2021年10月に施行された救急救命士法の改正で、病院内でも条件付きで救急救命処置が行えるなど、救急救命士の活躍範囲が広がった。医師や看護師からのタスクシフトで、救急医療での「働き方改革」に寄与するのが狙いだが、実際に院内で救急救命士はどんな業務を担うのだろうか。病院が雇用した同職が活躍する現場の例から、法改正による期待や今後の課題を探った。
救急救命士法の改正は、「良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するため」とされ、救急救命処置を行う場が、「病院・診療所への搬送中」から「搬送中または病院・診療所に到着して入院するまでの間」に拡充された。加えて、医療機関に勤務する救急救命士が院内で処置を行うには、所定の研修を受ける必要があると明記された。
なお、対象が救急診療を要する重度傷病者である点や、救急救命処置の範囲は搬送中と変わらない。
[救急救命処置の範囲は以下の33項目]
・医師の具体的な指示が必要なもの(特定行為)/乳酸リンゲル液を用いた静脈路確保のための輸液など5項目
・医師の包括的な指示で行うもの/経鼻エアウェイによる気道確保、精神科・小児科・産婦人科領域の処置など28項目
ただ、救急救命処置の範囲はこれまで何度も見直されており、今後さらに処置可能な範囲が広がることも考えられる。
一方で、2021年の法改正前から救急救命士を雇用する医療施設では、院内での救急救命処置に限らず、医師や看護師からのタスクシフトが進んでいる。そうした施設は救急救命士を非常に高く評価し、2021年12月から2022年2月に実施された全国調査※では、「医師の働き方改革を進める際に救命救急センターで勤務する救急救命士の雇用は重要ですか」との設問に対し、同職を雇用した施設のうち72.9%で重要性が高いと認識されている。
先行事例として、2008年から救急救命士を雇用している川崎幸病院(神奈川県)を紹介する。同院には2023年8月時点で常勤24人の同職が在籍。救急部部長・髙橋直樹氏は「救急コーディネーターとしてERにも配置され、救急隊からの電話対応や待合室患者のトリアージ、転院調整などを担っており、医師は目の前の患者に集中して診療できます」と協業のメリットを強調する。
「当院の転院調整は、患者1人につきコロナ禍前で平均2時間18分、コロナ禍では平均5時間。これを医師から救急救命士にタスクシフトすることで、満床を理由に救急車を断る必要もなく、救急患者の初期対応を行なった後、すぐに次の受け入れ準備に移れ、患者の待機時間を減らせます。同職は地域の救急医療全体を把握する力に優れ、こうした業務にも適していると感じますね」
さらに救急救命士が所属するEMT科の科長・蒲池淳一氏は「看護師からのタスクシフトとして、搬送された患者のバイタルの測定、患者の院内移送、看護記録の代行入力、院内急変時対応などを救急救命士が行うことで、看護師の負担軽減にもつながっています」と話す。
前項の診療補助業務のほか、同職はドクターカー搬送(病院前診療を含む)、病院内の防災・災害活動、院内の教育関連業務など広く携わっている。さらに今回の法改正を受け、特定行為である「乳酸リンゲル液を用いた静脈路確保」などの研修を行い、業務を拡大する考えだ。しかし、蒲池氏は「近年は乳酸リンゲル液以外の輸液を使う医療施設も多く、輸液の制約の解除など今後の改善を望みます」と、次の法改正に期待を寄せる。
「このほか、院内で救急救命士が診療補助できるのは医師が重度傷病者と指定する場合に限る点も、実情に即していません。より柔軟に対応できるよう改善が必要でしょう」
また、同職は病院全体の病床を把握しながら緊急入院の調整を行い、病床稼働率の向上にも貢献。そうした実績から、髙橋氏は「今後は地域の急性期病院の病床をDXですべて『見える化』し、全体でベッドコントロールすれば、各病院の救急外来が満床のみを理由に救急患者を断る必要がなくなり、受け入れがより柔軟に効率的に行えるはず」と将来像を描く。
「働き方改革で実質的に医師のマンパワーが減り、救急医療を維持するには今以上の地域連携が必要。地域全体を把握する力に優れる救急救命士に、各病院でそうした連携の中核になってほしいですね」
蒲池氏も「救急救命士は、患者の状態を短時間で分かりやすく伝えるよう教育を受けているため、同職同士で連携できると話が非常にスムーズです」と、多くの病院で雇用が広がることを望んでいる。
では、救急救命士と医師・看護師はどのような協業体制が望ましいのだろうか。髙橋氏は「救命救急センターならドクターカー搬送の同乗、一般的な救急告示病院なら救急のホットライン対応、院内での患者移送など、病院のニーズに合わせて救急救命士は活躍できる」と話す。
「病院のニーズがまだ明確でない場合は、医師と同職をペアで勤務させてタスクシフトできる業務を洗い出すのも一つの方法です。当院の経験では、医師が代行してほしい業務と救急救命士が対応可能な業務はマッチしやすく、協力関係も築きやすいと感じています」
逆に、病院前診療に強みを持つ救急救命士と院内での看護が主体の看護師とは、「職種による視点の違い、院内業務の重なりの多さなどで軋轢も起きやすい」と蒲池氏は注意を促す。
「解消するにはギブ&テイクの関係を作ること。当院では看護記録の入力やトリアージなど両職の共通業務に一定の基準を設け、不足する知識を学び合って均てん化を図ってきました。また新規入職者を中心に、相手の業務を約1週間体験して相互理解に努めています」
病院や地域で「働き方改革」が進む中、業務の新たな担い手として期待される救急救命士。同職が活躍しやすい環境整備がさらに重要になるはずだ。
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