しばらくは、緩和ケア病棟の医療の質を高めることが目標だったが、最近、変わりつつある。病院としての「地域貢献」をテーマに据えているのだ。「緩和ケアが必要な患者も、なるべく家に帰りやすい病院を求めているはずです。病院が地域全体における役割を果たすには、徹底的に地元志向になること。そして、10年、20年と継続していくことが大事だと思います。当院も、ここ数年で地域医療を重視する方針に変わりました。病診連携を強化し、医師会でも緩和ケアを始めてもらうことなどを提案しています」

これから転職しようとしている医師には、こうアドバイスする。「地域緩和ケアは、まだまだ未開拓の部分がある領域で、きれいなブルーオーシャンが広がっています。今、飛び込んでみるときっと楽しく、やりがいがあるはずです」

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
入院患者のほとんどが地元住民

職員のモチベーションを高める取り組みにも尽力

鶴巻温泉病院は変化している。院長の鈴木龍太氏によると、以前は東京や横浜の患者が長期入院するケースが約40%を占めていたそうだ。ところが、昨年は9%に減少していた。ほとんどが地元の患者になったと言う。「これからは、地域に密着し、地域貢献に重きを置く病院と、はっきり方針を定めています」

一般的に、緩和ケア病棟の入院患者は一時帰宅が難しい。だが、同院では“家に帰れる緩和ケア”を実践。リハビリスタッフが同行し、住み慣れた家で時間を過ごすことを大切にしている。患者からは、「久しぶりに孫やペットと触れ合うことができた」などと喜びの声があがっているそうだ。

緩和ケア病棟のこうした取り組みには、もちろん奥津氏が関わっている。同氏の印象を、鈴木氏はこう感じている。「フットワークがよくて、目的に向かって意欲的に行動する医師です。スタッフからも非常に信頼されています」

今後も、病院全体として地域医療に力を入れたい考えだ。訪問リハビリや訪問歯科、薬剤管理や栄養指導の訪問サービスも実施している。また、家族が疲弊しないためのレスパイト入院は、神奈川県内でいち早く受け入れを始めた。「厚生労働省が提唱する“時々入院、ほぼ在宅”の地域医療作りに貢献したいと考えています」

また、職員のモチベーションを高める取り組みにも重点を置いている。無理のない勤務時間を実現し、医師のQOLを改善してきた。加えて、患者満足度調査(CS調査)や職員満足度調査を実施。退院患者へのアンケートで特に輝いていた職員を推薦してもらい、上位者にはCS賞を授与している。「例年、医師の名前も多数あがっています」

地域医療に貢献し、患者に感謝される。医療の根本とも言えるやりがいが、同院には満ちている。「患者の多くは高齢者で、複数疾患を持っています。専門外も含めて総合的に診療できる医師は、大いに活躍できることでしょう」

鈴木 龍太氏

鈴木 龍太
鶴巻温泉病院 院長
東京医科歯科大学医学部卒業。米国National Institutes of Health (NIH) NINCDS Visiting fellow、東京医科歯科大学脳神経外科助手、昭和大学藤が丘病院脳神経外科准教授、同院医療の質・安全管理室室長(兼任)を経て、2009年6月鶴巻温泉病院副院長就任。同年9月から現職。

鶴巻温泉病院

全591床を持つ、全国でも有数のケアミックス病院。亜急性期から慢性期・緩和期の患者を受け入れ、多機能の病棟を運用している。一般病床は、120床の障害者・難病リハビリ病棟と、個室中心の25床の緩和ケア病棟からなる。緩和ケア病棟においてもリハビリを提供し、“家に帰れる緩和ケア”を実践している。慢性病床は446床で、回復期リハビリ病床と、医療療養病床がある。回復期リハビリ病床では、早期からの自宅改修の提案や、退院した後の訪問リハビリ、訪問栄養指導、訪問歯科を実施しており、在宅から短期入院できるシステムも整えている。また、職員の学会参加を後押ししており、毎年多くの演題発表をしている。 日本リハビリテーション医学会の研修施設でもある。

医療法人社団三喜会 鶴巻温泉病院

正式名称 医療法人社団三喜会 鶴巻温泉病院
所在地 神奈川県秦野市鶴巻北1-16-1
設立年月日 1979年
診療科目 内科、リハビリテーション科、神経内科、歯科
病床数 一般・療養病床 591床
常勤医師数 22人(院長含む)、歯科医師1人
非常勤医師数 13人(定期非常勤のみ)、歯科医師7人
外来患者数 約25人/日
入院患者数 約540人/日