VOL.113

複数の専門医で患者を診ていく
在宅医療の新たなモデルで
質の高い地域医療を提供する

ふたば在宅クリニック
内科 工藤 顕仁氏(35歳)

岩手県出身

2009年
獨協医科大学医学部卒業
獨協医科大学病院 初期臨床研修医
2011年
群馬県立心臓血管センター 循環器内科
2013年
獨協医科大学越谷病院
(現 同大学埼玉医療センター) 循環器内科
2019年
医療法人社団 爽縁会 ふたば在宅クリニック 入職

カテーテル治療を中心とした循環器内科の急性期医療から在宅医療へ。2019年からふたば在宅クリニックで診療する工藤顕仁氏のキャリアチェンジは、本人も「かなりのレアケースだろう」と認める。「これは変化を求めて転職を考えたこと、そして出会いから生まれた新たな選択を大切にした自然な結果です」と語る工藤氏に、循環器内科での経験、転職のきっかけとなった出来事、現在の様子を聞いた。

リクルートドクターズキャリア9月号掲載

BEFORE 転職前

血管内治療に魅力を感じ
大学病院などで10年近く
カテーテル治療に注力する

患者の回復を励みに
日々の激務を乗り切る

大学病院などで10年近く携わってきた循環器内科の急性期医療から、総合的な診療が必要な在宅医療へ……。工藤顕仁氏は「変化を求めた転職だから、環境や働き方も大きく変えたい」との思いで、ふたば在宅クリニック(埼玉県)に2019年から勤務する。

幼い頃、病院で医師や看護師が真摯に患者に向き合う姿を見て感銘を受け、医師を目指した工藤氏。獨協医科大学に進学し、医学部での病院臨床実習、卒業後の初期臨床研修で、カテーテルによる循環器治療に興味を持ち、循環器内科を専門に選んだと話す。

「カテーテルを使えば、患者さんの体を切らなくても循環器などの血管内を直接治療できる。そこに大きな可能性を見いだしました」

母校の循環器内科に入局後、母校から車で1時間ほどの距離にある群馬県の循環器専門病院に配属。同院で心筋梗塞をはじめとした虚血性心疾患、閉塞性動脈硬化症、大動脈解離といった循環器疾患の血管内治療を中心に、心不全、不整脈などの診療も行った。

「当時は外来診療が2割、カテーテルなどの血管内手術が8割という状況で、これに24時間365日の三次救急への対応も加わって、非常に忙しい毎日でした」

そうした中でも、重篤な状態から歩ける状態にまで回復し、退院していく患者の姿に励まされ、やりがいを感じたと語る工藤氏。

「心肺停止の状態で運ばれてきた患者さんは、回復に長い時間を要することも多いのですが、退院後に外来でお見かけしたときなど、『本当に社会復帰されたのだな』と改めて感じていました」

患者の退院後の生活まで
考慮していなかったと反省

その後、工藤氏は埼玉県南東部にある母校の附属病院に移り、以前と同様に循環器内科の診療と三次救急を担当した。違いは、前病院が約200床の専門病院であったのに対し、附属病院は1000床近くの規模で多数の診療科を持つ総合病院であること。

「ここでさらに経験を積み、循環器内科医としてひと通りの診療はできるようになりました。ただ、今から思えば、他の診療科との十分な連携や、患者さんのQOLに対する配慮など、周囲への目配りが不足していたかもしれません」

工藤氏が自らの治療に疑問を持ち始めたのは、同院で診療を始めて5年ほど経ってからだという。

高齢患者の循環器疾患を治療した後、退院後のリハビリテーションやケアがうまく連携できず、病気は回復しても日常的な活動が大幅に制限されて、寝たきりが続くようなケースも起き得る。そこに気づくようになったと工藤氏。

「決定的だったのは、医療連携室のスタッフが『この方は先生が診た患者さんですよ』と見せてくれた写真です。お恥ずかしいことに、すぐには思い出せませんでしたが、このときは療養病院で療養中だったそうで、ご家族に囲まれたとてもすてきな笑顔でした」

写真から伝わる温かな雰囲気。回復してよかったという思いと同時に、自分は目の前の病気を治すことに終始し、患者のその後まで意識していなかったことを大いに反省したと工藤氏は振り返る。

「ちょうど医師になって10年になる頃で、私は医局に残るか、ほかのキャリアを選ぶかをそろそろ決める時期だと考えていました」

一つの出会いをきっかけに
在宅医療の道を選ぶ

工藤氏は「高度なカテーテル治療と、治療後の支援の両立は難しい」と考え、これまで自分が目を向けてこなかった地域医療に従事し、循環器疾患をはじめ各種病気の予防、急性期医療後のケアを担う道を検討。そうした職場を探していると聞いた知人から、埼玉県で在宅医療クリニックを営む石井成伸氏を紹介されたのが転職の後押しになったと工藤氏は言う。

「会って話すと、患者さんのために一生懸命に取り組む気持ち、急性期医療後のケアをしっかり行って地域の健康寿命を延ばしたいといった考えに共感。未経験だった在宅医療分野への不安もありましたが、誠実な人柄の石井先生と一緒に仕事をしたいと思いました」

2019年9月、工藤氏はふたば在宅クリニックに入職した。

AFTER 転職後

在宅での心不全への対応など
循環器分野の知識も生かし、
地域の健康寿命を延ばしたい

内科全般に加え皮膚科の
知識なども必要な訪問診療

医療資源不足に悩む埼玉県の中でも、県北東部は人口10万人あたりの医師数が全国ワーストクラス。工藤氏が転職したふたば在宅クリニックは、この地域のほぼ中央に位置する久喜市にあり、地域が求める在宅医療を提供している。

「訪問診療に出てみると、自分の内科の知識の一部に不安な点があると気づき、すぐに分野全体の再学習を始めました。加えて褥瘡のケアなど新たな分野の知識も必要で、最初のうちは慣れない訪問診療と勉強でかなり大変でした」

むろん今も勉強の途上だと工藤氏は苦笑し、こうした知識を大学病院時代に持っていたら、治療後の暮らしや困りごとをイメージしやすく、病気だけでなく患者のQOLまで考えた治療を検討できたかもしれないとつけ加える。

「退院後は自宅療養ですと聞いて『では大丈夫ですね』と単純に考えるのでなく、ご自宅は独居なのか介助するご家族と同居なのか、寝室は1階なのか2階なのかと、患者さんの暮らしまで意識できていれば、急性期の治療における目標、その後の療養に関するアドバイスなど、もっと適切な対応ができたのではと反省しています」

多様な分野の医師の協力で
地域が求める医療を提供

同院では9時に医師やスタッフがクリニックに集まり、当日訪問する患者のカルテチェックとカンファレンス。その後、看護師または救急救命士の資格を持つスタッフがドライバーを兼務し、医師と2人1組で訪問診療に出かける。12時にいったんクリニックに戻り、13時過ぎから再び訪問診療、17時頃に戻って、再度カンファレンスを行うといった流れだ。

「当院は主治医制で、基本的に担当の患者さんを訪ねますが、夜間や土日祝日はオンコール当番医が緊急連絡を受ける仕組み。このため、どの患者さんから連絡があってもいいように、訪問時に気づいた当日の変化、本人やご家族からの要望といった新たな情報は、カンファレンスなどを通じて全員で共有する体制になっています」

工藤氏は循環器内科医として経験を積んできたが、ほかの医師もさまざまな分野の専門家で、必要なときは互いにすぐアドバイスし合える環境も、地域医療の質の向上に貢献していると同院を評価。

「心不全パンデミックも懸念される現在、心不全末期の患者さんへの対応はもとより、その前段階から悪化を抑制するケアを行うなど、循環器分野が在宅医療で役立つ場面は増えると思います」

自分の知識や経験を同僚の医師やスタッフと共有し、地域の健康寿命の延伸に努めたいと話す。

未知の分野に臆せず飛び込み
働き方も暮らしも一変

大学病院や専門病院では循環器だけを診てきたが、訪問診療を始めて呼吸器や消化器の病気、がんなどを診ることが当たり前になって、最近は「自分は内科医だな」と実感すると工藤氏は笑う。

「診療内容だけでなく生活も一変しました。毎日17時半頃には帰途につき、オンコール当番でなければ夜も休日もゆっくり過ごせます。家族との時間も増えました」

循環器、特にカテーテル治療を専門とする医師が、いきなり在宅医療分野に転職するのはかなりレアケースではないかと工藤氏。

「勉強も必要ですが、思っていた以上に循環器の知識は現場で役立ち、在宅医療にもなじめました」

そして工藤氏は、医師が変化を求めて転職するなら、環境や働き方がまったく異なる転職先も検討した方がいいとアドバイスする。

「忙しさを何とかしたくても、同分野の転職ではさほど変わらないもの。ときには未経験の分野に飛び込む勇気も必要だと思います」

院長の石井氏、工藤氏のほか、同院の常勤医と非常勤医が参加したカンファレンス風景 画像

院長の石井氏、工藤氏のほか、同院の常勤医と非常勤医が参加したカンファレンス風景

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
「動く病院」となって地域に貢献

複数の専門医による
在宅医療の「総合病院」

久喜市を中心に、埼玉県北東部で在宅医療を行うふたば在宅クリニックは、循環器、呼吸器、脳神経をはじめとした内科疾患、整形疾患、認知症などの患者を中心に、400件近くを担当している。

そのほとんどが近隣の病院からの紹介だといい、同院院長の石井成伸氏は「近隣の中核病院と連携して、当院で医療依存度の高い患者さんを診るケースも多く、この地域の医療に欠かせない存在になっていると実感します」と話す。

「そうした方を医療資源不足の地域でどう診るのか?という課題に対し、当院は一般外来および各種専門外来、療養、緩和ケアといった必要な医療を、患者さんのもとに届ける『動く病院』というコンセプトで応えています」

これを支えるのが石井氏を含む5人の常勤医で、呼吸器内科、循環器内科、消化器科、整形外科とそれぞれ異なるバックグラウンドを持つ。加えて皮膚科、精神科、神経内科など多様な専門分野の非常勤医も在籍し、総合病院のような広がりを目指している。

「通常は各医師が主治医となり、総合内科を軸とした訪問診療を行います。さらに必要なら専門の医師からその分野の最新情報の提供を受けたり、患者さん宅に往診してもらったりと、専門性を生かした診療を可能にしています」

工藤氏が同院に入職した際は、在宅医療にかける熱意と循環器内科専門医としての知識、この両方を評価したと石井氏は言う。

「大学病院から在宅医療への転身で、最初は戸惑われるかと思いましたが、心不全の末期やがんなどの診療に慣れておられ、当院との親和性は高かったですね。今後の活躍にとても期待しています」

同院の医療は、患者とその家族の希望に添うのはもちろん、社会的ニーズを満たすサービスであることも重視すると石井氏。

「地域社会への貢献は医療の重要な役割。医療資源不足の埼玉県での経験をもとに、東京都内や千葉県で同様のニーズが存在する地域に、当院の医療サービスを提供すべく準備を進めています」

石井 成伸氏

石井 成伸
医療法人社団 爽緑会 理事長
ふたば在宅クリニック 院長
2008年聖マリアンナ医科大学医学部卒業後、東京女子医科大学病院での初期臨床研修を経て、同院第一内科入局。埼玉県済生会栗橋病院呼吸器内科。2017年ふたば在宅クリニックを開設し、2018年に医療法人化。日本呼吸器学会呼吸器専門医、日本内科学会内科認定医、認知症サポート医、がん緩和ケア研修会修了など

ふたば在宅クリニック

同院のある久喜市は埼玉県利根医療圏に含まれ、医療資源不足といわれる同県の中でも、人口10万人あたりの医師数が少ない地域の一つ。同院はそうした状況でも質の高い地域医療を提供するため、専門的な治療や緩和ケアも可能な在宅医療を目指して開設された。クリニック開設時(2017年)の院長1人体制から、2018年には医療法人化して複数医師による現体制に移行。これまでに延べ1000人以上の患者を担当し、400人以上の看取りに携わるなど(前体制時も含む)、短期間で地域に深く根ざした在宅診療所となり、多大な信頼を得ている。地域の中核病院はもちろん、訪問看護ステーション、介護・福祉関連施設との連携も強化し、地域全体で在宅の患者をサポートする体制の構築を進めている。

ふたば在宅クリニック

正式名称 医療法人社団 爽緑会
ふたば在宅クリニック
所在地 埼玉県久喜市久喜東1-2-5
東山ビル3F-A
開設年 2018年(医療法人として)
診療科目 内科、外科、呼吸器科内科、循環器内科、
脳神経内科、消化器内科、整形外科、
腫瘍内科、緩和ケア科、皮膚科、精神科
常勤医師数 5人
非常勤医師数 10人
平均訪問件数 10件/日
(2020年6月時点)